自分の強みってどこ? 枠に囚われず「アナウンサーによる映像制作会社」を立ち上げた高橋絵理さんに聞く

高橋絵理さん記事トップ写真

自分の強みがどこにあるのか分からない。社会や会社に求められるスキルを身に付けるために頑張っているものの、なかなか結果が出ない。そんなふうに悩んでいる人は少なくないかもしれません。

フリーアナウンサーの高橋絵理さんは、アナウンサーの強みである「伝える力」を改めて整理し、2015年にアナウンサーが企画から出演まで一貫しておこなう異色の映像制作会社「カタルチア」を立ち上げました。

一見すると、アナウンサーの仕事とは近いようで遠くも思える映像制作。高橋さんは、どのように独自の立ち位置を見つけられたのでしょうか。これまでの歩みと、高橋さんの思う「自らの強み」を見つけるためのヒントを伺いました。

※取材はリモートで実施しました

その後の受け皿がないアナウンサーの現状

高橋さんは、10代の頃からアナウンサーを目指されていたそうですね。ただ就職活動ではテレビ局の試験になかなか通らず、大学卒業後は事務所に所属してフリーアナウンサーになる道を選ばれたとお聞きしています。

高橋絵理さん(以下、高橋) 当時は本当に仕事がなくて、生活が厳しかったのでアルバイトもしながらアナウンサーの仕事をやっていました。10代の頃から喋る仕事は細々としていたんですが、元局アナの方々と比べるとできないことも多くて。私にはスキルもキャリアも足りないから仕事がないんだ、と思っていました。仕事で結果が出ないときって、どうしても自分にばかりベクトルが向いちゃうじゃないですか。

自分に足りないところがあるからだ、と考えてしまいますよね。

高橋 当時の私もそうだったんです。だから、どうして仕事がないんだろう? と自己分析を始めて、喋りのスキルを磨くための勉強をしたのはもちろん、歯並びを矯正してみたりダイエットをしてみたりと、自分なりにいろいろ努力をしてみました。けど、それを数年続けても、そんなに仕事が増えなかったんですよ。

それで、あるときふと我に返って周りを見てみたら、地方局の元アナウンサーで、その土地の顔として活躍していたような先輩たちも、みんなアルバイトをしながら生活してるなと。それに気づいたときに、自分に向いていたベクトルが外に向いて、「もしかしてこれって自分の問題ではなく、フリーアナウンサーを取り巻く業界の問題じゃないか」と思ったんです。

高橋絵理さんがイベントの司会を務めている写真1

なるほど。地方のテレビ局のアナウンサー採用は、女性の場合、非正規雇用がほとんどだと聞いたことがあります。

高橋 地方局の場合、男性は正社員採用でも女性は契約社員採用で、1年ごとに契約が更新され、最大でも3年というケースがほとんどです。だから地方局のアナウンサーは、契約を切られる前にこっそりと他の地方局を受けて、縁もゆかりもない局を転々とする人が多いんですよ。

住んだこともない、知り合いもいない土地を転々とするってやっぱりしんどいものがありますし、年齢が上がってくると中途採用もどんどん厳しくなってくる。そこで、じゃあいっそ東京に出て、フリーのアナウンサー事務所に入ろう、という思考になるわけです。決してみんな、辞めたくて辞めてるわけじゃないんですよ。

突き詰めていくと、仕事がない状況は女性の非正規雇用問題が根底にあるという……。

高橋 もちろん、契約社員とわかっていながら、それでもアナウンサーという仕事を選んだのはその人自身じゃないか、という見方もあるかと思います。ただ、アナウンサーの仕事だけで生活できないくらい困窮したり、辞めたあとの受け皿が一切用意されていないというのはやっぱり問題じゃないですか

しかも、アナウンサーたちには素晴らしいスキルがある。そこで社会的に苦しい状況に置かれているフリーアナウンサーがどうやったら経済的な基盤を整えられるんだろう、彼女たちのスキルを生かしながらみんなでお金を稼げる策はないだろうか、と考えた末にたどり着いたのが、制作会社を立ち上げるという道だったんです。

アナウンサーと映像制作の意外な親和性

問題を認識してから、「自分で会社を立ち上げよう」という発想になるのはすごいエネルギーだなと感じます。決断するのに勇気はいりませんでしたか?

