男性育休を取得した毎日放送(MBS)アナウンサー・西靖(にし やすし)さんに、育休を経験したことでの気付きや変化についてインタビューしました。
以前に比べると男性が育休を取るケースも増えつつある昨今。しかし実際に取得するとなると「周囲の理解を得られるのか」「キャリアに影響しないだろうか」など、心理的なハードルを感じる人は少なくないでしょう。
MBSの“看板アナ”として、関西エリアを中心に高い知名度を誇る西さんは2021年、第三子の誕生を機に約4カ月の育休を取得しました。2023年3月には、その時の経験をつづったエッセイ『おそるおそる育休』(ミシマ社)を出版。本のタイトルにある通り、これまで30年にわたって仕事一筋でやってきた西さんにとって、育休の取得は「おそるおそる」だったそうです。
そもそもなぜ育休を取ろうと考えたのか、家族と向き合う時間が増える中でどんな気付きがあったのか、その後の仕事にどんな影響があったのかなどについて、西さんに伺いました。
報道で「男性育休」を取り上げても、自分ごとではなかった
西靖さん(以下、西) アナウンサーという仕事柄、男性の育児への関わりや男性の育休について扱ったこともあるんですが、自分ごととしては捉えられていなかった、というのが正直なところです。
僕は昭和46年生まれなんですが、サラリーマンだった自分の父を振り返ると、家事や育児への参加は「土日限定」だったように記憶しています。平日仕事を終えてから母を手伝ったり、仕事を休んで参観日に来たりなんてことはなかった。
「父親は外で仕事を頑張って、余裕があれば子育てに関わる」という空気感が、あの頃の世間、ひいては西家の中で流れていたように思います。父の名誉のためにいうと、育児に無理解な親というわけではなく、それがデフォルトの時代だったんだと思うんです。
そんな昭和の価値観を僕自身も引き継いでいたので、「自分が育休を取る」という発想はなかなか浮かびませんでした。妻も同じような価値観を持っていたので、僕が育休を取る意志を見せたときは驚いていましたね。
西 3人目の子を授かった時です。当時、上の息子たちは4歳と2歳。ふと、2人の世話だけでもしっちゃかめっちゃかなのに「3人目が生まれたらどうなるんだろう。妻一人で大丈夫なのかな」と心配になったんです。
誰かの手を借りようにも、その頃はコロナ禍真っ只中で、僕や妻の両親に来てもらうのは気が引ける。そんな中で「自分が育休を取る」という選択肢がじんわり浮かんできたんです。
最後の一押しになったのは、出産予定の2カ月前に、10年以上続いていた自分のレギュラー番組が終了したことでした。月曜から金曜まで続く夕方の番組だったので、それまでは毎日のように取材や資料の読み込みなどをしていたのですが、番組が終わったことでぽっかりとその時間が空いたんです。
もう一度新しい番組に向かってアナウンサーとして頑張る道もあったし、管理職に就く道もありました。50歳にして「これからどうしていこう」というキャリアの踊り場に立たされたわけです。その時ふと「『育休を取る』という選択肢もあるのでは?」と思いました。

『おそるおそる育休』(ミシマ社)
仕事一筋30年だった西さんが、三男の誕生を機に初めて育休を取った経験をつづるエッセイ。「本当に休んでいいの?」「帰ってきたときに会社に居場所ある?」など不安だらけのスタートから、「たいへんやけどおもろい」子供たちとの日々、そして仕事復帰までのリアルな日常が描かれている。▶『おそるおそる育休』
西 そうなんです。逆に言えば、1人目と2人目の時には育休を取るなんて考えもしませんでした。周りに育休を取った男性アナウンサーはいなかったし、何より当時の僕に「自分のレギュラー番組を休む」という選択肢はありませんでした。
関西の民放で夕方のニュースキャスターを担当するというのは、アナウンサー人生の中ではある種の到達点です。そんな一番やりたかったことができているタイミングで休めたかというと……正直なところ、難しかったのではないかと思います。
