「公認不倫」の取り決めをした夫婦について描くマンガ『1122』(講談社)が累計30万部を突破し(※紙&電子書籍/2018年11月時点)、大きな話題を呼んでいます。「いい夫婦とは?」を問いかける本作の主人公は、結婚7年目の一子(いちこ)と二也(おとや)。仲良しだけど、セックスレスというふたりが選んだ「公認不倫」は、もともとは結婚関係を継続するための前向きな提案でしたが、ストーリーが進むにつれ、他の家庭も巻き込んださまざまな問題に発展します。
作者でマンガ家の渡辺ペコさんに、作品に込めた想いやご自身の結婚生活、多様性が生まれつつある「結婚」についての考えなどを伺いました。
「誰と、どうやって生きていくのか」を描きたい
渡辺ペコさん(以下、渡辺) テーマとして意識しているわけではないんですが、これまでの題材を振り返ってみると、「パートナーシップ」や「家族の多様性」に触れることが多いですね。もともと、恋愛など感情がウァーッと動く、ドラマチックな物語をつくるのが得意ではないんです。もっと生活のベースとなる、「誰と、どうやって生きていくのか」を描きたくて。
渡辺 そうですね。今作では主人公である一子と二也のほか、二也の不倫相手である専業主婦・美月と志朗の夫婦についても描いていますが、それぞれのキャラクターの魅力的なところもきちんと見せたいと思っています。
美月の不倫は、彼女だけの問題じゃないと思うんです。美月の夫・志朗は、モラハラっ気がある人で、美月には不倫に至るまで、夫への不満の積み重ねがあった。そういった夫婦関係の歪みも、きちんと物語にしたかったんです。
渡辺 相手に対しての思いやりが次第に欠けて、なあなあになってくることってありますよね。それぞれの欠けている部分を話し合って、補いながら「わたしたちはこうしようね」と契約するのは、悪いことではないんじゃないかと思います。
渡辺 日常会話でも「これは嫌」の意思表明をしたり、ガイドラインを作ったりするべきなのかもしれないですね。わたし自身、そうできたらいいなとは考えるけど、「踏み込み過ぎて、変な空気になると嫌だな」と思って、実際には曖昧(あいまい)にしています。みんな、そういう感じなのかもしれないですね。
ネットは、いろんな人の意見を知ることができる
渡辺 普通に生きていると、周りは価値観が近い人ばかりになってしまうので、ネットは意識的に見るようにしています。この作品を描く前は「発言小町」をずーっと眺めていました。するとある日、専業主婦の方が「旦那さんが仕事関係の女性と食事に行ったことですごく傷つきました」みたいなことを投稿していて、びっくりしたんです。
渡辺 でも、「それは完全にアウトです」なんてコメントがたくさんついていて。「夜、女性とふたりでご飯を食べる=NG」っていう結論が出たことに衝撃を受けましたね。ネットを作品作りの参考にしているわけではないんですが、そういう自分では分からない、いろんな人の気持ちや意見を知ることができるのが面白いと感じます。
渡辺 わたしはデビュー前に会社員経験がありますが、向いてなくてすぐ辞めちゃったので、あんまり生きてないかな(笑)。最初は書く前にいろいろ調べたりしていましたけど、結局自分で設定を考えることが多いですね。今は自営業なので、一子(フリーのWebデザイナー)みたいにフリーランスの人の方が描きやすいのかもしれないです。でも夫婦ふたりともフリーランスだと世間から共感を得られないかなと思って、二也は会社員の設定にしました。
「結婚」の契約ハードルは高過ぎる
渡辺 不倫は、当事者たちだけに問題があるというよりは、結婚自体の契約ハードルがとても高いことも背景にあるんじゃないかなと感じることがあります。生活、男女関係、性交渉……全部ひとりのパートナーでまかなって満足できる人だけではないですよね。
渡辺 夫には悪いけど、ありましたよ。結婚したことがないから、契約の本質もどんなものか分からなかったし。若いと、自分自身の性格もまだ分からないじゃないですか。そんな状況で、他人とユニットを組むことに臆病だったんです。自分の輪郭が曖昧なときに、「結婚」という定められた枠に入って、自分を保てるのか不安でした。
若い頃は、本来の自分を取り繕って交際関係を続けていたことも多かったです。でも、本来の自分ではない状態を好きな人と結婚して無理して頑張っている状態がずっと続くなんて、とゾッとしちゃって。「わたし、こんな擬態みたいなこと続けるのやだな」って。
渡辺 どうだったかなあ。彼は比較的「メジャー」な感覚の持ち主なので、結婚を「当然するもの」だと考えていたみたいです。わたしは姓を変えることには抵抗がなかったけど、「ひとりの人とタッグを組んで一生やっていけるのか?責任が重いな……」とは思っていました。結果的にはよかったし、なんとかなっています。
渡辺 わたしの両親が、結婚生活に失敗しているんです。なので、もともと夫婦生活に幻想を抱いていなかったのが大きいかもしれないです。夫とも相性がよかったので、安心感など享受できるポイントが多かったんです。あとは何より自分がのびのびいられたことですかね。
社会が変わる過渡期だからこそ、多様な考え方を描きたい
渡辺 メディアが既存とは少し違うスタイルを紹介したり、自身のスタイルを語ってくれる人が増えたりしてきたのはよいことですよね。ただ、実際は難しいところもあるのかなと。例えば、未婚のままの出産も認められるべきではあるんだけど、現状は母子家庭は厳しい状況ですよね。経済的にとか。
渡辺 そうですね。母親もネットワークをつくるコミュ力とか、頼れる人を夫以外につくることが必要になるけれど、全員ができることかというと、難しいですよね。でも、これから選択肢が増えていくと、もっとゆるやかになっていくのかな?
