ドローンレーサー・白石麻衣「“ちゃんとしたお母さん”でなくてもいいと思うようにする」

白石さんご家族の写真

妊娠・出産を経て、それまで続けていた趣味や、好きなことに割ける時間が減った──という方は少なくないように感じます。中には、育児と趣味や育児と仕事の両立が難しくなり、したかったことを諦めざるをえなくなった方も。ただ、趣味や好きなことを続けることで、仕事や育児へのやる気に還元されることもあるはずです。

CGデザインの仕事と並行して、ドローンを操作しその速さや動きを競う「ドローンレース」の分野でも活躍するドローンレーサー・白石麻衣さんも、好きなことを続ける難しさを経験した方。ドローンに熱中し始めたタイミングで妊娠・出産をし「好きなことをやめなくてはいけないかもしれない」という窮地に立たされた経験があると言います。

2018年にはドローンレースの世界選手権に日本代表としても出場し、活動の場を広げつつある白石さんに、好きなことを続けるためどんなことを家族と話し合い検討してきたか、好きなことを続けたことで自身にどんな変化があったのかなどを伺いました。

※取材はリモートで実施しました

妊娠したことで好きなことを諦めるのは悔しかった

白石さんは2017年末にマイクロドローン(極小のドローン)の飛行会やイベントなどを楽しむコミュニティ「Wednesday Tokyo Whoopers(WTW)」を立ち上げられたと伺いました。これはどうして始められたんでしょうか。

白石 当時はドローンレースのことを知って自分でも練習を始めたばかりのタイミングだったんですが、ちょうど同じ頃に妊娠が発覚して。できる限り練習がしたいと思っていたときだったのに、つわりがひどくて動けない日が増えてきたんです。

大きいドローンって人口密集地域では飛ばせないという制約があるので、練習するためには電車に乗り継いで2時間くらいかけて移動しなきゃいけないんですが、それは厳しいなと……。せめて都内でドローンのことについて情報交換ができたり、小さいドローンを飛ばす練習ができたりする場所があればいいなと思って、「それならもう、自分で作ろう」と考えたのがきっかけですね。

白石麻衣さんとのリモート取材の様子

行動力がすごい……。

白石 というよりも、面倒くさがりなんだと思います。正直に言ってしまうと、何事も、自分で調べてとりあえず試してみるのが苦手というか、遠回りに思えてしまうタイプで。自分よりもはるかに詳しい人がいるんだったら、周りに頼った方が早いなって思うんですよね。

……あとやっぱり、コミュニティを立ち上げたときは、こんなに楽しいのにやめたくない、悔しいという思いが強かった気がします。

悔しい、というと?

白石 いまってSNSがあるから、同時期にドローンレースを始めた人たちの様子もSNSで分かるじゃないですか。周りのドローン好きな人たちの投稿を見ていたら、自分はつわりで動けないけど、みんなは毎週ドローンを飛ばしにいってどんどん上達してるな、自分だけ置いていかれているみたいだな……と感じてしまって。

寂しかったし、いまいちばん熱中している好きなことを一時的にでも諦めなきゃいけない、っていうのがどうしても悔しかったんです。

もっともっと上達したい、というときにブランクができてしまうのは怖いですよね。

白石 そうですね。やめたくなかったから、どんな形でもドローンに関わったり、すこしでも練習をしたりできる環境はあった方がいいなと。

当時は自分が人に教えてもらう場がほしい、という気持ちが大きかったんですが、いまは自分が人に教えたり、周りの人たちがそれぞれ持っているアイテムやスキルをわいわい紹介できる場になりつつあるので、作ってよかったなと思います。やっぱり、気軽に集まれる環境があると、諦めてやめてしまうという選択をする人がすこしでも減ると思うので。

