専業主婦から再び会社員へ。「お母さん」ではなく自分の名前で呼ばれる場所を得て生きやすくなった


7年間の専業主婦期間ののち、現在はフルタイムの会社員として働くアイさんに、再び働き始めて感じている変化を振り返っていただきました。

新卒で入社した会社を退職した後に結婚、出産を経て専業主婦となったアイさん。「恵まれた暮らし」だと感じながらも、本来の自分とはかけ離れた「お母さん役」を演じている感覚が拭えなかったとのこと。

あるきっかけでふたたび仕事に復帰し、時間の余裕はなくなった代わりに「自分の名前で呼ばれる場所」を得て、より自分らしい人生を歩めている実感を持てるようになったそうです。

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結婚と妊娠を機に引っ越してきた街は、かつて住んでいた東京からそう遠くなく、しかしこれまで利用したことのない沿線の馴染みのない土地でした。増え始めた新しい戸建てと畑が続くのどかな郊外で、私は長女を、その約3年後に次女を出産しました。

赤ん坊の娘たちと過ごす毎日は、振り返れば平和で贅沢な時間でした。

日々のお金の使い方について小言を言われることもなく、自分が働きに出なくとも生活ができ、ひねもす家事と育児にしっかりと向き合えば“良し”とされる暮らし。側から見れば「恵まれた」暮らしだったと思いますし、自分でもそう感じていました。

当時私がよく見ていた雑誌などでは、ナチュラルなスローライフこそが上質な暮らしである、という価値観がちょっとしたトレンドになっていました。

私も記事の中の誰かの暮らしを真似るように、パンを焼き、毎日ぬか床を混ぜ、子供のための簡単なおやつや洋服を手作りする日々。

元々パン作りや裁縫が得意だったり好きだったわけではないのに、持て余す時間と承認欲求をなんとかしたくて奮闘していたんだと思います。

とはいえ、生活にまつわるあれこれをこなしながら幼い子供たちの面倒をみる「終業時間」のない毎日には、やることが次々出てくる終わりの見えない忙しさがありました。

そんな中で必死になればなるほど暮らしを心から楽しむ余裕がなくなるという、まったくもって本末転倒な状態になり、本来の自分とはかけ離れた「良い妻・良いお母さん」というキャラクターを頑張って務めているような状態でした

「恵まれた生活のありがたさ」と「漠然とした不満と退屈」の間で揺れた日々

もちろん専業主婦を軽んじたり、第三者に働くことを強要したりといった気持ちは昔も今も一切ありません。ただ私自身は「お母さん役に専念すること」への違和感がずっとぬぐえず、ぼんやりと「働くこと」への憧れを抱いていました。

昼間に公園で知り合う人はみな専業主婦。年齢や経歴もバラバラな女性同士の話題は必然的に子供の話が中心で、彼女たちがかつてどんな仕事に就いていたのか、子供を産む前はどんなライフスタイルだったのかを話す機会はなかなか訪れません。今思えば、そんなふうに「お母さん役の私」以外で人間関係が生まれづらい環境も、ちょっとしたストレスになっていたんだと思います。

そして、主婦の労働は対価が分かりづらい。自分が1円も稼ぎ出していないことに対して感じる後ろめたさは、うっすらと自分を卑屈にしていたような気がします。「不自由なく恵まれた生活ができている」という気持ちと、「漠然とした不満と退屈」の両方を感じている自分への罪悪感もありました。

そんな中で私は、不自由のない暮らしが必ずしも自分らしい暮らしではないということに、ようやく気づいたのです。

そこから数年後、今から14年ほど前に転機が訪れます。長女が小学生に、次女が4歳になる春、諸事情で東京に転居することが決まったのをきっかけに、漠然と抱いていた「何らかの形でもう一度働きたい」という自分の気持ちが具体的なものになっていきました

気がつけば専業主婦生活も7年目になっていました。


難航する就活、そして8年ぶりの仕事復帰へ

就職活動を始めようと決心はしたものの、何から手をつけていいか分からない状態だった私は、まずはハローワークに行くことに。長女が幼稚園に行っている日中に、次女を託児施設に預けて、私は久しぶりに1人で電車に乗りました。

ハローワークで再就職したい旨と現状を相談しましたが、これといった資格や技能がないことに加えて、7年というブランクは想像していた以上に不利でした。また、協力を仰げそうな両親が共に遠方に住んでいることや、下の娘が保育園に入れる目処が立っていないことで、更に就職活動は難しく……。

「春から就業予定」という名目で、転居先の通える距離の保育園には全て応募していましたが、産休中の人ですらなかなか空きがない状況です。

「働きたいから保育園に入れたいのに、保育園が決まらないと仕事が探せない」というジレンマの中、新卒で採用された会社での総合職の仕事を軽率に手放してしまったことを、初めて激しく後悔しました。

