
(写真左から)犬山紙子さん、劔樹人さん
今回「りっすん」に登場いただくのは犬山紙子さん・劔樹人さん夫妻。エッセイストとして活躍する犬山紙子さんと、「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシスト、そして「神聖かまってちゃん」の元マネージャーとして知られる劔樹人さんは2014年8月に結婚し、2017年1月に第一子が誕生しました。家庭での経験や在り方をメディアで語ることも少なくありません。
犬山さんは『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社)を、劔さんは、『今日も妻のくつ下は、片方ない。妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』(双葉社)をそれぞれ発表。子どもを持つことへの葛藤から決断に至るまで、そして家事、子育ての分担、仕事との両立について、お二人に伺いました。
子どもが欲しいのか、欲しくないのか、決断できない日々

私、子ども欲しいかもしれない。:妊娠・出産・育児の“どうしよう”をとことん考えてみました
- 作者: 犬山紙子
- 出版社/メーカー: 平凡社
犬山紙子(以下、犬山) そうですね。フリーランスだからお金のことはもちろん、仕事と両立できなかったらどうしよう、子どもができたら「育児が大変そうだから」と発注を遠慮されたらどうしよう、とかネガティブな考えばかりが浮かんでいました。それに、趣味の時間が大切だったので、娯楽の時間がなくなったらどうしよう、もありましたし、つるちゃん(夫)と二人の時間が減ることや、妊娠中にお酒を飲めないのもつらい。そもそも産むってめちゃくちゃ痛いじゃん、嫌だ! とか、「どうしよう」だらけで。
犬山 まず、取材させていただいた方々はびっくりするくらい上手くやりくりされていて、「やっぱり思っていた通り大変じゃん! そんなの私には無理!」とはすごく思いました。ただ、内容こそ大変そうではあるものの、皆さんめちゃくちゃいい表情で話すんですよ。人生謳歌している感じの、キラキラした顔で。実際に会ってそれを目の当たりにしたのは結構大きいかもしれません。
とはいえ、話を聞けば聞くほど大変だと思ったのも事実なので、悩みは深くなるばかりでした……。
今振り返ってみて、つるちゃんはどうだった?
劔樹人(以下、劔) 僕も不安ではありましたね。ずっと学生気分が抜けないままやってきていましたし、まだ自分は何も成し遂げられてないのに、仕事をする時間がなくなったらどうしよう、と。
犬山 つるちゃんも同じだったんだね。時間のやりくりについて不安な気持ちとかは、やっぱりあったんだ。
それで結局、いくらいろいろな人に話を聞いても結論は出なかったから、避妊をやめる、という消極的な方法を取ったんです。できたらできたで頑張ってみるし、できなかったらそれもありで。もう自分でジャッジはできないから、運に任せよう、と。

犬山 たぶん……心の奥底ではちょっと欲しい気持ちがあったんだと思うんですよね。これだけ時間と労力をかけてしつこくみんなに話を聞きに行っているということは、内心では私ちょっと子ども欲しいんだな、と。
犬山 最初は、年齢とか、持たないと後悔するとか、世間からの風当たりというネガティブなものが影響して、「子ども作らなきゃダメなのかな? でも……」とただただ不安な気持ちに翻弄されていたところがあって。人に話を聞いて向き合ううちに、決断するほど強い気持ちにはならなかったものの、「子ども欲しいかもしれない・作ってもいいかもしれない」と少しずつ自分の中の気持ちが浮き出てきたんだと思います。
子どもはオタク用語で言うところの「沼」だ
犬山 これは妊娠前からずっと思っていたんですけど、子どもを持つことに関するネガティブなことは想像がつきやすいけど、ポジティブなことって未知ですよね。「おかしくなるほど幸せ」と言われても、他人からしたらイマイチよく分からなくないですか?
犬山 私の場合は、恋愛初期の「頭の中お花畑状態」がずっと続いている感じです。しかも、相手(子ども)と最初から相思相愛でラブラブ。あれよりもさらに上かも。恋愛のお花畑状態は半年くらいで消えるけど、子どもとのお花畑は何年も続くので。
犬山 産んでしばらくはかわいいと思えなかった、という人もいるので、この感覚もたぶん人によって違うんですけどね。私は離れているときは子どもの動画見ちゃうし、休日はできる限り一緒にいたいし、たとえるなら、新しい「沼」にハマった、みたいな。私はボードゲームが好きで、RPGが好きで、マンガが好きで、ハロプロが好きで、いろいろな趣味を持っていた中に、新たに大きな「沼」が加わりました。
子どもが産まれて「人生の主役」を降りるとは限らない
劔 僕は……肩の荷が下りた感じがあります。なんというか、昔ほど自分について興味がなくなったかもしれません。
犬山 私、それ全然ないです。子どもが産まれた今でも以前とまったく変わらず主役な感覚で生きているので、人によるんだと思います。
劔 僕は半分降りました。自分のことを発信したい欲求や、自己顕示欲のようなものがなくなってきていて、焦りがないです。
犬山 かっけー!
劔 日頃あった面白いことをTwitterに書きたいって、まったく思わないです。もう、RTやフォロワーが欲しいとかも全然ない。昔は欲しかったんですけど。
犬山 そこは全然違う! 私、今でも欲しいですよ!(笑)

