“理想の家族”はもう追い求めない 夫婦ですれ違い気付いた「本当の望み」

"ウィルソン麻菜さんエッセイ"

誰かの「やめた」ことに焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」。今回はライター・ウィルソン麻菜さんにご寄稿いただきました。

第二子誕生後「いい家族になりたい」と努力するほど、夫婦間ですれ違うようになっていったというウィルソンさん。自身が思い描く「いい家族」とはいったい何なのか、改めて向き合ったことをきっかけにパートナーと話し合いができる関係を再構築できたそうです。

第二子が生まれてから夫とぶつかることが増えた

"ウィルソン麻菜さんエッセイ"

「子どもは2人まで」

そう決めていた私にとって、第二子の誕生は“スタートライン”の感覚が強かった。幸運なことに希望通りの妊娠・出産が叶い、2人目を保育園に入れて本格的に仕事復帰したのが32歳のときだ。

もう妊娠や出産でキャリアが一時停止することもないし、「まだ使うかも……」とベビーグッズを押し入れにしまっておかなくてもいい。このフルメンバーで“いい家族”になっていくぞ!と奮起したのだ。

このとき私が思い描いていた“いい家族”とは「楽しく過ごせる家族」だ。

となると、子どもが小さいうちに自然の多いところで季節を感じて遊ばせたいし、休日はみんなで遠出したい。誕生日はもちろん、クリスマスやお正月などのイベントごとも含めた「家族行事」をみんなで楽しんで、いい思い出を作りたいという気持ちが強かった。

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しかし、ここでひとつ問題が。「今度はここに連れていってあげよう」とアイデアが浮かんでも、夫が乗り気でないのだ。こちらは一生懸命下調べをして計画を立てているのに、彼は少し面倒臭そうにしている。

夫はもともと根っからのインドア派。特に第二子が生まれてから、休日にみんなで出かけることに乗り気じゃなかったり、外出先で早く帰りたがるようになったりした。

小さい子どもを2人連れて出かけるのは確かに大変なので、その気持ちも分からなくはない。でも、「家族で楽しい時間を過ごすために、少しは我慢してくれてもいいじゃん......」と私のモヤモヤは募った。

そして、幾多の小競り合いの末に、ある夜大げんか。「お互いが譲れないなら、同じような価値観を持つ人と一緒になった方がいいんじゃないか?」という話が出るほど、小さな「価値観の違い」が確実に私たちの関係を蝕んでいっているのが分かった。

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ちなみに、夫は昔も今も「いいヤツ」だ。私のことはもちろん、私の母や妹のことも大事にしてくれるし、家事も子育ても「僕の子ども(家)なんだから、お世話するのは当たり前でしょう」と言いながら生活をともに進めてくれる。

シャイだが人にやさしく、尊敬できる夫だからこそ、昔と変わらず愛したい。でも、この溝をどう埋めていったらいいのか。答えはさっぱり分からないままだった。

私がなりたい“家族”は、誰が思い描いた“理想”なのか?

第二子出産後、夫との関係だけでなく、自身のキャリアや子育てにもいっぱいいっぱいだった私は、月に一度カウンセリングを受けるようになっていた。そして、ある日のカウンセリングで、私はぽろりと「夫のことをもう好きになれないかもしれない」とこぼしたのだ。

「麻菜さんが、本当に望んでいるものは何なんでしょうか?」

一連の話を聞いたカウンセラーさんにそう問いかけられてみて、改めて自分が望んでいた「家族のかたち」について考えてみると、浮かんできた私の望みは「夫も含めた家族みんなで一緒に楽しい時間を過ごすこと」だった。

そのために必要なことは「何をするか」ではなく、「あー今日も楽しかったね」とみんなが思えれば、それでいい。よくよく考えたら、それだけだった。

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そう気づいたとき、幼少期のいくつかの思い出がよみがえった。

休みの日に「出発の時間なのに準備が間に合っていない」と怒り、車酔いがひどい私を助手席に乗せて出かける父。そして「お父さんが待ってるから急いで!」と、父の顔色をうかがいながら旅行先での買い物を慌てて済まそうとする母。

私の父は、自身が父を早くに亡くしていることもあって「家族」にこだわる人だった。出掛けるときは「みんな一緒でなければ」いけなかったし、計画通りに行かないとイライラする。「せっかく準備したのに」「こんなにお金も時間もかけたのに」そういうプレッシャーを、子どもながらに時折感じていた。

楽しい時間だってもちろんあったが、今振り返れば父が気合いを入れ過ぎていたようにも思う。はて、どこかで聞いたことがある話では……。

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私が求めていた「理想の家族」は私の理想ではなく、「父が頑張って追いかけていた理想の家族」 だったのかもしれない。もっと言えば、父のなかにあった理想すらも、社会のなかでいつの間にか刷り込まれたものなのではないか。

