仕事を“休む”ことに不安を覚えたら。休職や離職を肯定する「キャリアブレイク」という考え方

キャリアブレイク研究所・北野貴大さん

キャリアブレイクという言葉を知っていますか? 育児や介護といった家庭の事情だけでなく、学び直しや自身の働き方を見直すための一時的な離職・休職を肯定的に捉える考え方とされています。

働いていると「一度仕事を休んでゆっくりしたい」と思うことがあるはず。でも、「次の仕事が決まっていないけど辞めるのはリスクだ」「空白期間(ブランク期間)があると転職活動で不利になりそう」という考えから、それを叶わない夢だと考えている人も多いのではないでしょうか。

また、予期せぬ出来事や家庭の事情により「一時的な離職や休職をせざるを得ない状況」は誰にも起こり得ますが、キャリアの中断への不安から、離職や休職そのものにネガティブなイメージを抱いている方もいるはず。

欧州では肯定的に捉える文化が根づいているキャリアブレイクを日本でも身近にするため、メディアでの発信やイベント、コミュニティづくり、企業との勉強会などを行う一般社団法人キャリアブレイク研究所の代表・北野貴大さん。今回はキャリアブレイクのメリットや実態、不安になりやすい期間中の過ごし方についてお話を伺いました。

※取材はリモートで実施しました

キャリアブレイクとは、離職や休職をポジティブにとらえること

「キャリアブレイク」は、日本ではまだあまりなじみのない言葉ですよね。どういったものなのか、あらためて教えていただけますか。

北野貴大さん(以下、北野) キャリアブレイクとは、一時的に離職・休職し、働くことから少し離れてみることを指します。ヨーロッパではすでに社会に根づいていて、数カ月から数年の休職後に同じポジションで会社に戻れる制度も一部企業で導入されています。

離職しているあいだキャリアが止まるというわけではなく、その期間にさまざまな経験をしたり自分のキャリアを考え直したりすることで、「無職というキャリアを歩んでいる」状態だと僕は捉えています。

キャリアの「ブランク(空白)」ではなく「ブレイク(休憩)」である、という点がポイントなんですね。海外では、ビジネス特化型SNS「LinkedIn」が2022年春に、プロフィールの職歴欄に「キャリアブレイク」を設定できる機能を追加したことで話題になっていましたが、日本に根付くのはまだこれから、という段階でしょうか。

北野 確かに「キャリアブレイク」という言葉を知らない方はまだまだ多いと思います。でも活動していると多くの方から反響をいただきますし、またさまざまな調査や数値を見ていると、これまで名前がついていなかっただけで、実態としてはすでにあったんだなと。それは僕も活動を通じて気づいたことです。

北野さんはそもそも、何をきっかけにキャリアブレイクという言葉を知って「キャリアブレイク研究所」の活動を始めたのでしょうか。

北野 僕のパートナーが数年前、次の仕事を決めずに離職したんです。当時の僕は「ブレイク」ではなく「ブランク」と捉えていたので、無職って収入がなくなって働かないことへの不安を感じそうですし、復職しにくそうだし大丈夫かな……と心配していて。

でも彼女は離職をネガティブには捉えておらず、「せっかくだから旅行をしたり、学校に通ったり、自分の選択肢を増やしてから社会に復帰しようと思う」と話していて、それはもうぜひ応援したいと思い、見守ることにしたんです。

たまたま同じ時期に、欧州では彼女のような離職の選択をキャリアブレイクと呼ぶらしいと知り、おもしろいなと思ってSNSなどで発信を始めたのが活動のきっかけです。

パートナーは、もともとキャリアブレイクという文化をご存じだったんですか?

北野 言葉そのものは知らなかったようですが、彼女はイギリスに住んでいた経験があって。イギリスには、高校卒業から大学入学までや、大学卒業後から就職までの期間を長く取り、旅行や留学、ボランティア活動など好きなことに自分の時間を使うことができる「ギャップ・イヤー」という文化があるんですね。パートナーは学生のときにギャップ・イヤーを検討していたらしく、「人生に小休止を取り入れること」に抵抗がなかったようでした。

結局彼女は1年半ほどのキャリアブレイクを経て、離職前とは異なる業界に転職したんですが、学校に通ったりいろいろな人に会ったりして、ああでもないこうでもないと自分のキャリアを立て直そうとしている楽しそうな姿に、僕も大きく影響を受けました。

「働かなくて大丈夫?」という周囲の心配は、本人の可能性を狭めてしまう

北野さんご夫婦のケースのように身近な人に応援してもらえるといいなと思う一方で、離職期間や休職期間が長くなってくると、家族や周囲の人から「働かなくて大丈夫なの?」と心配されるケースもありそうです。

北野 そうですね、パートナーも周りからいろいろ言われることはあったようです。僕も最初は心配したので気持ちは分かるのですが、そういった声かけって「やさしさ」から生まれたものであっても、受けとる側にしたら「自分の選択を疑われている」と感じてしまうと思うんです。

