日々の忙しさに追われていると「休む」のが難しいと感じることはありませんか? 「職場から帰宅してもつい仕事のことばかり考えてしまう」「テレワークしていると休むタイミングがつかめない」など、オンオフの切り替えができず、休息をとれないままでいる……なんて人も少なくなさそうです。
休む必要性は感じつつも「何をすればいいのか分からない」「寝るだけで休日が終わってしまう」という人は、まずは自分にとって「一息つける方法」を知ることが大事なのかもしれません。
生まれ育った大分県別府市で、日本古来の湯治文化を取り入れた商品やサービスを開発するブランド「HAA」を立ち上げた池田佳乃子さんも、かつては「休み方が分からない」一人でした。現在は「日常に、深呼吸を届ける」をミッションに活動する池田さんですが、以前は広告代理店で毎日夜中まで働く多忙な生活を送っていたといいます。
深呼吸とはほど遠い毎日の中で、「休む」ことの大切さにどう気付いたのでしょうか。ご自身の経験とともに、忙しい日常で一息つくための方法を語っていただきました。
「休みが必要だ」という実感すらなかった代理店時代
池田佳乃子さん(以下、池田) 連日深夜まで働いてタクシーで帰るような生活でした。振り返ると明らかに働き過ぎでしたが、当時はまったく自覚がなくて……。先のことを考える暇もなく、ただ目の前のことに一生懸命取り組もうとがむしゃらに突き進んでいた感じでしたね。
池田 今思うと「体にキてたな」と感じることはいろいろあります。よく覚えているのは、常に携帯が鳴っている気がしていたこと。「あ、電話だ」と焦って携帯の画面を見ても、実際には着信がない……鳴っていないのに鳴っているように聞こえていたんですよね。ずっと交感神経がオンで、仕事への意識を張り詰めた状態だったんだと思います。
ただ、もともと広告の仕事に憧れがあったので、当時はいわば「理想が叶った」状態。「今私は広告業界で働けてるぞ」という気持ちが原動力になっていた部分はありました。夢を持って地方から東京に出ていたので、そういう気持ちは強いほうだったと思います。
池田 いえ、自分に休みが必要だという実感すらなかったですし、そもそも休み方もまったく分かっていなかったです。いつ身体を壊してもおかしくなかったと思います。「休む」といえば、どうしていたっけな……。せいぜいコタツでみかんを食べるとか、あとは美術館に行くくらいでしたね。
池田 当時はまったく気付けなかったですね。夫と結婚する前の話ですが、あまりにも忙し過ぎて、「もう無理!」と彼の前でパニック状態になってしまったことがあったんです。彼はそんな私をなんとかなだめようと「分かった! もう分かったから、結婚しよう!」って突然プロポーズしてくれて(笑)。そこで「あ、はい」と冷静になれたんですが……。そういう予想外の球が飛んでこないと落ち着けないほど、当時は仕事一辺倒になっていました。
自然に深呼吸ができたとき「休む」大事さを知った
池田 「休み方」を考えるようになった大きな転機は、2018年に東京と別府の二拠点生活を始めたときだと思います。
池田 当時結婚したばかりの夫は建築家で、周りにもクリエイティブな仕事に就いている人が多くて。彼らが自分の名前で仕事をする一方、会社員の私には、自分で成し遂げたことを聞かれても答えられるものがない。それがずっとコンプレックスでした。そんな私を見た夫が「(故郷の)別府に行って自分で仕事を作ってみたら?」と。
元々代理店時代に地域創生の仕事をしていたこともありましたし、ちょうど30歳になる年だったので「新しいことをやるぞ!」と前向きな気持ちで挑戦を決意しました。そこから別府と東京を行き来する生活がスタートして、もう4年目になります。
この4年の間に、別府の湯治文化を盛り上げるための場づくりや発信を続け、2021年には湯治を軸にしたライフスタイルブランド「HAA」を立ち上げました。
池田 それが、実は別府1年目は人生で一番メンタルをやられた時期でもあったんです。相変わらず忙しくしていたし、環境にも慣れず、仕事をご一緒する方から厳しいお言葉をいただくことも多くて。当時は「東京に帰りたい」とばかり思っていました。
ただ、そうして悩んでいたあるとき、外を歩いていてぱっと顔を上げたら、目の前に海が見えたんですよね。その景色を見たとたんに自然に深呼吸ができて、いっぱいいっぱいの頭が解放された感じがして。自分に必要なのはこの時間だったんだ、と気付けた瞬間でした。
池田 そうですね……。思い返すと、東京にいたときは、気持ちを切り替えられるような「休む」時間をあまりとれていなかったんだなと。「池田さんって呼吸浅いよね」と言われたこともありました。ただ、別府にいると自然に深呼吸ができて。私の場合は東京と別府を行き来することで、自分のリズムを調節できるようになったというか。身体を調整する、いわゆる「休む」ためのバランス感覚がだんだん分かってきましたし、深呼吸する時間が大切だと思うようになりました。
大切なのは「いかに楽に休むか」
池田 過去の自分に置き換えて考えると、仕事に追われているときに「休みなよ」なんて言われても、たぶん「無理だよ」としか思えないですよね。「定時に仕事を終えて寝る」ができればもちろんそれがいいですが、現実的ではない人も多いと思います。