高橋 フリーアナウンサーって個人事業主なので、実は起業すること自体にはそんなに抵抗はなかったです。むしろ自分の中で勇気が必要だったのは、喋る仕事を一旦手放す、という決断をすることでした。

起業の準備を始めたとき、中途半端な気持ちじゃ絶対にできない、あれもこれもは欲張りだなと思って、所属していたアナウンサー事務所を辞め、会社のことだけに専念できる環境を自分で作ったんです。今まではアナウンサーとして生きるということをいちばん大事にしてきたので、それは本当に大きな決断でした。

高橋さんの会社「カタルチア」は、アナウンサーの方が企画から出演まで一貫して手掛ける、という点がとてもユニークだと感じます。アナウンサー事務所やキャスティング会社ではなく、制作会社という形にはどのようにたどり着いたのでしょうか。

高橋 会社を立ち上げる直前、どんな仕組みであればアナウンサーたちが自分のスキルを生かしてきちんと稼げるのか、試行錯誤していたんです。そうしたら、あるとき違う業界の友人と喋っていると、「高橋さん、アナウンサーをしてるってことはナレーションとかもできるの?」と聞かれたことがあって(笑)。

まさにそういう仕事なのに……!

高橋 そう、だからもちろんできるよ!と。詳しく話を聞いてみると、会社の研修用の映像にナレーションを入れられる人を探している、ということでした。それで私が、「ナレーションも入れられるし、なんなら映像に合わせたテロップを入れて編集することもできるよ」と言ったら、すごく驚かれて。

簡易的なものですが、私の場合は自宅で録音・編集できる環境を整えていましたし、周りのアナウンサーたちも、もともといた地方局で映像や音声編集をしていた人が結構多かった。このとき、業界のなかでは半ば当たり前のことでも、外にいる人たちは意外と知らないことってあるんだなと気付いたんですよね。

株式会社カタルチアの制作風景1
カタルチアではアナウンサーの方が企画から出演まで手掛けている

確かに、アナウンサーの方々が映像・音声編集までしているケースがあるというのは知りませんでした。

高橋 地方局って人手が足りないので、アナウンサー自身がカメラを担いで現場に行くこともありますし、取材自体の企画を自分で考えることもあるんです。だから、いちばん仕事が多いときは、自分で考えた企画を自分でリポートして、その素材を持って帰ってきて編集し、着替えて夕方のニュースに出演しながら自分でそれを読む、ということもあるんですよ。

本当にすごいお仕事ですね……。映像編集のスキルをもともとみなさん持っているわけですね。

高橋 そうなんです。だからよくよく考えると、映像制作をやるうえでの下地はあるなと。ただもちろん、テレビ局の編集機と映像制作業界で使われている一般的な機材は全然違いますから、すぐにバリバリと編集ができるというわけではありません。

でも、そんなことは正直どうとでもなる、というか。いまはYouTubeにも映像制作のノウハウ動画がたくさんある時代なので、アナウンサー同士で教え合っていけば、基本的な編集のスキル自体は1~2年あれば身に付きます。むしろ、教えずともアナウンサーの人たちがもともと持っている「どうすればより伝わるか」ということを考える力の方が貴重ですよね。

常に最前線で情報を伝え続けてきたわけですもんね。

高橋 そうですね。ナレーション原稿を読むときに「この単語は書き言葉であれば伝わるけれど、耳で聞く場合は分かりにくいから別の言葉に変えよう」と咄嗟に判断をしたりとか、現場で培ってきたものは大きいと思います。

仕事相手とうまくコミュニケーションをとりつつ、相手が伝えたいことを聞き、それを踏まえて本当に伝えるべきことを分析して言語化する。それがアナウンサーの仕事の基本だと思うのですが、そう考えると映像制作に活かせる部分は少なくないですよね。

