30代の停滞感を「着物」が解消してくれた。初心者として学ぶ楽しさは、自分の可能性を広げる

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30代になり停滞感やつまらなさを感じていませんか。

ある程度“経験値”が上がってくると、誰かに何かを教わったり、新しいことに挑戦したりする機会が減っていきがち。仕事や生活はそこそこ充実しているはずなのに、慣れて「ルーチンワーク化」している日常に、物足りなさを感じている方は多いのではないでしょうか。

とある企業での編集職を経て現在はフリーのディレクターをされている山本梨央さんも、「自分が想像できる範囲のスキルアップに留まっている焦り」を感じていたそう。

そんな山本さんに変化を与えてくれたのが「着物」という新しい趣味の存在です。着物を通して全く新しい世界を覗いていくことに楽しさを覚え、30代の停滞感から抜け出した山本さんの体験を書いていただきました。

30代に入って感じた「頭打ち」感から、着物に挑戦

私はいま、ほぼ毎日着物を着て生活しています。日本舞踊や茶道をやってる人? 着物にまつわる仕事をしている人? いえ、そういうわけではありません。仕事はフリーランスのディレクターです。Webメディアのコンサルや映像・Podcastのディレクターをやることもあれば、まちづくりに関わることもあります。

いろいろと幅広く仕事をしていますが、とにかく「着物を着る職業」ではないのです。ただ、私服として、みなさんが毎日のお洋服を選ぶのとおなじように、着物を選んで着ています

着物歴は1年と少し。約10年勤めた会社を辞めてフリーランスになる直前に、何か新しいことに挑戦したくて着物に手を出してみたのが始まりです。だから、フリーランスとしての仕事歴と着物歴がほぼ同じです。

着物姿の山本梨央さん
Podcastの収録立ち合いも着物で。右の着物は沖縄で買ったお気に入りの「琉球絣(かすり)」。

そもそも、30歳になる手前くらいから、言いようのない焦りが少しずつ自分の中に溜まっていく感覚がありました。

私が10年ほど勤めていた会社は、入社当時は社員数15人にも満たないベンチャーでしたが、その後、100人にも迫るほど急拡大しました。年齢はまだ20代でも、社内ではベテラン。事業部長を任されて、マネジメントも経験しました。

自分の上には社長しかいない、という時期が長かったこともあり、上の立場の人から何かを教わる機会がほとんどなく、自分の気づいていなかった伸びしろを誰かに押し広げてもらえるような経験があまりありませんでした。「自分が想像できる範囲のスキルアップにとどまっている焦り」があったのだと思います。

また、社内でも、取引先でも、比較的同世代の人たちが多かったため、自分より10歳〜20歳、もしくはもっと年上のロールモデルとなるような生き方をしている女性との出会いがあまり多くありませんでした。たまに出張先で「かっこいい!」と思うお姉さんに出会うと、その街へ行く度に飲みに誘って、憧れをさらに募らせてはいました。

しかしもっと身近に、もっとたくさん、いろんな年齢層の方と出会ってみたい。そう思っていたのです。

その後、30代も半ばにさしかかり、自分のキャリアを見つめ直しているタイミングで、何か思いもよらない趣味やスキルアップに挑戦したい。その挑戦の先で、憧れられる人生の先輩にも出会えたらラッキー。そんなことを考えていたときに「それなら着物はどう?」とパートナーに声をかけられました。こうした経緯で着物生活を始めてみることに。

実は私の実家は古くから続いているお寺。着物を着こなせていたら格好がつくのになぁと思った場面も何度もありましたが、「難しそうだし、お金もかかりそうだし」と諦め続けていたのです。

実家のお寺で祭りを手伝う山本梨央さん
実家のお寺。昨年初めて、お祭りの裏方を着物でやり遂げました。

着物を始めるハードルは、実は低い

着物にチャレンジしよう!と決めたものの、どこから手を出したらよいのかわからず、とりあえず着物系のInstagramアカウントをフォローして眺めていました。すると、とっても素敵だなと思っていた方のストーリーズで「古着で1000円でした!」というような情報が流れてくるではありませんか。

着物って何万円もするものじゃなかったの? 古着ってそんなに簡単に手に入るの? と途端に現実的な興味が湧いてきました。なんとなく、東京で着物を買うなら浅草あたりにたくさんありそう、という安易な考えで浅草の着物リユースのショップを巡ることに。

