発達がグレーゾーンな子どもと、働きながらどう向き合う? 平熱さんに聞くコミュニケーションのヒント


発達が気になる子ども、いわゆる「グレーゾーン(※)」の子どもを育てながら働いている方の中には、「もっと子どもと向き合いたいけれど、余裕がない」と罪悪感を抱く人が少なくないのではないでしょうか。

しかし、働く時間を減らしたり、業務内容や職場を変えたりといった選択は、なかなか気軽にできるものではありません。

今回は、特別支援学校で働く平熱さんに、共働きでも子どもと密度の高いコミュニケーションをとるコツや、親子ともに「しんどくならない」接し方について教えていただきました。

※発達障害の特性が見られるものの、診断基準を全て満たしているわけではなく確定診断ができない状態

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お話を伺った方:平熱(へいねつ)さん

平熱さんのプロフィールイラスト

おもに知的障害をもつ子が通う特別支援学校で10年ほど働く現役の先生。小学部、中学部、高等部の全ての学部を担任し、それぞれ発達が異なる幅広い年齢の子どもたち、その保護者と関わる。X(Twitter)で、やさしくてちょっと笑える特別支援教育のつぶやきが人気を集めている。著書に「特別支援教育が教えてくれた 発達が気になる子の育て方」(かんき出版)がある。
X:@365_teacher

ハウツーはあくまで「有効なことが多い」というだけ

近年、「発達障害」という言葉の認知度が上がっていると感じるのですが、特別支援学校や平熱さんの周囲の環境はどのように変化していますか。

平熱 「発達障害」という言葉が一般化したな、とはわたしも感じています。それにともなって、「グレーゾーン」と呼ばれる“発達が気になる子”にもスポットライトが当たるようになったとも思います。

確かに、平熱さんの著書『特別支援教育が教えてくれた 発達が気になる子の育て方』を含め、「グレーゾーンの子どもとどう接したら良いか」といった保護者向けの情報を目にする機会も増えました。
『特別支援教育が教えてくれた 発達が気になる子の育て方』(平熱 著/かんき出版)

平熱 ただ、そういったハウツーはあくまで「有効なことが多い」というもので、全ての子どもにあてはまるわけではないんです。それに「こう接した方がいい」と頭ではわかっていても、余裕がなくてできないことも多いですよね。

忘れないでほしいのは、子育てはみんな大変という前提はありつつ、「障害のある子や発達が気になる子の育児」はそうでない子に比べてずっと大変ということなんです。

わたしたちは支援教育のプロですが、それでも宿泊学習のときなどには「夜も一緒に過ごすってこんなに大変なんだな……!」と痛感する。それを日々やっていること自体、保護者の方はスゴイなって思うんです。毎日お疲れさまです。

支援のプロにそう言ってもらえると、救われる保護者も多そうです。

平熱 発達が気になる子を育てていると、特性による行動をやめさせたいという気持ちが強くなりがちだし、「なんでできないの」とイライラしてしまうこともありますよね。

でも、「全部ちゃんとやる」なんて、「障害のない子や発達に気になる点がない子」はもちろん、大人だって無理じゃないですか。なので「全て完璧になんてできるわけない!」と開き直りながら「ほどほど」を目指し、追い詰められ過ぎないような心の持ち方ができたらいいのかなと思います。

子どもの“気になる行動”への対応をケース別に提案

確かに「完璧にやるのは無理」と受け入れる気持ちの余裕は忘れずにいたいですね。その上で、日々の困った行動への具体的な対処法も知っておきたいです。

平熱 よくあるケース別に紹介しますね。あくまで「特別支援学校ではこのように対応しています」というものなので、全てのケースに有効とはいえませんが、日々の接し方のヒントになればうれしいです。

【ケース1:癇癪(かんしゃく)が激しい】

平熱 感情のコントロールは無理に「抑える」のではなく「どう表現するか」が重要です。特別支援学校で取り入れているのは、癇癪の表現にルールを設けること。

例えばわたしは、感情が乱れると教室でひっくり返って暴れる子と、「ひっくり返りたいときはベランダで」というルールを作りました。子どもと一緒に、周囲に迷惑をかけず発散できる方法を考えるというのは、特別支援学校でもよく行う方法の一つです。

