転勤妻のキャリア戦略を専門家に聞く。ブランクがあっても「その期間何をするか」が大事

転勤妻のキャリア戦略・鈴木祐美子さんインタビュー

夫の転勤に帯同し、各地を転々とする「転勤妻(転妻)」。働き方の多様化や共働き世帯の増加などで転勤制度自体が見直されたり、抵抗感を覚える方が増えている一方、いまだ46.2%の企業において転勤制度が現存しており(従業員500人以上の企業では77.7%)、妻が仕事を辞めるケースは年間2万件といわれています(※1)。

今回お話を伺ったキャリアコンサルタントの鈴木祐美子さんも、かつて「転勤妻」となり、仕事を辞めた経験があります。「結婚したばかりだし」「子どもがまだ小さいし」などの理由で夫の赴任先について行かざるを得ない、でも「仕事も続けたい」と考える女性のキャリア戦略とは?

(※1)参考:コラム 見直しが求められる転勤制度(ニッセイ基礎研究所)(詳細)

見知らぬ土地でアイデンティティーが消失した気分に

鈴木さんが結婚当初、パートナーの転勤に帯同することになった経緯を教えてください。

鈴木祐美子さん(以下、鈴木):私と夫は同じ会社に勤めており婚約したばかりだったのですが、2006年に地方営業を担当していた夫に転勤の辞令が下りました。

これまで築いたキャリアを手離すことに迷いがあったため「夫の転勤先に配属してもらえないか」と上司に相談しましたが、転勤先の支社は立ち上がったばかりで職員数も少なく、「夫婦で勤めることは難しい」という回答で……。

また、私と夫は「子どもを持ちたい」と考えていたこともあり、離れて暮らすことは考えにくく「夫が大黒柱として収入を得て、私が家庭に入って子育てをするのが最適解だろう」と結論づけて、退職を決断したんです。

引越しの準備をする女性
「働きたい」という気持ちを諦めての帯同だったのですね......。

鈴木:納得した上での帯同ではありましたが、結婚して苗字が変わり、住む場所も変わり、さらにはこれまで築いてきた人脈やキャリアも失ったことで、実際に転勤先での生活が始まると、自分のアイデンティティーを全て失ったような気持ちになりました。

一方で夫は、キャリアを継続しながら、転勤先で新しいプロジェクトにも挑戦できている。「ついこの間まで対等な立場で働いていたはずなのに、私ばかりが多くを失った」と空虚な気持ちになり、悲しくなったことを覚えています。

お子さんを出産してからは、約7年間の専業主婦期間を過ごし、その間も何度か転勤されたそうですね。どのように現在のキャリアに復帰したのでしょうか。

鈴木:2011年に夫が東京の本社に戻ることになったため、再就職のため専門学校に通い「キャリア・ディベロップメント・アドバイザー(CDA)」の資格を取得しました。その後、幸運にも専門学校のクラスメイトからオンラインカウンセリングの仕事を紹介してもらえたので、すぐに経験を積むことができました。

今はある会社で人事を担当していますが、正社員として働くことが私の1つの目標でもあったので、ようやく思い描いていたキャリアにたどり着けたと感じています。

「解像度の高い自己PR」を準備。転勤妻のキャリア戦略

鈴木さんの経験から、転勤妻が長期的なキャリアを築くことの難しさはどのようなところにあると思いますか?

鈴木:「パートナーがいつ、どこに転勤になるか分からない」という不安が、転勤妻のキャリア設計を難しくさせると感じています。パートナーの転勤先で仕事を探そうとしても、「いつか引っ越すことになるかも」と考えると、正規雇用から足が遠のいてしまう人も少なくないはずです。

さらに、転勤先が地方だった場合は、求人数の少なさもネックになってくるのではないでしょうか。

そんな状況の中で、転勤妻が長期的なキャリアを築くために必要なことを教えてください。

鈴木:まずは「人脈を絶たないこと」です。私が専門学校のクラスメイトから仕事を紹介してもらったように、周囲の知人や友人が、何らかのビジネスチャンスを持っている場合があります。ビジネスには関係ないと思える人脈でも、次につながる有益な情報を持っている可能性があるので、人間関係を大切にしてほしいと思っています。

それから、自分のキャリアに興味を持ち「解像度の高い自己PR」をできるように準備しておくことも大切です。

これまでのキャリアについて、具体的に説明できるようにしておくということでしょうか。

鈴木:そうです。キャリアの棚卸しをするように、具体的な業務内容を振り返り「自分ができること(CAN)」を明確にしておくことが重要です。

例えば、経理の仕事をしていたのなら「月次決算と年次決算を任されていた」、営業なら「IT企業の顧客に対して、法人営業を担当していた」など、具体的に業務内容を言語化しましょう。年間売り上げ目標と達成率、営業成績の社内順位など、数字に落とし込めるとより良いですね。

中には「自分にはアピールできるような専門性やスキルが何もない」と思ってしまう人もいるのではないでしょうか。

鈴木:専門的な知識や経験がなくても、仕事に対する「強み」は必ずあると思うので、そこに焦点を当ててみてください。

例えば、小売業の販売員の方なら、「売れる商品が目立つように陳列方法を変えた」といった分析力や「お客さまの希望に沿った商品を勧められた」といったコミュニケーション能力など、「売る」に関連した何かしらのスキルを発揮しているはずです。在職中のエピソードの中から自分の強みを発見し、それを自己PRに繋げてみてはいかがでしょうか。

このような実績の振り返りは、退職して日がたつほど記憶が薄れて曖昧になってしまいます。退職前から書き残しておくことがおすすめですよ。

「自分に足りない要素」を埋めるコツは、正規雇用にこだわり過ぎないこと

履歴書を書く女性
「自分にできること=CAN」を明確にした後のステップとして、やるべきことは何でしょうか?

鈴木:経済や雇用についての「情報をキャッチアップすること」です。業種のトレンドや働き方、求められる知識・経験は、ものすごいスピードで変化していくため、専業主婦になる前に持っていたスキルはあっという間に陳腐化してしまいます。

仕事から離れている間も新聞やビジネス誌などから情報を得ることができれば、「今の自分には何が足りていないか」が見えてきます。そうすれば、「将来やりたい仕事(WILL)」に向けて、具体的に行動しやすくなると思います。

「CAN」と「WILL」の間にある不足を補っていくイメージですね。

鈴木:そうですね。「知識」が不足しているなら、資格の勉強をするのも良いですし、「経験」が不足しているなら、正規雇用にこだわらず実務経験を積めるパートから始めるのも良いでしょう。

私の場合はCDAの資格を取得した後に、パートでカウンセリングの経験を積みました。正規雇用を望む気持ちもありましたが、7年のブランクを埋めるためには、雇用形態にこだわるよりも「実務経験を積むこと」の方が大事だと思ったからです。

スキルの陳腐化を防ぐ手段として、専業主婦期間に取っておくと良い資格はありますか?

鈴木:これまでのキャリアの延長線上にあり、付加価値をつけてくれるような資格が良いと思います。マーケティング系ならウェブ解析士の資格を取ることでより専門性が高まりますし、事務系ならマイクロソフトオフィススペシャリスト(MOS)の資格を取れば、「基本的なPC操作ができる」という証明になるはずです。

育児などの理由で、転勤妻がキャリアチェンジを望む場合におすすめの職種はありますか?

鈴木:保育園や介護福祉施設、小売店などの「エッセンシャルワーク」なら、自宅から近い職場を選びやすく、勤務時間が細かく区分されている所が多いので、「まずはパートから実務経験を積みたい」という人におすすめです。近年、エッセンシャルワークは人手不足となっているため、未経験でもチャレンジしやすい職種だと思います。

他にも、Webマーケティングやセールス(インサイド・カスタマーサクセスなど)といったパソコンを使う仕事はリモートワーク可能なことが多いので、子育てをしながらや、違う土地に転勤することになっても続けやすいと思います。

ただ実際にどこまでリモートワークが許容されているかは会社や職種によって異なるため、面接などの際に人事や先輩社員に確認する方が良いでしょう。

小さな行動でも“働く意欲”は伝わるはず。まずは一歩を踏み出してみて

夫婦の片方が転勤のある仕事に就いている場合、両者の今後のキャリアを考えるにあたって夫婦でどのようなコミュニケーションを取ればいいでしょうか?

鈴木:「自身のキャリアを断絶させたくない」と考えているのなら、まずはパートナーにその意思をきちんと伝えることが大切だと思います。また、辞令が下りた場合には「家族で帯同するのか」「帯同する場合は子どもを預けられそうな場所はあるか、費用はどのくらいかかるのか」など、細かくシミュレーションをして、状況ごとにどのような協力体制を築けるかを話し合ってみてください。

夫婦で話し合う様子
夫婦の話し合いが大切ということですね。帯同をきっかけに「今後、自身のキャリアを築いていけないのではないか」と不安を感じている方に、メッセージをいただけますか。

鈴木:たとえ帯同により数年ブランクができたとしても、「その期間をどう過ごしたか」が重要だと思っています。「0のままでいるよりは、0.1でもいいから動いた方がマシ」くらいの軽い気持ちで、動き出してみてください。

「隙間時間に資格の勉強をしてみる」「近くのスーパーで1時間だけ働く」でも良いでしょう。「この1冊は勉強し終えた」「自分の力で1,000円稼いだ」という事実が、さらなる意欲につながると思います。小さくても何かアクションを取り続けていれば、いざ再就職活動を始めた時に「この人は働く意欲をずっと持っていた人なんだ」と採用側も少なからず感じてくれるはず。

小さな一歩だとしても、前に進んだからこそ見える景色がありますし、動いた人にしか掴めない気づきとチャンスが待ってくれていると思いますよ。


取材・文:佐藤有香
編集:はてな編集部

結婚・出産後、どう「働いて」いきたい?

専業主婦から再び会社員へ。「お母さん」ではなく自分の名前で呼ばれる場所を得て生きやすくなった
専業主婦から再び会社員になった
育児中はフルタイムor時短の2択、ではない。“働き方の選択肢“はできるだけ多く知っておく
「働き方の選択肢」はできるだけ多く知っておく
「小1の壁」で派遣社員に、でも後悔はない。優先順位を見直したら「納得できる働き方」が見つかった
「小1の壁」で正社員から派遣社員に。でも後悔はない

お話を伺った方:鈴木祐美子さん

鈴木祐美子さんプロフィール

大学卒業後、株式会社セブン-イレブン・ジャパンに入社。株式会社リクルートに転職した後、夫の転勤に帯同するため退職。その後、約7年間の専業主婦期間を経て、キャリアコンサルタントとして復帰。現在はZEIN株式会社の人事部で働きながら、講師業も行っている。

親がしんどい。臨床心理士に聞く“分かってくれない親”との付き合い方

寝子さんインタビュー

今は仕事を優先したいと考えているのに結婚することや子どもを持つことを前提に話をされる、子どもを保育園に預けて仕事復帰することに小言を言われるなど、親との会話に「しんどさ」を感じたことはありませんか。

家族やパートナーシップのあり方、仕事観など、女性の働き方・生き方が多様化している現在。旧来的な価値観に囚われている親からの“よかれと思ってのアドバイス”とどう付き合えばいいのでしょうか。

親子のコミュニケーション方法に詳しい臨床心理士・公認心理師の寝子さんに「親と適切な関係性」を築くコツを伺いました。

お話を伺った方:寝子さん

寝子さんプロフィール

臨床心理士・公認心理師。 医療機関で成人のトラウマケアに特化した個別カウンセリングに従事。中でも、親子関係でのトラウマケアと性犯罪被害者支援をライフワークとしている。著書に『「親がしんどい」を解きほぐす』(KADOKAWA)がある。
@necononegot(X)

過去の思考の癖から生まれる、親への「しんどい気持ち」

大人になり自立した人生を歩んでいるにもかかわらず、親の言葉に心が傷ついたり、モヤモヤを感じたりなど「しんどい気持ち」を抱くのはなぜなのでしょうか?