マイクロドローン
手のひらサイズのマイクロドローン。コンパクトな分小回りがきくのだそう

ドローンを続けていくために何度も重ねた家族会議

お話を伺っていると、白石さんはドローンを「続けること」にとてもこだわりを持っていらっしゃいますよね。

白石 そうですね。ドローンもですし、仕事もできるだけ休まず続けたい、と出産前から思っていました。周りの人に「妊娠中なんだから」「小さい子どもがいるんだから」と言われることはときどきあったんですが……。

妊娠・出産の際は好きなことを諦めるべきだという空気は、まだまだ強くありますよね。

白石 出産後すこしたって、夫に子どもを預けてドローンの大会に行ったときも、知らない人からSNSで「子どもがいるのにどうなってるんだ」とメッセージが来ることもありました。家族は幸運にもドローンレースにのめり込んでいく私を応援してくれていたので、気にしなくていいと思えたんですけど。

それでもやっぱり、世間が思うような“ちゃんとしたお母さん”でいなきゃいけないのかなって感じてしまう瞬間はあります。ただ、「うちはうちなんだから」と思うようにしていますね。

ドローンレーサーとして有名になり、ドローンのイベントの企画運営などもされるようになってきてからは、お仕事の比重も変わってきたのではないかと思います。CGデザインのお仕事とドローンの活動、育児でとてもお忙しいと思いますが、バランスはどうとられていますか?

白石 育児に関しては、私も夫も仕事が忙しくてどうにもならない……というときは、ベビーシッターの方をお願いしたり、お金を支払った上で実家から母に来てもらったりしていましたね。いまは子どもが2歳になって、保育園に入れたのですこしだけ楽になったのですが。

実は出産後、夫と何度か家族会議をして、お互いの働き方や育児の負担を調整したんです。

会議ではどんなことを話し合われたんですか。

白石 2018年の秋にドローンレースの世界選手権が中国であって、私が日本代表としてそれに出場することになったのですが、1週間くらい中国に行かなきゃいけなくて……。当時子どもが7カ月で、連れていくべきかどうかですごく悩んだんですよ。

よく聞く話ですけど、夜泣きでなかなか眠れない状況と仕事もできない状況、食べたいものも食べられない状況が重なって、ストレスが最高潮に達していたんです。それで思わず、夫に「いまの仕事をどうにかしてもらうことはできない?」と聞いて。でも、当然ですが、仮に夫が今の仕事を辞めたり、変えたりしたとして、その分減るかもしれない収入をどうしようか、という話になりました。

確かに、お子さんもいると大きい問題ですよね。

白石 そうなんです。私がただドローンをやり続けたいから、と伝えるだけでは無責任だと感じました。なので、「ドローンの仕事が増えていけばその分家計に回せるお金も増えるし、あなたが子どもといられる時間も増える」といったことも伝えて、こまかい話し合いを何度もして。

会議を重ねていく中で、わが家の場合は最終的に夫が当時していた英語の講師の仕事を辞めてフリーランスになる、ということになり、夫に子どもを預けて大会には無事に行けることになりました。

家事や育児の負担はいまは基本的に半々くらいで、私が忙しいときには夫に多めにしてもらう、という形に落ち着いています。

子どもからひととき離れてしまうことに罪悪感を覚える必要はない

やはり、妊娠・出産を機に、いちばんの趣味やずっと好きだったことを諦めたり、一時的に中断すべきかもしれない……と悩まれる方は多いと思います。その選択で悩んでいる方に、もし白石さんからお伝えしたいことがあれば伺いたいです。

白石 後悔をしないためにも、まずは家族や身近な方と話し合いを重ねて、続けるための道を探ってほしいと個人的には思います。

お仕事をされている人は、「いまの自分の働き方だと好きなことを続けるのは無理かも」と考えてしまうんじゃないかと思うんですけど、これまでと違ったスタイルを取り入れられるかどうかを家族に相談しつつ検討してみてもいいんじゃないでしょうか。

私の場合は、CGデザインがずっと机に向かう仕事だったのに対して、ドローンは練習やレースの時間がぎゅっとまとまっている分、完全にフリーにできる時間も多い。だから、ドローンの仕事の比重が増える方が子育てしやすくなるというのも感じていたので、そのあたりも夫とよく話し合いました。

