忙しくて本が読めない、積読してしまうという人へ。三宅香帆さん「また必ず読めるときがやってくる」

三宅香帆さんインタビュー

本を読みたいのについスマホを眺めてしまう。仕事や家事、育児に追われて積読が増えていく——。「読書」にまつわるそんな悩みを抱えてはいないでしょうか。

文芸評論家として活躍する三宅香帆さんも、会社員時代は「本が読めなくなった」といいます。そんな当時の経験をSNSで発信したところ、多くの共感の声が集まり、2024年4月には『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を出版しました。

今回は、仕事に家事・育児と目まぐるしい毎日の中で、読書を楽しむヒントをうかがいました。

働いていると本が読めなくなるのは、普通のこと

本が大好きな三宅さんも、多忙な会社員時代に本が読めなくなったとのこと。改めて、当時の状況を教えていただけますか。

三宅香帆さん(以下、三宅):仕事に関係のある本は読めても、好きだったはずの古典文学や海外文学などが読めなくなりました。仕事はすごく楽しくて充実していた一方で、本を読む時間が取れないだけでなく、そもそも興味が向かなくなっていたんです。

その経験をSNSにつづったところ、多くの共感の声をいただいて。働いていると本が読めなくなったのは、私だけではないんだなと気づいたんです。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)

日本の労働と読書の歴史を紐解いた一冊

著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、その理由を本という媒体の“ノイズ性”にあると書かれていました。

三宅:はい。特に文学作品は、今の自分に直接関係のない“ノイズ”となる情報が含まれていることが多い。

そこが読書の魅力でもあるのですが、時間がなく自分のことでいっぱいいっぱいなときは、そういった“ノイズ”を受け入れる余裕がありません。だから、働いていると本が読めなくなるのではないかと考えました。

現在はフリーランスの書評家として活動されていますが、会社員の頃と比べて、本との接し方はどのように変わりましたか?

三宅:時間の使い方を自分で決められるようになったことで、自然とまた本が読めるようになりました。今の世の中で会社員と読書の両立がいかに難しいか、身をもって体感しましたね。

スマホばかり見ちゃう、時間がない……読書の悩み別アドバイス

読書に対するよくある悩みについて、ケース別に無理なく本を読むコツを教えてください。

ケース1:就寝前や休日など「本を読もうかな」と思っていたはずなのに、ついついスマホで動画やSNSを見てしまい今日も積読のまま……


三宅:まずは、よく開くSNSや動画アプリの近くに「電子書籍アプリ」を入れてみましょう。

スマホを使っていると、最初はおもしろく見ていてもだんだんと「見たいものはもうないのに、なぜかだらだらと見続けちゃう」ということはありませんか?そういうとき、すぐ近くにある電子書籍のアプリを開いてみる。すると、「こっちの方が自分が欲しい情報があるじゃん」と、本のおもしろさを感じられるかもしれません。

他のアプリで見るものがなくなり「暇だな」と思ったら、電子書籍を開いてみるところから始めてはいかがでしょうか。

スマホを眺めている様子
スマホばかり見てしまうなら、むしろそれを読書のきっかけにしてしまおう、ということですね。普段から読みたい本をチェックしておくとよさそうです。

三宅:そうですね。アプリ内に積読しておいて、暇なときにそれを読むのが良いんじゃないかなと思います。

スマホを使った方法でいうと、「読書メモ」をつけるのも効果的です。月ごとに読んだ本や内容を簡単にメモしておくと、今月はあまり読めていないなと気づいて、「じゃあもう少し読もうかな」という動機になる。SNSが好きな方であれば、その読書メモを発信するのも楽しいと思います。

ケース2:上司や同僚に「この本は今後のために読んだ方が良い」と勧められた本や、資格取得のための本ばかり読んでいるうちに、本を読むことが「タスク」になってしまった


三宅:このケースでは、書店に行ってみることをおすすめしたいです。

ケース1で紹介した電子書籍は手軽であるがゆえに、ラインアップが「読まなきゃいけない本」に偏ってしまいがち。そういうときこそ書店に行くと、普段の仕事とは関係のない本が目に留まって、「自分の興味ってこういうところにあったんだな」と新たな気づきがあると思います。

あるいは、タイトルや表紙に惹かれた本を手に取ってみることで、全然知らない著者さんに出会えることもありますね。読書が義務になってしまっている人は、いったん書店に行ってみて、自分の興味関心を広げてみるのが良いと思います。

書店で本を選ぶ様子
新しいジャンルの本に挑戦してみたいとき、どのように開拓すると良いでしょうか?

