作家・小野美由紀さんと夫に聞く「男性も妊娠出産の当事者で当たり前」の空気を作る大切さ


初めての妊娠や出産で「仕事と両立できるのだろうか」などの不安を抱える中、何も変わらないように見える夫にモヤモヤする……といった悩みを抱いていませんか。

自身も妊娠・出産の経験を経て同じ悩みを抱き「男性が当事者として関わりづらい現状」を実感したという作家の小野美由紀さんと夫のAさんに、“パートナーと一緒”に妊娠・出産に向き合うためのヒントを伺いました。

肉体的にも精神的にも大きな変化を要する妊娠・出産のつらさを抱え込まないために、夫婦はそれぞれどうすればいいのでしょうか。

身体が変化するのは女性だから「男性には分からないだろう」と決めつけていた

まずは、小野さんの妊娠が分かったときのことを聞かせてください。妊娠の経過や今後について、なにか不安はありましたか?

小野美由紀さん(以下、小野) 一番不安だったのは仕事のことです。フリーランスなので産休や育休はないし、これからどうやって仕事を続けていくか、家事育児をどう分担していくかがまず懸念事項でした。

だから「出産までにベビーシッター代を〇円稼ごう!」と目標を決めて、一生懸命働いたんです。……ただ、いま振り返ると私だけでどうにかしようとせず、もっと夫と相談したらよかったなぁと思います。

身体に変化があるのは女性だけだから「男性には分からないだろう」と決めつけていた部分があって。

パートナーAさん(以下、A) 当時、彼女は「“私”の妊娠・出産だから」というようなことをよく言っていましたね。

小野 夫はもともと夫婦の出来事への当事者意識が強くて、家事育児を2人でしっかり分担できているんです。そんな人に対してでさえ、妊娠初期は「これは私の問題だから頼れない」と思ってしまったし、なかなか相談できませんでした。

A 本来は男性も妊娠・出産の当事者であるはずなのに、男性が“添え物”のような存在になってしまいがちですよね。これまで「妊娠・出産は女性のもの」という社会的状況や考え方が根付いていたから、まだまだ男女双方に思い込みがあるんだろうなと感じます。

夫婦関係が良く、パートナーにも当事者意識が充分あるのに、妊娠・出産にまつわる不安を女性が一人で抱え込んでしまう……。Aさんのおっしゃる「思い込み」のほかに、構造的な問題もありそうです。

小野 妊娠初期って、まずは産婦人科に行って妊娠を確認するところから始まり、自治体の窓口に届け出をして母子健康手帳(以下、母子手帳)をもらったり、検診や産院の予約をしたりと、母体が主体となりがちなタスクが多いじゃないですか。そういうことの積み重ねで「あぁ、これは私の問題なんだ」と思ってしまったのかもしれません。

A そういうタスクを夫が引き取ってこなす文化があればいいですよね。残念ながら現状は「女性がやるもの」という構造になっているから、男性が妊娠・出産にコミットしようと思っても、いいお手本が見つけられないんです。

どんなふうに立ち回ればいいかが分からないから、余計に男性の参加が難しくなってしまう。僕らの場合は、検診の立ち会いや両親学級などがコロナ禍で中止になったのも大きかったです。

小野 検診で配られたアンケートに「子育てを手伝ってくれる方はいますか?」という質問があったのですが、回答候補のひとつに「夫」と書かれていて……。「いや、夫は“子育てを手伝う人”じゃなくて“当事者の一人”だから!」と思いました。行政も夫を“添え物”として扱っているように感じるんですよね。

A 出産は「立ち会い出産」という分かりやすいフレームがあるから夫も参加しやすいんだけど、それまではかなり積極的に関わろうとしなければ、接点が見えづらいと思います。僕自身も接点が分からなくて「どこに参加すればいいの!?」みたいな気持ちがありました。

「男性も妊娠・出産の当事者なのは当たり前」という空気を作っていく

社会は変わっているのに意識が前時代的だったり、「妊娠」の段階で男性が参加しやすいフレームができていない中で、どんな工夫をすれば妊娠初期から夫婦ともに当事者意識を持てると思いますか?

