
インクルーシブな社会を実現するためのリーダーシップ・プログラムの提供や人材育成・経営支援などをおこなう、一般社団法人UNIVAの野口晃菜さんと牛島展子さんに、「働きづらさ」を解消するためマネジメント層が心がけたいことを伺いました。
「働きづらさ」は人の数だけある
野口晃菜さん(以下、野口) その前にまず知ってほしいのですが、職場に「働きづらさ」がある要因は、本人の機能的な障害(身体障害や精神障害、発達障害)や個人的な状況(妊娠、子育て、介護など)そのものではありません。働いている人が身を置いている職場の「環境」と、これらの障害や状況が合わないことが、「働きづらさ」の要因です。

野口 一番大きな要因は、今の職場がマジョリティを中心としたつくりになっていることです。そのため、長期的には今の職場にさまざまなマイノリティ性のある人がいることを前提に職場環境を変えていく必要があります。
それは職場の働き方のみでなく、例えば会社の文化を「柔軟にルールを変更するのが当たり前」に変えることにもつながるので、とても時間がかかります。
すぐにできることとしては、例えば障害のある人への合理的配慮の提供があります。しかし、周囲に障害特性や事情が理解されづらいケースは、困難さが矮小化されやすいと感じています。
例えば発達障害のある人の「注意が散漫になりやすく集中できない」「忘れ物が多い」「口頭での指示だけでは理解に時間がかかる」といった困りごとが、「集中できないって言われても、私も仕事に集中できないときはあるし……」となかなか理解されづらかったり。
牛島展子さん(以下、牛島) 特性や、妊娠・育児、介護といった固有の事情を抱えていない人でも、例えば、転職してみたらこれまでの会社と仕組みやカルチャーがまったく違って、それまでのように活躍できなくなったり、職場のみんなの「当たり前」に違和感を覚えたり……なんてことはよくありますよね。
そういった違和感や抑圧は、大なり小なり誰もが感じているものではないでしょうか。

野口 なので、メンバーそれぞれの意見を聞きながら「みんなが働きやすい職場・チーム」に必要なルールづくりを進めていくのが大切だと私たちは考えています。
まずはリーダー自身が感じている「働きづらさ」に目を向けて
野口 そうですよね。だからこそ、まずはリーダー自身が感じている困りごとや働きづらさに目を向けてみてほしいです。「もっとこうなったら働きやすいのに」という困りごとはきっとあるはずなのに、気づいていないケースが多いんですよ。
その上で、メンバーも自分の困りごとをリーダーや周囲に言えるような環境を作っていってほしいなと思います。
野口 気づくきっかけは人によってさまざまです。だからこそ、きっかけを得るための研修や体験、学びなど多様な選択肢があることが望ましいですね。
例えば、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込みや偏見)について学んだことで自分自身がこれまで受けてきた抑圧に気づいたり、身体障害のある人の生活を擬似体験できるプログラムや研修を通じて自分の中になかった視点に気づいたり……。
自分自身について振り返ることは、ときに自分が持っている特権性に気づくことにもつながるので、一人だけで取り組もうとするのはなかなか大変です。
「自分にとっては快適な職場でも、実はその環境のままだと抑圧を受けている人がいる」という事実と向き合うのは、つらい部分もあります。
なので大切なのは、自分と同じような段階にいる仲間と共に学び、そのもやもややつらさも共有できるようにすること。講師が一方的に知識を伝達する研修のような場のみでなく、リーダー同士で対話をしたり、ロールモデルから話を聞いたりして、知識と経験を結びつける機会が肝になります。
ただ同じ組織内だと利害関係が生じ、もやもややつらさは共有しづらいので、社外の人と対話をする機会なども大切です。
「ちょっとした雑談」で意見しやすい雰囲気を作る
牛島 ミーティングの冒頭から本題に入るのではなく「今日はどんな感じ?」というようなアイスブレイクを挟むなど、まずはメンバーみんなでちょっとした雑談ができる空気をつくっていくのが大事です。
職場での雑談に抵抗のある方もいるかもしれませんが、自由に意見を言い合える場づくりのために、メンバーがお互いを多角的に知っておくことは重要です。
野口 会議とは別に、お茶とお菓子を用意してただ雑談するだけの場を設けるのも効果的かと。雑談の回数を重ねるうちに、あるときふとチームメンバーから「職場のこのルールには問題があるのでは?」といった意見が出るようになったというケースもあります。
野口 もう一つ大事なのが、上下関係や肩書きや専門家によらず、誰の言葉にも同じだけの価値がある、という共通認識を持てるような機会をつくること。上下関係がある中での話し合いの場では、どうしても構造的に意見を言いやすい人と言いづらい人が発生してしまいますから。
誰かが意見を言ったらまずはその意見を受け止めるなど、異なる意見が出てくることを歓迎する文化をつくることが大切だと思います。一人ひとりが意見を言いやすくするためのグランドルール(その場にいる人が共有すべき土台となるルール)もあると良いでしょう。
一人ひとりの視点で「もっとこうした方がいいんじゃない?」という改善策が出せること自体に価値があるとメンバーみんなが思える機会を作ってほしいです。
牛島 リモートワーク中心の職場の方は、みなさん悩まれている点ですよね。