白石さんが所有するドローンたち
白石さんが所有するドローンの一部。サイズや形状もさまざま

お仕事にもよるとは思いますが、いまは勤務形態が選べるケースも多いですしね。

白石 そうですね。子育てをして生活していく上で、やっぱり安定した収入を得られるかどうかって重要だと思うんですが、いまは副業OKな企業も増えてきましたし……。これまでと違ったパターンで働けるか、自分のやっていることをお金にできる可能性があるか、というのを検討してみるのもありだと思います。

それから、中には、出産直後は特に「お母さんは子どものそばについていてあげるべき」「子どもから離れないでいるべき」というプレッシャーで、ちょっとした外出にもためらってしまう方もいます。白石さんは、ドローンの練習やレースなどで家を空けるときどうでしたか?

白石 仮にパートナーが子どもを見ていてくれるとはいえ、自分だけ外出するなんて悪いかなあって確かに思っちゃいますよね……。私の場合は、友人が遠慮せずに誘ったりしてくれることに結構救われました。「旦那さん家にいるんでしょ?じゃあいいじゃん!」って言われると、「そっか、確かに」と素直に思えたりして。もちろん育児の大変さを分かった上で気を使ってもらえるのもすごくありがたいんですが、そういうふうに声をかけてくれるのも助かったなあ、といま振り返ると思います。

自分自身で「ひとときも離れてはいけない」と思ってしまう人ほど、第三者からの声が救いになることもありますよね。

白石 家族環境やさまざまな要因から、どうしても誰かに子供を見てもらうことが難しいという場合もあると思いますし、「自分がすこしでも離れたら子どもは嫌だろうな」って考えてしまう方がいるのも分かります。

ただ子どもの年齢や性格にもよるとは思うんですが、たぶんこちらがあれこれ考えるほど、子どもは状況を分かっていないんじゃないかな。家で寝ているときに「お母さんがいなくて寂しい」とは感じていないと思うので……。

“いいお母さん”とか“悪いお母さん”って他人の価値観でしかないので、子どもや家族の意見を大事にしながら、できるだけ好きなことや息抜きもしてほしいって私は思います。

レーシングドローンのアクロバティックな動きに受けた衝撃

ここまで大好きなドローンを続けるためのことについてお話を伺いましたが、ドローンと白石さんの出会いについてもお聞きしたいです。ドローンと聞くと「空撮用のもの」というイメージがある人も多いと思うのですが、白石さんはドローンにどうやって出会ったのでしょうか。はじめから「ドローンレースに出たい!」と思われていたんですか?

白石 いえいえ。ドローンに興味を持ったのは、旅先で「絶景の映像を空から撮ってみたい」と思ったのがきっかけです。3年ほど前、ドローンが日本でも身近になってきたころだと思うのですが、周りにもドローンを買ってみたという友達がいたり、ドローン片手に世界一周をするご夫妻が話題になったりしていたタイミングでした。それで、「私もやってみたい!」 と思って。

それで、「ドローンがほしい」と口癖のように言っていたら、当時はまだ恋人だったいまの夫が「クリスマスプレゼントにあげるよ」と言ってくれたんです。

おお! うれしいプレゼントですね。

白石 でも、当時ってまだドローンが1体20万円くらいしたんじゃないかな。だから「本当かなあ」と半信半疑でいたら、クリスマス当日に渡されたプレゼントの箱がすごく小さくて。これは「いつかドローン買ってあげる券」とかかもしれないな、と思って……(笑)。開けてみたら、小さいおもちゃのドローンが入っていました。

クリスマスプレゼントにもらったおもちゃのドローン
白石さんがクリスマスプレゼントにもらったおもちゃのドローン

思っていたのとは違った……!