渡辺 否定的な意見に引きずられることはないですね。ただ『1122』については、不倫に対する嫌悪感を抱く人や、「夫婦なのに婚外恋愛なんてあり得ない!」という意見は、最初に想像していた以上に多かったです。
渡辺 女性がオープンに話せる環境、本当にいいなと思うんです。一方で、男女ともに性に興味が薄い人もいますし「男だからガンガン攻めていくべきだろう」というのは違う。作中では、性別にかかわらず、いろんな考えの人を描いていきたいと思いますね。
仕事、結婚、家事、出産。何でも「ふたり」で取り組める人を選ぶ
渡辺 よく「子供は若いうちに生んだ方がいい」と言われがちですが、わたしは不妊治療を経て、3年前、39歳のときに子どもを生みました。自分の場合は、年齢を重ねてから生んでよかったなと思うんです。もちろん、肉体的には若い方がいいけれど、まだ仕事や精神が安定していないうちは「育児で自分に制約が出たとしても、子どものせいにしないでいられるか」という、自信が持てなかったんです。
渡辺 うちの場合は、夫が育児に対して主体的に動いてくれたんです。私が親を頼れないので、会社員ですが6カ月の育休を取ってくれました。でも今思うと、子どもが生まれてしばらくは、彼に負担が寄っていましたね。家事代行は使ってたけど、ベビーシッターサービスは使わなかったので、もっと「外」を頼ってもよかったのかな? と思います。
渡辺 夫婦ともに心のどこかで「まだいける」と思っていたんです。私は在宅仕事だし、子どもは生後3カ月から保育園に入れていましたし、「四六時中ずっと自分で面倒を見なきゃ」とは思っていなかったんですけどね。「大変」が日常になって、感覚がまひしていたのかもしれません。
渡辺 何でも、ふたりで取り組める人を選ぶことかなあ。出産に関しては、まずはパートナーに相談してフォローしあうことですかね。仕事をしながら子どもを育てるのって本当に大変だし、どうしても女性に負担がいきやすい。その前提を共有できる人と結婚した方がいいと思います。そこから説明するの超面倒なので。
渡辺 大事なことを語りかけたときに、自分と同じ熱量で相手が返してくれるかは分からないですからね。テンションの違いが後を引いたりして……。
渡辺 対等なふたりの生活のことなのに「気分良くさせて」とか「おだてて」とか、意味分からないですね。もちろん、人として感謝は大事だけど。そんなの必要ない、大人の人を選べばよいと思います。
渡辺 お金が満たされていても、精神的に支え合う関係性がないとしんどいですよね。家庭の問題って、全て個人でどうにかできるものではないと思うんです。例えば、夫の帰宅時間は勤めている企業の環境が影響する。男性女性かかわらず、仕事をコントロールしながら、みんなが柔軟に働ける環境が必要では。個人にしわ寄せがいくだけの状況は健全ではないと思います。
家事・育児・仕事って、それぞれに向き不向きがある。女性だから家事適性があるというわけではないし、男性だから仕事が好きなわけでもないし。得意なことにお互い注力できる夫婦関係が築けたら、よいですよね。
取材・文/小沢あや
撮影/小野奈那子
お話を伺った方:渡辺ペコさん
北海道出身。2004年『YOUNG YOU COLORS』にて『透明少女』でデビュー。以後、女性誌を中心に活躍。繊細で鋭い心理描写と絶妙なユーモア、透明感あふれる絵柄で、多くの読者の支持を集める。 青年誌初連載となった『にこたま』(講談社)は、三十路手前の同棲カップルの現実を描き、大きな反響を呼んだ。 現在連載中の『1122』は、マンガ大賞2019にノミネートされるなど各メディアで注目を浴びている。
その他の著書に『ラウンダバウト』『ボーダー』(集英社)、『変身ものがたり』(秋田書店)、『昨夜のカレー、明日のパン』(原作 木皿泉/幻冬舎)『おふろどうぞ』(太田出版)などがある。
Twitter:@pekowatanabe