西 ニュースの中で「男性育休の普及」というトピックを扱う際には「こんな形で子育てに関わる人が増えたらいいですよね」なんて言いながらも、内心は「とはいえ僕は、この番組を休むわけにはいかないからできないな」と思っていた。今となっては都合のいい考え方だったな、と思います。
だから「育休を取るなんてすごいですね」って言われるのが、いちばん居心地悪く感じるんですよ。全然すごくないんです。たまたまタイミングが重なって取得しただけなので。
著書のタイトル通り、本当に「おそるおそる」だったんです。それに、「すごいですね」という言葉自体がそもそも「男性は育児に関わらないもの」という前提から言われているような気がして。
西 みんな応援してくれました。人前に出る仕事をしている僕が育休を取るということが、何かしらのメッセージになるだろうと、肯定的に受け止めてくれる人もいました。
「男性育休」がニュースのトピックとして上がる中、それを報道する僕自身はどうしていくのか。その行動自体が社会的なメッセージになると言われたのは、心に残っています。
一方で、引き継ぎは心苦しさもありました。僕の場合、担当番組が少ない時期だったのもあり、比較的スムーズに引き継ぎできましたが、それでも指名のお仕事を一旦休ませてもらって、同僚に引き継ぐことになってしまったので……。
育休があったからこそ、時々「子育てを休む」ことも大事だと気付いた
西 意識の変化はたくさんありましたが、中でも大きかったのは「自分はやっぱり『週末パパ』だったんだな」と自覚できたことですね。例えば、子供たちはもちろんかわいいんですけど、どうしてもイラっとする場面があります。「ご飯中やのにいつまでしゃべってんねん」とか「どんだけこぼすねん」とか(笑)。
西 週末だけの関わりであれば、心に余裕を持ってなんとか耐えられるんです。だけど育休中、毎日朝から晩まで子供と一緒にいるとなると、全然違いますね。
以前は妻が子供のことでイライラしているのを見て「まぁそうイライラするなよ」と声を掛けていたけど、育休後は「そりゃあイライラするよな」と共感できるようになりました。それはイライラを肯定するという意味ではなく、自分の不在時の妻の状況を察せるようになったということです。
西 そうですね。僕自身は普段、自分のペースで仕事できるし、やりとりする相手は話の分かる大人ばかり。だけど家で子供を見ている妻は、ずっと子供たちのペースに合わせているわけですよね。
以前は、妻がスマホでSNSを見ていると「スマホばっかり触ってるなぁ」と内心思っていたけど、育休を経た今は「そういう時間も必要だよね」と思うようになりました。子育てにガッツリ向かい合うには、たまに視線を外さないとやっていけない。そんなふうに意識が変わったなと思いますね。
西 最初は「育休中なのにジムに行くなんて」と思っていたんです。でもある日、上の子2人を幼稚園に送り届けたら「あれっ、今時間が空いてるぞ」と。妻が「泳いできたら?」と言ってくれたので、おそるおそるジムに行きました。
ほんの少し育児から離れただけでも、実に気持ちが良くて気分転換になって。帰り道には、心から妻に「ありがとう」と思いましたね。気持ちに余裕も生まれるし、僕も妻に「子供たちはなんとかするから、一人でショッピングしてきたら」なんて言えるようになる。そうすると「ありがとう」って言い合う回数が増えるんですよね。
西 はい。育休中だけじゃなくて、5年、10年と子供と向き合う中でも、時々育児を休むのは大事なんだと思います。この4カ月は、子供との向き合い方だけでなく、妻との向き合い方にも大きな変化を与えてくれた期間だったなと。
育休で失ったものより、得たものの方が大きかった
西 そうですね。僕も最初は、4カ月休むことが自分のキャリアにどんな影響を及ぼすんだろうと不安でした。もちろん本来、育休を取ることでキャリアに影響があってはいけないんです。でも、仕事仲間に申し訳ないなと思ったり、休んでいる間にチャンスを失うのではないかと思ったり……何度も言いますが「おそるおそる」だったんです。