なので私の場合は、日常の動作の中にちょっとした「休む」を組み込んでいく方法をとっています。日常に、五感を少し鋭くさせる時間を作るといいのかなと思っていて。
池田 例えば、ランチの時間だけはスマホの通知をオフにして、よく噛んでじっくり味わって食べるとか。外にいるとき目をつぶってみて、どこからどんな音がするかをじっと聞いてみるとか。打ち合わせが続いて忙しい日は、移動中に信号待ちのちょっとした時間で深呼吸をするとか。私は今朝ハーブティーを入れるとき、お湯に色がついていく様子をぼーっと眺めてみました。
池田 大事なのは「いかに楽に休むか」。ちょっと変な言い方ですが、「休む」を無理しても続かないですよね。例えば私は、「早起きして散歩する」や「朝にゆっくりコーヒーを豆から淹れる」は絶対無理なんです。そもそも朝早く起きられないし、「洗い物が増える!」って思っちゃう(笑)。
なので、自分に無理のない方法で、食事、お風呂、睡眠など毎日必ずすることに、ひと息つける時間を組み込むのが現実的かなと思います。

「HAA」の第一弾プロダクト、限りなく天然温泉に近い入浴剤「HAA for bath」。別府温泉で350年ほど前から作られている「湯の花」を原料とし、約3カ月かけて製造される
池田 そうですね。そして、細切れにでも力を抜く時間を作ると、自分を客観視しやすくなるんじゃないかと考えています。
池田 ブランドを立ち上げるとき、過去の自分のように心身ともに疲れている女性たちにヒアリングをしたのですが、一人の方が「いつも未来や過去のことばかり考えていて、『今の自分が何を感じているか』を考える時間を作ってこなかった」とおっしゃっていて。忙しいときって、まさにそうですよね。だから、今の自分の状態に気付くきっかけというか、「今私はこうなんだな」と、“今”にフォーカスする時間を作るのが必要なんだろうなって思います。
いかに自分の状態に気付いて、一歩引く瞬間を作れるか。「休む」にあたって、まずはそれが大切なのかなと思います。
池田 それは仕事においても大切なことだと思っていて。目の前の仕事に対して「こうやらなきゃ」としか思えないとき、一歩引いて自分を客観的に見ることで「他のやり方があるかも」と視点が切り替わる瞬間がこれまでに何度もありました。
池田 「怖い」と感じる気持ちも本当によく分かります……。ですが、少しでも深呼吸の時間をとり、一度気持ちを切り替えたほうが意外に仕事もうまくいくというのは、自分の経験からも伝えていきたいなとは思うんですよね。
ただ、過去の私を振り返っても、忙しさの渦中にいる人にうまくそれを伝えるのは本当に難しいことも理解しているんです。だからせめて忙しい人には、「休みなよ」と伝えるより「スマホの通知を30分だけオフにして温かいお茶を飲んだら?」って伝えてみるとか……。
ギフト向けの「HAA for bath 日々」を作ったのも、そういった理由からです。パツパツになっている本人は自分の状態に気付けないので、周りの人が「これでゆっくりお風呂に入りなよ」と渡せるものがあったらいいなと。

大切な人へのギフトに最適な「HAA for bath 日々」。入浴剤の包み紙の裏に、さまざまな人の“日々”が日記のような短い文章で書かれている
心に余白を設けるためにも「深呼吸の時間」を大切に
池田 頭をすっきり切り替えたいときは湯治宿(とうじやど)に行きますね。やることが多くて頭が働かないとき、気持ちをうまく切り替えられないときは、数日間使って徹底的に休みます。
この前行ったのは、新潟県栃尾又温泉の「自在館」という湯治宿。まさに「休むための宿」で、36度くらいのぬるい温泉に一日4時間くらい浸かり、体にやさしい食事をとって、ひたすらごろごろして過ごすんです。
池田 日常で細切れに休むのももちろん大切ですが、ときにはとことん休めたらいいですよね。私はお気に入りの湯治宿がいくつかあって、自然を感じたいときはここ、気軽に行きたいときはあそこ、と使い分けています。
池田 私は“深呼吸マスター”と呼んでいるんですが(笑)、自分の整え方を知っている人って、実はすごくたくさんいるんです。私はまだ完全な“深呼吸マスター”ではなく、ちょっと分かってきた初心者レベル。マスターがいて、私がいて、深呼吸を日常に取り入れたい人がいて。HAAを通してみんなで一緒に、どうしたら日常に「休む」時間ができるのかを考えていきたいですね。
池田 そうなんですよ。会社を立ち上げるときにブランドを紹介するブログを書いたら、同世代の方から「私にも深呼吸が必要だなって思いました」といったメッセージをたくさんいただいたんです。ひとりが声を上げたら同じ経験をした人たちが集まれるし、自分の状態を共有して、アドバイスしあったりできますよね。深呼吸マスターと一緒に「休む」を体感できるような「湯治リトリート」なんかもいいな、と妄想しています。
深呼吸ができると自分を客観視できて、心に少し余白ができる。そうすると人にやさしくなれる。だから、深呼吸を上手にできる人が増えたら、今よりやさしい世界になると思うんですよ。これから、そういう世界を実現できたらいいなと思います。
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
忙しい毎日で“ほっ”としたくなったら
お話を伺った方:池田佳乃子さん