寝子さん(以下、寝子):まず大前提として、子どもにとって親は特別な存在です。特に幼いうちは衣食住に関する全ての決定権が親にあるわけですから、親は絶対的な存在と言っても過言ではないでしょう。

そのため子どもは親の機嫌や感情を敏感に感じ取ろうとします。「自分がいい子にしていれば喜んでくれる」「心配させると感情的になってしまう」など、親に及ぼす自分の影響力を本能的に分かっているからこそ、自分の気持ちよりも親の悲しみや不機嫌に対処しようとします。

その結果、大人になっても「親に合わせないといけない」「自分がなんとかしなくちゃ」という過去の思考の癖から抜け出せずに、親との関わりの中で「しんどさ」を感じてしまうのです。

親に対する「しんどさ」の原因や向き合い方を綴った一冊
▶『「親がしんどい」を解きほぐす』(KADOKAWA)

なるほど......。子どもの心理として「親はどうせ分かってくれない」「でも分かってほしい」という気持ちが共存することによる “しんどさ”もあると思うのですが、なぜこうした矛盾した感情を抱いてしまうのでしょうか。

寝子:これも一見矛盾して見えますが、とても理にかなった感情なんです。例えば子どもが「◯◯が食べたい」「◯◯の習い事がしたい」というとき、親に“分かってもらえない”と物事は進まないですよね。だから「親に自分のことを分かってほしい、理解してもらいたい」と思う。

一方で親は絶対的な存在だからこそ、分かってもらえなかったときのショックはとてつもなく大きいです。そのため一度傷ついたことのある人ほど、これ以上傷つかないように「どうせ分かってくれないだろう」と諦めの感情を抱くのです。

なので2つの感情の中で揺れ動いたり、モヤモヤするのは全くおかしなことではありません。大切なのは「どちらも、親との関わりの中で必要な感情だったんだ」と認めてあげること。自分を守るため、生きるために状況に応じてバランスをとって共存していけるといいですよね。

“分かってくれない親”と、どうコミュニケーションをとる?

結婚、出産、子育て、働き方に関する旧来的な親の価値観にもとづいた「よかれと思って」のアドバイスには、どのように対応するのが良いのでしょうか?

寝子:まず親が生きてきた時代と今とでは、大きく価値観が異なることを念頭にコミュニケーションをとるのが良いでしょう。

現在20代後半〜40代の方の親世代は、高度経済成長やバブル景気を経験した世代です。今よりも働き方や生き方の選択肢が少なかったこともあり、画一的な価値観の中で育ち、個性よりも協調性が求められてきた。つまり、変化を好まない世代です。

一方、現代社会では世の中の変化のスピードも速く、価値観も多様化しており、人それぞれ働き方や生き方の選択肢も異なりますよね。

確かに、親世代から見ると私たちの働き方・生き方は「信じられない」ものなのかも……。

寝子:きっとそうだと思います。ですから、親から旧来的な価値観にもとづいたアドバイスをされたときは、「お母さん、お父さんの時代はそうだったんだね。でも私はこうするね」と、心の境界線を引くことを意識してみてください。

また「あなたのためを思って」というアドバイスは、親が自分の人生を肯定したいだけかもしれません。「お父さんのときは大変だったんだ」という自慢や、「お母さんはこんなに苦労したのに、あなたは!」という嫉妬心ゆえに口出しをしてくるケースもあります。

だからこそ親と自分を切り離して意見を伝えたり、人生の選択をすることが大切です。

境界線を引くイメージ
「親と心の境界線を引くことを意識する」。“分かってくれない”しんどさを感じたときほど思い返したい言葉です。その上で親と話し合いがしたい、自分の気持ちを伝えたいとき、けんかやヒートアップを避けるにはどうしたら良いのでしょうか。

寝子:親に対する「期待値の調整」をおすすめします。「絶対に分かってもらわなければ!」「今日、決着をつけよう!」とすればするほど焦ってヒートアップしてしまうので「分かってもらえないかもしれないけど伝え続けよう」くらいの気持ちで構えてみてください。

いきなり本題に入らず、まずは世間話をするのも良いでしょう。お互いの趣味やおいしいごはん、レジャースポットの話など、たわいのない会話を通して楽しい時間を共有することも、適切な関係を築くためのコミュニケーションの一つです。また、親自身も話し合う心の準備ができていないこともあります。自分にプレッシャーをかけ過ぎず、長い目で見てみてください。

いざ話し合うときに心がけておくと良いことはありますか?

寝子:親との良くないパターンを把握しておくのはどうでしょうか。例えば、いつも言い返してケンカになってしまうのであれば、その場では受け流す程度にして、後からテキストでメッセージを送る、改めて電話で伝えるのも一つの方法です。

あとはイメージトレーニングをしておくのも有効ですよ。「すぐに言い返さず、間を空けてみる」「嫌なことを言われたときは、ん?という表情をして止まる」といったリアクションを事前に頭の中でイメージしておくと喧嘩を避けやすくなると思います。

なるほど。準備をしておくのも大事なのですね!

寝子:ただ、いくら準備をしても予想通りにいくとは限りません。ダメージを受けることもあると思うので、自分へのご褒美もセットで用意しておくと良いでしょう。

親と話し合った後は愚痴(ぐち)を聞いてくれる人と会う、好きなスイーツを買って帰る、その日はオフにするなど。ダメージを受ける前提で、自分を労わる準備をしておくこともおすすめです。

「気持ちを伝えられない自分」を責めないでほしい

差し込む光のイメージ
けんかになってしまう方がいる一方で「親に意見を言えない・小さい頃から自分の気持ちを伝えるのが苦手だった」というケースもあると思います。その場合どのようなコミュニケーションを試みるのが良いでしょうか。

寝子:そうした場合は無理に話し合ったり意見を伝えなくても良いと思います。おそらく、過去に自分の気持ちを伝えて良い反応を得られなかったり、嫌な記憶が残っているのでしょう。

そもそも、自分の意見を言える方が良い・偉いなんてことはありません。言いたいけど言えないという人は、「相手を傷つけたくない」「人と穏やかに関わっていきたい」という深い優しさを持っている人です。

相手を慮(おもんばか)ってモヤモヤを抱え続けられるということ。その素晴らしい特性や優しさに気づいて、ご自身を褒めてあげてほしいなと思います。

“優しい特性を持っている”自分に目を向けてあげることが大切なのですね。

寝子:どうか自分の欠点探しをしないでほしいなと思います。そしてもし普段から優しい人が、怒りや不快感を抱くようなことがあったとしたら、それはその人にとって大切な価値観や信念が隠されている証です。

その場合は「自分は何を大事にしたいのかな?」とご自身と向き合う機会にしてみてもいいかもしれませんね。

今のあなたは、親に分かってもらえなくても生きていける

親にモヤモヤしつつも育ててくれた感謝の気持ちから、親を否定することに抵抗を感じるケースもあるかと思います。そうした中で、親と向き合うことのメリットもしくは向き合わないことで起きるデメリットについて教えてください。

寝子:まず向き合わないデメリットとしては、「しんどい気持ち」が続いてしまうことです。最初に話した通り「親」というのは特別な存在だからこそ、一度感じた不快感がなかなか消えません。嫌な気持ちにふたをするのにも、実はものすごくエネルギーが消耗されています。

また本人はもちろんのこと、苦しんでいる姿を目の当たりにする今の家族や友人に「しんどい気持ち」が伝わってしまうことも。本来親に向けるべき感情を抑圧してきた分、パートナーや子どもに当たってしまうなんてこともあり得ます。

今大切にしたい人をちゃんと大切にするために親と向き合ってみるのも良い選択かもしれませんね。

一人で歩くイメージ
「親」との関係をどう築くかで、他の人との関係性にも変化が生まれるんですね。

寝子:ただし、選択に良い悪いはありません。向き合うことで短期的にはしんどい気持ちになると思いますし、自分を守るために向き合わないことが必要なときもあります。そのため双方のメリット・デメリットを知った上でご自身で選択ができると良いですね。

親へのしんどい気持ちから、これからどう接していくべきか悩んでいる方に向けて、寝子さんはどんなメッセージを届けたいですか?

寝子:「今のあなたは親に分かってもらえなくても生きていける」とお伝えしたいです。子どもの頃、親は絶対的な存在でした。生きるためには親の機嫌や感情に合わせなければならず、知らず知らず傷ついてきた人もいるでしょう。

でも親の顔色を気にしてしまうのは子どもの頃の思考の癖であって、今はもう振り回されなくて大丈夫。親の不機嫌は親の問題なので、引き受けなくていいのです。

そうやって「親がしんどい」と感じる根本を解きほぐしながら自己理解を深めていくことで、「親との適切な関係性」を模索していけると良いですね。

取材・文:貝津美里
編集:はてな編集部

「家族」だからこそ、むずかしい

家族に苦しめられた私が、独身のまま40歳を過ぎて思うこと|小林エリコ
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遅れて来た反抗期を終えて感じた「ほんとうの自立」
30歳を過ぎたころに「遅れてきた反抗期」を迎えた
「家族会議」のやり方。専門家が教える、週1回10分で子どもと信頼関係を築く方法【テンプレ付】
週1回10分で子どもと信頼関係を築く「家族会議」のススメ

忙しくて本が読めない、積読してしまうという人へ。三宅香帆さん「また必ず読めるときがやってくる」

三宅香帆さんインタビュー

本を読みたいのについスマホを眺めてしまう。仕事や家事、育児に追われて積読が増えていく——。「読書」にまつわるそんな悩みを抱えてはいないでしょうか。

文芸評論家として活躍する三宅香帆さんも、会社員時代は「本が読めなくなった」といいます。そんな当時の経験をSNSで発信したところ、多くの共感の声が集まり、2024年4月には『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を出版しました。

今回は、仕事に家事・育児と目まぐるしい毎日の中で、読書を楽しむヒントをうかがいました。

働いていると本が読めなくなるのは、普通のこと

本が大好きな三宅さんも、多忙な会社員時代に本が読めなくなったとのこと。改めて、当時の状況を教えていただけますか。

三宅香帆さん(以下、三宅):仕事に関係のある本は読めても、好きだったはずの古典文学や海外文学などが読めなくなりました。仕事はすごく楽しくて充実していた一方で、本を読む時間が取れないだけでなく、そもそも興味が向かなくなっていたんです。

その経験をSNSにつづったところ、多くの共感の声をいただいて。働いていると本が読めなくなったのは、私だけではないんだなと気づいたんです。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)

日本の労働と読書の歴史を紐解いた一冊

著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、その理由を本という媒体の“ノイズ性”にあると書かれていました。

三宅:はい。特に文学作品は、今の自分に直接関係のない“ノイズ”となる情報が含まれていることが多い。

そこが読書の魅力でもあるのですが、時間がなく自分のことでいっぱいいっぱいなときは、そういった“ノイズ”を受け入れる余裕がありません。だから、働いていると本が読めなくなるのではないかと考えました。

現在はフリーランスの書評家として活動されていますが、会社員の頃と比べて、本との接し方はどのように変わりましたか?

