趣味と仕事は切り離さなくてもいい。「マンガ飯」を13年続けてこられた“ゆるくつなげる“生き方

 梅本ゆうこ

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「ワーク・ライフ・バランスを保って仕事も趣味も充実させよう!」なんて、口に出すのは簡単でも、実行するのは難しいもの。仕事が多忙になると、なかなか自分の時間を捻出しづらくなり、それにより仕事へのやる気や生活のメリハリがなくなり……といった悪循環に悩まされている方は決して少なくないのではないでしょうか。

今回はそんな「仕事」と「生活」のバランスについて、「仕事」「日常」「趣味」を“ゆるいトライアングル”でつなげて維持しているという、梅本ゆうこさんに寄稿いただきました。梅本さんはフルタイム勤務の会社員として働きながら主婦として日々の料理をこなしつつ、“マンガ飯”を再現して紹介するブログ「マンガ食堂」を13年続けており、書籍の出版や寄稿、メディア出演なども行っています。

“ゆるいトライアングル”のおかげで人生が楽しくなったという、梅本さんのこれまでを振り返っていただきました。

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「仕事」と「趣味」は切り離した方がうまくいくと思っていた

多くの人にとって「趣味」は、毎日の仕事や生活を続けていく上での活性剤になっているのではないでしょうか。

兼業主婦の私にも、13年続けている趣味があります。それはマンガの中に登場する料理、いわゆる「マンガ飯」を再現し、ブログなどで発信すること。

好きな作品に登場する料理を四苦八苦しながら作っては家族と囲む日々の食卓に並べ、その過程をつづった文章を2008年に開設した「マンガ食堂」というブログで公開しています。

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 『極主夫道』(おおのこうすけ/新潮社)のハンバーグプレート。原作のコマの絵とのシンクロ率高く再現でき満足した一品

しかし13年続けてきたといっても、仕事や家のことで忙しかったり、単に「気がのらない」という理由だったりで、数カ月ブログを放置したことは何度もありました

きっとみなさんにも、仕事が忙しくて趣味の時間が思うようにとれなかったり、それがもとで生活のバランスを崩したりした経験があると思います。

そういうふうに「趣味や仕事のバランスがうまく保てなくて」と悩まれている方はおそらく、趣味と仕事は切り離して、それぞれが干渉しないようにした方が「うまくいく」というイメージを持っているのではないかなと思います。

フィクションの世界でも「表の顔は真面目な会社員、でもプライベートでは誰も知らない別の顔を持つ」“静かなるドン”的な主人公が定番だったりしますし。

私も以前は、趣味と仕事のモードはきちんと切り分けることが、誰にとってもベストなんだと思っていました。

が、続けていくうちに自分の場合は「仕事・日常・趣味」の点を線で結び、たまに形を崩しながらも“ゆるいトライアングル”を維持していくことこそが楽しく生きるコツだと気付いたのです。

日常である「家事」に「趣味」をゆるくつなげた

そもそもマンガ飯を始めたきっかけは、料理にマンネリを感じていたからでした。

実家を出て上京したてのころは自炊が楽しくてたまらず、いろいろなレシピに挑戦する意欲があったのに、結婚して、家族の分も食事を用意することになって、ルーティンとしての家事になると「日々こなすこと」に精一杯

楽しかった料理が義務のように感じ、いつしかレパートリーも固定化していきました。

そんなある日、夕食に安倍夜郎先生のマンガ『深夜食堂』(小学館)に登場する、「牛すじ大根玉子入り」を作ってみようと思い立ちました。主人公のマスターが好きな具材だけで作ったおでんなのですが、たまたま自分の好物と一致していたので、なんとなく真似をしてみたくなったのです。

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 13年前に初めて作ったマンガ飯、『深夜食堂』のおでん(ガラケーで撮影)


マンガを片手にキッチンに立って料理を作り、マンガの世界に浸って食べてみる。

たったそれだけで、言いようのないワクワク感と楽しさが久しぶりにこみあげてきました。

好きな作品に登場したものを、自分の手で現実化できるという興奮。マンガ飯という趣味は、ルーティンに感じていた家事をエンタメに引き上げてくれたのです(ちなみに作中では、「まゆみちゃん」というキャラがこのおでんを最高においしそうに食べるシーンがあります)。