三宅:フィクションだったら、自分と好みの合う読書アカウントや読書ブログを見つけて、その人の推薦に沿って読んでみると、いろんな作品との出会いがあると思います。

専門的な内容であれば、新書を強くおすすめします。日本の新書って、非常にレベルが高いんですよ。最先端な分野でもニッチな分野でも、短く分かりやすくまとまった媒体が1,000円くらいで入手できる。

新しい分野に興味を持ったら、まずは新書でその分野を解説している本を探してみてください。それが面白かったら、同じ筆者の過去の書籍や、参考文献をたどって、その分野を掘っていくと良いと思います。

ケース3:朝と夜は育児、日中は仕事。そもそも「自分の時間」がない。たまにスキマ時間ができても、何をするでもなくあっという間に時間が過ぎてしまう


三宅:ケース1と同様に、スマホやタブレットに「電子書籍アプリ」を入れると、スキマ時間に読みやすくなると思います。その際、フィクションの場合は小説だとなかなかスキマ時間で読むのが難しいと思いますから、アンソロジー短編集など「細切れ読書」がしやすいジャンルのものを選ぶと良いでしょう。

ただ、その時間も取れないぐらい忙しい場合、そもそも今は本を読む時期ではないのかもしれません。その忙しさが落ち着いたときに、「そろそろまた本を読もうかな」と思えることの方が大切な気がします。

読むこと自体が義務になってしまうと、好きだったはずの読書がつらくなってしまいますから。

なるほど……。ただ、せっかく買った本を、ずっと積読している自分に罪悪感を抱いてしまうことがあって......。

三宅:私も積読をしますし、置いているうちにすでに読んだ気になっている本もあります(笑)。自分で買っているわけだし、罪悪感を覚える必要はないと思いますよ。私自身読書を義務に感じたことはなく、だからこそずっと本好きでいられているのだと思います。

私が「読み手」と同時に「書き手」でもあるからかもしれませんが、著者としては買ってくれた時点で万々歳なんです。もちろん読んでくれたら一番うれしいですが、いったん買って自分のものにしておいて「時期が来たら読むだろう」、ぐらいの気持ちでいられると良いんじゃないでしょうか。

そういってもらえると、少し気が楽になりますね。

三宅:ひとまず目次だけ読んでおくのもおすすめですよ。多少読んだ気になって罪悪感も薄れますし、どんなことが書いてあるのかざっくり触れておくことで、ふとしたときに「そういえばあんな本買ってあったな!」と思い出すきっかけにもなります。

いっぱいいっぱいなときほど、本を読んでみて

改めて、三宅さんが思う読書の魅力とは何でしょうか?

三宅:普段忙しく過ごしていると、どうしても目の前のことで頭がいっぱいいっぱいになりがちですよね。特に現代は、働くことに対して真面目にならざるを得ない風潮があると思います。

例えば「キャリアアップしなきゃ」とか「成果を出さなきゃ」とか、何かと焦りを感じやすいような構造になっていて、あっという間に仕事のことで頭がいっぱいになってしまう。

しかし、そんなときにこそ読書をおすすめしたいんです。本が持つポジティブな意味での“ノイズ”が頭の中に入り込んでくれば、本を読んでいるうちは目の前の忙しさから解放される。とても良い気分転換になるんですよね。

かつての私のように、好きなのにどうしても本が読めないという方も多いと思うのですが、できれば今日話したように電子書籍やスキマ時間などを活用して、少しでも読書の時間を持っていただけたらと思います。

読書する様子
「りっすん」読者の中には仕事と家事・育児を両立していて、本がなかなか読めないことに悩んでいる方も多そうです。

三宅:その場合は先ほどお伝えしたように、「今は本を読む時期じゃないんだな」といったん今の自分の状況を受け入れてみてほしい。今後も続く“読書人生”を考えれば、まだいくらでも読めるチャンスはあるはずです。

ただ、著書に書いているように、仕事や家事育児に対して“全身全霊”でなく、心持ちだけでも“半身”で取り組めると良いのでは、と個人的には考えています。

大好きだった本が読めないくらい自分自身に負荷やストレスをかけ過ぎると、短期的にはがんばれても、長期的にみると自らを苦しい状態に追い込んでしまっているように思うんです。仕事も家事育児も心地よく長く続けていくには、本を読む余裕が持てるくらいの方が望ましいのかもしれませんね。

取材・文:ヒガキユウカ
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:三宅香帆さん

三宅香帆さん

文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。小説や古典文学やエンタメなどの幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』等多数。