三宅:時間の使い方を自分で決められるようになったことで、自然とまた本が読めるようになりました。今の世の中で会社員と読書の両立がいかに難しいか、身をもって体感しましたね。

スマホばかり見ちゃう、時間がない……読書の悩み別アドバイス

読書に対するよくある悩みについて、ケース別に無理なく本を読むコツを教えてください。

ケース1:就寝前や休日など「本を読もうかな」と思っていたはずなのに、ついついスマホで動画やSNSを見てしまい今日も積読のまま……


三宅:まずは、よく開くSNSや動画アプリの近くに「電子書籍アプリ」を入れてみましょう。

スマホを使っていると、最初はおもしろく見ていてもだんだんと「見たいものはもうないのに、なぜかだらだらと見続けちゃう」ということはありませんか?そういうとき、すぐ近くにある電子書籍のアプリを開いてみる。すると、「こっちの方が自分が欲しい情報があるじゃん」と、本のおもしろさを感じられるかもしれません。

他のアプリで見るものがなくなり「暇だな」と思ったら、電子書籍を開いてみるところから始めてはいかがでしょうか。

スマホを眺めている様子
スマホばかり見てしまうなら、むしろそれを読書のきっかけにしてしまおう、ということですね。普段から読みたい本をチェックしておくとよさそうです。

三宅:そうですね。アプリ内に積読しておいて、暇なときにそれを読むのが良いんじゃないかなと思います。

スマホを使った方法でいうと、「読書メモ」をつけるのも効果的です。月ごとに読んだ本や内容を簡単にメモしておくと、今月はあまり読めていないなと気づいて、「じゃあもう少し読もうかな」という動機になる。SNSが好きな方であれば、その読書メモを発信するのも楽しいと思います。

ケース2:上司や同僚に「この本は今後のために読んだ方が良い」と勧められた本や、資格取得のための本ばかり読んでいるうちに、本を読むことが「タスク」になってしまった


三宅:このケースでは、書店に行ってみることをおすすめしたいです。

ケース1で紹介した電子書籍は手軽であるがゆえに、ラインアップが「読まなきゃいけない本」に偏ってしまいがち。そういうときこそ書店に行くと、普段の仕事とは関係のない本が目に留まって、「自分の興味ってこういうところにあったんだな」と新たな気づきがあると思います。

あるいは、タイトルや表紙に惹かれた本を手に取ってみることで、全然知らない著者さんに出会えることもありますね。読書が義務になってしまっている人は、いったん書店に行ってみて、自分の興味関心を広げてみるのが良いと思います。

書店で本を選ぶ様子
新しいジャンルの本に挑戦してみたいとき、どのように開拓すると良いでしょうか?

三宅:フィクションだったら、自分と好みの合う読書アカウントや読書ブログを見つけて、その人の推薦に沿って読んでみると、いろんな作品との出会いがあると思います。

専門的な内容であれば、新書を強くおすすめします。日本の新書って、非常にレベルが高いんですよ。最先端な分野でもニッチな分野でも、短く分かりやすくまとまった媒体が1,000円くらいで入手できる。

新しい分野に興味を持ったら、まずは新書でその分野を解説している本を探してみてください。それが面白かったら、同じ筆者の過去の書籍や、参考文献をたどって、その分野を掘っていくと良いと思います。

ケース3:朝と夜は育児、日中は仕事。そもそも「自分の時間」がない。たまにスキマ時間ができても、何をするでもなくあっという間に時間が過ぎてしまう


三宅:ケース1と同様に、スマホやタブレットに「電子書籍アプリ」を入れると、スキマ時間に読みやすくなると思います。その際、フィクションの場合は小説だとなかなかスキマ時間で読むのが難しいと思いますから、アンソロジー短編集など「細切れ読書」がしやすいジャンルのものを選ぶと良いでしょう。

ただ、その時間も取れないぐらい忙しい場合、そもそも今は本を読む時期ではないのかもしれません。その忙しさが落ち着いたときに、「そろそろまた本を読もうかな」と思えることの方が大切な気がします。

読むこと自体が義務になってしまうと、好きだったはずの読書がつらくなってしまいますから。

なるほど……。ただ、せっかく買った本を、ずっと積読している自分に罪悪感を抱いてしまうことがあって......。

三宅:私も積読をしますし、置いているうちにすでに読んだ気になっている本もあります(笑)。自分で買っているわけだし、罪悪感を覚える必要はないと思いますよ。私自身読書を義務に感じたことはなく、だからこそずっと本好きでいられているのだと思います。

私が「読み手」と同時に「書き手」でもあるからかもしれませんが、著者としては買ってくれた時点で万々歳なんです。もちろん読んでくれたら一番うれしいですが、いったん買って自分のものにしておいて「時期が来たら読むだろう」、ぐらいの気持ちでいられると良いんじゃないでしょうか。

そういってもらえると、少し気が楽になりますね。

三宅:ひとまず目次だけ読んでおくのもおすすめですよ。多少読んだ気になって罪悪感も薄れますし、どんなことが書いてあるのかざっくり触れておくことで、ふとしたときに「そういえばあんな本買ってあったな!」と思い出すきっかけにもなります。

いっぱいいっぱいなときほど、本を読んでみて

改めて、三宅さんが思う読書の魅力とは何でしょうか?

三宅:普段忙しく過ごしていると、どうしても目の前のことで頭がいっぱいいっぱいになりがちですよね。特に現代は、働くことに対して真面目にならざるを得ない風潮があると思います。

例えば「キャリアアップしなきゃ」とか「成果を出さなきゃ」とか、何かと焦りを感じやすいような構造になっていて、あっという間に仕事のことで頭がいっぱいになってしまう。

しかし、そんなときにこそ読書をおすすめしたいんです。本が持つポジティブな意味での“ノイズ”が頭の中に入り込んでくれば、本を読んでいるうちは目の前の忙しさから解放される。とても良い気分転換になるんですよね。

かつての私のように、好きなのにどうしても本が読めないという方も多いと思うのですが、できれば今日話したように電子書籍やスキマ時間などを活用して、少しでも読書の時間を持っていただけたらと思います。

読書する様子
「りっすん」読者の中には仕事と家事・育児を両立していて、本がなかなか読めないことに悩んでいる方も多そうです。

三宅:その場合は先ほどお伝えしたように、「今は本を読む時期じゃないんだな」といったん今の自分の状況を受け入れてみてほしい。今後も続く“読書人生”を考えれば、まだいくらでも読めるチャンスはあるはずです。

ただ、著書に書いているように、仕事や家事育児に対して“全身全霊”でなく、心持ちだけでも“半身”で取り組めると良いのでは、と個人的には考えています。

大好きだった本が読めないくらい自分自身に負荷やストレスをかけ過ぎると、短期的にはがんばれても、長期的にみると自らを苦しい状態に追い込んでしまっているように思うんです。仕事も家事育児も心地よく長く続けていくには、本を読む余裕が持てるくらいの方が望ましいのかもしれませんね。

取材・文:ヒガキユウカ
編集:はてな編集部

「読書」が大好きなあなたへ

あなたにとって「働く」とは何ですか? 文学から哲学まで仕事の見方を変えてくれる本|石井千湖
文学から哲学まで「視野」を広げてくれる5冊
仕事の意味を問い直す。冬木糸一さんが選ぶ、これからの仕事を考えるためのSF
これからの仕事のあり方を捉え直すSF4作
すぐには役に立たない本が、だめな自分を肯定してくれた。phaさんの「ゆっくり効く読書」のすすめ
すぐには役に立たない本が、だめな自分を肯定してくれる

お話を伺った方:三宅香帆さん

三宅香帆さん

文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。小説や古典文学やエンタメなどの幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』等多数。

岸田奈美さんが“元気でいるための休業”をとって気づいたこと。まだ大丈夫と思わず「無理して休んで」

岸田奈美さんインタビュー

「休むことは大事」と分かっていても、仕事や家事、育児などに忙しい日々の中でつい無理をしてしまっていませんか。

作家・岸田奈美さんは、2024年2月の中旬にこれからも元気に働くために「1週間の休業」という選択をとりました。

これまでは「人気商売のフリーランスが休むなんてありえない」と感じていたという岸田さん。結果的に3週間ほどに延長となった休業を経て、“働くこと”や“休むこと”への考え方にどのような変化があったのか、お話を伺いました。

「書きつづけたいなら、いま休みましょう」

岸田奈美さんインタビュー
岸田さんは2024年2月の中旬に、「1週間の休業」を選択されました。普段の忙しさに加え、自宅の漏水や引っ越しなどさまざまなトラブルが重なった末の選択だったそうですが、改めて当時のことを教えていただけますか。

岸田奈美さん(以下、岸田):まず2023年末、テレビ番組の企画でホノルルマラソンに家族で挑戦したんです。それが体力的にかなりしんどくて、帰国後に高熱を出してしまって。家で寝込んでいたら、とつぜん天井が抜けて、汚水がダバーッと部屋に落ちてきたんです(笑)。

漏水のせいでクリーニングしてももう住めないほど部屋が汚れてしまい、年末の忙しい時期に家を失うことになり……。お気に入りの家具が水浸しになっていくのを見て心がめちゃくちゃになりながらも、どうにか準備を整えて、年明け早々に引っ越しを終えました。

ただでさえ忙しい年末にそんな災難が。大変でしたね……。

岸田:休むことを決めたのは、そのトラブルの直後です。体調は回復しつつあったので、お世話になっている編集者さんに「年末年始は原稿が書けなかったのでこれから頑張ります」と伝えたら「いや、岸田さん、いまのうちに休む期間をつくっておきましょう」と言われて。

驚いて理由を聞くと「岸田さんは大きなトラブルや大切なイベントをいつも持ち前の瞬発力で対応できてしまうけれど、その直後に必ず体調を崩して倒れ込んでいるので」と。これまでの数年を振り返ってみると、確かにその通りだったんですよね。

体調を崩す「法則」があった、と。

岸田:はい。そのとき私に休むことを提案してくれた編集者さんは、さまざまな作家を担当してきた人で「1年間無理して働き続けたせいで、結果的に10年働けなくなった人を知っている。反対に、思い切って1週間休んだことで、それから10年以上作品を書き続けられた人も知っている」と話してくれました。

すごく説得力があったんですよね。「これからもずっと書き続けたいなら、倒れる前にいま1週間休みましょうよ」と言ってくれて、確かにそうだ、ナイス! と思って(笑)。

「休むなんてありえない」と思っていた

では岸田さん自身はこれまで、自分から休みを取ろうとはあまり思わなかったのでしょうか?

岸田:そうですね。私は作家になる前、ベンチャー企業で10年間働いていて、毎日決まった時間に通勤して忙しく働いていた当時と比べたら、今がすごくイージーモードに思えていたんです。好きな仕事ができるだけでありがたい、休むなんてありえない、と思ってました。

そんな岸田さんが今回ようやく「休もう」と決意できたのは、やはり心身の疲れを自覚したことが大きかったのでしょうか?

岸田:実は「疲れている」という自覚は、そのときもあまりなかったんです。でも編集者さんの言う通り、いつもギリギリまで働いて、自分でも気づかないうちに体調を崩してしまうことばかりだったんですよね。

そのせいで、したかった仕事ができなくなったり、会いたい人に会う機会を失ってしまったり……といった後悔があったので、同じ経験をもう二度としたくないからこそ、いま元気なうちに休もうと思って。

岸田奈美さんインタビュー


私には好きなアーティストがいるのですが、改めて自分の推しが心身の不調で活動休止してしまったときのしんどさを思い返して「自分の好きな人には本当につらくなる前にどんどん休んでほしいな」と感じたんです。

仕事を長く続けていくためにあえて計画的に休む、という選択は、読者の方や家族、仕事相手、誰のことも不幸せにしないなと初めて気づいたんですよね。

とはいえ、すでに先々の予定が決まっていたり、フリーランスで給与の保証がなかったりすると、休むことに心理的なハードルを感じる方も多いのではないかと思います。休むことに対して不安は感じましたか?

