「パワハラ上司にならない方法」を研究者に聞く。部下への「注意」はどうすればいい?

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「これってパワハラになるのかな」と慎重になるあまり、部下や同僚とのコミュニケーションに消極的になっていませんか。

中間管理職としてチームを率いる中、部下に威圧感を与えないように注意しつつリーダーシップを発揮するにはどうすればいいのか。

日本のハラスメント研究の第一人者である津野香奈美先生に、具体的なシチュエーションを例に教えてもらいました。

コミュニケーションを避けることは、ハラスメントの解決策にならない

津野先生は学生時代にアルバイト先で見かけた「部下に怒鳴り散らす上司」をきっかけに、当時の日本ではまだあまり知られていていなかった「パワーハラスメント」について研究を始めたと伺いました。今では「パワハラ」という言葉も浸透しましたが、改めて定義を教えてください。

津野香奈美さん(以下、津野) 2020年に施行された改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)において「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題」と表現されていて、以下の3つの要素を全て満たすものと定義されています。

  1. 優越的な関係を背景とした言動
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
  3. 労働者の就業環境が害されるもの

具体的には、人格否定などの「精神的攻撃」や達成困難な目標を一方的に課す「過大な要求」、あるいは職場での孤立を促す「人間関係からの切り離し」などですね。

ただ、「業務上必要かつ相当の範囲を超えたもの」という前提は状況に応じて変化するので、基本的に何がパワハラに当たるのか、は個別判断が必要になります。

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なかには「これはハラスメントなの?」と迷って、部下や同僚とのコミュニケーションを避けてしまう人もいそうですよね……。

津野 そうですね。私のパワハラ研修を受けてくれた方からも「部下と関わらないようにすれば安心ですね」と言われたことがあるのですが、実際は逆で関わりを避けるとむしろ問題が発生しやすいんです。

例えば「誰がこの業務の担当なんだろう」といった役割への葛藤や、部下や同僚から「自分は嫌われているのでは?」という疑いが生まれてしまう。パワハラは部下や同僚との関わりを避ければ解決する問題ではないんです

難しい……! なので今回は、会社でよくあるシチュエーションを例に挙げて、どのように部下や同僚とコミュニケーションを取ればいいのかを教えてもらえればと思います。

新入社員には価値観を聞く質問を心がける

(1)新しく入社した社員との関係性を深めたいものの、雑談で何を聞いていいのか分からないとき。どこまでプライベートのことを聞いていいのだろうか……


津野 雑談でどこまで話したいのかは人によるので、基本的には本人が自分から話さない限りはプライベートに踏み込まないようにした方がいいと思います。

じゃあ代わりに何を話せばいいかというと、今後どんなキャリアを築きたいか、これまでの仕事の中でどんなときにやりがいを感じたか、どんなところで手助けがほしいと感じたか、といった仕事に関すること。

あとはその人がどんな価値観を持っていて、何が好きで嫌いなのかを掘り下げる質問はしてOKです。例えば「普段何をしているときが楽しい?」というふうに聞けば、相手も答えやすいと思いますし、負担に感じる人は少ないのではないでしょうか。

確かに「休みの日は何してる?」だと答えたくない人もいるかもしれませんが、「何をしているときが楽しい?」であれば、プライベートでも仕事でも、話す方が好きな話題を選んで返せそうです。

津野 そうですね。家族構成や交際相手の有無など、相手の状況に関する話は不必要に聞き出さない方がいいです。「休日は何してる?」だと状況に関する情報を話さざるをえない人もいますので、「何をしているか」よりも「何をしていたいか」というその人自身の関心や価値観にフォーカスするのがよいと思います。

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(2)新しく入社した社員にチームになじんでもらうため、部署やチームでの飲み会やランチ会を検討しているとき。飲み会に抵抗感を持つ人も増えていると聞くし、開催自体が負担になるかも……


津野 任意参加は前提として、実際の飲み会やランチ会を企画する前に「もしこういう会をやるとしたら来たい?」と本人に軽く聞いておくのがいいと思いますね。開催前であれば、多少本音が言いやすいと思います。