でもなんだか怖いなぁ、何も知らずに買いに行くなんて、怒られたりしないのだろうか。そんな気持ちで恐る恐る店に入って見ると、店員さんは「どうぞ羽織ってみてくださいね」と、とっても気さくでほっとしました。

その日訪れたどのお店でも「着物初心者です」と伝えると、とても喜んでくださいます。「お着物着る若い人、もっと増えてほしいのよねぇ」とか「着物を着ようと思うだけでも偉い!」など、まだ買ってもいないのに、その心意気だけで褒めてくれました。

始める前から自己肯定感が上がるなんて、絶対楽しいに決まってる! と、テンションが上がり、最終的に着物4枚と帯3本をゲットしました。

着物で仕事をする山本梨央さん
着物で出張や旅にも出ています。左は別府、右は尾道。

さて、家に帰ったら早速着たくなってしまいます。仕事柄、急な出張がかなり多く着付け教室にしっかり通えるような生活ではないため、YouTubeやInstagramの着付けノウハウ動画で覚えることに。近年はさまざまな方が着付け動画をアップしているので、iPhoneの中に着付けの先生がいるような感覚です。

もちろん中には、着物の布の中で手がどうなっているのか、帯の内側で手をどうやって動かしているのか、なかなか分かりにくいものもありますが、動画以外にもさまざまな情報がある時代なので、調べていけば自分に必要な情報にたどり着けます。

この写真はまだ着物を着始めて1週間くらいの頃。今見返すと、帯揚げ(帯の上側に巻いてある布)がふんわりぐちゃっとしているし、衣紋(うなじのあたり)の抜き方がわからず首元が詰まっていてあまりきれいじゃないけれど、当時は「なんか着れた!」というだけでうれしく思っていました。

着付け初心者の頃の山本梨央さん
初期の写真が残っていることで上達が実感しやすい。

ちなみに、古着だとサイズが合わないのでは……? と心配する方もいるかもしれませんが、女性の着物はおはしょり(腰回りで上下に折り返す部分)があるため、どんな丈でも着付け方でどうにかなります。腕の長さは人それぞれなので、「裄(ゆき)」と呼ばれる背中の中心から手首あたりまでを測ってもらい、そのサイズで着物を選んでいくといいですよ!

クラシックなものからレトロモダンなものまで、お店によって取り扱っているデザインが幅広いし、帯選びも楽しくて迷っちゃいます。

初心者からスキルアップしていく過程が楽しい

着付けを動画で見たり、雑誌を買ってヘアアレンジを覚えてみたり、工夫を重ねながら着物に取り組んでいるうちに「30代になるときに感じていた頭打ち感」から抜け出せたような気持ちになりました。想像できる成長に留まっていた毎日から抜け出して、新しい世界でゼロから学んでいく楽しさに夢中になっていたのです。

始めるハードルは意外と低いとはいえ、聞いたこともない用語や覚えることが多く、最初は必死でした。しかし、覚えたことが増えれば増えるほど、自分にとって快適な着方や肌に合うものが分かってくる。さらに、素材やサイズ感を変えたり、紐の結び方を変えるだけで明らかに自分の着付けがうまくなっていくのを体感できます。分かりやすい「スキルアップ」は、純粋にうれしいものだなと感じました。

着物で出かける山本梨央さん
着付けは10分〜15分ほどでできるようになったので、ちょっとしたお茶も着物で。

さらに、着物が身近なものになってから、映画や絵画の見方が変わりました。

小津安二郎監督の映画は昭和の日常の着物がたくさん詰まっていて、今まで何度も見てきた作品さえも、一時停止しながら「こんな色合わせがありなのか!」と参考にしたり。映画『極道の妻たち』は、襦袢の襟元の見せ方などポイントで参考になるものもありました。竹久夢二の絵画も、これくらいゆったり着る生活に憧れるなぁと眺めたり。着物を知ることで深く楽しめるものも広がったように感じます。