岸田:不安はすごくありました。特に私は、書いたエッセイをSNSを通じて多くの方に届けているタイプのクリエイターなので、流行の移り変わりが早い分、1週間も文章を書かずにいたら仕事がなくなったり、読者さんから嫌われてしまうのでは、という怖さは大きかったですね。

でも、恐る恐る休暇を取るとブログに書いたら、読者の方から本当にたくさんコメントをいただいて。「休んでくださいってずっと言いたかったんです」や「元気なうちに休むことを選んでくれてありがとう」といった言葉ばかりで、すごく好意的に送り出してもらえたんです。

読者が減るんじゃないかと不安だったんですが、結果的にはむしろ増えて……。ありがたかったです。あらかじめ歓迎される空気をつくった上で休むっていうのは、韓国アイドルの“カムバ”(オフを経て新曲発売などで積極的に活動すること)と一緒ですよね(笑)。「カムバするんで!」と宣言してから休業に入ったわけです。

岸田さんのXの投稿
岸田さんのXの投稿より

休業を経て「常に明るくおもしろくいなくちゃ」という呪縛が解けた

1週間の休業中は、どのように過ごしたのでしょうか?

岸田:どうせなら海外旅行とかしちゃおうかな、と最初は思っていたんです。でも鈴木裕介さんの『心療内科医が教える本当の休み方』(アスコム)という本に「結婚や転居などのポジティブな変化であっても人はストレスを感じるから、心身を落ち着かせたいときはアクティブに動き過ぎない方がいい」というようなことが書いてあって。目からウロコが落ちる思いでしたね。

アカンアカン、と慌てて旅行をキャンセルしました(笑)。

休業中は規則正しい生活を送ることを心がけて、SNSやネットのニュースはほとんど見ないようにしました。やっぱり見ると気になっちゃうので、できるだけ刺激の少ない状態でいようと思って。

1週間の休業を終えたあとは、心身ともにすっかりリフレッシュできたのでしょうか?

岸田:しっかり休むことはできたはずなのに、その後肩や腰の痛み、情緒不安定など心身の不調が相次いで。結局、当初の予定を超えて、3週間くらい休むことになってしまったんです。

痛みは1週間ほどで治ったのですが、休みが3週目に差しかかったあたりで、レジで「レシートいりません」と伝えたのにレシートを渡された、というだけのことでイライラしてしまうような状態になって。

岸田奈美さんインタビュー


いままでそんなこと一度もなかったので私自身、すごく戸惑って自分を責めましたし、1週間休んだらすっかり元気になると思っていたので「話が違うやん!」とめちゃくちゃ落ち込んだんですよ。でも後日かかりつけの先生に話したら、「むしろそれはいいことだったと思うよ」と言われて。

どういうことでしょうか?

岸田:先生いわく、私はこれまでずっと休まずにきたから、アドレナリンが常に出続けていて、痛みや疲れを感じない体になっていたそうなんです。

でも、1週間何もしなかったことによってアドレナリンの分泌が切れて、ずっとごまかしていた心身の不調が一気にきたんじゃないか、と。「もっと働き続けていたら、どこかでうつ状態になっていたと思うよ」と言われて、なるほどなあと思いました。

これまでずっと「常に明るくおもしろい岸田奈美でいなくちゃ」と思い詰め過ぎていたけれど、休みをとったことでふっとその呪いが解けて、「いまのうちに荒れとけ」って私の情緒も思ったのかもしれないな、と。

その後は徐々に落ち着いて、3週間の休みの終わり頃には気づけばいつも通りの状態に戻っていました。

「自分がやらないと回らない」は思い込み

結果的に3週間となった休業を経て、「休むこと」への岸田さんの考えに変化はありましたか?

岸田:「ぜんぜん疲れてないし」という自分の感覚を信用しちゃダメだな、と思うようになりましたね。さっきお話ししたとおり、忙しく動き回っているときってアドレナリンが出ているから、疲れていても自分の状態に気づけないことが多いと思うんです。

だからこそ、自分の主観を信じるんじゃなく、客観的に自分のことをモニタリングしてくれる人の言葉を信じた方がいいと気づきました。

私の場合は編集者さんやかかりつけの先生でしたが、例えばオンラインカウンセリングなど、利害関係がない第三者に自分の状態を見てもらうといったことも大事だと思います。

日々の忙しさで、つい自分自身のケアをあと回しにしてしまう人も多いと思います。そういった人が「元気でいるためにあえて休む」ようになるために、どのような心構えが必要だと思いますか?

岸田:「落ち着いたら休もう」だと結局ずっと休めないので、「私は、休むのである……!」という強い意志を持って、先に具体的な日程を押さえておくことが大事だと思います。

岸田奈美さんインタビュー


私もこれからは大きなプロジェクトやイベントの予定が入った瞬間に、それとセットで休みをあらかじめ計画しようと思っています。さっそくですけど、来月の1週目もしっかり休む予定です。(※取材は2024年6月に実施)

あとは、もし無理をして体調を崩して休むことになってしまったとしても、自分を責めるのではなく、「自分はこのくらい稼働したら限界がくるんだ」と、経験値を貯められたと捉えられるといいのでは、と思っています。

中には「自分がやらないと仕事や家事が回らない」という思いから、休むことをなかなか選べない人もいるように思います。

岸田:そうですよね。でも「自分がやらないと回らない」というのはほとんどの場合、思い込みだと思うんです。

例えば母子家庭のわが家の場合、オカンが「子どもには苦労をかけないように」と人一倍がんばって、朝から晩まで働きながらずっと家事を完璧にこなしてくれていたと同時に、知的障害のある弟の通訳も担ってくれていました。

すごくありがたかったけれど、オカンは当時を振り返って「私が子どもたちの成長の機会を奪ってしまったのかも」と後悔もしているみたいで。

成長の機会?

岸田:はい。オカンがあんなに完璧でなかったら、私は学生時代にもっと家事ができるようになったり、アルバイト経験を積むこともできたと思うんです。弟もオカンによる通訳がなければ、もっと早く独り立ちできたかもしれない。

だから、頑張って家事や仕事を完璧にやることはすばらしいことだけれど、その分、誰かが成長するチャンスを奪っている可能性もある、と考えてみてもいいと思います。

岸田奈美さんインタビュー
仕事や家事をこなすことが日常になっている人にとって、それを手放すのは覚悟のいることかもしれませんね。

岸田:いや、本当に。「無理しないでね」って言葉をかけてくれる人もたくさんいますけど、休み慣れていない人って、相当思い切って無理をしないと休めないと思うんです。

でも、自分が倒れてしまわないためにも、子どもや部下の成長のためにも、自分の仕事をあえて手放してみる。ちょっと無理をしてでも修行だと思って、休む練習をしてみてください。

取材・文:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部

『国道沿いでだいじょうぶ100回』(小学館)

岸田奈美さんエッセイシリーズの3作目。SNSでも話題になったエッセイ「国道沿いで、だいじょうぶ100回」、「魂をこめた料理と、命をけずる料理はちがう」 「「死ね」といったあなたへ」など厳選エッセイ18本を採録。

「休む」ことを前向きに捉えてみる

「みんな頑張っているから休めない」と無理を重ねた私が、自分を大事にするようになるまで
「みんな頑張っているから休めない」と無理をしていたけど
“休み方迷子”を抜け出すためには日常の「深呼吸」が必要だった――HAA代表・池田佳乃子
“休み方迷子”だった私が気づいた「日常の深呼吸」の必要性
疲れている自分
「正しく休む」ために自分の“トリセツ”を作ってみる

お話を伺った方:岸田奈美さん

岸田奈美さん

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒業。100文字で済むことを2000文字で伝える作家。Forbesの世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 Asia 2021」に選出される。著者に、『家族だったから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった+かきたし』(小学館文庫)、『家族だったから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』『傘のさし方がわからない』(ともに小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)、『飽きっぽいから、愛っぽい』(講談社)など。
X:@namikishida
note:https://note.kishidanami.com/

休職後の復職に不安や怖さを感じている方へ。精神科医・斎藤環さん「また休んではいけない、と思わないように」

斎藤環さんインタビュー

休職後の復職を前に再び他者と働くことに不安を覚える人は少なくありません。

メンタルヘルス不調で休職した労働者の復職後の再病休率は約5割(※1)と言われており、不安を抱えたまま復職をすると、再び無理をしてメンタル不調の再発につながってしまう可能性も考えられます。

今回お話をうかがったのは、人間関係を原因とする「うつ病」や「ひきこもり」支援に長く携わってきた精神科医の斎藤環さん。復職への不安をやわらげるために必要なことを聞きました。

(※1)参考:平成29年度日本フルハップ研究助成報告書「中小企業のためのメンタルヘルス不調社員実務対応・復職支援ハンドブック」

お話を伺った方:斎藤環さん

斎藤環さん

1961年岩手県生まれ。精神科医。筑波大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。2024年4月まで筑波大学社会精神保健学教授を務める。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、精神療法。著書に『「自傷的自己愛」の精神分析』(角川新書)、『映画のまなざし転移』(青土社)など。

休職後、どうして「対人関係」に不安を感じるのか

ある研究では「メンタルヘルス不調で休職した社員の復職後の再病休率は約5割にのぼる」という調査結果が出ています。休職者が復職する際、どんな悩みを抱えやすいのでしょうか?

斎藤環さん(以下、斎藤) 人によってさまざまですが、悩みの大半は「対人関係」ではないかと。つまり「再び職場で受け入れてもらえるだろうか」という不安が圧倒的に大きいと思います。

休職期間が長くなり、家から出ず人とも会わない生活に慣れていくほど対人恐怖的な葛藤が膨らみ、復職の際につまずく原因になってしまいます。

なぜ休職期間が長くなると「対人関係への不安」が増すのでしょうか。

斎藤 いくつかの理由が考えられますが、最も多いのは、「そもそも休職する以前から無理をしていたから」というケースです。毎日会社に行き、周囲の人たちに合わせながら働くことにストレスを感じていて、それでも努力して“常識的な社会人”であろうと頑張っていた。

しかし、長期の休職によって無理の仕方を忘れてしまい、以前はできていたはずのコミュニケーションもとれなくなってしまう。こうした人は、相当数いると考えられます。

もう一つは「自己評価の低下」です。休職が長引けば長引くほど職場に迷惑をかけている、みんなに負担をかけているという思いが募り、自己評価の低下につながってしまいます。そして、いつしか「みんなが自分を非難している」という具合に、自分の感情を相手に“投影”してしまうわけです。

そうした極端な思い込みに陥ってしまうのはなぜでしょう。

斎藤 長い休職生活やひきこもり生活は、心が幼児に戻ってしまうような「退行(子ども返り)」が起こりやすく、退行は妄想 - 分裂態勢という状態を引き起こすからです。

「妄想 - 分裂態勢」とは?

斎藤 世界を「白と黒」「敵と味方」に分けてしまうような極端な発想に陥りやすい状態のことです。一人でも批判する人がいたら全員が批判しているかのように一般化してしまう。

本来、心が成熟している大人は全てが白と黒では分けられないこと、世の中にはグレーゾーンが多いことを分かっています。そのため、誰かが自分を批判していたとしても「そういう人もいるよね」と冷静に処理できるのですが、心が幼児化するとそう思えなくなる。「全員がそう思っているに違いない」と思い込みを広げてしまうわけです。

ただ、それはその人自身が未熟なわけではありません。休職によるひきこもり生活のように、退行が起こりやすい環境下では誰しもがこうした状態に陥ってしまう可能性があります。

復職前の不安をやわらげるには?ケース別の対処法

復職を前に対人関係への不安を抱えている方に向け、ここからは休職に至ったケースごとに、復職に向けた心の持ちようや対策などを教えてください。

ケース1:顔を合わせるとやけに緊張してしまう、苦手な上司がいる。また同じ職場で働くと思うと、気が重い……(26歳女性)


斎藤 特にハラスメントを受けたのでなければ、苦手意識の大半は思い込みによって生じている可能性があります。休職中は思い込みがエスカレートしやすいので、その上司から言われたネガティブな言葉を思い出し「あの人は私のことがすごく嫌いなんだ」と、より苦手意識が強くなっているかもしれません。

これを緩和する一つの手段が「対話」です。あえてその上司との面談の機会を持つことで、やや暴走気味の悪印象がやわらぐ可能性が高いと思います。自分から面談を希望するのが難しければ別の上司にその場を設定してもらいましょう。

上司と面談をするイラスト
苦手意識を抱いている人と話すというのはストレスを感じそうですし、付き合いをなるべく「避ける」という方法もあると思うのですが、それは悪手なのでしょうか?