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 12年後に再び再現した『深夜食堂』のおでん(ミラーレス一眼で撮影)

ブログを始めたのは「仕事」もきっかけだった

……という話は、「マンガ飯を作るようになったきっかけは?」と聞かれた際によく答えているエピソードです。が、実はもうひとつ、これまでほとんど話してこなかったきっかけがあります。

それは「勤めている会社の仕事で、ブログについて勉強する必要があったから」。学生時代にホームページを作って遊んでいたWeb1.0世代ではありますが、2008年当時すでに普及しきっていた「ブログ」は未経験だったのです。

どうせ勉強がてらブログをやるなら、自分が今興味のあることを書いてみよう。『深夜食堂』のメニューを再現したのは、ちょうどそのタイミングでした。

そんな経緯で始めたブログでしたが、次第に仕事を忘れてのめりこむようになります。

昔読んだマンガの、記憶に残っている美味しそうな料理の数々。それを思い出しながら再現したり、最近読んで面白かったマンガを紹介したりするうちに、ブログの読者から「私もこのシーン、覚えてます!」「ブログで興味を持ってマンガを読んでみました」といった反応をもらえるようになりました。

自己満足で発信していた情報が、海に流したボトルメールのようにいつか誰かの岸辺に流れ着く。仕事で軽くリサーチしただけでは決して分からなかった「ブログ」という媒体の魅力がつかめたような気がしました。

数年後、今度は動画に関わる仕事をすることになりました。YouTubeなどの動画について調べるうちに、またも「自分でもやってみよう」という気持ちが沸き、マンガ飯を作る過程を動画に撮って公開するようになりました。

また、寄稿やメディア出演の依頼を受けるという経験から、自分も仕事で企業や個人の方に発注する際に「条件は明確に提示した方が分かりやすい」「◯日までにお返事しますと今後の大まかな進行を伝えておいた方が安心する」など、相手の立場に立って「やってほしいこと」が考えられるようになりました。

逆もまた然り。請求書を期限内に送ってもらえるだけでこんなにありがたいなんて……。


「家事」のモチベーションアップのために始めたマンガ飯。そして「仕事」のために始めたブログを通じての発信。それぞれが「マンガ飯を再現してブログや動画にまとめて発信する」という「趣味」とゆるくつながるようになったのです。

「好きなことを仕事に!」しない楽しみ方もある

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 『九龍ジェネリックロマンス』(眉月じゅん/集英社)の香港レモンチキン。女子会の雰囲気を表現するためコーディネートにもこだわりました

「仕事・日常・趣味」の“ゆるいトライアングル”を維持してきた私ですが、こういう趣味を続けていると、必ず聞かれることがあります。それは「趣味(好きなこと)を仕事にしないの?」という言葉です。

素人ながら、ねちっこい情熱で13年続けていると、さまざまなことが起こりました。

出版社からお声がけいただき、2012年にブログが書籍化。大好きなマンガ家・渡辺ペコ先生に書籍の表紙を描いていただいたり、テレビ番組でビッグ錠先生とマツコ・デラックスさんの前で『スーパーくいしん坊』(原作・原案:牛次郎/講談社)の鉄球チャーハンを再現したり、いちマンガファンとしては寿命の縮まるような、貴重な体験の連続でした。

そんな中、書籍化した際に周囲から「“マンガ料理研究家”みたいな肩書きで独立して、仕事は辞めるの?」とからかいまじりに言われたことがありました。

いや、そんなニッチな肩書き怪し過ぎるやろ……というツッコミは別にして、そういうふうに趣味に圧倒的な情熱を注いで「仕事」にする道を選ぶ方もたくさんいます。

しかし私の場合は、相変わらず会社勤めの傍らの趣味として「マンガ飯を再現」しており、肩書きも自ら名乗るときは単なる「ブロガー」としてマイペースに活動を続けています。

