岸田奈美さんが“元気でいるための休業”をとって気づいたこと。まだ大丈夫と思わず「無理して休んで」

岸田奈美さんインタビュー

「休むことは大事」と分かっていても、仕事や家事、育児などに忙しい日々の中でつい無理をしてしまっていませんか。

作家・岸田奈美さんは、2024年2月の中旬にこれからも元気に働くために「1週間の休業」という選択をとりました。

これまでは「人気商売のフリーランスが休むなんてありえない」と感じていたという岸田さん。結果的に3週間ほどに延長となった休業を経て、“働くこと”や“休むこと”への考え方にどのような変化があったのか、お話を伺いました。

「書きつづけたいなら、いま休みましょう」

岸田奈美さんインタビュー
岸田さんは2024年2月の中旬に、「1週間の休業」を選択されました。普段の忙しさに加え、自宅の漏水や引っ越しなどさまざまなトラブルが重なった末の選択だったそうですが、改めて当時のことを教えていただけますか。

岸田奈美さん(以下、岸田):まず2023年末、テレビ番組の企画でホノルルマラソンに家族で挑戦したんです。それが体力的にかなりしんどくて、帰国後に高熱を出してしまって。家で寝込んでいたら、とつぜん天井が抜けて、汚水がダバーッと部屋に落ちてきたんです(笑)。

漏水のせいでクリーニングしてももう住めないほど部屋が汚れてしまい、年末の忙しい時期に家を失うことになり……。お気に入りの家具が水浸しになっていくのを見て心がめちゃくちゃになりながらも、どうにか準備を整えて、年明け早々に引っ越しを終えました。

ただでさえ忙しい年末にそんな災難が。大変でしたね……。

岸田:休むことを決めたのは、そのトラブルの直後です。体調は回復しつつあったので、お世話になっている編集者さんに「年末年始は原稿が書けなかったのでこれから頑張ります」と伝えたら「いや、岸田さん、いまのうちに休む期間をつくっておきましょう」と言われて。

驚いて理由を聞くと「岸田さんは大きなトラブルや大切なイベントをいつも持ち前の瞬発力で対応できてしまうけれど、その直後に必ず体調を崩して倒れ込んでいるので」と。これまでの数年を振り返ってみると、確かにその通りだったんですよね。

体調を崩す「法則」があった、と。

岸田:はい。そのとき私に休むことを提案してくれた編集者さんは、さまざまな作家を担当してきた人で「1年間無理して働き続けたせいで、結果的に10年働けなくなった人を知っている。反対に、思い切って1週間休んだことで、それから10年以上作品を書き続けられた人も知っている」と話してくれました。

すごく説得力があったんですよね。「これからもずっと書き続けたいなら、倒れる前にいま1週間休みましょうよ」と言ってくれて、確かにそうだ、ナイス! と思って(笑)。

「休むなんてありえない」と思っていた

では岸田さん自身はこれまで、自分から休みを取ろうとはあまり思わなかったのでしょうか?

岸田:そうですね。私は作家になる前、ベンチャー企業で10年間働いていて、毎日決まった時間に通勤して忙しく働いていた当時と比べたら、今がすごくイージーモードに思えていたんです。好きな仕事ができるだけでありがたい、休むなんてありえない、と思ってました。

そんな岸田さんが今回ようやく「休もう」と決意できたのは、やはり心身の疲れを自覚したことが大きかったのでしょうか?

岸田:実は「疲れている」という自覚は、そのときもあまりなかったんです。でも編集者さんの言う通り、いつもギリギリまで働いて、自分でも気づかないうちに体調を崩してしまうことばかりだったんですよね。

そのせいで、したかった仕事ができなくなったり、会いたい人に会う機会を失ってしまったり……といった後悔があったので、同じ経験をもう二度としたくないからこそ、いま元気なうちに休もうと思って。

岸田奈美さんインタビュー


私には好きなアーティストがいるのですが、改めて自分の推しが心身の不調で活動休止してしまったときのしんどさを思い返して「自分の好きな人には本当につらくなる前にどんどん休んでほしいな」と感じたんです。

仕事を長く続けていくためにあえて計画的に休む、という選択は、読者の方や家族、仕事相手、誰のことも不幸せにしないなと初めて気づいたんですよね。

とはいえ、すでに先々の予定が決まっていたり、フリーランスで給与の保証がなかったりすると、休むことに心理的なハードルを感じる方も多いのではないかと思います。休むことに対して不安は感じましたか?