斎藤 避けているうちは、いつまでもその恐怖から逃れることはできません。できれば対面での解決をはかってほしいと思います。

ただ、思い込みではなく実際にハラスメントと感じる発言や態度があった場合は、一刻も早くハラスメント対応の窓口など然るべきところに相談をしたり、別の上司に打ち明けたりしてください。なかなか声を挙げづらいかもしれませんが、外側にハッキリとした原因がある場合、本人のマインドセットだけで解決することはできません。

自分の思い込みなのかハラスメントなのか、判断がつきづらいケースもありそうです。

斎藤 そうですね。なのでそういった場合もまずは客観視できる立場の人に相談してください。なかには、マイクロアグレッション(自覚なき差別)のように、ハラスメントとまでは言えなくても、言葉の端々に攻撃性を滲(にじ)ませてくる人もいます。

いずれにせよ、自分の胸に秘めているうちは何も解決しませんし、口に出すことでいくらかは気持ちが軽くなるはずですから。

ハラスメントが原因で休職に至ったとしても、復職前までにそれを会社が認めてくれない、何も対応してくれない場合はどうすればいいですか?

斎藤 その場合は、医師に相談しましょう。診断書という公文書に「ハラスメントが原因である」と書かれれば、会社側もさすがに何も対応しないわけにはいきませんし、復職の際の条件を有利にすることができるはずです。

職場の産業医から紹介された医療機関だと、診療情報が会社に筒抜けになってしまうのではないかと心配される方もいますが、通常、そんなことはあり得ませんので安心していただきたいです。

ケース2:休職前、初めてマネージャー職に就き、業務量の多さやプレッシャーなどから無理がたたり休職に至る。周囲に何も告げられないまま急に休職してしまったため、気まずい……(33歳女性)


斎藤 休職前に本人から説明できなかったとしても、会社側から上司や部下など同じチームのメンバーにはある程度は事情が伝えられているはずですから、そこを気に病む必要はありません。

また、休職したことについて謝罪する必要はないと考えますが、なんとなくギスギスしてしまうようなら、メンバーに状況を説明する機会を設けた方がいいと思います。

このケースでも、まずは対面で話す機会を設けるべきなのですね。

斎藤 はい。それから、この方の場合は業務量が増え無理がたたって休職に至ったということですので、リワーク制度を活用してほしいですね。リワーク制度とは、メンタルヘルスの不調で休職した人がスムーズに復職できるよう、医師のアドバイスを受けながら“リハビリ”する仕組みです。

会社にそうした制度がなくても、担当医にお願いすれば意見書を書いてくれます。「復職後しばらくは時短勤務から始め、段階を踏んでペースを上げていきたい」「場合によっては部署の変更も考えてほしい」など、具体的な復職プログラムを盛り込んだ意見書を出してもらいましょう。

先ほどの診断書もそうですが、医療機関にかかることは治療以外にも有益な点が多いです。専門機関が持つさまざまなノウハウやリソースを、ぜひ活用してほしいと思います。

医師に診断書を書いてもらうイラスト
このケースだと復職後はいったん、マネージャー職から外れる可能性が高く、いわゆる“出世コース”から外されてしまったような挫折感を覚えてしまうかもしれません。そうした負の感情は、どのように消化すればいいでしょうか?

斎藤 それは至極まっとうな感情の動きですし、なかなか消化しきれるものではないと思います。ただ、マネージャー職の業務の負担に耐えられずに休職に至ったという事実があるわけですから、そこは受け止めるしかありません。

むしろ自分の適性を知る良い機会になった、別の方向性を探るきっかけになったと捉え、あまり引きずらずに切り替えていくことが大事かなと思います。

ケース3:昔から頼まれたら断れないタイプで、仕事となるとなおさら。自分のキャパシティ以上の業務を抱え続けたことで体調を崩し、休職に至る。働くことは好きなので早く復帰したいが、また「断れない性格」でキャパオーバーになるのではと不安がある……(32歳男性)


斎藤 この方の場合、「NO」が言えないという課題がはっきりしているので、「認知行動療法」のアプローチが有効と考えられます。

認知行動療法とは、凝り固まってしまった自身の考え方に気づき、ストレスの原因と上手に付き合えるようになることを目指す心理療法のこと。自分が苦手なシチュエーションをイメージし、10段階に分けて作成した「不安階層表」を元に、最もストレスが少ない順に取り組んで一つひとつ乗り越えていくというプロセスが一般的です。

なるほど。このケースでは、どのように対応していくのがよさそうでしょうか?

斎藤 「NO」と言いやすい相手・内容から段階的に「断る」ことへの耐性をつけていきます。

例えば、「いつも1人でやっている家事の分担を提案してみる」、次は「気の置けない友人に普段とは違う遊びを提案してみる」などからやってみてはどうでしょう。そして「同僚から提示されたタスクの期日をこちらの都合にあわせて調整してもらう」……というふうに少しずつ負荷を大きくしていきます。

まずは自身の「断らない性格」という問題を明確に意識した上で、それをスモールステップで段階的に乗り越えていけば、変われる可能性がかなり高いと思います。

認知行動療法のイメージイラスト

「元に戻る」ではなく、人生の仕切り直しと捉える

今回挙げた3つのケースに限らず、共通して押さえておきたい、復職に向けたポイントがあれば教えてください。

斎藤 まず、復職直後は「会社に戻るための実験期間」のように捉えてほしいと思います。あくまで実験ですから、まだ早ければもう一度休んだっていい。「また休職してはいけない」と思い込むことは、むしろ無理をしてしまうきっかけとなります。

復職というと「元に戻ること」と考えられているフシがありますが、そうとは限りません。休職に至るほどのつらい経験は、自分は何が苦手なのか、どんな弱点があるのかを知る機会だったとも言えます。

ですから、元に戻ることを目指すのではなく、休んだことをきっかけに仕事のやり方を変えてみたり、ライフスタイルを少し見直したり、「新しい要素を携えて再出発する」といった考え方がいいのではないでしょうか。

「新しい要素」というと、どんなものが挙げられますか?

斎藤 例えば、趣味や好きなことを見つけ、遊び仲間など職場以外の居場所をつくっておくこと。

また、「復職できたからもう必要ない」と思わず、予防の意味合いで、定期的に治療やカウンセリングに通うのも良いでしょう。相談をせずに限界を迎える、ということがないように、日頃から話を聞いてもらう習慣をつくっておくのもおすすめですよ。

復職をしたとしても、再休職という選択を取らざるを得ない場合もあるかと思います。なるべく休職を繰り返さないためのアドバイスはありますか?

斎藤 休職を繰り返す要因の一つに、休職中、精神的にしっかりと休めていない可能性があると考えられます。

精神的な安静とは何もしないで家でじっとしていることではなく、「イヤなことをせず、好きなことをする」ということ。うつ状態を訴えて会社を休んでいる人が遊びにいったり旅行したりするのはけしからんといった風潮がありますが、むしろ仕事のことは忘れて思いっきり遊ぶべきなんですね。

人と会わず家に引きこもって過ごしていると、先ほどお伝えした「思い込み」が促進させてしまい、復職への心理的ハードルを高めてしまう恐れがあります。ですから、家族でもいいし、親しい友人でも構いませんので、誰かしらと一緒に好きなことをして過ごしてみてください。

取材・文:榎並紀行
イラスト:二本松マナカ
編集:はてな編集部

みんなの休職・復職体験談

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休職を選んだ後悔を抱きながら、私は「休んでよかった」と「もっと頑張れていたら」の間を生きていく
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雑談が苦手なら「聞く」に徹する。取引先、後輩、上司など“親しくない人”と会話するコツ

いしかわゆきさんインタビュー
撮影:岩下周平

親しい友人であれば平気なのに、上司や部下、取引先など“あまり親しくない人”との雑談やアイスブレイクに「何を話せばいいんだっけ……?」と、戸惑った経験はありませんか。

ライター・インタビュアーのいしかわゆきさんも、かつては「親しくない人との雑談」に強い苦手意識を抱いていたそう。しかし、「聞くスキル」を磨いたことで、どんな相手とでも会話をすることが苦痛ではなくなったといいます。

今回はそんないしかわさんに「聞くスキル」を中心とした、明日から使える具体的な会話のコツを教えてもらいました。

雑談が苦手でも「話を聞く」ことはできる

いしかわさんは現在インタビューライターとして、さまざまな人に話を聞くお仕事をされています。ですがもともとは「他人に興味が持てず、人と関わるのが苦手」という悩みがあったそうですね。

いしかわゆきさん(以下、いしかわ):はい。私は昔から「人と話したい」という気持ちが薄く、雑談をするのも好きではないし、美容室などでもスマホを見て無言で過ごすタイプでした。ところが、新卒で入った会社で営業担当になってしまって、仕事でさまざまな人と話す必要が出てきてしまったんです……。

私の場合、商談など仕事上必要な会話のやりとりはかろうじてできるのですが、クライアントと「他愛のない雑談」をするのが本当に苦手で。場を和ませるような“ちょっとした雑談”を上手にこなす先輩たちと自分を比べて、常に劣等感を抱えていました。「私は『つまらないやつ』だと思われてるんだろうな……」などと考えてしまって、取引先に行くのが毎回憂鬱で......。

「営業は向いていない」と思い、人と話さずに済む仕事を求めてライター職に就いたんです。

ライターになったのは「人と関わらない仕事」を求めてのことだったのですね。

いしかわ:しかし、タイミングが悪く、担当するメディアのコンテンツがコラム中心から、インタビュー中心に変わってしまったんです。

今度こそ人と関わらなくて済むと思ってライターになったのに、結果的にはインタビュアーとして取材に行かなくてはならなくなった。最初の頃はとにかく嫌だったんですが、人の話を聞く仕事を続けるうちに、あれ、「聞く」って実はすごくお得なスキルなのでは?と感じるようになって。

いしかわゆきさんインタビュー中の様子
撮影:岩下周平
「聞く」がお得なスキル、というと?

いしかわ:まず、聞き手って無理に話す必要がないんですよね。自己開示したりおもしろいことを言ったりしなくても、相手の話が広がるよう、常に相手を起点にしてコミュニケーションをとればいいので、実はすごく楽な立場なんだと気づきました。

「話す」は苦手でも、「聞く」は楽にできると気づいたんですね。

いしかわ:そうなんです。あとは、じっくりと相手の話を聞いているだけで、自ずと人に好かれやすくなることにも気づきました。人は自分の話をちゃんと聞いてくれる相手には、好感を抱きやすいものなんだなあと。

いしかわさんは「聞くスキル」をどのように身に付けていったのですか?

いしかわ:もちろん仕事での実践もありましたが、インタビューライターになりたての頃は練習をかねて、プライベートでも徹底して聞き手に回ることを意識していました。

すると、話すのはあまり好きではないと思っていたはずなのに、意外と友達よりも話していることに気づいて。よくあるのが、相手の話を「分かる、私もそう。この前ね……」と、無意識に奪ってしまっていたケース。それをやめてきちんと「聞く」ことを心がけるようになったら、プライベートでも「聞き上手だね」と言われることが増えました。

仕事のために身に付けた「聞くスキル」が日常生活でも生きるようになったのですね。

いしかわ:プライベートでも「仮にこれが取材だったとして、相手からどんな情報を引き出せたら読者が喜ぶだろう?」と考える癖がついて、比較的どんな相手とも会話を続けられるようになりました。

ただ、最初は興味が持てないと思っていた相手でさえも、インタビューのつもりで話を聞いてみると、自分と重なるポイントを見つけられたり、書籍やインターネットにはない面白い情報を得られたり、いろんなメリットがあるんだなと。

基本的には、人と話すよりパソコンに向かう方が好きな性格は変わらないんですけどね(笑)。

『聞く習慣』(いしかわゆき 著/クロスメディア・パブリッシング)

インタビュー・ライターとして身に付けてきた「聞くスキル」をまとめた一冊

外出、会食、チームランチ……同僚や取引先と何を話せばいい?ケース別に提案

ここからは「実践編」として、ビジネスの場面で悩みがちなケースごとに、「そこまで親しくない相手との会話のコツ」をお聞きしたいです。

ケース1:ひと回りほど年が違う新入社員と二人で外出。移動時間や訪問先での待ち時間、共通の話題が見つからない……!