この子は、そのうち「ベランダに出るのが面倒」になったのか、癇癪を起こす頻度が下がりました。

【ケース2:物事の順番などに強いこだわりがある】

平熱 例えば身支度をするとき。「朝ごはんを食べたらテレビを見て、そのあとに着替え」など順序のこだわりが強く、それが乱れたときに感情が爆発しやすい場合、まずはその子独自の手順を字や絵などで視覚化し、「この順番で進めるんだね」と子どもと共有します。

もし事情があってその順序を変えたい場合、「2と3を入れ替える」「4と5の間に別の動作を差し込む」といった小さな変更を段階的に提案します。これを繰り返すことで、順序へのこだわりが徐々に薄まってくる子も多いです。

【ケース3:気になることがあると、やるべきことに集中できない。逆に、集中し過ぎて次の行動に移せない】

平熱 特別支援学校ではタイマーを活用することが多いです。よくない行動が出たら「30秒でやめよう」と声をかけてタイマーをセットし、徐々にその時間を短くしたり……。

集中し過ぎてしまう場合は取り組みの時間を短く区切ってあげるようにします。「30分やって10分休憩」を、「10分やって5分休憩」とか、「10個作る」を「5個ずつ2回に分けて作る」とか、切れ目の細かいサイクルを作ってあげることで切り替えを促します。

でも「タイマーが嫌だ!」という子も一定数います(笑)。タイマー以外にも「音楽が鳴り終わるまで」とか、その子が受け入れられる時間の区切りを見つけられるといいんじゃないでしょうか

【ケース4:相手の気持ちを察することができず、嫌がることをしてしまう】

平熱 道徳の授業などではよく「自分がされて嫌なことはしないように」と教えられますよね。でも、人の気持ちを察することが苦手な子は他人がどう思うかを考えずに「自分は平気だから」と、他の人が嫌がることをやりかねません。

なので「相手が嫌だということはしない」と根気良く伝えるようにしています。基準を「自分」ではなく、「相手」にするわけです。

また特別支援学校では、童話のような簡単な(絵)本を使用し、それぞれの登場人物の気持ちを推測する練習をします。例えば「桃太郎」を読んだら、桃太郎や桃太郎の仲間だけではなく、鬼の気持ちも想像してみる。

そんなふうに「分かりやすい(考えやすい)立場」からのみ物事を見つめるのではなく、いろんな角度や方向から一緒に考える練習をしていくのもおすすめです。

【ケース5:自分のことだけを一方的に話し続け、内容が伝わりづらい】

平熱 特別支援学校では、「◯時になったらお話しよう」とか「5分なら話せるよ」と区切りを決めて「話していい時間の見通し」を持たせるようにしています。

また、思考の整理が苦手で自分が考えていることをうまく相手に伝えることができず、会話が一方通行になりがちな子に対しては「5分のうち半分は先生の質問に答えて」とか「先生にも分かるように話して」と、キャッチボールになるような会話を意識してもらいます。「5W1H」を使って、こちらから具体的に質問しながら聞いてあげると話しやすくなる子もいます。

ただ覚えておいてほしいのは、コミュニケーションというのは決して「会話」だけではないこと。「子どもと丁寧にコミュニケーションをとらないと」と頑張っている方もいると思いますが、一緒に好きなアニメの動画を見たり、ゲームをしたりと、同じ時間を共有するだけでも十分「コミュニケーション」になります

自分の子どもがどんなコミュニケーションを求めているのかに目を向けられたらいいですよね。

「できない」子どもにイライラしてしまう……保護者も「ルール」を決めて発散を

とても参考になる方法ばかりでした……! これらの対処法を実践する上で気をつけた方がいいことはありますか。

平熱 紹介した対処法はあくまで一例で、「これをやれば絶対大丈夫!」でも「やらないとダメ」というものでもありません。

ある手法を試してみて効果がなくても、その子にそのやり方が合わなかっただけなので、「うちの子はダメなんだ」と悲観しないでほしいんです。

ルールを守れない子どもに対して、否定・命令のような言葉を使わず、肯定的な表現を使うという声かけのテクニックがあります。例えば「走るな」ではなく「歩こうね」と言い換えましょう、などですね。

