「仕事ができるビジネスパーソンになりたい」と願って努力していても、思うようにいかず、「仕事ができない自分」に自己嫌悪を抱いてしまうことはありませんか?
今回お話を伺った編集者の井上慎平さんは、理想と現実のギャップに悩んだ経験を著書『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』につづっています。
“弱さ”を持つ自分と上手に付き合いながら働くためのヒントを聞きました。
「できるふり」は命取り。挫折を認められず追い詰められた過去
- 「特定のスキルの高さ」と「ビジネス全般の優秀さ」は別物
- 周囲は「できる」ことが自分にはできず、追いつこうと背伸びしていた
- やりがいがある環境ほど、つらい気持ちを「わがままだ」と閉じ込めてしまう
井上慎平さん(以下、井上):出版社で働いていた20代の頃は「同期の中で一番頑張る!」「いつかすごい編集者になってやる!」と今振り返れば少し浅い野心を抱いて、とにかくがむしゃらに働いていました。「仕事ができる人になりたい」という気持ちが人一倍強かったです。
しかし、30代で経済ニュースプラットフォーム「NewsPicks」を運営するベンチャー企業に転職し、新規メディアの編集長という大役を任されたことで「自分のできなさ」に直面して。

前職はじっくり時間をかけて本を作れる環境で働き方も自分にマッチしていたので、あたかも「仕事ができる」ように感じていたんです。
でも、転職して初めて「本を作るのが得意」ということと、会社から求められる「ビジネスパーソンとしての優秀さ」は全くの別物だと知りました。
井上:僕もそう勘違いしていました(笑)。
ですが、転職後は数字の管理など重い責任を背負う立場でありながら、Excelすら満足に触れない状態で……。
周りの人たちが当たり前にこなしていることが、自分にはできない。どうにか追いつこうと必死でしたが、新規メディアで編集長を務めること自体、当時の僕には完全に背伸びのし過ぎだったと思います。
井上:はい。一番の問題は、自分がつらい状況にあることを「挫折」だと認められず、周りに「助けて」と言えなかったことです。
「自分が望んで選んだやりがいのある仕事なんだから文句を言うなんて贅沢だ」と自分に言い聞かせて、無理に「できるふり」を続けていました。
忙しく常に興奮状態だったこともあり、楽しさの中にしんどさを隠していたんだと思います。
でも、そんな「無理ゲー」を続けた結果、ついに脳が以前のように働かなくなり、うつ状態になってしまいました。
周りと比べるのは当たり前。大事なのは「そんな自分も認める」こと
- 弱い自分を克服するのではなく「弱いままどう生き延びるか」を考える
- 「できる人になりたい」という浅はかな部分も含めて“自分”を認めてあげる
- 他人と自分を比べることは、人間が生き残るために備わった自然な機能
井上:理由は大きく分けると2つあります。1つは、僕自身がどん底のときに救われたのが、キラキラした「逆転成功ストーリー」ではなく、ただ苦しさを抱えている「誰かのありのままの弱さ」だったこと。
何も乗り越えていない「弱さ」をそのまま差し出すことで、どこかの誰かに響くものがあるんじゃないかと考えました。
もう1つは、世の中には「弱いままでいい」と発信してくれる「ケア本」はたくさんあるけれど、強さが求められる「職場」において「自分の弱さとどう折り合いをつければいいのか」を説く本が少ないと感じていたこと。
弱いままの自分で、資本主義という「強い世界」をどう生き延びていくかーーそんな「生存戦略」を当事者として考えてみたかったんです。
強いビジネスパーソンを目指して鬱を経験した井上さんが「資本主義のしんどさ」から自分を守って生きる方法について綴った本
▶『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』(ダイアモンド社)
井上:実は、今でも「全てを受け入れた」という晴れやかな感覚はないんです。「いつかすごいやつになりたい」という野心も、根っこの部分では変わっていない気がします。
ただ唯一変わったのは、自分の正直な本音や「目立ちたい」といった少し浅はかな部分も含めて、「これが自分なんだ」と認められるようになったこと。
そうすると、うまくできない自分のことも、うまくできないのに「すごいやつになりたい」と願っている自分のことも、過度に責めずにいられるようになりました。
そもそも「できる人でありたい」という欲求の裏側には、「ここに居場所があるという”安心感”がほしい」という切実な願いが隠れていると思うんです。それは人間、つまり社会的な動物として当然の欲求ですよね。
井上:僕は今でもSNSなどで誰かの輝かしい活躍を見て落ち込んでしまうことがありますが、その度に「僕って人間らしいなあ」と思うようにしています(笑)。
人間にはもともと生き残るために「他人と自分を比べる」という機能がインストールされているから、「比べてしまう自分」を責めたところでどうしようもない。
「満足のいく自分ではないかもしれないけど、それでも一生懸命がんばっているな」と、自分を客観的に見てあげる。
「落ち込んでいる自分」とそれを「客観的に見ている自分」の両方が頭の中に存在して、双方がうまく対話し合えている状態が、一番の理想なのかもしれません。
仕事と家庭・育児との両立も「開き直り」や「諦め」が肝心
- 仕事と同じように、育児や家事も「できないこと」がたくさんある
- 仕事の密度が上がり、子育ての難易度が上がっている現代での「両立」はそもそもがハード
- 開き直り「必死でがんばる物語の主人公」を降りた方がいい
井上:もちろんあります。特にうつ状態と娘のイヤイヤ期が重なったときは、ずいぶんと余裕がなくなってしまって......。娘に強く当たってしまう自分が親として本当に情けなかったです。
そもそも職場では「効率やスピード」を求められ、家庭では「ケア」を求められます。仕事と育児の両立というのは、2つの全く異なるルールのゲームを同時にプレイしているようなもの。
通勤時間など短い時間でスイッチングするだけでも大変なのに、最近はSlackやZoomといったコミュニケーションツールの普及によって、仕事の密度がぐんと上がっている。
そんな状況に脳がパンクしてしまうのは、ある意味当然のことだと感じています。
井上:そうですよね。核家族化や地域のつながりが希薄化している今、育児そのものの難易度が上がっているし、そこに仕事の「効率化」を持ち込まれてしまっている。
家庭に「効率化」を持ち込み過ぎると、子どもと過ごした時間でさえも「この1時間があれば、もっと仕事を進められたのに......」と、イライラしたり、自分をさらに追い詰めたりしてしまいます。

井上:まずは「開き直る」というのも、1つの大切な戦略だと思っています。
もし両立がうまくいかずに自分を責めてしまうなら、それはあなたのせいではなく、社会がそういうふうに「思わせている」だけかもしれません。
「自分で何とかしなきゃ」という考えが浮かんできたら「本当にそうなんだっけ?」と一度疑ってみる。そして、周りにSOSを出したり「今はこれが限界です」といい意味で開き直ったりしてもいい。
自分を「仕事と家庭の両立のために、必死でがんばる物語の主人公」に仕立て上げてしまうと「自分はこんなに頑張ってるのに、なんで協力してくれないの」と、子どもやパートナーなど周囲への不安を感じやすくなる。
だからこそ、僕はなるべくその思い込みを解くように心がています。
......と言いながら、僕もまだ人に助言できるような立場じゃないんですけどね(笑)。
強くなろうとするのではなく、弱いままの自分でどうこの世界で生きていくか。
完璧を目指して自分を追い込む前に、「まあ、そもそもが”無理ゲー”なんだから、自分にできなくて当然か」と開き直りながら、なるべくハッピーに過ごせる方法を模索していけるといいですよね。
取材・文:藤田華子
編集:はてな編集部





















