小野 まだまだ女性主体の構造だからこそ、男性が妊娠や出産について「主体的に知ろうとすること」が大切だと思います。

例えば、母子手帳。名前に「母子」とあるので「女性のもの」という印象があるかもしれません。でも、妊娠の経過や産後の子どもの健康状態、予防接種の記録、育児にまつわる情報など、父親も知っておくべき情報がたくさんまとめられているものです。ぜひ男性もしっかり中身を見て、知ってほしいなと思います。

「女性は十月十日かけて母になっていくから、親としては先輩」「妻が夫をイクメンに育ててあげなきゃ」と言う人もいるけれど、「女性が褒めたり育てたりしないと男は父親になれない」のではなく、夫婦は同じ立ち位置から親になるんだと今は思いますね。

A 個人的には「妊娠や出産は女のものだから男が学ぶのはかっこ悪い」という風潮が一部にあると感じます。社会全体が「夫も妊娠や出産について自分から学び、動くのが当たり前」という風潮になれば、そのムードに従って動けるんじゃないでしょうか。

小野 国や企業が男性育休を推奨する流れはすばらしいですが、私は男性も産前産休を取れるようになればいいなと思っています。

臨月の妊婦は立ち上がるのも大変じゃないですか。会社を休んで付き添ったら、ちょっと動くだけでもつらそうな妻の姿が常に目に入るわけで、それだけでもいろんな気づきがあるんじゃないかなと。

出産までの道筋を夫婦で分かち合うことは、のちの育児にもいい影響を与えてくれると思います。

小野さんが2023年7月に発売したエッセイ本『わっしょい!妊婦』には、妊婦が直面する心のモヤモヤや身体の変化、それと向き合う率直な気持ちが描かれています。欄外にはAさんのコメントが収録され、夫側の視点も分かる構成になっているのが印象的でした。こういった情報に触れるのも、主体的にとらえる第一歩なのかなと思います。
『わっしょい! 妊婦』(CCCメディアハウス/小野美由紀著)

35歳、明らかに“ママタイプ”ではない私に芽生えたのは「子どもを持ちたい」という欲望だった。絶え間ない不安がつきまとうなかで、それでも子どもをつくると決めてからの一部始終を書く妊娠出産エッセイ。

A 欄外のコメントについては「新しいですね」といった感想をたくさんいただきましたが、僕にとって、妊娠・出産を間近で見てきた自分がコメントするのはごく普通のアイデアだったんです。

この本をはじめ、いろんなアプローチで「男性も妊娠・出産の当事者である」ということを発信していけば、おのずとムードが変わっていくんじゃないでしょうか。今は情報を簡単に発信・受信できる時代なので、世の中が変わるのにそんなに時間はかからないんじゃないかなと思います。

「わっしょい!妊婦」欄外コメント
「わっしょい! 妊婦」は欄外にAさんのコメントが収録され、夫側の視点も分かる構成になっている


小野 「男性も妊娠・出産の当事者になるのが当たり前」という空気ができた方が、男性側もきっと楽になれますよね。もっともっと当たり前にするために、いま先駆けている男性自身にどんどん発信してほしいです。

A 僕は、X(Twitter)で犬犬さんが投稿している父親目線の子育てマンガがすごく好きで。ああいう感じで妊娠・出産についても男性の目線で発信する人が増えたらいいなと思います。

女性の目線で書かれた情報ももちろんすごく参考になるんだけど、男性が男性の目線で書く情報は、より身近に感じられるんですよね。いろんな発信を読んで「あぁ、うちもあるなぁ」って思ったりしながら、男性も当事者になっていくんじゃないでしょうか。

妊娠・出産のモヤモヤが言語化できなければ、“外注”してもいい

『わっしょい!妊婦』には、妊娠5カ月ごろにお二人が激しく衝突したエピソードも収録されていました。妊娠中はホルモンバランスが崩れてメンタルが不安定になりますし、母体の苦悩も分かちあいづらい。たとえお互いに当事者意識がある夫婦でも、ケンカが起きやすくなりがちですが、お二人はどういう状態だったのでしょうか。

小野 妊娠や産後にまつわる不安を、自分自身わけが分からないまま夫にぶつけてしまうことが多かったんです。日常の細かなサポートをとてもよくしてくれている夫なのに、ささいな行動一つひとつにイライラしてしまう。

その苛立ちが自分の不安から来ていると自覚もしていなかったから、ちょっとしたことですぐケンカになり、夫も疲弊していました。

その状況を、どうやって打破したんですか?