でも決して「歩こうね」が全ての子どもに有効なわけではないんです。特に発達が気になる子の子育てでは、「忍者のように静かに」だったら聞いてくれるかな? など、「どうすればその子ができるようになるか」のいろんなアイデアを考え、試してみることが大切です。

「こうしなきゃ」にとらわれず、いろいろな接し方を試してみればいいんですね。試行錯誤する中で、子どもの言動になかなか変化がみられない場合、こちらもイライラしてしまうことがあると思います。保護者が子どもに感情をぶつけてしまいそうになる場面では、どうするのがよいのでしょう。

平熱 わたしの場合は仕事なので、ちょっと困った行動でも「そうなっちゃうか~、おもしろいな!」と感じることが多いですが、忙しい毎日のなかでお子さんの対応をしている保護者の方は、そんな余裕はない方が大半ですよね。

そんなときは保護者も子どもと同じように、「怒りの表現方法にルールを設ける」のがいいのかなと思っています。例えば「外国語でしか怒鳴ってはいけない」「子どものいない部屋へ移動して叫ぶ」など、「怒る」行為に対して負荷をかけると、カッとなってしまったときのブレーキになるかもしれません。

自分の中にわき上がる感情をコントロールするには、一度子どもとのやりとりから距離をとるのもおすすめです。物理的に離れてもいいと思いますし、「次はこんなことをし始めたぞ」「すごく怒っているなぁ」など、子どもの様子を観察する人になったつもりで心の中で実況してみたり。

目の前で起きている出来事と自分の間に距離をつくると、感情的になりにくい気がします。

保護者も、瞬発的に怒りをぶつけない練習をすることが大事なんですね。

平熱 それから、子どもの動作がゆっくりで待てない場合などは、もちろん保護者が手伝ってあげてもOKです。ただ介入するときは、できれば最初の方を手伝うといいです

例えば靴を履かせるとき、靴に足を入れるところまでは手伝い、最後にテープをとめるのは子どもにやってもらう。そうすると「(自分で)できた!」という達成感を得られるので、前向きに取り組めるようになりやすいんですよ。

働くことで自己肯定感が育つなら、保護者は仕事を優先した方がいい

共働きで忙しい親と、発達が気になる子。双方が「しんどくならない」コツのようなものはありますか。

平熱 まず保護者の方の心身を整えることを優先してほしいです。

子育てってうまくいかないことだらけだと思うんです。偏食の子にいろいろと工夫した食事を出し、食べられるようにしてあげる、それはとても尊いことです。でも、それでがんばり過ぎて、支える側が壊れてしまうのはよくない。そうなるくらいなら、食事の多くは子どもの好物だけとか、お店で買ってきたものでいいと思うんです。

わたしも子どもたちと向き合う上で、自分の機嫌をとることは第一に考えています。わたしの場合は睡眠時間をしっかり確保すること。もし寝不足だったら、絶対に今のように余裕をもって指導にあたれません。

確かに自分の機嫌を整えるのは大事ですよね。仕事が忙しく子どもと密にコミュニケーションをとれていないことに負い目を感じている人もいると思いますが、そういった方に何かアドバイスはありますか。

平熱 「仕事を辞めれば子どもともっとしっかり向き合えるのかも」と悩む方がいるのも分かりますが、わたしは「話す時間が増えればコミュニケーションが濃密になって関係が良くなる」とはまったく思っていないんです。逆に、長い時間一緒にいるとお互いにイライラしやすくなることもありますよね。

働いているからこそ経済的な余裕が得られるというメリットもあります。それに、働くことで保護者の自己肯定感が保たれるのなら、仕事を続けることを優先した方がいい。自分自身を守ることをおろそかにし過ぎない方がいいんじゃないかなとわたしは思います。


取材・文:藤堂真衣
イラスト:caco
編集:はてな編集部

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