いしかわ:年が離れている相手に対して一番避けたいのは、聞かれてもいないアドバイスをすること。ただでさえこちらが先輩だと相手は気を使うのに、アドバイスをすることによってお互いの上下関係が自然と強化されてしまいます。

なので私は逆に、軽い相談事を振ってこちらが相手から教えてもらう姿勢でいます。最近読んだ漫画など、ちょっとしたことでOK。話し好きな人であればいろいろ教えてくれるんじゃないかな。私だったら「最近ピラティス始めようと思ってるんだけど、おすすめのスタジオとか知ってる?」くらいのことを聞きますね。

上司と部下が雑談しているイラスト
聞き方に何かポイントはありますか?

いしかわ:「〇〇世代の間だと何がはやってるの?」と「世代」にフォーカスを当てるのではなく、「〇〇さんの中だといま何がブームなの?」と、あくまで相手に焦点を当てると良いと思います。世代で区切られても「そんなの人によってバラバラだし……」と困る人が多いと思うので。

年齢差があると、知らない答えが返ってきてしまい、結局話がつづかない.....なんてことになりませんか?

いしかわ:そうならないよう、その場で調べたり、おもしろそうなものがあったらネットショッピングで買ってみたり、なんらかの具体的なアクションをとれるといいですよね。

「最近の子の好きなものは分からないなあ」と拒絶したり、興味のない態度をそのまま出してしまうと、「じゃあ、なんで聞いてきたの.......?」と相手を困らせることにもなりますから。

ケース2:取引先の新しい担当者を含んだ複数人での会食。今後の取引のためにも、失礼なく当たり障りのない会話をしたい


いしかわ:普段の商談や打ち合わせでは仕事の話をしていると思うので、会食ではもうすこし肩の力を抜いた話ができるといいですよね。最近のニュースや業界の動向など、仕事に直接的には関係ないものの、少しだけ堅めの話題を選ぶのが無難かもしれません。

プライベートの話題は出さない方がよいでしょうか。

いしかわ:むしろ、した方がいいと思いますよ。

その場合、相手の趣味や好きなものをFacebookやXなどで事前にリサーチしておいたり、日頃から議事録ついでに相手の周辺情報をメモしたりしておいて、ここぞという時にその話題を振るのも良いと思います。例えば「釣りが趣味だとSNSに書かれていましたが、初心者でも楽しめる釣り堀ってご存じですか?」とか。

相手が取引先の場合、「失礼のないように」と緊張してしまうこともあると思います。そんな時は、どんなふうに乗り切りますか?


いしかわ:本当に緊張するような会食の場合、私だったら事前にスマホのメモに質問リストを用意しておいて、トイレに行くたびにチェックします。事前準備をしておけば、緊張も多少は和らぐのでおすすめです。

質問リストをチェックするイラスト



ケース3:会社の懇親会で立食パーティー。誰と何を話せばいい……?


いしかわ:正直、立食パーティーが得意な人ってあんまりいないと思うんです。自分と同じような心境の人を探すつもりで、「緊張しません?」とか、「こういう場が苦手で」とか、本音で話しかけてもいいんじゃないかと。

あとは、大勢と話すことは一旦考えずに、少人数の人と話すことを目標にした方が気楽かもしれません。せっかくの会社全体の懇親会なので、いつもメールやチャットだけでやりとりしている他部署の人や、同じ部署だけれどあまり話したことがない人を見つけて、普段の業務のお礼を伝えにいくだけでも十分じゃないかと思います。

会社の立食パーティーで談笑するイラスト
お礼を伝えることであれば、気を楽にして話しかけられそうですね!お礼を伝えたあとは、どんな話題を振ると良いでしょうか?

いしかわ:基本的に、会社の人とは仕事の話をするのが一番楽だと思います。私だったら「最近お忙しいですか?」「最近はどんなことをされてるんですか?」と近況を聞きますね。

いきなりプライベートに踏み込むのは避けた方がいいと思いますが、「どのあたりのエリアから通われてるんですか?」「ご出身どちらですか?」とか、ちょっとした情報を尋ねてみて様子を見てもいいと思います。そこからお互いの共通点を探っていくこともできますし。

ケース4:アルバイト・パートの方も含めチームランチ。既婚/未婚や子あり/子なしなど属性がバラバラで、どんな話題を投げかければ場が盛り上がるのかわからない……!


いしかわ:このケースでも、一番無難なのは最近の仕事の話をすることだと思います。「他のチームのプロジェクトの中でいいと思ったものってありますか?」とか、「ぶっちゃけ、いまの仕事の進め方で気になっていることはありますか?」といったことを聞いてみるのはどうでしょうか。

チームランチは仕事とプライベートの中間にあたるような場だと思うので、普段の業務やミーティングではなかなか吸い上げられない意見や気持ちを聞けるチャンスにもなりえます。

その際のポイントは、相手にだけ本音を求めるのではなく、「私もざっくばらんに話すから、よかったらみなさんも話してくださいね」という姿勢でいること。心理的安全性が担保されている場でなければそういった会話はできないと思うので、威圧的な態度で聞かないことが重要です。

チームランチで談笑するイラスト
関係性によっては、仕事の話だと場の空気が硬くなってしまう場合もあるかと思います。もう少しカジュアルな話題を振りたい時のアドバイスはありますか?

いしかわ:私だったらケース1と同じく、軽めの相談ごとを自分から持ちかけてみますね。「いま引っ越しを検討してるんですけど、みなさんのおすすめのエリアってありますか?」とか。

その場にいるメンバーの属性とはあまり関係のない、どんな人でも自分の知見を出せる話題の場合、みなさん喜んで答えてくれる印象があります。次のランチ会があったときにも「結局あの話どうなったの?」と聞いてもらえるきっかけにもなるので。

「聞くスキル」がうまくいかない時の対処法

いざ、聞き手に回ることを意識してみてもみても、自分の話をあまりしてくれず、聞き手に回りがちな人もいますよね。もちろん強引に話を聞き出すのはよくないと思いますが、仕事相手や同僚の人柄をもう少し知りたいと感じた場合、どんな聞き方を心がければよいのでしょうか?

いしかわ:相手が聞き上手な人の場合、結局自分ばかり話してしまう、というのはあるあるですよね。そんな時は、「いつも〇〇さんに話を聞いてもらってばかりだから、今日は〇〇さんの話を聞きたいです」と素直に伝えるのがいいと思います。

素直に伝えてしまっていいんですね。

いしかわ:信頼関係がまだ構築できていない場合は、話し方のペースや声色を相手にすこし寄せてみる「ペーシング」を意識してみるのも良いかもしれません。「この人、なんだかテンポが合って心地いいな」と感じることで、安心して話しやすくなる場合もあるので。

もし、相手のテンションが上がって、目がぱっと輝いたり、話すスピードが速くなったりした様子があれば、それはその人が話したい話題を掴めた可能性が高いと思います。あとは相手の話を遮らず「聞くスキル」を存分に発揮してみてください。

話を盛り上げることだけがコミュニケーションではない

苦手な会社の飲み会や取引先との会食に出席しなければならず、「気が重いなあ……」と感じている人がいたら、いしかわさんはどんなメッセージを送りたいですか?

いしかわ:自分にとって何かひとつでもプラスになる情報を取りに行こう」というマインドで参加してみると、すこしだけ気分が上向きになるんじゃないかと思います。

いしかわゆきさんインタビュー中の様子
撮影:岩下周平

あとは、「聞くスキル」を磨く練習の場だと捉えてみてもいい。

私も昔は、職場の飲み会で自分のいるテーブルだけ話が盛り上がらなかったりすると「私のせいだ……」と落ち込んでいたんです。でも、別に話を盛り上げて人を笑わせることだけがコミュニケーションではないですよね。それは「話す」のが得意な人に任せて、自分は一旦「聞く」に徹してみると気持ちも楽になると思います。

確かに、仕事上の付き合いであればなおさら、場を盛り上げたり相手と親しくなったりすることにそこまで重きを置かなくてもいいですよね。

いしかわ:そう思います。相手と仲良くなって話が盛り上がるかどうかって、聞き方の問題というよりも相性の問題であることが多いですよね。仕事上の付き合いであれば、「当たり障りなく話が聞けて、自分の欲しかった情報が得られればOK」くらいのマインドで相手と関わる方が、変に落ち込まずに済むと思います。

私の著書『聞く習慣』もそうですが、話の聞き方にまつわる本がたびたび話題になるのは、みなさんコミュニケーションに苦手意識を抱いているからだと思うんです。「立食パーティーなんて無理……」「雑談が苦手」と感じている人は、職場にもたくさんいるはずです。ですから、「上手に話さなきゃ!」とそこまで気を張らなくてもいいと思いますよ。

取材・文:生湯葉シホ
イラスト:二本松マナカ
編集:はてな編集部

仕事で使える「コミュニケーション術」

働きやすい職場を作るチームマネジメントのコツ 専門家が解説「1on1で本音を聞こうとしないで」
「1on1」で部下の本音を聞こうとしないで
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“パワハラ上司”にならず部下に注意する方法
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「即レス」が必ずしもいいわけではない

お話を伺った方:いしかわゆきさん

いしかわゆきさんプロフィール

早稲田大学文化構想学部 文芸・ジャーナリズム論系卒。Webメディア「新R25」編集部を経て2019年にライターとして独立。取材やコラムを中心に執筆する。ADHDとHSPを抱えながら、生きづらい世界をいい感じに泳ぐために発信を続ける。著書『書く習慣~自分と人生が変わるいちばん大切な文章力~』は3万部超でベストセラーに。その他著書に『ポンコツなわたしで、生きていく。』『聞く習慣』など。「書く+a」のスキルを学ぶスクール「Marble」と、noteメンバーシップ「ポンコツ同盟」を運営中。

X:@milkprincess17

『胚培養士ミズイロ』作者・おかざき真里さん|不妊治療で大切なのは「自分が納得できているか」

胚培養士ミズイロ マンガ家・おかざき真里さんインタビュー

マンガ『胚培養士ミズイロ』(小学館)を描いているマンガ家・おかざき真里さんに「仕事と不妊治療の両立」について伺いました。

不妊治療を選択している夫婦は、国内では4.4組に1組(※1)といわれ、不妊治療は私たちにとって身近なものとなっています。

しかし、不妊治療はスケジュールが読めなかったり、薬の影響で体調を崩したりと、仕事の両立の難しさに悩む人も少なくありません。プライベートなことゆえに職場や同僚に相談しづらいと感じている方もいるのではないでしょうか。

多くのクリニックや不妊治療経験者への取材をもとに生まれた『胚培養士ミズイロ』では、そんな「不妊治療」のリアルが描かれています。これまで多くの作品で「働く女性」を取り上げてきたおかざき真里さんが、本作の取材や創作を通じて感じたこととは。

「不妊治療」は誰にとっても他人事ではない

『胚培養士ミズイロ』(おかざき真里/小学館)

不妊治療のスペシャリスト・胚培養士(はいばいようし)の職業を通して、日本の不妊治療のリアルを描いたおかざき真里さんの最新作。『週刊スピリッツ』で連載中。
▶『胚培養士ミズイロ』公式サイト

体外受精によってうまれる“胚(受精卵)”を培養・管理する「胚培養士」という職業を通して、不妊治療のリアルを描いた本作品。まずは、この仕事や不妊治療をテーマにしようと思ったきっかけを教えてください。