転職サイトにも登録したものの、こちらもまったく手応えがない状態が続き、気持ちが萎(しぼ)んでいく中で時間だけがたっていきました。

そんなとき、新卒時代に勤めていた会社の先輩から、営業事務(非正規)の募集をするから無理のない働き方で戻ってこないかという連絡が。彼女とは退職後も交流が続いており、何らかの形でまた働きたいと話す私のことを気に掛けてくれていたようです。このチャンスをどうしても逃したくなかった私は、ぜひ働きたいと返事をしました。

その2週間後に運良く転居先の区立保育園の入園許可が出て、私は約8年ぶりに会社勤めを再開することに。引っ越しと入園入学準備を怒涛のように進め、長女の入学式の翌日から週4日16時までのパートの事務員として再び働き始めました。

私には「自分の名前で呼ばれる場所」が必要だった

それまでの生活は激変しました。朝は保育園経由で満員電車に揺られて出勤し、夕方は保育園と学童をはしごして娘たちのお迎えへ。帰宅してからは洗濯をしながら夕飯を作り、出来上がった夕飯を食べる時まで1秒も座れない毎日です。

仕事を始める際に覚悟はしていましたが、出勤時間が早く帰宅も遅い夫に平日頼めることはほぼなく、専業主婦だった時に担っていた家事や育児は、全てそのまま私の仕事として残りました。

(共働きで結婚生活を始めていないわが家での家事の分担をどうすべきだったかは、私自身思うところは多々ありますが、これについて書こうとするとそれだけで数万字になりそうなので今回は割愛します)

働きだしたことで失った時間と自分のキャパを比較すると、どう考えてもこれまで通りの生活は送れません。私はかつてあれほどこだわっていた「エコで丁寧な暮らし」をすっぱりあきらめ、パンや漬物の手作りをやめ、代わりに冷凍食品などを利用しながらそれでもしんどいときは出来合いのお惣菜に頼るように。もちろん、子どもの服もおやつも既製品です。

もはや、丁寧に暮らせていないことへの後ろめたさを感じる余裕すらもありませんでした。

そうやって適度に手を抜きながらやっていくことにも徐々に慣れ、私の段取りが良くなっていくのと並行するように、子供たちも日々成長し自分で出来ることが増えていきました。こうして毎日慌ただしく過ごしながらも、私の負担は色々な意味で少しずつ軽くなっていったのです。
 
仕事中、同僚と協力し合いながらトラブルを解決した時の達成感や、「助かった!ありがとう!」と声をかけてもらえる満足感は、専業主婦時代には得られなかったものでした。

そしてやはり私は「〇〇ちゃんのママ」以外の、私個人の名前で生きられる社会を欲していたんだと思います。

今の「ちょうどいい暮らし」のおかげで、あの頃の自分も肯定できる

そんな日々が板についてきた2年目から私はフルタイム勤務に、さらにその数年後に正社員になりました。そのまま同じ会社で働き続けて、気づけば14年目。

ベテランとはいかないまでも、任せてもらえる仕事が増えました。また働きながら子育てをしている同僚や、これから結婚する予定の後輩から、一世代上の先輩として経験談を尋ねられたり、相談を受けたりすることも少なくありません。

帰宅してから夕飯が出来るまで座れないのは今でも変わりませんが、私にとっては「母」や「妻」の役割だけではなく、自分の名前で仕事をし、かつそれを評価してくれる場所があることが、経済的な面でも精神的な安定にも繋がっています

かつては「丁寧で上質な暮らし」を自分の唯一の評価基準のように思っていて、しかもそれが自分の特性に合っていないことを窮屈に感じていました。今は仕事を通じて評価を得られている分、「時間に追われてイライラしながら夕飯を作るくらいなら、買ってきた惣菜をパッと並べて食べる方がいいな」と、ほどほどを楽しむことができています。

不思議なもので、仕事に疲れれば家事が、家事から逃げたい時には仕事が、気持ちのバランスを取る上で丁度良い切り替えになってくれているようです。

かといって、頑張って専業主婦をしていた頃の自分のことも、私は決して否定したくはありません。誰からも顧みてもらえないことを退屈だと感じていた主婦としてのこれまでの経験と年月も、振り返れば全てが自分の健闘の証であり、自信の一つになっているからです。

そしてそう思えるのは、今自分にとっての「ちょうど良い暮らし」を送れている証拠なのかもしれません。

編集:はてな編集部

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著者:アイ

アイさんプロフィール画像

会社員・主婦。台東区谷中にある「雑貨と本gururi」さんの発行するフリーペーパーにエッセイを書いています。noteも不定期に継続中です。
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