妊娠・出産後に夫婦げんかが増えた方へ。専門家に聞く「夫婦関係がこじれる原因と改善のためのステップ」


妊娠、出産、育児をきっかけに夫・妻とのけんかやすれ違いが増えていませんか。

いわゆる「産後クライシス」。「離婚」を考えているわけではないけれど、ぶつかり合うたびに消耗し、モヤモヤ。でも仕事や育児で余裕がなくて関係性を改善できないまま、またぶつかり合ってしまう……。

そんな悩みを抱えている人に向けて、これまで2,000組以上の夫婦の関係を改善してきたカウンセラー・安東秀海さんに、夫婦関係がこじれてしまう原因と関係改善のためのステップについて伺いました。

お話を伺った方:安東秀海(あんどう・ひでみ)さん

安東秀海さんのプロフィール写真

夫婦カウンセラー。妻とともに夫婦専門のカウンセリングオフィス「LifeDesignLabo」を主宰。東京渋谷のカウンセリングルームには不倫やセックスレス等さまざまな問題を抱える夫婦が日々訪れ、2023年7月現在サポートしてきた夫婦は2000組に上る。機能不全に陥った夫婦の関係性を読み解き、健全なパートナーシップ構築へと導くことを得意とする。著書『夫は、夫婦は、わかってない。夫婦リカバリーの作法』(SYNCHRONOUS BOOKS)

パートナーに強く当たってしまう……悩みの原因は「わだかまり」?

妊娠・出産を経て子育てをする中で、けんかやすれ違いが増えるなど、産後クライシスでパートナーとの関係に課題を感じる人は少なくないように思います。夫婦関係にはどうして“こじれ”が起きてしまうのでしょうか。

安東秀海さん(以下、安東) 夫婦として長く一緒にいると、日々さまざまな問題が蓄積され、「目の前の問題」が覆い被さって「本当の問題」が見えなくなってしまうからだと思います。


「目の前の問題」と「本当の問題」とは具体的にどんなものでしょうか。

安東 夫婦関係の問題は、大きく3つに分類することができます。

1つ目が「コミュニケーション」です。けんかが増えた、会話が減った、パートナーに強く当たってしまうなどですね。

2つ目が「価値観・考え方」。働き方、お金の使い方、育児の方針などが違うこと。

3つ目がそれらの裏に潜んでいる「感情」です。コミュニケーションや価値観の問題だと思っていたことが、実は感情の問題だった、ということが多いんです。

具体的な例で考えてみましょう。

妻は基本ワンオペ育児で、特に手がかかる2歳ごろまでがつらかった。子どもが成長した今でも仕事と育児に追われており、ふとした拍子に夫への不満が弾けて、強く当たってしまうことがある


一見「夫に強く当たってしまう」というコミュニケーションの問題に見えますが、その裏には「ワンオペ育児をつらいと感じている」「そのつらさを共有できなくて悲しい」といった感情、つまり心の中にずっとひっかかっている不満や疑念、不信感といった「わだかまり」が隠れているんです。

パートナーに対してイラッとして強い言葉をぶつけてしまう根底には「わだかまり」がある、と。

安東 はい。価値観や考え方の違いをお互いに理解できず、話し合っても平行線のまま……というケースも、問題は「価値観が違う」ことではなく「価値観の違いが許せなくなった」ことにあるのかもしれません。そして「許せない」背景には、「感情」が隠れている。

夫婦の問題を1本の木に例えると、まずは根っこにある「感情」から解いていく必要があるんです。わだかまりが解ければ、幹となる「価値観や考え方の違い」を受け止めることができ、枝葉の「コミュニケーション」が変わっていくと私は考えています。

「わだかまり」を解くには、まず「痛みや悲しみ」を自覚する

「わだかまり」はどのようにして解いていけばいいのでしょう?

安東 まずはパートナーに対して怒りが湧いてくるようになったのはいつからか、どんなときかを振り返り、「怒り」の背景にある「まだ癒えていない傷や悲しみ」を見つけてください。

2人の間に起きたネガティブな出来事など、過去を思い返してエピソードが出てくる場合は、まだ消化できていない「わだかまり」がある、と考えてみます。わだかまりが消えるのに「時間」はあまり関係ないですから、何年も前の出来事が原因だった、ということもあると思います。

自分自身で「あのときのパートナーの言動で私は傷ついたんだ、悲しかったんだ」と自覚することがスタートラインになります。

安東秀海さんのカウンセリングルーム
「怒りを抱いている自分(赤い人形)」の後ろには「過去に傷つき悲しんだ自分(青い人形)」が隠れていることも
見つけた傷はどのように対処すればよいでしょうか。

安東 わだかまりは誰かに話すだけで解消する場合もあります。信頼できる人に自分の気持ちを聞いてもらう。もしくは自分で「あの頃はつらかったね、よく頑張ったね」と慰めてあげてください。難しい場合は、カウンセリングの力に頼ってもいいと思います。

「わだかまり」をパートナーに伝えてもいいのでしょうか?