確かに整理してみると、アナウンサーの方と映像制作の親和性は高いのが納得です。

高橋 その結果、カタルチアでは映像制作の企画から出演までアナウンサー自身がおこなう、というのをいちばんの強みとして打ち出すことにしたわけです。打ち合わせからアナウンサーが担当し、伝えることを綿密に決めた上で映像をつくる。実際に出演者自身が商品やサービスのことを根本的なところから理解し、クライアントさんの思いを知った上で原稿を読んでいるので、映像や音が持つ「熱量」は他の企業さんにも負けないんじゃないかと思います。

株式会社カタルチアの制作風景2

なるほど。ちなみにカタルチアでは、どういったアナウンサーの方がお仕事されているんですか。

高橋 あくまで制作会社ではあるので、デザイナーなども仕事をしていますが、アナウンサーの場合は局アナ出身で、これからもフリーアナウンサーとして生活していきたいという人が多いですね。

先ほどの話の通り、女性アナウンサーは年齢を重ねていくとどうしても出演者としての仕事が減ってしまう傾向にあるのですが、当然稼がないと暮らしていけません。

その中で、カタルチアは喋り以外のスキルを活かしたり、身に付けられる場でありたいと考えています。そうすれば、たとえ出演者としての仕事が減ったり、ライフスタイルに変化があったりしても、アナウンサーとしての仕事の延長線上で働き続けることができるじゃないですか。実際に、結婚・出産後に働いているメンバーはすごく多いです。

弱さを発信することで強みに変えた

映像業界で独特の立ち位置を獲得された高橋さんの視点は、仕事の幅を広げていく上でも非常に参考になると感じました。改めて、自分にとっての強みや意外な可能性に気付き、それを生かしていくためのヒントをぜひお聞きしたいです。

高橋 私はアナウンサー業界以外に身を置いたことがないので、正直ほかの業界については詳しくはないのですが……いま思いつくのは、「枠組み」に囚われ過ぎないことかな、と。

「枠組み」というと?

高橋 ひとつは、自分たちがいる業界そのものの構造です。私の場合は「そもそも、アナウンサーに仕事を発注するのって誰なんだっけ?」という疑問を起点に仕事の川上まで遡り、制作会社というところにたどり着きました。そこで改めて既存の業界の構造を知り、違うピラミッドをつくってみようと考えたんです。

ただ、闇雲に既存の構造をどんどん壊していけ、と言いたいわけではありません。むしろ大事なのは、自分のなかにある「自分はこうあるべき」「こうありたい」という枠組みに囚われ過ぎないことじゃないかなと思います。

もともとは高橋さんにも、「自分はこうあるべき」という意識があったんですか。

高橋 私の場合は、「アナウンサーは華やかで、いつもニコニコしている仕事だ」という考えがずっとありました。だから最初は正直、「フリーアナウンサーには貧乏な人が多いんです。私も生活できてません」と世の中に対して言うの、すごく嫌だったんですよ。貧乏でもそれを見せず、常にキラキラしているべきだと考えていました。

でもあるとき、先輩の経営者に「できることじゃなく、むしろないものをアピールしたほうがいい。弱さは強さだよ」と言われたんです。

その言葉を聞いたときに、お金も仕事もない自分の弱さがむしろ武器になるのかもしれないのかと思って、アピールの仕方を切り替えました。それで、アナウンサーを取り巻く社会的な状況についても発信するようにしたら、その理念に共感してくださるお客さんがすごく増えた。本当にありがたいアドバイスだったなといま振り返っても思います。

高橋絵理さん取材風景1

弱さを発信することがむしろ強みになったんですね。

高橋 もちろん、プライドも大事なときはあると思います。けど、「この仕事に就いた以上はこうあるべきだ」「自分はこういなきゃいけない」という考えに囚われ過ぎると凝り固まっていってしまう危険性がありますよね。だから、その枠組を一度取り払って自分の強みや弱みを考えてみることは、もしかしたらどの業界でも有効かもしれないですね。