もし直接聞くのに抵抗がある場合は、そのメンバーと親しい人や職務が近い人に手助けしてもらって間接的に意向を聞くのもいいと思います。

ちなみに「任意参加」の場合、いつも特定の人が出席しない、ということも多いように思います。そうしたチームメイトへのフォローはどのように考えればよいでしょうか。

津野 その場合、飲み会やランチ会という形式での開催自体を考え直して、全員が参加できるような機会を優先するのがいいかもしれませんね。というのも、飲み会やランチの場ってそれだけで結束が深まるところがあるので、逆に不参加者の疎外感を生んでしまうリスクがある

なるべく金銭的・時間的な負担を生まないよう、業務時間中に飲み物とスナックだけをオフィスで振る舞う「お疲れさま会」のような形にするのがいいかもしれません。

プライベートと仕事の時間を切り分け、職場の人との付き合いは極力減らしたいと感じる人の割合は年々増えていますから、参加してくれるだけありがたい、という姿勢でいるのが大切だと思います。

部下を注意するときは事前準備が大切

(3)部下が仕事でミスを繰り返し、業務に支障が出始めているとき。どのように声かけ・指導すればいいだろう……


津野 まずは、ミスが起きている理由の解明が必要です。「最近こういうミスが増えているけれど、業務の中で分からない部分はある?」「体調や気分が落ち込んでいたりする?」など「理由」を知るための声かけが第一ですね。

その作業が苦手で何度教えてもミスが続くということであれば、他の人に任せたり、ミスを事前に防ぐのがうまい人を補助的な立場に置いたりするなど、体制を変えた方がいいと個人的には思います。

パワハラをしてしまいがちな上司の中には、このポジションであれば絶対にこの業務に向き合うべきだという考えに囚われ、同僚や部下、そして自分自身も追い詰めてしまう人がいます

多くの人が難なくこなせることであってもどうしてもできない、という業務は誰にでもひとつくらいはあるはずですし、ある程度こだわりを捨てることも必要なのではないかと思います。

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(4)チーム内で特定の人物の勤務態度などに対する不平不満がたまり、上司として環境改善のために注意したいとき


津野 同僚・部下に注意をするのは難しく感じるかもしれませんが、ポイントさえおさえれば誰にでもできるので、以下の3+3を参考に、事前に伝えることをメモした上で対面してみてください。

  1. 周りに人がいない状態で行う
  2. 褒められる点・できている点を先に伝える
  3. 人格否定をせずに何をどうしてほしいのか伝える

その上で、実際に注意するときにおさえるべきポイントは……

  1. 行動の指摘
  2. なぜそれが問題なのかの説明
  3. どうしてほしいのかの具体的な説明

まずは、注意をされると人は多かれ少なかれ傷つくので、なるべく周囲にほかの人がいない状態で行うこと。ただ、もしコミュニケーションに齟齬が生まれやすい人と話す場合は、あえて2対1でオブザーバー(立会者)を入れ、自分が何をどう注意したのかを記録してもらうのもいいかもしれません。

そして何より重要なのは、その人の褒められる点、できている点を先に伝えた上で、人格否定をせずに何をどうしてほしいのか伝えることです。

具体的には?

津野 例えば、オフィスでしばしば不機嫌を撒き散らし、周囲にきつい当たり方をしているチームメイトがいるとします。

その場合、舌打ちやあからさまなため息など、本人が実際にしている問題のある行為を伝え、その行為が周囲にどんな影響を与えているかも伝えた上で、改善できそうなところを具体的に指摘する。

可能なら、当人が改善の努力をしていることをチームメンバーに周知するところまでできるといいですね。そこまでやって初めて注意指導は有効になります。

なるほど、反射的に注意するのではなく、きちんと事前に準備することが大切なんですね。

津野 こうした注意指導の方法をロールプレイングで試してもらうと、大抵の方が1分以内に注意すべき点を全て言えます。つまり、最初に軽く雑談するとしても、部下を注意するときはトータルで5分もあれば十分なんです

重要なのは相手に「注意された」というネガティブな感覚を残しすぎず、「改善しよう」と前向きな気持ちで帰ってもらうことです。

過大な目標設定はパワハラを引き起こす

ここからは、「パワハラ」はなぜ起きてしまうのか、といった点を伺えればと思います。そもそも、パワハラが特に起きやすい職場や組織に共通する特徴はあるのでしょうか?

