イラスト/水沢悦子
後輩や部下、同僚などの「よくない変化」に気付いたとき、どう声を掛けてコミュニケーションを取るか、それとも掛けずにそっとしておいた方がいいのか、迷ったことはありませんか。
悩みを抱えたまま働くことは、本人のモチベーション低下からミスにつながったり、周囲とのすれ違いでチーム運営に支障が起きる可能性もあります。
不満やストレスを内々に溜め込んでいるのではないか。逆に職場の人間から「相談にのってほしい」と言われたときにどう寄り添えばいいのか――。
そんな「悩みを抱えた人に寄り添う方法」について、鳥飼茜さん、米代恭さんら人気マンガ家たちを担当する編集者・金城小百合さんにお話を伺いました。
創作活動においてセンシティブなテーマを扱うケースも多く、気持ちの“ゆらぎ”を抱える人も多いマンガ家たちの声に、金城さんはどのように耳を傾けコミュニケーションをとってきたのでしょうか。
※取材はリモートで実施しました
人に寄り添うときは「自分の立ち位置」に気をつける
・花のズボラ飯/原作:久住昌之、作画:水沢悦子
・cocoon/今日マチ子(以上すべて秋田書店)
・プリンセスメゾン/池辺葵
・あげくの果てのカノン、往生際の意味を知れ/米代恭
・サターンリターン/鳥飼茜
・女(じぶん)の体をゆるすまで/ペス山ポピー(以上すべて小学館)
金城小百合さん(以下、金城) ありがたいことに、すごくいろんなお仕事をさせてもらってきました。
でも前職時代は、編集者として大したスキルなんてないのにビギナーズラックが続いただけなんじゃないか……という不安も大きかったです。経験がないのに立ち上げ作品がヒットして、『もっと!』というマンガ雑誌の責任編集長をすることになって……自信はありませんでした。
20代で大きな仕事を任されている、というプレッシャーも常にありましたね。
金城 いえいえ。でも私、コミュニケーションが得意なタイプではないんです。「仕事」であれば、ある程度しゃべれるというだけで。
金城 私は打ち合わせ中に自分のことをベラベラとためらいなくしゃべるので、作家から「自分の話をしやすい」と言っていただけることはたまにあります。ただ、コミュニケーションが得意かと言われると全然……。私、時間をきちんと守るとか、人に合わせることが苦手で……。コミュニケーション以前の話ですよね(笑)。
金城 うーん……悩みの種類によります。とにかく話を聞いてほしいということであれば聞きますし、もし私自身も経験したことがある悩みで、なにか提案できることがありそうでしたら声をかけます。けど、踏み込み過ぎてしまって失敗したこともあるので、慎重にはなりますね。
金城 例えば、創作に悩んでいる作家に「この部分をこうするのはどうですか」と熱心に提案しても、そういう助言を求めていないタイミングであれば、ただの迷惑ですよね。それに気づかず私ばかり躍起になると、作家によっては、だんだんと作品が自分のものじゃなくなっていくように感じてしまうと思うんです。
金城 そうですね。あとは「作家から見た私」の見え方も変わってきたんだな、ということを最近ようやく実感しています。
編集者になりたての頃は、ほとんど無名の雑誌で必死になってヒット作を生もうとしていた新人で、作家からは「ひよっこの編集者が頑張ってるな」という印象だったと思うんです。私の提案が的はずれでも「それは違う」と言いやすかったんじゃないかなと。
でも今の私は、『スピリッツ』という有名な雑誌の編集者で、ある程度積み重ねてきたキャリアもある。私自身の気持ちは新人の頃から変わっていなくても、作家には「ちょっと経験のある編集が断れない提案をしてきている」と感じる状況もあるんじゃないかなと……。
昔よりもいっそうコミュニケーションに気をつけないと、特に若手の作家には、プレッシャーを与えてしまうんじゃないかと思うようになりました。
金城 私もつい、熱くなっていろんな提案をしてしまうタイプなので、最近は若い作家が私の話に頷いているときは、気を使って頷いてくれているんだろうなと思うようになりました(笑)。打ち合わせ中に相手が同意してくれても「今のって本当にそう思ってる……?大丈夫……?」みたいなことは頻繁に聞いちゃいます。
聞いても相手に気を使われて「思ってますよ」と言われたら意味ないんですけど(笑)
自分の立場が変わっていくことって忘れがちなので、本当、コミュニケーションは難しいなって思いますね。
自分の話をすることで、相手も「自分の話」をしてくれるようになる
金城 確かに、作家は繊細な方が多いので、悩みやつらさをあまり言語化せず抱えてしまう方はいます。弱みを見せたくない、という方もいるので。
ただ、編集者にとって作家は大切な存在であると同時に、仕事上はお互いが対等であるべきなので、悩みや不安が仕事上のことであるなら、できる範囲で言語化して伝えてほしいですね。
もちろん言語化ができなくても、「対等」に相手のことを尊敬しているから、できるだけ聞きたいな、寄り添いたいなとは思います。