「趣味」が「仕事」になると、マンガを読むことも、マンガ飯の再現も、ブログを書くことも、全て「必ず実行しなければいけないタスク」になってしまうからです。

独立するほどのスキルも度胸もなかった(そして肩書きがニッチすぎる)のも理由ですが、“ゆるいトライアングル”を維持するために、あえて「趣味」の分量を増やしすぎず、あくまで「趣味」にとどめたからこそ、束縛なく自由に、そして長く続けられてこられたのだと感じています。

「仕事」と「プライベート」の越境は大なり小なり誰にでもある

趣味と仕事、日常をゆるくつなげるというスタンスを続ける中で、私が気にしていたのが「趣味を周囲にオープンにするかどうか」でした。

もともと職場で自分の趣味について話すことはあまりなく、聞かれても「読書」とか「映画鑑賞」のように当たり障りのない回答をするのみでした。

飽き性ということもあり「マンガ飯の趣味も短期間ですぐやめちゃうかもしれない」と、同僚だけでなく家族にもしばらくは内緒にしていました。たまに理由もなくよく分からないメニューが食卓に並ぶので、夫は怪訝に思っていたことでしょう……。

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 食卓にしれっと出していた『美味しんぼ』(原作 雁屋哲・作画 花咲アキラ/小学館)の黒砂糖の水餃子


しかしさすがに13年も同じ趣味を続けていると、隠しきれるものではありません。

そこで、ふと家族にも職場にもオープンにしてみたところ、意外にいい影響が出てきたのです。

夫は過度に干渉はしないものの協力的で、撮影用にお古のカメラをくれたり、食材の買い出しにもつきあってくれたりするようになりました。

職場では同僚とおすすめのマンガについて情報を交換し合ったり、マンガに関する知識が必要な仕事を頼まれたりすることもありました。

もちろんこれはケース・バイ・ケース。自分の場合はたまたま周囲に濃い趣味を持つ人が多く、理解の得られる環境だった、というだけです。環境が違えば公にせず、クローズドな趣味として楽しんでいたでしょう。

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 『スーパーくいしん坊』のアイス弁当。氷の容器を再現するのに苦労しました

私の場合はたまたま趣味と仕事が繋がりやすかったのですが、直接的な関連性がなくても、例えば「仕事で覚えたExcelを使って家計簿をつける」「会議のファシリテーション技術を人間関係に生かす」など、仕事とプライベートの越境は大なり小なり誰でもやっていることだと思います。

仕事をする自分もプライベートの自分とつながっていて、双方向に影響している。そう考えるだけで、義務に感じるような作業もちょっとだけ主体的に楽しむ余裕が生まれてくるのではないでしょうか。

ちなみに私は最近、よりマンガの世界観に近づきたい、それを残したいという思いから、テーブルフォトの趣味を併発してずぶずぶとハマっています。二次創作に熱中して写真に行きつくのは、コスプレやフィギュアと同じですね。台所に料理道具だけでなく、撮影用の機材や小道具が増えていく……。

「マンガ食堂」梅本ゆうこさんの「仕事」「日常」「趣味」の“ゆるいトライアングル”論 テーブルフォトの撮影風景。「食卓のコスプレ」と呼んでいます

しかしこの経験も「なにか」につながる日がやってくるかもしれません。

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ネットではマンガの料理を作る梅本ゆうこという人格を持っているけれど、会社では中堅社員だし、美味しいものとマンガが好きでだらだら暮らしている40代でもある。

それぞれの場面の自分をそれなりに気に入っているからこそ、ゆるいトライアングルをキープする生活を選んだのかもしれません。


トライアングルはきれいな正三角形を描いていることもあれば、「日常」や「仕事」に追われていびつな二等辺三角形になる時期もあります。形にはこだわらず、時にはバランスを崩しながらも、ただゆるやかに維持することが自分らしい生き方なんだ、と13年を振り返って感じています。

著者:梅本ゆうこ

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1979年大阪府生まれ、関東在住。 会社勤めのかたわら、2008年よりブログで漫画に登場する料理(マンガ飯)の再現に取り組む。2012年にリトルモアより書籍「マンガ食堂」を刊行。

ブログ:マンガ食堂 Twitter:@pootan

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編集/はてな編集部