「自分のことを信じてもらえていない」と感じる環境では、人の可能性は狭まっていってしまう。仕事から離れることで他者との交流が減りやすいタイミングでもあるので、お互いを信じて応援しあえる人と出会える環境をまずつくることが必要なんです。

だからこそキャリアブレイク研究所では、「むしょく大学」というコミュニティを運営し、キャリアブレイク中の方が集い学び合える場を提供しています。

むしょく大学

キャリアブレイク中またはキャリアブレイクに興味がある人が集い、共に活動できる授業やおしゃべりを通じた学びあいの場を提供する「むしょく大学

自分のことを信じてもらえていない環境では可能性が狭まっていってしまう、というのはおっしゃるとおりだと感じます。コミュニティに参加しているのはどういった方なのでしょうか。

北野 「心身の不調を回復したい」「今の会社をとりあえず離れたい」といった療養的な理由で会社を離れた方が中心ですね。その次に「自分に合った働き方を見つけたい」「自分を見つめ直す時間を持ちたい」といった理由でキャリアブレイクを選んだ方が多いです。会社員の方もいらっしゃいますよ。

まさに今キャリアブレイク中、という方だけではないんですね。

北野 はい。会社を辞める決心がなかなかつかない方や、生活がかかっているのでいますぐには仕事を辞められないけれど、キャリアブレイクの世界を覗いてみたいという方も参加しています。

キャリアブレイクの本質は、「本来の自分に戻る」こと

日本では休職や離職を「ブレイクではなくブランク」とネガティブに捉える考え方がまだまだ主流としてある中で、前向きに捉えている“先輩”とコミュニケーションが取れるのはとてもいいことだと感じます。「このままでいいんだろうか」と不安になることもあると思うのですが、みなさんどのようにキャリアブレイク期間を過ごすのでしょうか?

北野 僕が活動を通じて出会ってきた多くの方は、仕事を辞めるとまず、ずっと会いたかった友達に会ったり、行きたかったお店に行ってみたり、いつか見ようと思ってずっと溜めていたNetflixを見たりして、最初はとにかくうれしくて仕方なくなるんですよ。

でもその感覚は長く続かず、次第に「何やってるんだろう」とか「社会の役に立ってないな」とか、虚無の時期がきて、焦りを感じ始めます。僕が見てきた限りでは、半分くらいの方がここで復職しますね。「ちょっと休んでみて気持ちが晴れたな」と。

もちろん、リフレッシュしてまた働く意欲が湧くのはとてもいいことです。ただ、言い方は厳しいですが、そういった“焦り”の気持ちからキャリアブレイクを終えると、転職の際に評価されづらく、年収が下がったり、希望の職につけないケースも多いんです。

「とにかく仕事に就かなくては」という焦りだけで動いてしまうことがマイナスになる、ということでしょうか?

北野 そうですね。「虚無」とそれによる「焦り」を感じつつも、同じ境遇の人たちに出会い、励まし合ったり情報共有をしたりすることで、「“実は”家族の近くで仕事をしたかった」とか「“実は”IT関連の仕事をしてみたかった」といった、自分の中にある“実は”に気づけるようになるんです。すると今度は、その“実は”を叶えるためには何が必要かが見えてくる。

もちろん、思い描いた理想が実現できないケースはたくさんあります。特に異業種転職の場合はハードルも高いです。それでも、キャリアブレイクの期間中に自分の軸を見つけ、徐々に折り合いをつけながら社会に接続していく方はとても多いですね。

キャリアブレイクを経て同じ業界に復帰する方ももちろんいますが、自分のキャリアについて改めて考えてみる前と後では、働くモチベーションや楽しさが大きく違ってくると思います。

キャリアブレイク中の変化を表したグラフ

キャリアブレイク中の変化を表したグラフ。多くの人が、1.解放期、2.虚無期、3.“実は”期、4.現実期、5.接続期の5段階をたどるという。「“実は”期」で見えてきた自分の理想と折り合いをつけていく「現実期」を経て、改めて社会と接続していく。(C)一般社団法人キャリアブレイク研究所

北野さんは以前別のインタビューで、「キャリアブレイクの本質は自分に戻ること」とおっしゃっていました。「自分に戻る」というのは、どういう感覚のことを指しているんですか?