岸田:不安はすごくありました。特に私は、書いたエッセイをSNSを通じて多くの方に届けているタイプのクリエイターなので、流行の移り変わりが早い分、1週間も文章を書かずにいたら仕事がなくなったり、読者さんから嫌われてしまうのでは、という怖さは大きかったですね。

でも、恐る恐る休暇を取るとブログに書いたら、読者の方から本当にたくさんコメントをいただいて。「休んでくださいってずっと言いたかったんです」や「元気なうちに休むことを選んでくれてありがとう」といった言葉ばかりで、すごく好意的に送り出してもらえたんです。

読者が減るんじゃないかと不安だったんですが、結果的にはむしろ増えて……。ありがたかったです。あらかじめ歓迎される空気をつくった上で休むっていうのは、韓国アイドルの“カムバ”(オフを経て新曲発売などで積極的に活動すること)と一緒ですよね(笑)。「カムバするんで!」と宣言してから休業に入ったわけです。

岸田さんのXの投稿
岸田さんのXの投稿より

休業を経て「常に明るくおもしろくいなくちゃ」という呪縛が解けた

1週間の休業中は、どのように過ごしたのでしょうか?

岸田:どうせなら海外旅行とかしちゃおうかな、と最初は思っていたんです。でも鈴木裕介さんの『心療内科医が教える本当の休み方』(アスコム)という本に「結婚や転居などのポジティブな変化であっても人はストレスを感じるから、心身を落ち着かせたいときはアクティブに動き過ぎない方がいい」というようなことが書いてあって。目からウロコが落ちる思いでしたね。

アカンアカン、と慌てて旅行をキャンセルしました(笑)。

休業中は規則正しい生活を送ることを心がけて、SNSやネットのニュースはほとんど見ないようにしました。やっぱり見ると気になっちゃうので、できるだけ刺激の少ない状態でいようと思って。

1週間の休業を終えたあとは、心身ともにすっかりリフレッシュできたのでしょうか?

岸田:しっかり休むことはできたはずなのに、その後肩や腰の痛み、情緒不安定など心身の不調が相次いで。結局、当初の予定を超えて、3週間くらい休むことになってしまったんです。

痛みは1週間ほどで治ったのですが、休みが3週目に差しかかったあたりで、レジで「レシートいりません」と伝えたのにレシートを渡された、というだけのことでイライラしてしまうような状態になって。

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いままでそんなこと一度もなかったので私自身、すごく戸惑って自分を責めましたし、1週間休んだらすっかり元気になると思っていたので「話が違うやん!」とめちゃくちゃ落ち込んだんですよ。でも後日かかりつけの先生に話したら、「むしろそれはいいことだったと思うよ」と言われて。

どういうことでしょうか?

岸田:先生いわく、私はこれまでずっと休まずにきたから、アドレナリンが常に出続けていて、痛みや疲れを感じない体になっていたそうなんです。

でも、1週間何もしなかったことによってアドレナリンの分泌が切れて、ずっとごまかしていた心身の不調が一気にきたんじゃないか、と。「もっと働き続けていたら、どこかでうつ状態になっていたと思うよ」と言われて、なるほどなあと思いました。

これまでずっと「常に明るくおもしろい岸田奈美でいなくちゃ」と思い詰め過ぎていたけれど、休みをとったことでふっとその呪いが解けて、「いまのうちに荒れとけ」って私の情緒も思ったのかもしれないな、と。

その後は徐々に落ち着いて、3週間の休みの終わり頃には気づけばいつも通りの状態に戻っていました。

「自分がやらないと回らない」は思い込み

結果的に3週間となった休業を経て、「休むこと」への岸田さんの考えに変化はありましたか?