白石 でも、ちゃんとそれにもカメラがついていて、もともとほしいと思っていたドローンよりもゲーム感覚で操作できるようなものでした。ゲーム好きが高じてCGデザインの仕事に就いたという経緯もあったので、「ドローンもゲームみたいで面白いんだな」と最初に感じました。

そこからどんどんドローンにハマっていって、自分で買ったドローンでも映像を撮るようになっていくと、他の人はどんな映像を撮ってるんだろう? と気になってきて。

InstagramやYouTubeでドローンの映像を探していたときに、たまたま見たのがドローンレースで使用するレーシングドローンが撮った映像だったんです。いままで見たこともないようなアクロバティックなドローンの動きに衝撃を受け、これがやりたい! とすぐに思って。

当時、周りにレーシングドローンを持っている方っていたんでしょうか。

白石 いなかったですね。当時はレーシングドローンって日本でまだあまりはやってなかったので、日本語の情報もほぼないくらいで……。ただ、いろいろ調べていたら、どうやらドローンレースの大会なるものがあるらしいと分かったんです。大会に出ている方にインターネットを通じて声をかけたら、「もうすぐ大きな大会が仙台であるから、通訳のお手伝いをしてくれるならレースに招待しますよ」と言ってもらえて。

幸い英語が話せたので大会に呼んでいただき、そこで初めてドローンレースを目にしました。レースに出られていたアメリカ人の女性レーサーがすごく速くて格好よかったことにも衝撃を受けて、自分もレーサーになろうとその場で思ったんです。当時はレースで勝ちたいという思いよりも、映像を撮るスキルの向上にもつながりそうだし、なにより楽しそうだからやりたいという気持ちが大きかったですね。

それからまもなくして「Wednesday Tokyo Whoopers(WTW)」を立ち上げ、翌年には世界選手権へ出場……。わずか数年の間ですごい変化ですね。最後に、白石さんが今後ドローンを通じて叶えたいことがあったら教えてください。

白石 やっぱり、もっと上達していきたいというのはずっと思っています。いざレースの世界に入ってみたら、1位を狙いたいとも思うようになったし……。それから、子どもがもうすこし大きくなって興味を持ってくれたら、一緒にドローンをやりたいっていうのはひとつの夢かもしれません。いまも、ときどきレースの会場に連れていくと楽しそうにしているので、もしドローンが好きならプレイヤー側になってくれたらうれしいですね。ドローンレースの日本チャンピオンって、いま小学生なんですよ。

えっ、そうなんですか!?

白石 子どもはすごく上達が早くて、大人はすぐに抜かれちゃいます。レース用のドローンって時速200kmくらいのスピードで飛ぶので、なにかにぶつかるとすぐにバキバキに壊れてしまうんですけど、1体あたり5万円くらいするんですね。だからなのか、大人は最初、ちょっと怖くてスピードが出しきれなかったりするんですが、子どもはそんなこと構わずフルスロットルでいけるみたいで(笑)。

それは確かに勇気がいりますね(笑)。白石さんは、CGデザインのお仕事も変わらず続けられる予定なんでしょうか?

白石 そのつもりではあるんですが、まだ自分の中でCGとドローンの仕事をどう両立させていくかは検討中、というのが正直なところです。

ただ、家族のためにもできることはすこしでも多い方がいいと思うので、CGの仕事もやめる予定はないですね。これからは、自分が始めたてのときにいろんな人にドローンのことを教えていただいた分、周りの初心者の人たちにもそれをシェアしていければと思うので、ドローンの講師などもやっていけたらいいな、と思っています。

取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部

お話を伺った方:白石麻衣さん

白石麻衣さん

ドローンレーサー、ドローンカメラマン、ドローンイベントの企画運営、3DCGのデザイナーやディレクター。2017年11月にマイクロドローンコミュニティ「Wednesday Tokyo Whoopers」を立ち上げる。2018年11月にはドローン選手権”FAI 1st World Drone Racing Championship in Shenzhen”にて日本代表チーム初の女性パイロットに選出される。ドローンチームWTW HIVE リーダー。
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