北野 これまで、キャリアブレイクを選んだいろいろな方を見てきましたが、まず会社の一員という状態から離れると、狭い世界の常識から脱出できはじめて広い社会が見えてくる。そうして「そういえばあれがやってみたかったな」と主体的な選択肢が生まれてくる人が多いと感じています。

新しい選択肢は、必ずしも選ばなくていいんです。たくさんの選択肢の中から、主体的になにかを選ぼうとしたということ自体が重要なのかなと。僕はそれが「自分に戻る」という状態じゃないかな、と思っています。

大事なのは「仕事を辞める可能性もある」という選択肢を持てること

お話を伺っていて、キャリアブレイクに興味が湧いてきました。この文化が日本で根付くには「一度働くことから離れると、その後のキャリアが築きにくい」というネガティブなイメージから、「離職や休職をきっかけに自身を見つめ直すことができる」という肯定的な捉え方に変化していく必要があると感じます。

北野 そうなんです。あれこれと思考するより、効率よく正しい答えを出すのが「優秀」だと判断する従来的な学校教育もそうですし、新卒一括採用のような社会制度の影響など、さまざまな要因が絡み合った結果、そういったネガティブな考え方につながっているのだと思います。

ただ「キャリアブレイクをマイナスに捉える風潮がある」というのは、“偏見”であるとも思っていて。確かに病気、育児、介護など「取らざるを得ない休み」で仕事を離れることにネガティブな感情を抱く方はいますし、長期の休職や離職はキャリアにとってマイナスになると考える傾向は、まだまだ社会の中に残っています。

一方で、活動を通じてさまざまな企業の人事担当者や経営者の方などとお話をしていると、キャリアブレイクをマイナスに捉えている人ばかりではないというのも感じるんです。僕も「離職は社会的にダメなこととされている」というある種の偏見を抱いていたことに気付かされました。

離職や休職を肯定的にとらえる風潮も少しずつ生まれている、ということでしょうか。

北野 そうですね。現状、社会の受け皿が足りていない側面もありますが、社内の休職制度を変えたいと考えている“企業の中の人”も出てきています。

いま産休や育休、介護休業を除く「休職制度」って、ほとんどの場合は療養制度とイコールで怪我や病気の診断書をもらってようやく使える制度になっているんですよね。そうではなく「社員の自己実現が会社にもインパクトを与える」と考え、療養制度ではない形の休職制度をつくりたいと相談してくださる経営者は増えてきています。「休みたくなったら、ちょっと仕事を休んで世界一周でもしてこられる環境の方がヘルシーだよね」というスタンスの方も増えています。

企業だけでなく地方自治体の担当者と情報を交換したり、いち制度として根付かせるために議員に向けて勉強会を開いたり……。こういった僕たちの活動で、キャリアブレイクがもっと身近になればいいなと思います。

一時的な離職や休職を必ずしもネガティブに捉える会社ばかりではないという視点を持っておけると、家庭の事情や自身の体調などによって働くことを休まざるを得ない場合も、不安をやわらげるきっかけになりそうですよね。では「キャリアブレイクを検討している当事者」にはどんなサポートが必要だと思いますか?

北野 まずはやっぱり「当事者で集まってコミュニケーションを取る機会や場所」が大事です。

先ほども言及した「虚無」期間は人との接点が減って視野が狭くなりがちですし、孤立もしやすい。そういったときって“あまりよくない”サービスやコミュニティとつながりやすくなってしまうんです。そういったところと接触しないためにも、気軽に現状を話し合える同じ境遇の人たちと、離職にまつわるお金の話や学びに関する情報を交換したり、悩みの相談に乗ってもらうことってとても大事なんです。

僕たちが運営している「むしょく大学」ではこの職業訓練校がよかった、という話なども毎回白熱していますよ。ここで出会ったことをきっかけに、転職先で仕事につながったという話も聞きます。

確かに、自分のキャリアの選択肢を広げる上で、さまざまな境遇や業界の人と出会って情報共有ができる場があると心強いです。

北野 キャリアブレイクの最大の魅力は、実際に仕事を辞めるかどうかではなく「辞める可能性もある」という選択肢を持てることだと僕は思うんです。

そもそも、キャリアブレイクは万人に推奨できるものではないんです。部署異動や転職、起業など、働く環境を変えるための方法はたくさんありますし、実際、僕自身もキャリアブレイクを経験しているわけではありません。

「環境を変える」という選択肢の中に、キャリアブレイクという形があってもいい、と。

北野 そうです、そうです。何がしたいか分からなくなって人生が苦しくなってしまったときに、手に取れる範囲にその選択肢があるだけでも見通しが変わってくると思うんです。必ずしも「自分の人生を大きく変えたい」「キャリアアップしたい」というポジティブな動機でなくても、なかなか転職する気分になれなかったり、とにかく現状から抜け出したいという人には、キャリアブレイクを視野に入れてもいいんじゃないかな、と思います。

取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:北野貴大さん(きたの・たかひろ)さん

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一般社団法人キャリアブレイク研究所、代表理事。一時的な離職休職を肯定的に捉える「キャリアブレイク」を文化に。キャリアブレイクの人が活動する「むしょく大学」や、キャリアブレイクの情報誌「月刊無職」を発刊。前職はJR西日本グループで「ルクア大阪」をはじめ商業施設の企画マーケティング業務に従事。