安東 もちろんです。ただ伝える際には「Iメッセージ」を意識してください。

「Iメッセージ」とは?

安東 「I(アイ)=私」を軸にしたコミュニケーション手法です。「あなたがこうしたから傷ついた」ではなく「私はこういう状況が悲しかった」、「なんであなたは育児をしてくれないの?」ではなく「私はもっとあなたと一緒に育児をしたい。今のままでは寂しい」といったふうに、自分の気持ちを伝えます。

伝える内容は同じでも、ずいぶん印象が違うと思いませんか?

たしかに。「相手に対する怒り」ではなく、「自分の悲しみ」を伝えようと意識するだけでもコミュニケーションが変わりそうです。

安東 そうですね。「わだかまり」が解けると相手への態度が変わっていきます。さらに自分の態度が変わると相手の態度も変わりやすいので、コミュニケーションの問題は自然と解決していくことが多いです。

夫婦で「価値観」が違うのは当たり前。大事なのは「背景」を知ること

わだかまりを解くことは「価値観や考え方の違い」から起きる衝突を和らげることもできるのでしょうか?

安東 はい。夫婦といえど、価値観は違ってあたり前。価値観や考え方の違いを許せないのは、その裏にわだかまりがあるからだと思うのです。なのでやはり「わだかまりを理解し、傷をケアすること」がスタート地点になります。そのうえで、お互いの価値観を共有し、違いを理解するというプロセスが大事になります。

なるほど。ただパートナーに「あなたの価値観は?」と聞かれても、うまく答えられない気がします。「価値観の共有」は具体的にどうやればいいのでしょう?

安東 まず「価値観の違い」が生まれやすい「お金」「仕事」「親密さ(セックス)」「子ども」「」の5つについて、一つひとつお互いにどんな考えを持っているのかを出し合うのがいいと思います。

例えば、お金は使いたいのか貯めたいのか。お金のために仕事をするのか、やりがいのある仕事であればお金は後回しでいいのか。夫婦間でセックスは必要か、なくてもいいのか。そういったことを、一旦全部テーブルに乗せていきます。全部出してみると「こんなに違うんだ」と改めて分かると思います。

「価値観が違うね」と確認し合うだけで、問題が解決するんでしょうか?

安東 いえ、大事なのはその価値観が形成された「背景」を知ることなんです。「背景」を理解すれば、怒りや恨みといったネガティブな感情は薄れ、共感や思いやりなどポジティブな感情が湧きやすくなります。

例えば「親」に対する価値観の違い。

実家との付き合いを大事にする夫と、義実家との交流にあまり積極的でない妻。夫は妻に対して「なぜ実家との付き合いを嫌がるのか?」と怒り、妻は「なぜ頻繁に義実家と交流しなくてはいけないのか」と怒っている


こういったすれ違いは「親」や「家族」という存在に対してポジティブな感情を抱いているか、それともネガティブな感情を抱いているか「背景」を知ることが大事なんです。

もしかしたら妻側は実の両親との間に嫌な記憶があり、「義実家との付き合い」以前に、そもそも「家族」に対してネガティブな感情を持っているのかもしれない。背景をパートナーに共有し、知ってもらうことが歩み寄るきっかけになり得ると思います。

お互いの価値観を出し合って、背景を理解したあとの「次のステップ」は何でしょう?