社内のチャットツール上で雑談する場をつくるのもひとつの方法ですし、チームメンバー全員で顔を合わせて話す機会がほしい場合は、例えば月に1回など、定期的に集まる日を設けるのをチームメンバーの皆さんとルール化してもいいのではないでしょうか。
野口 匿名性が担保された状況で意見を言うのは実名に比べるとハードルが低いので、自由に意見を言えるアンケートフォームなどを用意するのもひとつのよい方法だと思います。
対面の方が意見を言いやすい人もいればチャット上の方が言いやすい人もいるので、できるだけ多様な場や機会があるといいですね。
1on1は「部下の本音」を聞く場ではない
野口 個人的には、1on1は「本音で話してもらう」という場として機能し得ないと思っています。1on1はあくまで、リーダーの立場からメンバーにフィードバックをする場として捉えた方がいい。
リーダーやマネージャーは「話しやすい雰囲気をつくれば本音を言ってくれるはず」と思いがちですが、メンバーからしてみれば、どれだけ話しやすかったとしても「評価してくる人」なんです。「上司」と「部下」という立場がある時点で権力が非対称であるため、一対一の場で自分に本音を言ってくることはない、対等にはなりえないと考えるべきかと。
それをふまえ、自分ひとりでメンバーの本音を引き出そうと躍起になるのではなく、むしろ「職場の関係性を流動的にするしかけ」を意識してつくっていくことが重要だと思います。
野口 リーダーだけが常にオーナーシップを持とうとするのではなく、メンバーが専門性や個性を発揮できるような領域においては、どんどん周囲にオーナーシップを受け渡していくことです。
先ほど話した雑談などの場においても、リーダーが中心になるのではなく、毎回メンバーが交代で話を回してもいいかもしれません。
経営やマネジメントの文脈だけでなく、チームビルディングや専門性といった複数の文脈でメンバー同士が関わる機会があることは、一人ひとりの強みの発露にもつながりますし、それは企業としての物差しを多様にしていくことにもつながります。
牛島 あわせて、リーダーを含めた全メンバーで「強み」だけではなく「弱み」や「苦手」を共有しておくことも大切です。障害や疾病などに限らず、苦手なことが外から見ただけでは分かりづらい場合、それを場に出してもらわない限り伝わりませんから。
お互いに何が苦手かを知っていると、メンバー同士で得意な業務・不得意な業務を補い合うことができますし、誰かにだけ負担が偏ってしまうことが減るので、配慮もし合えます。それこそ関係性が流動的になりますし、結果的にチームとしての生産性もその方が上がるはずです。
「あの人ばかりたくさん休んでずるい」にならないために
野口 みんなが働きやすくなるためのルールづくりは、メンバー全員が話し合いを重ね、合意形成をして進めていくしかないと思います。そのためには、先ほどお伝えした通り、メンバーが「自分の意見を伝えていいんだ」と思える機会をたくさん作っていくことが必要です。
非効率だと思うかもしれませんが、長期的な視点で見れば、それがいちばん効率的かなと。丁寧な合意形成をおこない、例えば曖昧(あいまい)になっていたルールを一度言語化してマニュアルにすることで、あとから職場にメンバーが増えた際にも役立つこともあります。
実際に、発達障害のあるメンバーの「口頭のみの指示では理解が難しいので文面にしてほしい」というニーズに合わせて指示を文面にまとめた結果、他のメンバーにとってもルールが明文化されて分かりやすくなった、などといったケースはよく聞きます。
野口 そうですよね。ただ、企業として「全ての人にとって働きやすい職場環境をつくろう」という方針を掲げているのなら、リーダーのタスクが多過ぎてルールづくりに時間が割けないのは経営者の責任。
そのような職場の場合は、自分自身が声を上げる姿を部下たちに見せる絶好の機会だと思って、ぜひリーダー自身が上長や経営者に意見を伝えてほしいです。
リーダーとして、自分が無理なくできる範囲はどこかを明らかにし、そこについては自らアプローチをして、自分だけでは難しい部分については会社としての施策にするべく、意見を伝えていくのが良いのではないでしょうか。
牛島 メンバー間での負担が偏るとそういった反発が起きがちになってしまいますから、コミュニケーションだけではなく「会社の仕組み」そのものに目を向けることが必要です。
リーダーや企業は本来、そういったメンバーもいることも前提にした人員の配置や分担を考えるべきですから。
野口 リーダーが率先して「なんとなく」くらいの感覚で休むことも必要だと思います。
あるIT企業では、月に一度「なんとなく休暇」という名称で好きなタイミングで取得できる有給制度を設けているそうです。よいパフォーマンスを出し続けるためには「なんとなく調子が悪い」ときに休むことも必要だという考えから生まれた制度で、この休暇のおかげで、どんなメンバーにとっても休むことが特別にならない風土が醸成されたそうです。これは非常に参考になると思いましたね。
牛島 子育て、介護、通院などで頻繁に休まなければいけないときは誰しもあるはずですから、「この時間帯は子どものお迎えなので会議には出られません」「この曜日は通院なので勤務時間が限られてしまいます」といった事情を誰しも口にできて受け入れ合える環境が、もっと当たり前になるといいですよね。
取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
リーダーやマネージャーが知っておきたい仕事術
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