担当作のひとつ「往生際の意味を知れ!」
金城 そうですね。以前、ペス山さんがネームと一緒に、不安に思っていることなどをマンガ形式の日記にして送ってくださったことがありました。
そこには、連載に対する不安とか、私から言われてうれしかったこと、逆にショックを受けたことなども描かれていて、すぐに気持ちを言語化したり、細かくリアクションしたりしない人も、やっぱり内心ではいろいろ考えているんだなと改めて感じました。
たとえあとからでも、自分の考えていることを共有して、少しでも関係をよくしようと思ってくれるのはすごくありがたいですよね。
金城 確かに……。私、自分に起きた出来事に関しては「内緒にしておくこと」と「内緒にしなくていいこと」の境界があいまいで、打ち合わせに役立ちそうと思ったらすぐ作家に話しちゃうんです。私がしゃべるから、相手もしゃべりやすいというのはあるかもしれません。
相談に「自信がなくても大丈夫」と言うのは、薄っぺらい
金城 「女(じぶん)の体をゆるすまで」は、ペス山さんが自身の気持ちを整理するためにお描きになったマンガだと私は思っています。だからこそ、最初に「もし連載できるならしたい」とネームを見せていただいたとき、これはぜひ作品にしなくては、と感じました。
ただ、大変なことになったぞ……とも思いましたね。それまで打ち合わせしていた内容とは180度違う企画でしたし、エッセイマンガゆえにペス山さんがセカンドレイプを受けたらどうしようという気持ちも大きくて。
でも「アシスタントがマンガ家からセクハラを受ける」というのは業界自体の問題でもあります。出版社の人間として「これを連載するのはちょっと厳しい」なんて言うことは絶対にできない、と考えました。

金城 もちろんそれも考えました。連載しながらリアルタイムに状況が変わっていくマンガでもあったので、何かある度ペス山さんに「どうしたい?」と確認して。その度に「描きたい」と返答してくれましたが「やっぱり違うかもと感じたら、いつでも辞める選択肢をとっていいですからね」というのは当初から伝え続けています。
私自身も女性として生きてきて、ペス山さんと完全に同じ体験をしたわけではないけれど、似たような屈辱感を覚えたり、理不尽な思いをしたりするようなことが少なからずありました。
それを社会に伝えようとしているペス山さんは本当に偉いし、すごく意味のある作品を描かれていると思うんです。だから、なるべく不安のない状況で描いてもらえるように常にサポートしていきたいですね。
金城 やっぱり「作家自身が本当にそれを描きたいか」がいちばん大事なので、意思を何度も確認します。
一例として鳥飼茜さんの「サターンリターン」では「自死」を扱っています。鳥飼さんには「私はこれだけ、そのテーマについて考えているし知っている、と自信を持てるくらいの状態にしておきましょう」というのは何度も言いました。

「自死」と「喪失」をテーマにした「サターンリターン」
金城 もう一つ、今日マチ子さんの「cocoon」という作品は、沖縄のひめゆり学徒隊から着想を得ていて、何度か一緒に現地へ行って取材を重ねましたし、今日さん自身もとても熱心に勉強されていました。重いテーマではありますが、今日さんは「沖縄生まれの金城さんが、沖縄のことを描いてほしいと言ってくれたことが、描き続けられる理由になった」とおっしゃっていました。
取材したり調べたりする過程で、自分たちが作品に取り組む意味を強く感じられている、という状態が大切なのかなと思います。
金城 「自信がなくても大丈夫だから描いてください」と言うのはあまりにも薄っぺらいとも思うんです。作家が自分の信念で乗り越えないと意味がないんじゃないかって。
そのためには、描くと選んだテーマに取材や調べごとを通して詳しくなって、ご自身が作品を描いてることに自信を持ってもらうしかないように思います。そのためのお手伝いはなるだけしたいです。
毎回毎回悩んでしまって乗り越えられないのであれば、テーマの変更も提案すると思います。
金城 たぶん、私はかなり人間臭い編集者というか、マネージャー体質じゃないんですよ。だから自分のこともベラベラしゃべっちゃうし、体調が悪いときも多いし、作家をフルサポートすることが全然できなくて。でも米代さんはそういうダメなところをおもしろがってくれているというか……。
仮に私よりもおもしろくて、時間に遅れない、しっかりスケジュール管理をしてくれる超優秀な編集者が米代さんの前に現れたら、絶対そっちの方がいいと思うんじゃないかな(笑)。そういう人がまだ、たまたまいないだけで。
金城 あとは、作品が「きちんと」売れていることも大きいかな。米代さんはすばらしい作家ですが、すごく“いびつ”な人だと思うんですよね。もちろん私も。
そういう“いびつ”な2人が頑張って世に作品を出すなかで、読者からの反響や売り上げが大きくなってくると、当然のことながら同志としての意識が芽生えていくのかなと感じます。