安東 5つのテーマにおいて、優先順位をつけてみてください。具体例を挙げましょう。

毎日夜遅くまで働き、土日も仕事をしている夫。そんな夫に対し、妻は「夫婦や家族で過ごす時間が少ない」と不満を抱いている


この場合、妻は「親密さ」「子ども」の優先順位が高く、妻の目から夫は「仕事」と「お金」の優先順位が高いように見えていて、自分や子どもがないがしろにされていると感じているのだと思います。

しかし実は夫も家族を大事にしていて、家族の幸せのために一生懸命仕事をしてお金を稼いで、生活を豊かにしたいだけかもしれない。優先順位をはっきりさせることでそうしたすれ違いに気づき、改めて同じ方を見ることができると思います。


お互いの違いを認識した上で、同じ方向を見ることができたら関係性も改善していきそうです。とはいえ、仕事に育児に忙しい日々、夫婦で価値観のすり合わせをして、課題を解決していく時間を取るのは難しいと感じます。

安東 そうですよね。その場合は目の前にある仕事や育児に一旦集中し、価値観のすり合わせは先送りにするのもアリだと思います。落ち着いた頃にちゃんと向き合おうね、と目線を合わせておいたうえで。

ただし「わだかまり」がある場合は、できれば時間をつくって優先的に解いておいた方がいいと思います。わだかまりを溜めないためにも、何か傷つくことや悲しいことがあれば、その都度自分を主語にして気持ちを伝えられるといいですね。

わだかまりが解けず、先送りにもできない、自分たちで改善していくのが難しいと感じたら、カウンセラーを頼っていただくのもよいかと思います。

カウンセリングの本質は「“個”としてどう生きたいか」を決めること

夫婦の問題にカウンセリングで第三者を入れるメリットはどんなところにあるのでしょう?

安東 感情的になりやすい夫婦の対話に、客観的かつ社会的な第三者の目が入ることで冷静になれるという点です。

先ほどの「価値観のすり合わせ」も、2人だけでやると途中でけんかになって目的を見失ってしまうことがあると思います。カウンセリングの場でけんかをするご夫婦も多いですが、それさえも客観的な視点で見ることができますから。

ただ、日本ではまだ夫婦でカウンセリングを受けることが普及しておらず、少しハードルを感じてしまいます。

安東 おっしゃる通り日本ではカウンセリングを受ける文化が根付いていないため、離婚寸前まで追い詰められた方が必死の想いでネットサーフィンをしてたどり着くケースが多いです。しかしオンラインが普及した近年は、家事育児の分担をどうするかといった相談を受ける機会も増えました。

骨折をしたら病院で治療をするように、夫婦の関係性にヒビが入ったら専門家に見てもらう、そんな感覚で来てもらえたら。できれば「不仲」に至る前、もっと言えば未婚のカップルが関係性を築くスタートラインに立つ前に、カウンセリングを受けられるようになるのが理想ですね。


どちらか一方のみが課題感を持っていて、夫婦関係の維持・改善のためにカウンセリングを受けたいと思った場合、パートナーを説得して連れてくるのが難しいように思うのですが……。

安東 夫婦カウンセリングといっても、私たちのカウンセリングルームに最初に訪れるのは女性1人のケースが5割ほどで、夫婦揃っての参加は3割弱、男性のみが2割強です。

1人でいらした場合、夫婦で取り組んだ方が解決への近道ではあるので、まずは課題意識をパートナーに伝えることをお勧めしています。パートナーに自分の気持ちが伝えられておらず、相手は課題意識を持っていないケースも多いので。

Iメッセージで「私がつらい」「私が悲しい」と自分の気持ちを伝えても、「知らない」「どうでもいい」というスタンスで向き合ってくれず、カウンセリングにも来てくれない人とはむしろ、今後の関係性を築いていくのは難しいかもしれません。

そもそも、カウンセリングを受けることで関係は改善するものなのでしょうか。問題を解決できずに離婚を選ぶ人もいますか?

安東 だいたいの夫婦が関係を修復していきますが、もちろん離婚に至る夫婦もいます。ただ婚姻関係を継続できなくとも、カウンセリングを通じて「人間関係」の改善はできると思います。

カウンセラーとして、私の場合は必ずしも「婚姻関係」にはこだわりません。結果的に離婚したとしても、カウンセリングルームを訪れる前よりも、長期的な視点でふたりの「人間関係」がよくなっていればいいと思っているんです。

「夫婦」という関係性がベストとは限らない場合もあるんですね。

安東 カウンセリングの本質は、「個」としてどう生きたいかを決めることだと思っています。夫婦関係はふたつの「個」で成り立つもの。自分の生き方に合ったパートナーを選んでいるわけなので、相手がパートナーのポジションにふさわしくないと思ったら降りてもらってもいいと思います。

降りたくない、一緒に生きたいと思ったら相手が変わるかもしれない。ただし「相手を変えよう」とはせず、必要に応じて「自分が変化を受け入れる」といった主体的な姿勢で、自分の人生のハンドルを手放さないことが大切だと思います。

取材・文:徳瑠里香
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部

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