妊娠しても働きます、と各方面にしつこく根回し
犬山 これは私、しつこく「仕事しますアピール」をしたんですよ。妊娠を発表した際に、SNSや仕事相手との連絡で、「でも仕事しますけどね」と必ず一言添えて。どうしても物理的に自分が動けなくなる期間は出てくるので、テレビの仕事はさすがに減ってしまいましたけどね。連載は4カ月分前倒しで書き溜めてから休んだので、書き物の仕事は途切れませんでした。
犬山 そう、フリーランスでも会社員でも、女性は特にそうだと思います。私がお話を伺ったお母さんたちの中には、時短勤務になったことで、それまでやりがいを持ってやっていた仕事が回されなくなって、簡単な事務作業ばかりになった、という人もいました。もちろん、会社にもよると思いますが……。
劔 会社員でも女性でもないですが、僕も結構それを感じるんですよね。「お忙しいでしょうから」と周りから遠慮されている気がします。いろいろなメディアで、主に僕が家事を担当していると言っているからか、仕事しながら家事をめちゃくちゃ頑張っていると思われているみたいで。本当はちょっと暇だから、Netflixでゾンビ映画とか観てるのに……。
犬山 もし、子どもが産まれてもやりがいのある仕事を続けたいならば、自分が復帰できるように上の人に事前に相談しておいたり、部署内でしつこく言っておいたり、休む前に各方面に根回しをしておくのがすごく大事だと思います。
片方の収入が多くても、上下ではなく、横同士の関係でありたい
犬山 週3で頼んでいる家事代行サービス代を私が出していることを差し引いても、私が3割で、つるちゃんが7割くらいかなぁ。もともと私は家事が苦手だし、昔から自分が働いて大黒柱になりたいと思っていたので、家事が好きなつるちゃんと出会えたのはラッキーでした。ただ、もしつるちゃんがポーンと稼ぐようなことがあったら、交代するのもありだし、臨機応変に考えています。
劔 でも、僕は人生で大金を稼いだことがないので、全然想像もつかないし、自信もないですね。自分のほうが稼ぎたいともまったく思わないですし。

犬山 えー! 収入多い方がラッキーなのに!
劔 ラッキーだよね。でも、プライドが……とか、収入が多い方が家庭内で発言権が持てるのでは、とか思う人が多いのかな。
犬山 たぶん、サンプルが自分の実家しかない、というのも視野を狭くしている理由の一つですよね。私たちがこうやってインタビューしていただけているのも、世の中からすると特殊なケースだからだと思いますし。上か下かの関係ではなく、横同士の対等な関係もある、というのが浸透していないのは、まだまだ国としての課題だと思います。
細かいところを含めて、負担をトントンにしたい
犬山 つるちゃんがもっと外出したり、友達と遊びに行ったりしてくれるようになってほしいんです。予定をあまり入れないようにしているのだろうし、つるちゃんがちょっとライブに行っている間、私が家にいたら、「子どもを見てくれてなんて素晴らしい人なんだ…! ありがとう!!!」とかものすごい勢いで感謝してくるんです(笑)。普段仕事で子どもと離れている分、一緒にいられるのは私にとってはご褒美でもあるのに。
劔 そこのところは僕、世の中のお母さんに近い感覚なのかな、と思います。外出しているときは、子どもの面倒見てないけど大丈夫かなと不安になるし、夫婦両方が忙しくても、家事や育児をするのは自分だ、と常に思っていますし……。
犬山 私に急な仕事が入ったときのことを考えてくれていて、常に自分が家事や育児をできる状態にしておかないと、とつるちゃんの中で枷として結構大きくのしかかっちゃっているんだよね。
劔 やっぱり、彼女のほうに急な仕事が何か入ってきたら、自分の予定を動かさなきゃいけないと思うので。それが嫌で苦しんでいるというわけでもないんですけど。こういうの、世の中のお母さんも結構同じ感覚を持っているんじゃないかなと思います。僕は性別が逆であるからこそ、いいモデルケースになるためにも打ち破っていかなければいけないとずっと思っています。
犬山 だからこれは、全然解決できていない課題です。たぶん、こういうつるちゃんの細かな気遣い含めて、負担がトントンじゃないと思うんですよ。つるちゃんはあくせく家事をしても、自分はあれをした、これをした、と言うのが苦手だから、絶対言わないですし。そもそも、家事って申告されないと気づかないような細かいものも多い。
だからもうちょっと、お互いの一日の仕事量をトントンにしよう? 私もその日どんな仕事をしてどれくらいハードだったかを話すし、つるちゃんも「仕事と家事で忙しくてゾンビ映画を観れなかったわー」とか、話し合おう。世の中の家庭における不満って、そういう細かなズレから生まれていると思うので、小さなことでも言い合うのは本当に大事なんですよね。

取材・文/朝井麻由美
撮影/関口佳代
お話を伺った方
犬山紙子さん
コラムニスト、エッセイスト。多数媒体で連載を持つ。主な著書として『負け美女』(マガジンハウス)、共著に『女は笑顔で殴りあう マウンティング女子の実態』(筑摩書房)など。2017年に『私、子ども欲しいかもしれない。: 妊娠・出産・育児の“どうしよう”をとことん考えてみました』(平凡社)を発売。2017年1月に第一子を出産。
Twitter:@inuningen
劔樹人さん
漫画家、「あらかじめ決められた恋人たちへ」ベーシスト。2017年にはブログに掲載していた漫画を書籍化した『今日も妻のくつ下は、片方ない。 〜妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました〜』(双葉社)を発売。
Twitter:@tsurugimikito
編集/はてな編集部