おかざき真里さん(以下、おかざき) 前作の『阿・吽』(小学館)の連載の終わりが見えてきたとき、編集担当さんに「次はどんなものを描こうか」と相談していて。担当さんがいくつか挙げてくれたテーマのなかに「胚培養士」があって、ピンときたんです。

私は子どもを3人産んでいるのですが、妊娠や出産と、いわゆる“社会”とのシステム的な折り合いが悪過ぎるとずっと感じていました。フリーランスの私がそう感じるのだから、会社員をしながら妊娠生活を送るのはハードだろうな、先の見えない不妊治療ならなおさらだろうなって。

“折り合いの悪さ”、とても分かります。

おかざき それから、ママ友や知人に不妊治療の経験者がいて「意外と身近なことなんだ」「当事者じゃなくても何かできることがあるかもしれないから、不妊治療について知っておくべきなのでは」とも考えていました。

友達や親族の誰かが治療をしている・するかもしれない。職場の部下から相談を受けるかもしれない。年齢や性別は関係なく、誰にとっても「他人事」ではないのかなと感じたんです。

仕事との両立を阻む「先の読めなさ」

そうして「マンガ」として情報を発信することを選ばれたんですね。本作を描くにあたり、かなりの取材をされたと伺いました。

おかざき 不妊治療を扱うクリニックなどを中心に4~5施設ほどと、大学病院やクリニックに勤務されている胚培養士さん10名以上にお話を聞きました。それから実際に治療を経験していらした方への取材は、担当さんからの紹介などを含めて10名あまりでしょうか。

仕事を続けながらの不妊治療はとかくスケジュールの調整が大変だと聞きます。本作でも仕事と不妊治療の両立に悩む女性がたびたび登場しますが、実際におかざきさんが治療経験者の話を聞く中で「こんなにも大変なのか」と感じたエピソードはありますか。

おかざき もともとお仕事が大好きでキャリアも積んでいたけれど、不妊治療のために仕事を辞めた方がいて。「両立ってそんなに難しいのか」と驚きました。

職場にお休みや仕事の調整の相談をするにしても、検査や採卵、移植など、全ての予定が「かもしれない」ですし、逆に実施が決まると急に「翌日来てください」なんてことも。

治療をしている方自身が予定や希望をはっきり伝えられないもどかしさがある一方で、職場側としても、どうしてあげることが正解か分からないことが多いと思います。

本作ではそういったもどかしさやモヤモヤがとても丁寧に表現されていると感じます。1巻で登場した女優の「ミチル」のエピソードでは、一時的にキャリアより治療を優先してたものの、なかなか結果が出ない苦しさがヒシヒシ伝わってきて......。妊娠にも仕事にも「次」がないかもしれないという重圧はとても大きいものですよね。
胚培養士ミズイロ 1巻 『胚培養士ミズイロ』より

おかざき 「どこであきらめるか」という問いは、不妊治療における大きなテーマだと思います。監修をお願いしているクリニックでは、高齢不妊を多く診察されていて、そういった患者さんの事例をよく聞きました。

「子どもを授かり、育てていく人生」は幸せかもしれないけれど、私は「子どもを持たない」という選択や、そこにある幸せも否定したくなくて。仕事やパートナー、それ以外の何か大切にしているものがその人にとって支えになることもありますよね。「幸せって何だろう?」という大きなテーマに向き合いながら、キャラクターたちの選択を描いています。

4巻では、治療スケジュールと職場との調整に悩むキャラクター「裕子」が登場します。職場の理解不足により「退職」を考える裕子の姿が印象に残りました。
胚培養士ミズイロ 4巻 『胚培養士ミズイロ』より

おかざき 妊活というプライベートなことを職場に伝え、治療がどういうものなのかを知らない人に説明しなければならない。しかも見通しは立っていない。その相談を受ける側の上司やマネージャーも、本人のプライベートにどこまで踏み込んでいいのか分からない……。

そんなお互いの「分からない」によって、不妊治療と職場の関係は折り合いがつきにくくなってしまっているなと感じます。

本人も職場も手探りな状態であることが、双方の話し合いを難しくさせているのかもしれません。

おかざき そういった意味では、青年誌である『週刊スピリッツ』に掲載してもらえていることは、すごく意味があると思っています。

職場のマネージャーや管理職のような立場の男性が手に取ってくれることで、当事者でなくても不妊治療を知るきっかけにかもしれない。

裕子の上司のように、誰でも「当事者のそばにいる人」になる可能性がありますから。職場側の理解が進み、本人との話し合いのハードルが少しでも下がってくれたらいいなと。

男女の“情報の差”を埋めるのは「日頃のコミュニケーション」

不妊治療中であることは周囲に打ち明けづらく、治療中の女性はさまざまな事情から孤独を感じやすいと思います。どんな支えが必要だと思いますか。

おかざき 一番は「共に歩むパートナーの理解」だと思います。治療を終えた後、子どもがいてもいなくても、そのパートナーとはおそらく一緒に生きていくことになるでしょう。そう考えると、一番の理解者や頼れる存在はパートナーかなって。治療中だけなら、担当医師や胚培養士さんに「助けて~!」と、べったり頼ることもできるかもしれませんが(笑)。

パートナーとの間に知識量や情報量の差があり、悩んでしまう人もいるのではと考えます。どのように不妊治療の情報を交換したり、コミュニケーションを取ったりすればよいと思いますか。

おかざき 確かにネットや本などで情報を調べたり、知識を身に付けたりといったことは、女性の方が積極的な印象があります。

コロナ禍では、来院人数も制限されていましたし、そもそもレディースクリニックは男性が入れないところも多いです。そうなると必然的に女性が来院し、医師の説明を聞き、それをパートナーに伝える……という構図になりがちなんです。

だからこそ「何かあったときは何でも相談できる関係性」を日頃から築いておくことが大切なのではないでしょうか。

そういった関係性であれば、たとえ治療に関する情報や知識に「差」があっても、何気ない会話の中で少しずつ埋めていくことができそうです。

おかざき あとは気軽な情報収集の手段として『ミズイロ』を活用してもらえるとうれしいなと思います。

「『ミズイロ』を夫が読んでいたので、治療のステップアップの説明がスムーズだった!」とか、「妻がどんな診察を受けているのか知ることができた」といった声をSNSなどで見かけることがあるんです。この作品が少しでも不妊治療に関心を抱くきっかけになればと思います。

自分が「納得」できていれば、どんな選択をしてもいい

治療の現場や治療経験者、読者の声を聞く中で、おかざきさんは「不妊治療において大切なこと」は何だと考えていますか。

おかざき 「自分が納得できるかどうか」なのかなと思います。自分が納得できるならどんな選択をしてもいいし、その選択の一つ一つが人生を形づくる。

不妊治療には「やらない」という選択肢もあるからこそ、常に「次はどうするか」という問いと向き合っていく必要があります。だから、自分の納得感を大切にしてほしい。「それが難しいんだよ!」というジレンマはあると思うんですけど、誰のどんな決断も尊重されてほしいし、それをサポートする社会でありたい、あってほしいと思いますね。

「納得できる選択」をするためには、どうすればよいでしょう。

おかざき 現在の不妊治療はある意味、入り口がカジュアルになっていますよね。心理的なハードルはあれど、保険適用になったし、まずは検査から……とスタートしやすい環境になっているのかなと。それはとてもいいことだけど、一方で「いつまで続けるか」をあまり話し合わずに始めるケースもあると思うんです。

だからこそ、ご夫婦で「どこまで・いつまでやるか」を都度しっかり話し合うことが大切かもしれません。もちろん、あとになって気持ちが変われば、ゴールを変えてもいい。あくまで、いまの自分はどこまでやれば納得できるのか、互いの気持ちを確かめておくことが重要だと思います。

仕事をしながらの不妊治療に、つらさを感じている人も多いと思います。

おかざき 「こうすべき!」みたいなアドバイスは私にはできませんが......。本当に単なる個人の願いとしては、今その手に持っているものは、できれば離さないでほしいなと思います。私は仕事が好きですし、出産や育児で苦しいとき仕事に救われました。

現実的な話になってしまいますが、どうしても今の社会は、一度仕事を手放すと戻ってきにくい構造になっているし、仕事と子どもはトレードできるものでもありません。

だから本当に難しい決断だと思うけれど、自分とパートナーの納得できるところを見つけてほしい。そして、その決断を応援してくれる社会であってほしいと願っています。

今後も『胚培養士ミズイロ』では「働きながら不妊治療」を選択するキャラクターが登場すると思いますが、扱いたい職業やテーマはありますか?

おかざき 働き方が多様化しつつあるし、職業による性差もなくなっていくと思うので、描きたいテーマは尽きないですね。例えば、転勤族の夫婦はどうやって不妊治療を進めているのだろうと......。取材を続けるほど、たくさんの疑問が湧いてきます。

高度経済成長のころから築き上げられてきた今の社会のシステムと、不妊治療のどのようなところが食い違っているのか、また今後どのように噛み合わせていくべきなのか。このマンガを通して問いかけ続けたいと思います。

取材・文:藤堂真衣
編集:はてな編集部

不妊治療と仕事の両立に悩むあなたへ

不妊治療と仕事の両立に悩んだ私。「過剰な責任感」を手放したら、気持ちが軽くなった
「過剰な責任感」を抱いていませんか?
不妊治療と仕事の両立、経験者はどう感じた? 働き方の工夫や病院選びのポイントなどを3人に聞いた
働き方の工夫や病院選びのポイントを経験者に聞く
不妊治療を経て出した決断。「産まない人生」を寄り道しながらテクテクと歩く
不妊治療を経て「産まない人生」を選んだ

お話を伺った方:おかざき真里

おかざき先生プロフィール

6月15日生まれ。長野県出身。集英社「ぶ~け」でマンガ家デビュー。代表作『サプリ』月9ドラマ化、『彼女が死んじゃった。』土9ドラマ化、『渋谷区円山町』『ずっと独身でいるつもり?』映画化、『かしましめし』ドラマ化。海外翻訳多数。最澄と空海を主人公にした『阿・吽』が2021 年 小学館「月刊!スピリッツ7月号」にて完結。現在、『胚培養士ミズイロ』(既刊5巻)を小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて、『かしましめし』( 既刊6巻) を祥伝社「FEEL YOUNG」にて連載中。

働きやすい職場を作るチームマネジメントのコツ 専門家が解説「1on1で本音を聞こうとしないで」

「働きづらさ」を感じているメンバーに対して、チームリーダーやマネージャーはどのように環境を整えていけばよいのでしょうか。

インクルーシブな社会を実現するためのリーダーシップ・プログラムの提供や人材育成・経営支援などをおこなう、一般社団法人UNIVAの野口晃菜さんと牛島展子さんに、「働きづらさ」を解消するためマネジメント層が心がけたいことを伺いました。

一般社団法人UNIVA

一般社団法人UNIVA ロゴ

企業や学校向けに「多様な人がいることを前提とした組織づくり」や「多様性を活かして価値創造ができるリーダーシップ」を共につくるプログラムを提供する組織。今回は、理事の野口晃菜さん、リーダー向け研修開発の統括を担当する牛島展子さんにお話を伺った。
公式サイト

「働きづらさ」は人の数だけある

近年、リモートワークやフレックス制度の普及により働き方の選択肢が広がっているように思います。一方で、「ふつうに働く」ことへの難しさを抱えている方はまだまだ多いのではとも感じているのですが、野口さんや牛島さんからみていかがでしょうか。

野口晃菜さん(以下、野口) その前にまず知ってほしいのですが、職場に「働きづらさ」がある要因は、本人の機能的な障害(身体障害や精神障害、発達障害)や個人的な状況(妊娠、子育て、介護など)そのものではありません。働いている人が身を置いている職場の「環境」と、これらの障害や状況が合わないことが、「働きづらさ」の要因です。