でも育休を取り終えた今は、本当に休んでよかったと思っています。ひょっとしたら育休中に逃した仕事のチャンスもあったかもしれませんが、「豊かな人生を過ごす」ことを目標とするなら、絶対に得たものの方が大きかったと思います。
西 たくさんありますよ。まず大きいのは、育休中に、子供、妻、地域の人々、他の家庭と密に接することができたという点です。家族のあいだでも、ご近所さんに対しても、そして育休後に職場に復帰してからも、以前より想像力を働かせ、より丁寧な言葉かけができるようになったと思います。
一番の気付きは「誰しも、今いるステージの裏にそれぞれのバックボーンがある」「仕事とプライベートはつながっている」ということです。
みんな、職場にいる姿だけが全てではない。プライベートではまだ子供が小さかったり、春から子供が一人暮らしを始めたばかりだったり、離婚してふたたび一人になっていたり……みんなそれぞれ大変さを抱えている。
育休に限らず、普段と違う場に身を置くことで得る気付きはすごく多いと思うのですが、僕の場合は育休を取ったことで他者の苦労に対する理解度や想像力が深まったように思います。スキルを身に付けた期間というより、相手の気持ちを慮(おもんぱか)ったり、言葉の選び方が変わったり……人間的な成長、というとちょっと偉そうですが。
僕は今回たまたま育休が取りやすいタイミングだったけれど、もしもっと若い時に育休を取っていたら、より早い段階でいろんなことに気付けていたかもしれないな、と思います。
西 はい。僕は今、管理職に就いているのですが、うちのアナウンサーが「子供が熱を出したんです」と言ってきたら「それは大変やな、すぐに行っておいで!」という言葉に、やっぱり気持ちがのっかるんですよね。熱を出して不安そうな顔をしている子供の顔が浮かんできちゃう。以前なら同じように早退してもらうとしても、もうちょっとドライな対応だったかもしれません。
管理職がメンバーのパフォーマンスを上げるには、プライベートの心配事を少しでも小さくしなくてはいけない。それが今の僕の仕事だと思うし、「家のことが一番だ」と誰に対しても迷いなく言えるようになったのは大きいですね。
西 まさにその「イラッとすることもあるよね」という実感も、仕事において大事だと感じています。
これまで僕はアナウンサーとして、児童虐待やネグレクトのニュースも扱ってきましたが、恥ずかしながら以前は「親が未熟だから」と捉えてしまうことがありました。
だけど育休という経験の中で「この『イラッ』の地続きに虐待はあるのかもしれない」と思うようになりました。決して虐待の肯定などではありませんが、ひょっとしたら、この事件は自分にも起こりうることなのかもしれない。そんな想像ができるようになったんです。
そこから、世の中に対する向き合い方が少し変わった気がします。過去の自分に対しても「もっと丁寧にニュースを伝えられたのではないか」「もっと深く考えることができたんじゃないか」と思うようになりました。
これからは、今までよりももっと丁寧に伝えられる気がする。そう考えると、育休中に仮に損失があったとしても、それを上回る大収穫の期間だったように思いますね。
西 育休を取った後、男性の後輩から「どうでしたか?」と聞かれたんです。僕は「子供が生まれたら休めよ。めっちゃ大変だけど、めっちゃいいよ」と言いました。「育休前にあった仕事は僕たちが意地でも守るから、安心して休んでよ」と。
自分の経験上、育休中に得たものはあとで必ず仕事でも生かされる。「休む」ということは欠落ではなく、これまでと違う経験をするということで、収穫も多い。そんな理解が深まるといいなと思っています。
取材・文:土門蘭
撮影:浜田智則
編集:はてな編集部
夫婦で「育児」を分担するコツ、教えて!
お話を伺った方:西靖さん