着物で麻雀をする山本梨央さん
着物と時を同じくして麻雀も覚え始めました。

初心者だからこそ、SNSに過程をアップしちゃう

着物をまだあまりきれいに着付けができていない頃から、SNSに写真をアップしていました。ネットやSNSで検索しても、極めきった「その道のプロ」は堂々と発信をしているけれど、うまくなるまでの過程や悩みはあまり引っかかりません。確かに、上達する前の状態を晒すのは恥ずかしい、という気持ちもあるでしょう。

それでも初心者の私がSNSにアップしてきたのは、着物にハマる前にやっていた編み物が原点にあります。コロナ禍で出かけられず時間があったときに編み物を始めて、どんどん難易度の高い服や編み方に挑戦していました。

その過程をTwitterにアップしていたところ、周りから「編み物の上達がすごい!」と声をかけられ、応援してもらえることが継続のモチベーションになりました。さらに、毛糸のメーカーからPR依頼が来たりと、思わぬ可能性も広がりました。

手編みのセーターや変形ニット
シンプルなセーターから変形ニットまで編めるようになりました。

着物も「ゼロから覚え始めてみたらすごく楽しい」とSNSに書いていたら、思いもよらない着物雑誌から執筆や出演のオファーが来ました。てっきり、雑誌なんてプロ中のプロしか関わらないのでは?と思っていたのですが、初心者だからこそのアイデアや疑問が強みになる、ということを改めて知ることになりました。

憧れられる人と出会いたいという気持ちも叶いました。古着屋さんには、着物についてたくさん教えてくれる店員さんがいます。Instagramに着姿をアップし続けていたら、実は着物が好きだという友人や、お母様が着物好きだったという人など、いろんな人が声をかけてくれるようになりました。

着物を日常に嗜んでいる先輩方は、私の母親世代だけでなく、おばあちゃん世代まで幅広い。そうすると、着物で家事をするような動きの多いときにはこうするといい、なども教えてもらえます。出会う人の幅が広がった影響は、着物に限りません。着物を通して出会った方々は芯のある生き方をしている方々が非常に多く、着物を切り口に知り合った方の人生観などもとても刺激になっています。

きっと何事も極めようと思えば思うほど「初心者としての時間」は限られてしまうと思います。だからこそ、初心者としての素直な気持ちや感覚をSNSに残しておくことは、後から振り返ったときに成長を実感できたり、みずみずしい感覚を思い出せたり、さらには周りの人に挑戦に興味を持ってもらえたりと、いろんないいことがあると思います。

何歳になっても「初心者」でいる時間を大切にしたい

すごくすごく気合いを入れて始めたというわけではなく、なんとなくふわっと始めた着物に、今はすっかり夢中です。

これから先も、ずっといろんな初心者でいられるような趣味や仕事を持っていたい、というのが最近の理想です。

実家の近くに東京電力を民営化した松永安左エ門さんが晩年を過ごした邸宅「松永記念館」があります。その邸宅は全てのお部屋が茶室になっており、長年「松永氏はどれだけ茶道を極めた人なんだろう」と思っていました。けれども、最近になって実は、彼が茶道を始めたのは60歳になってから、ということを知りました。

何歳になっても好奇心を持ち続けること、挑戦してみること、初心者となり誰かに教わるのを厭わないことが人生に彩りを与えるのだろうと改めて感じました。

今年は、着るだけでなく着物の仕立てにも挑戦したいと思っています。着物以外では、車のマニュアル免許も取ってみたいし、カメラも使いこなせるように覚えたいし、挑戦したいことは尽きません。これからも貪欲に、いろんな初心者になって自分の可能性を広げていきたいと思います。

山本梨央さんの免許証ビフォーアフター
最近、免許も着物で更新しました。クラシックな着物に似合う髪型を模索してぱっつん前髪を卒業。
編集:はてな編集部

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著者:山本梨央

山本梨央さん

新卒で通信会社の法人営業を担当した後、転職してクリエイター向け求人メディアの事業部長を務める。クリエイターの移住促進を目的としたイベント企画やWEB・映像制作、企業のオウンドメディアの立ち上げ、美大・芸大での就職支援などを経験し、2022年に独立。現在はWEBメディアのコンサル、発酵デパートメントの企業・自治体プロジェクトのディレクター、Podcast「ブックブックこんにちは」のディレクターを担当。BRUTUSや七緒、JobPicks、CINRAでの執筆も行っている。
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