アナウンサーたちのスキルが生かせるなら、どんな形だっていい

いま高橋さんが、経営者としてご自身の会社や業界に対し、課題だと感じられていることはありますか。

高橋 業界自体には、まだまだたくさん課題があると思っています。ですから、そこに対して声を上げていくことはもちろん大事ですが、私はその課題をどうにかビジネスの力で解決していきたいと考えています。

もともと、生活ができないアナウンサーをひとりでも減らしたいと思って会社を立ち上げたわけですが、カタルチアのなかには仕事が多い人もいれば、少ない人もいる。だから、いま仕事が少ない人たちをどうやってサポートしていくか、それがいまの自分にとっての大きな課題になっています。

カタルチアでは出演料や制作のギャラに加えて、案件を自分でとってきた人に対して営業のインセンティブをお支払いしているので、そういうチャンスもあるよ、というのは一生懸命伝えるようにしていますね。ひとつの仕事から、できるだけ収入の幅が広がる方がいいと思うので。

業務の得意不得意は人によって異なると思いますが、高橋さんはどのように仕事の割り振りをされているんですか?

高橋 メンバーのスキルは、私が直接その人と会って話をした上で、「この人はこの仕事が得意そうだな」というふうに把握しています。でも基本的に、その人自身の意思を尊重するようにしていますね。なかには映像制作のスキルは高いけれどできればあまりやりたくない、という人もいますし、逆に編集はあまりできないけれど、これから覚えたいのでどんどん仕事を振ってほしいという人もいますし。本人のスキルと意向のバランスを考えつつお願いしています。

それは仕事をする方もありがたい限りですね……。ちなみに高橋さんご自身は、やっぱり喋りの仕事をしたい、と思われたりはしないんでしょうか?

高橋 実は、経営者として仕事を始めて数年たったら、ナレーションの仕事や司会の仕事で声をかけていただく機会がぽつぽつと増えてきたんです。いまは喋りの仕事もしつつ会社をやれているので、一度手放したものがようやく手元に帰ってきたという感覚はあります。会社経営をしていることによってアナウンサーとしての仕事も続けられていると感じるので、私自身がこの会社に助けられているという側面は大きいですね。「やりたい仕事だけやって生活できていて幸せだね」ってよく言われますし、自分でもそのとおりだなと。

高橋絵理さんがイベントの司会を務めている写真2
会社経営の傍ら、ご自身もアナウンサーとしてイベントの司会やナレーションなどを務めている

素晴らしいです。

高橋 もちろん、どんな仕事でもそうだと思うんですが、日々の業務に目を向けると、自分の不得意な仕事や苦手な仕事ってたくさんありますよ。例えば私の場合、自分が話せない言語のテロップを映像に入れたりしているときがそうなんですけど(笑)。でも仕事ってそんなものなのかな、とも思っていて、ふとした瞬間に「やっぱりこの仕事好きだな」と思えるならいいのかなと。

本当にそうですね。

高橋 だから、私自身は映像制作というもの自体に大きなこだわりがあるわけではなく、アナウンサーの人たちのスキルが生かせるのであればどんな形だっていい、と思っています。自分のスキルやキャリアを生かしきれず稼げていない人ってきっとどの業界にもたくさんいると思うのですが、私は少なくとも自分の業界で、そういう人たちの受け皿になりたい。だからこれからも、時代の変化に合わせつつ、私たちが世の中にどうしたら求めてもらえるかを考えて、進化しながらカタルチアを続けていけたらと思います。

取材・文:生湯葉シホ (@chiffon_06
写真提供:株式会社カタルチア
編集:はてな編集部

お話を伺った方:高橋絵理さん

高橋絵理さんのプロフィール写真

株式会社カタルチア代表取締役。立命館大学産業社会学部卒業後、フリーアナウンサーとして活動。その後、フリーランスのアナウンサーの仕事事情に問題意識を持ち、2015年アナウンサーによる映像制作会社を設立。

会社HP:株式会社カタルチア
Twitter:@erieri1110  Instagram:@erieri1110

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