米代さんと初めてタッグを組んだ「あげくの果てのカノン」
「私の世界において、私の考えは正しい」ことを、誰も否定できない
金城 私、もともとは映画雑誌のライターになりたかったんです。でも当時はライターと編集者の区別もいまいちついておらず、就職活動の時期にとりあえず出版社を受けてみようかなと……。
とりわけアピールできることもなくて、受けた出版社のなかで唯一採用してくれたのが、秋田書店だったんです。「こんな私を採ってくれてありがとう」という気持ちで入社しましたが、そもそも秋田書店はマンガ専門の出版社で。結果的にマンガの編集者になったという感じです(笑)。
金城 はい。親が厳しくて、高校時代までは成績が悪かったらマンガもテレビも禁止という環境で育ったのですが、だからこそマンガが読みたくて仕方なくて、いつも机の下でこっそり少女マンガを読んでいました。
いざ会社に入ってみたら周りがすごい人ばかりで、自分は全然マンガに詳しくないんだなと思い知らされましたが……。
金城 当時は、男性誌の『ヤングチャンピオン』から、主に主婦層をターゲットにした『Eleganceイブ』に異動したばかりで。編集長に「50代の主婦と20代の娘が一緒に読めるような連載を立ち上げてほしい」と言われて企画したのが「花のズボラ飯」でした。
今では広く知られている『孤独のグルメ』(扶桑社)ですが、当時は隠れた名作的な立ち位置だったので、原作者の久住昌之さんに「主婦を主人公にしたグルメマンガをお願いできませんか」と直接連絡したんです。作画はたくさん声をかけて部内コンペを実施して、かわいいだけじゃなく、エロティックさも描ける水沢悦子さんにお願いしました。
金城 今ではコナリミサトさんの「凪のお暇」など誰でも知っている大ヒット作を連載している『Eleganceイブ』ですが、もともと主婦向けの雑誌ということで、当時はいわゆる“マンガ好き”からはノーマークのマンガ雑誌だったんです……。とにかく攻めなきゃと竹槍で闘いに挑むみたいな気持ちでしたね。

『このマンガがすごい!』2012年版オンナ編第1位にも選ばれた「花のズボラ飯」
金城 私は自分を小さく見せがちなんです。基本的にはダメだけどたまにいいこと言うね、って思ってもらえる方がラクなので、そういうふうに振る舞いがちで。
逆に「実際にしている仕事よりも自分を大きく見せようとする人」のことを嘘つきだと思ってたんですよ。でも、そういう人はそのイメージを裏切らないための努力を日々しているんだろうなと、ようやく数年前から思えるようになりました(笑)
金城 そうなんです。今はヒット作を担当した経験が信頼につながっていますけど、そういう土台がなかった若い頃は見下されることも多くて……。でも、当時は「自分を見下してくる人間は性格が悪い」「悪いのは私じゃなくて相手だ」と自信満々に思えていました(笑) 。
金城 私、出版社に入るまで基本的に少女マンガしか読んだことがなかったので、最初はそれ以外のマンガをほとんど知らなかったんです。青年誌の作品は好きなものもありましたが、少年誌だと「スラムダンク」くらいしか読んだことがなくて。
私が好きだったマイナーな青年マンガを先輩に軽視されたり、「このマンガも知らないの?」と驚かれることもしょっちゅうでした。
でも、編集者がそういう態度でいたら、読者は広がらないじゃないですか。私みたいに、特定のジャンル・作品にしか触れてこなかった人や、マンガ自体をそんなに読んでこなかった人はいっぱいいるはずだから、そういう人たちにどうやってマンガを届けるかを考えるのが編集者の仕事だと思うんです。
金城 「こんな王道の作品を読んだことがないなんて」と言われても、「そういう人間もいる」というサンプルのひとつが私なわけで、それを否定する権利は誰にもないんですよね。「私の世界において、私の考えは正しい」というのは、明確な事実で。
でもそういう考え方って、たぶん仕事から学んだことではなくて、もともとの性格なんだと思います。私は沖縄出身かつ転勤族で引越しも多かったので、子どもの頃から「環境によって常識が変わる経験」を何度もしているんです。だからこそすごく頑固で。
まあ、あとから先輩に薦められたマンガを読んで「めちゃめちゃ面白い……」と反省したりもするんですが(笑)。
金城 そうだったらうれしいですね……!
「私」という人間が生きている限り、私の考えを誰も否定できないと思うんです。作家に関しても同じで、作家の考え方や生き方、美学をマンガの中で表現できれば、その作家自身はもちろん、「その作家のような人たち」がほかにもたくさんいる、ということを証明できると思っています。それこそが「マンガに救われる人をつくる」ということだと思うし、これからもそういう仕事をしていきたいですね。
取材・文/生湯葉シホ
編集/はてな編集部
お話を伺った方:金城小百合さん