津野 典型的なのはやはり、過重労働状態の職場ですね。特に、管理者に強いプレッシャーがかかっていて、部署内で目標を達成しなければ自分自身の評価が大きく下がってしまうような状況だと、パワハラをしてでも目標を達成させようとする人が増えます。

実際、過労死などの事案ではその職場でパワハラが併発していることがしばしばあります。また、過度に競争を求める職場でもパワハラは起きやすいとされています。

確かに何が何でも目標を達成しなければ、という雰囲気があるとパワハラが発生しやすいのは想像できますね。

津野 それから、上司と部下の距離がとても近く、なあなあの関係になってしまっている職場でもパワハラは起きやすいんです。

そういった上司は部下に嫌われたくないという思いが強く、部下の不適切な行動に対してきちんと介入することができないケースがあります。その結果、職場で起きているからかいや度の越えたいじりを止めることができず、それがいじめなどに発展してしまう場合もあるんです。

津野先生は著書の中で「パワハラを引き起こしやすい上司のリーダーシップ形態」をいくつかのパターンに分類されていましたね。

津野 「専制型上司」や「放任型上司」などですね。「専制型上司」はもっとも典型的なパワハラ上司像で、いわゆる専制君主タイプです。自分のやり方以外を一切認めず、マイクロマネジメントをし、部下が主体的に動くことを歓迎しない。

このタイプの上司がいる職場に過重労働状態が加わると、パワハラが発生する可能性が高まります。専制型の上司は短期的には職場の生産性を上げることもあるのですが、長期的に見ると必ず部下が疲弊し生産性が下がってしまう、非常に不健康なリーダーシップだと言われています。

実際に、こうした特徴を持つ上司がいる職場は、メンタルに不調を抱える人と離職者が多いことも分かっています。

『パワハラ上司を科学する』(筑摩書房 )

10年以上の研究をもとにパワハラのメカニズムや対策を解説している

なるほど、たしかに典型的なパワハラ上司ですね……。

津野 もう一つの放任型上司は、最初にお話ししたような部下と積極的に関わると「ハラスメントだ」と訴えられかねないと思い、最低限の関わりしか持たないようにしているタイプ。決断や判断を求められるのを嫌い、部下を褒めたりねぎらったりすることもほとんどないのが特徴です。

放任型上司は部下への明確な指示をせず、関わりを持つことにも消極的なため、職場が不安定化することが分かっています。その結果、他者に対して攻撃的な態度を取る人を増やしてしまうのです。

日頃からフィードバックを歓迎する姿勢が対策にもつながる

改めて、自分の言動がハラスメントに当たらないかどうかを省みるためには、日常的にどのようなことを意識しておくべきでしょうか。

津野 やはり、日頃から部下やチームメンバーの意見を聞く回数を増やすことだと思います。長く時間をとって話を聞くよりも、頻度を高める方が重要です。

「この問題についてどう思う?」「あなたの意見を聞かせてくれない?」という聞き方を心がけ、日頃からフィードバックを歓迎するようなコミュニケーションをとっていれば、仮にパワハラに当たりかねない言動をしてしまったときにも率直な意見を言ってもらえる確率は上がります。

パワハラで訴えられた行為者の方の話を聞いていると、「自分はちょっと厳しいかもしれないとは思っていたけれど、部下がそこまで傷ついていたなんて気づかなかった」と、みなさん口を揃えて言います。

そういう方は大抵、知らず知らずのうちに部下を追い詰め、一切のフィードバックを受けつけないような空気を職場内に作ってしまっています

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ではむしろ、部下から「〇〇さん、それは気をつけた方がいいですよ」と言動や行動について積極的に注意してもらえるような関係の方が望ましいのでしょうか?

津野 そうですね。部下から自分の問題点を率直に指摘してもらえるのは喜ばしいことですから、「勇気を出して伝えてくれてありがとう」と受け止めた方がいい。

ただ、もしも部下の言い方が強すぎたり人格否定をするようなものであれば、「私も気をつけるけれど、その言い方はちょっと傷つきます」と伝えてOKです。上司と部下の違いはあくまでマネジメントをしているかどうか。関係性としては両者フラットなんだという意識を、お互いに持っておくことが大切だと思います。

取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
撮影協力:3+3CAFE

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お話を伺った方:津野香奈美(つの・かなみ)さん

津野香奈美さんのプロフィール写真

神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科准教授。研究テーマは労働時間、いじめ・ハラスメント、シビリティ、ジェンダー、メンタルヘルス、健康格差。著書に『パワハラ上司を科学する』(ちくま新書)がある。

X:@KanamiTsuno