岸田:「ぜんぜん疲れてないし」という自分の感覚を信用しちゃダメだな、と思うようになりましたね。さっきお話ししたとおり、忙しく動き回っているときってアドレナリンが出ているから、疲れていても自分の状態に気づけないことが多いと思うんです。

だからこそ、自分の主観を信じるんじゃなく、客観的に自分のことをモニタリングしてくれる人の言葉を信じた方がいいと気づきました。

私の場合は編集者さんやかかりつけの先生でしたが、例えばオンラインカウンセリングなど、利害関係がない第三者に自分の状態を見てもらうといったことも大事だと思います。

日々の忙しさで、つい自分自身のケアをあと回しにしてしまう人も多いと思います。そういった人が「元気でいるためにあえて休む」ようになるために、どのような心構えが必要だと思いますか?

岸田:「落ち着いたら休もう」だと結局ずっと休めないので、「私は、休むのである……!」という強い意志を持って、先に具体的な日程を押さえておくことが大事だと思います。

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私もこれからは大きなプロジェクトやイベントの予定が入った瞬間に、それとセットで休みをあらかじめ計画しようと思っています。さっそくですけど、来月の1週目もしっかり休む予定です。(※取材は2024年6月に実施)

あとは、もし無理をして体調を崩して休むことになってしまったとしても、自分を責めるのではなく、「自分はこのくらい稼働したら限界がくるんだ」と、経験値を貯められたと捉えられるといいのでは、と思っています。

中には「自分がやらないと仕事や家事が回らない」という思いから、休むことをなかなか選べない人もいるように思います。

岸田:そうですよね。でも「自分がやらないと回らない」というのはほとんどの場合、思い込みだと思うんです。

例えば母子家庭のわが家の場合、オカンが「子どもには苦労をかけないように」と人一倍がんばって、朝から晩まで働きながらずっと家事を完璧にこなしてくれていたと同時に、知的障害のある弟の通訳も担ってくれていました。

すごくありがたかったけれど、オカンは当時を振り返って「私が子どもたちの成長の機会を奪ってしまったのかも」と後悔もしているみたいで。

成長の機会?

岸田:はい。オカンがあんなに完璧でなかったら、私は学生時代にもっと家事ができるようになったり、アルバイト経験を積むこともできたと思うんです。弟もオカンによる通訳がなければ、もっと早く独り立ちできたかもしれない。

だから、頑張って家事や仕事を完璧にやることはすばらしいことだけれど、その分、誰かが成長するチャンスを奪っている可能性もある、と考えてみてもいいと思います。

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仕事や家事をこなすことが日常になっている人にとって、それを手放すのは覚悟のいることかもしれませんね。

岸田:いや、本当に。「無理しないでね」って言葉をかけてくれる人もたくさんいますけど、休み慣れていない人って、相当思い切って無理をしないと休めないと思うんです。

でも、自分が倒れてしまわないためにも、子どもや部下の成長のためにも、自分の仕事をあえて手放してみる。ちょっと無理をしてでも修行だと思って、休む練習をしてみてください。

取材・文:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部

『国道沿いでだいじょうぶ100回』(小学館)

岸田奈美さんエッセイシリーズの3作目。SNSでも話題になったエッセイ「国道沿いで、だいじょうぶ100回」、「魂をこめた料理と、命をけずる料理はちがう」 「「死ね」といったあなたへ」など厳選エッセイ18本を採録。

「休む」ことを前向きに捉えてみる

「みんな頑張っているから休めない」と無理を重ねた私が、自分を大事にするようになるまで
「みんな頑張っているから休めない」と無理をしていたけど
“休み方迷子”を抜け出すためには日常の「深呼吸」が必要だった――HAA代表・池田佳乃子
“休み方迷子”だった私が気づいた「日常の深呼吸」の必要性
疲れている自分
「正しく休む」ために自分の“トリセツ”を作ってみる

お話を伺った方:岸田奈美さん

岸田奈美さん

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒業。100文字で済むことを2000文字で伝える作家。Forbesの世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 Asia 2021」に選出される。著者に、『家族だったから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった+かきたし』(小学館文庫)、『家族だったから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』『傘のさし方がわからない』(ともに小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)、『飽きっぽいから、愛っぽい』(講談社)など。
X:@namikishida
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