A 夫婦でカウンセリングを受けたんです。私たちの間に起きていたケンカは意見の衝突というより、ただすれ違っているような性質のものだったので、ケンカしている時間がすごく無益だなと感じて……こういうコミュニケーションの問題を解決するプロは誰かなと考えたとき、カウンセラーさんに入ってもらうのがいいと思いました。

小野 カウンセラーさんに「人が一度愛していた相手を憎むのは、相手を愛せなくなりそうなとき、そして、本当は愛し続けたいと思うときなのです」と言われて……その前提を理解してからは、ケンカの鎮火が早くなりました。

このケンカは私が愛されていないから起きるんじゃなくて、お互いに思い合っているから起きるんだ、と思えるから。その意識があると気持ちの伝え方も変わって、建設的なケンカができるようになるんです。カウンセリングを受けたからといって、ケンカしなくなるわけじゃないんだけど(笑)。

A 言い争っても「頑張ろう」と思えるようになったよね。その場で怒っちゃうことは変わらないんだけど(笑)。

小野 それに、私と同じように夫も出産・育児に対する不安を抱えていたことも分かったんです。一緒にたくさんの時間を過ごしてきて、会話も多い方だったのに、私たちはディスコミュニケーションだったんだなって反省しました。

あのときの私たちには第三者の仲介が必要だった。カウンセリングを受けていなかったらすれ違い続けて、離婚していたかもしれません。

なるほど。ただ、カウンセリングなどで自分の家庭や夫婦の話をさらけ出すことに、抵抗がある人は多そうです。

小野 夫婦や家族って、当たり前に維持できるものじゃないと思うんです。夫婦関係を維持していくことがひとつのプロジェクトだとしたら、このプロジェクトの一番大切な目的は「家族がみんなで楽しく暮らすこと」。そのためにやるべきことを考えて、外部に頼る必要があるのなら、頼るしかないと私たちは考えました。

プロジェクトの本来の目的を考えて、適切なアクションをとる。何事においても大切な意識ですね。

小野 夫婦関係の維持のためにカウンセラーに話を聞いてもらうことも、家をきれいにするために家事代行に来てもらうことも、変わらないと思うんですよね。

家事代行も一昔前は「家事を外注するなんて!」という声がありましたが、最近はだいぶ一般的になってきている印象です。何か課題を感じたら、自分だけで抱え込まない。その意識が「当たり前」になればいいなと思います。


ここまで妊娠中のお話を聞いてきましたが、育児においても「女性主体」の空気を感じる場面はありますか?

小野 まだありますね。例えば、保育園の父母会に夫婦で行っても、一緒に来ている夫が“添え物”になってしまいがちだったり。そもそも男性は参加人数も少ないし、来ていても妻ばかり意見を求められ、夫はなかなか話を振ってもらえなかったりして……。

ただ、ひと世代下の夫婦と話していると、当たり前に育児をする男性が少しずつ増えてきている印象も受けますね。それってやっぱり、これまで育児を経験してきた人が“発信”したことで、起こった変化だと思うんです。

A 「イクメン」という言葉は批判されることもありますが、その言葉も男性を導くガイドのひとつになってきたのかなと。「妊娠・出産・育児に当たり前に関わっている男性」がいるという実態が見えれば、世の中はもっと変わっていくんだと思います。

取材・文:菅原さくら
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:小野美由紀(おの・みゆき)さん

小野美由紀さんのプロフィール写真

作家。1985年東京生まれ。著書に『路地裏のウォンビン』(U-NEXT)、noteの全文公開が20万PVを獲得した恋愛SF小説『ピュア』(早川書房)、銭湯を舞台にした青春小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)、韓国でも出版された『人生に疲れたらスペイン巡礼』(光文社)、『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(幻冬舎文庫)、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)など。2023年7月に新刊『わっしょい!妊婦』を発売。
X(Twitter):@MIYUKI__ONO