野口晃菜さん 一般社団法人UNIVAの理事を務める野口晃菜さん
なるほど……。確かに何らかの障害があっても、それに合わせた環境が整っていれば、働きづらさは緩和されそうですね。ではなぜ「環境」は改善されにくいのだと思いますか。

野口 一番大きな要因は、今の職場がマジョリティを中心としたつくりになっていることです。そのため、長期的には今の職場にさまざまなマイノリティ性のある人がいることを前提に職場環境を変えていく必要があります。

それは職場の働き方のみでなく、例えば会社の文化を「柔軟にルールを変更するのが当たり前」に変えることにもつながるので、とても時間がかかります。

すぐにできることとしては、例えば障害のある人への合理的配慮の提供があります。しかし、周囲に障害特性や事情が理解されづらいケースは、困難さが矮小化されやすいと感じています。

例えば発達障害のある人の「注意が散漫になりやすく集中できない」「忘れ物が多い」「口頭での指示だけでは理解に時間がかかる」といった困りごとが、「集中できないって言われても、私も仕事に集中できないときはあるし……」となかなか理解されづらかったり。

牛島展子さん(以下、牛島) 特性や、妊娠・育児、介護といった固有の事情を抱えていない人でも、例えば、転職してみたらこれまでの会社と仕組みやカルチャーがまったく違って、それまでのように活躍できなくなったり、職場のみんなの「当たり前」に違和感を覚えたり……なんてことはよくありますよね。

そういった違和感や抑圧は、大なり小なり誰もが感じているものではないでしょうか

牛島展子さん UNIVA 牛島展子さん


野口 なので、メンバーそれぞれの意見を聞きながら「みんなが働きやすい職場・チーム」に必要なルールづくりを進めていくのが大切だと私たちは考えています。

まずはリーダー自身が感じている「働きづらさ」に目を向けて

とはいえ、いちチームメンバーの視点に立つと、上の立場の人に自分の悩みや不安を伝えるのはなかなかハードルが高そうだと感じます。

野口 そうですよね。だからこそ、まずはリーダー自身が感じている困りごとや働きづらさに目を向けてみてほしいです。「もっとこうなったら働きやすいのに」という困りごとはきっとあるはずなのに、気づいていないケースが多いんですよ。

その上で、メンバーも自分の困りごとをリーダーや周囲に言えるような環境を作っていってほしいなと思います。

確かに、メンバーのマネジメントを優先していると、自分自身と向き合うのは後回しになりがちかもしれません……。では、リーダー自身が困りごとや違和感に気づくにはどうすればよいでしょうか?

野口 気づくきっかけは人によってさまざまです。だからこそ、きっかけを得るための研修や体験、学びなど多様な選択肢があることが望ましいですね。

例えば、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込みや偏見)について学んだことで自分自身がこれまで受けてきた抑圧に気づいたり、身体障害のある人の生活を擬似体験できるプログラムや研修を通じて自分の中になかった視点に気づいたり……。

自分自身について振り返ることは、ときに自分が持っている特権性に気づくことにもつながるので、一人だけで取り組もうとするのはなかなか大変です。

「自分にとっては快適な職場でも、実はその環境のままだと抑圧を受けている人がいる」という事実と向き合うのは、つらい部分もあります。

なので大切なのは、自分と同じような段階にいる仲間と共に学び、そのもやもややつらさも共有できるようにすること。講師が一方的に知識を伝達する研修のような場のみでなく、リーダー同士で対話をしたり、ロールモデルから話を聞いたりして、知識と経験を結びつける機会が肝になります

ただ同じ組織内だと利害関係が生じ、もやもややつらさは共有しづらいので、社外の人と対話をする機会なども大切です。

「ちょっとした雑談」で意見しやすい雰囲気を作る

リーダーが自分の困りごとや働きづらさを言語化してメンバーに開示することで、 「言ってもいいんだ」という空気が生まれそうですね。ほかにもメンバーの「本音」を引き出すためのコツがあれば知りたいです。

牛島 ミーティングの冒頭から本題に入るのではなく「今日はどんな感じ?」というようなアイスブレイクを挟むなど、まずはメンバーみんなでちょっとした雑談ができる空気をつくっていくのが大事です。

職場での雑談に抵抗のある方もいるかもしれませんが、自由に意見を言い合える場づくりのために、メンバーがお互いを多角的に知っておくことは重要です。

野口 会議とは別に、お茶とお菓子を用意してただ雑談するだけの場を設けるのも効果的かと。雑談の回数を重ねるうちに、あるときふとチームメンバーから「職場のこのルールには問題があるのでは?」といった意見が出るようになったというケースもあります。

いきなり働き方についての本質的な話をするのではなく、雑談を繰り返すことで意見を出しやすい雰囲気を作っていくことが大事なんですね。

野口 もう一つ大事なのが、上下関係や肩書きや専門家によらず、誰の言葉にも同じだけの価値がある、という共通認識を持てるような機会をつくること。上下関係がある中での話し合いの場では、どうしても構造的に意見を言いやすい人と言いづらい人が発生してしまいますから。

誰かが意見を言ったらまずはその意見を受け止めるなど、異なる意見が出てくることを歓迎する文化をつくることが大切だと思います。一人ひとりが意見を言いやすくするためのグランドルール(その場にいる人が共有すべき土台となるルール)もあると良いでしょう。

一人ひとりの視点で「もっとこうした方がいいんじゃない?」という改善策が出せること自体に価値があるとメンバーみんなが思える機会を作ってほしいです。


なるほど。近年ではリモートワークの従業員が増え、雑談の機会を持つこと自体が減っている職場も多いと思うのですが、そういった職場の場合はどのように雑談の場を設ければよいでしょうか。

牛島 リモートワーク中心の職場の方は、みなさん悩まれている点ですよね。

社内のチャットツール上で雑談する場をつくるのもひとつの方法ですし、チームメンバー全員で顔を合わせて話す機会がほしい場合は、例えば月に1回など、定期的に集まる日を設けるのをチームメンバーの皆さんとルール化してもいいのではないでしょうか。

「みんながいる場では相談しづらい」という人の悩みは、どのように聞くのが良いでしょうか。

野口 匿名性が担保された状況で意見を言うのは実名に比べるとハードルが低いので、自由に意見を言えるアンケートフォームなどを用意するのもひとつのよい方法だと思います。

対面の方が意見を言いやすい人もいればチャット上の方が言いやすい人もいるので、できるだけ多様な場や機会があるといいですね

1on1は「部下の本音」を聞く場ではない

チームメンバーからの意見を吸い上げる場として、1on1ミーティングが活用されることも多い印象です。そういった場でのコミュニケーションで気をつけるべきことはありますか?

野口 個人的には、1on1は「本音で話してもらう」という場として機能し得ないと思っています。1on1はあくまで、リーダーの立場からメンバーにフィードバックをする場として捉えた方がいい。

リーダーやマネージャーは「話しやすい雰囲気をつくれば本音を言ってくれるはず」と思いがちですが、メンバーからしてみれば、どれだけ話しやすかったとしても「評価してくる人」なんです。「上司」と「部下」という立場がある時点で権力が非対称であるため、一対一の場で自分に本音を言ってくることはない、対等にはなりえないと考えるべきかと。

それをふまえ、自分ひとりでメンバーの本音を引き出そうと躍起になるのではなく、むしろ「職場の関係性を流動的にするしかけ」を意識してつくっていくことが重要だと思います。

「関係性を流動的にするためのしかけ」とは?

野口 リーダーだけが常にオーナーシップを持とうとするのではなく、メンバーが専門性や個性を発揮できるような領域においては、どんどん周囲にオーナーシップを受け渡していくことです。

先ほど話した雑談などの場においても、リーダーが中心になるのではなく、毎回メンバーが交代で話を回してもいいかもしれません。

経営やマネジメントの文脈だけでなく、チームビルディングや専門性といった複数の文脈でメンバー同士が関わる機会があることは、一人ひとりの強みの発露にもつながりますし、それは企業としての物差しを多様にしていくことにもつながります。

牛島 あわせて、リーダーを含めた全メンバーで「強み」だけではなく「弱み」や「苦手」を共有しておくことも大切です。障害や疾病などに限らず、苦手なことが外から見ただけでは分かりづらい場合、それを場に出してもらわない限り伝わりませんから。

お互いに何が苦手かを知っていると、メンバー同士で得意な業務・不得意な業務を補い合うことができますし、誰かにだけ負担が偏ってしまうことが減るので、配慮もし合えます。それこそ関係性が流動的になりますし、結果的にチームとしての生産性もその方が上がるはずです。

「あの人ばかりたくさん休んでずるい」にならないために

困りごとを把握しても、全員の要望を叶えるのは難しいこともあると思います。リーダーはどのようにチームメンバーの意見を取り入れていくと良いでしょうか?

野口 みんなが働きやすくなるためのルールづくりは、メンバー全員が話し合いを重ね、合意形成をして進めていくしかないと思います。そのためには、先ほどお伝えした通り、メンバーが「自分の意見を伝えていいんだ」と思える機会をたくさん作っていくことが必要です。

非効率だと思うかもしれませんが、長期的な視点で見れば、それがいちばん効率的かなと。丁寧な合意形成をおこない、例えば曖昧(あいまい)になっていたルールを一度言語化してマニュアルにすることで、あとから職場にメンバーが増えた際にも役立つこともあります。

実際に、発達障害のあるメンバーの「口頭のみの指示では理解が難しいので文面にしてほしい」というニーズに合わせて指示を文面にまとめた結果、他のメンバーにとってもルールが明文化されて分かりやすくなった、などといったケースはよく聞きます。

リーダー自身が自分の業務に忙殺されて環境づくりにまで手が回らないケースもありそうです。

野口 そうですよね。ただ、企業として「全ての人にとって働きやすい職場環境をつくろう」という方針を掲げているのなら、リーダーのタスクが多過ぎてルールづくりに時間が割けないのは経営者の責任。

そのような職場の場合は、自分自身が声を上げる姿を部下たちに見せる絶好の機会だと思って、ぜひリーダー自身が上長や経営者に意見を伝えてほしいです

リーダーとして、自分が無理なくできる範囲はどこかを明らかにし、そこについては自らアプローチをして、自分だけでは難しい部分については会社としての施策にするべく、意見を伝えていくのが良いのではないでしょうか。


働きづらさの解消について議論する中では、例えば妊娠中・子育て中に頻繁に欠勤する人に対して「あの人だけ特別扱いされてずるい」という反発が起こるケースもあります。そういった対立を生まないためにはどうすればよいでしょうか。

牛島 メンバー間での負担が偏るとそういった反発が起きがちになってしまいますから、コミュニケーションだけではなく「会社の仕組み」そのものに目を向けることが必要です。

リーダーや企業は本来、そういったメンバーもいることも前提にした人員の配置や分担を考えるべきですから。

確かに……。組織自体の課題なはずなのに現場が抱え込んでしまっている、というケースは多そうですね。

野口 リーダーが率先して「なんとなく」くらいの感覚で休むことも必要だと思います。

あるIT企業では、月に一度「なんとなく休暇」という名称で好きなタイミングで取得できる有給制度を設けているそうです。よいパフォーマンスを出し続けるためには「なんとなく調子が悪い」ときに休むことも必要だという考えから生まれた制度で、この休暇のおかげで、どんなメンバーにとっても休むことが特別にならない風土が醸成されたそうです。これは非常に参考になると思いましたね。

牛島 子育て、介護、通院などで頻繁に休まなければいけないときは誰しもあるはずですから、「この時間帯は子どものお迎えなので会議には出られません」「この曜日は通院なので勤務時間が限られてしまいます」といった事情を誰しも口にできて受け入れ合える環境が、もっと当たり前になるといいですよね。

取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部

リーダーやマネージャーが知っておきたい仕事術

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