大きな家に住んで、いつもおいしいごはんを食べられて、ときどき旅行もして、笑顔で満たされていて……。なにかのコマーシャルのような「理想の家族」を背負っていた父の姿を見て育った私が、今度は自分の家族にプレッシャーを与えていたとしたら。その可能性を考えて、ぐらりと世界が揺れた。

夫に穏やかな気持ちを抱くようになったら、夫との会話が増えた

それからは「家族のためにやらなくちゃ」という考えが浮かんだら、まずは「それは本当に私のやりたいことなの?」と自分に聞いてみるようになった。

そうすると大抵の場合は、社会の掲げた“いい家族”の姿だったり、SNSで見かけた誰かの理想から生まれた「やらなくちゃ」だったりする。私はこれまで「家族でこんなところに行きました」「子どもにこんな経験をさせてあげました」という誰かの声で自分を鼓舞していたんだと気付く。

次に「じゃあ本当に自分が望んでいることは何だろう?」と問いかける。本当の望みはいつもシンプルで、「家族で楽しく過ごしたい」や「今日は本当は休みたい」だったりする。

もちろん、子どもたちを喜ばせたいし、いろんな場所で楽しい思い出を作りたい。それも本心だが、そのために私がイライラして家族にプレッシャーを与えては本末転倒過ぎる。「楽しく過ごす」だけをゴールに見据えた場合、そこに至るまでの過程は究極なんでもいい。

そう考えられるようになったら、しゅうううっと焦りやいら立ちが収まっていく感覚があった。

「もうお昼なのに子どもたちはまーだパジャマ……だけど、楽しそうに踊ってるしいいか」とか、「せっかくいい天気なのに予定を入れてない……から、近所でピクニックでもするか」とか、そういうことで満足できるようになってきたのだ。

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今振り返ると、なにより私自身が「もっとがんばらなきゃ、変わらなきゃ!」と焦っていたんだと思う。第二子出産後、キャリアと子育ての両立や親としての成長など、自分に求めることが多過ぎたのだ。そして、それを当たり前のように夫にも求めていた。だから(私の理想通りに)行動してくれなかった夫にムカついていたのである。

そういう構造が見えてきて、ようやく夫に対しても穏やかな気持ちでいられることが多くなった。

すると、なんということでしょう、不思議なことに夫の態度も変わったのである。

今までは興味なさそうにしていた私の仕事やカウンセリングの話を興味深く聞いてくれるようになったり、私が「ここに行ってみたいんだよね」と言うと「いいね、レンタカー借りようか」と前向きに返してくれたり……。

あれ? 結果的に私が望んでいた「みんなで楽しく過ごす」が形になってるかも?

私たちらしい「家族」を作るため、話し合って生きていく

"ウィルソン麻菜さんエッセイ"

夫の態度が変わったことで、ひとつ発見があった。私はずっと「いいね、やってみようか」と言ってほしかったのだ。「こんな場所があるんだって。子どもたち喜びそうじゃない?」と見せたとき、面倒臭そうな顔をせずに一緒に考えてほしかった。

“本当にそこへ行くかどうか”は、さして重要ではなく、もっと一緒に検討したり、どんな家族になりたいのかを話し合いたかったのだと気づいた。

このエッセイを執筆するにあたって、夫に「なんで変わってくれたの?」と聞いてみた。すると、「僕は何も変わってないよ」と言われた。「ただ、以前は“自分じゃない人間”を求められてつらかった。今はとても気持ちが楽になった気がする」とも。

その日、私たちはいろいろなことを話した。改めて私と夫との考え方が違い過ぎて、思わず笑ってしまったけれど、正反対の私たちだからこそ、凸凹が合うという見方もできるかもしれないと思えた。

"ウィルソン麻菜さんエッセイ"

その後、あろうことか娘の入学式でまたケンカをしてしまったのだが、お互い冷静になって「ケンカがしたいわけじゃない。今日という日をハッピーに過ごしたかっただけじゃないか」と話し合うことができた。

私たちの間では今、「本当に求めていることはなにか?」という言葉が話し合いにつながるキーワードになりつつある。

第二子が生まれてそろそろ4年。私たちは今の家族の形になってから、たったの4年間しか一緒に過ごしていないのだから、家族の在り方に悩んだりぶつかったりするのは当然といえば当然だろう。

でも、今一つ言えるのは誰かが作った「理想の家族」を追い求めるのは“やめる”ということ。その代わり、私たちらしい家族の形を作っていくために夫と、そのうち子どもたちも交えて、話し合うことは、“やめない”で生きてみたいと思う。

編集:はてな編集部

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著者:ウィルソン麻菜さん

ウィルソン麻菜さんプロフィール

ライター。属性やラベル、国境などを超えた「向こう側にいる人」を伝えることで、社会がもっと身近で平和になると信じて文章を書いています。主に、インタビュー記事や発信サポートのライティングをおこなう傍ら、個人向けインタビューサービス「このひより」の共同代表としても活動中。
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