ここ数年、巷では空前のキャンプブーム。ひとりで身軽にキャンプを楽しむ人も多くなり、女性キャンパーたちのコミュニティも広がりつつあります。
イラストレーター・キャンプコーディネーターのこいしゆうかさんは、2009年ごろ、女性ひとりでもできるキャンプの楽しさを発信するコミュニティやブログを「女子キャンプ」と名付け、現在のブームに至る道筋をつくった方。こいしさんは、キャンプを始めとする自身の「好き」を仕事にするために、コツコツとストイックな努力を続けてきたと語ります。
そんなこいしさんのこれまでと、「好き」を仕事にしたからこそ見えてきたことについて、お話をお聞きしました。
ゲームと漫画大好きなインドア派が、キャンプにハマるまで
こいしゆうかさん(以下、こいし) そうなんですよ。子どもの頃からずっとゲームと漫画が好きで、完全にインドア派でした。キャンプと聞いても、初めて同僚に連れていかれるまでは「家族が子どものために行くもの」というイメージでした。
こいし はい、まったく違ったのでびっくりして。アクティブな人たちしかいないと勝手に思っていたんですが、いざキャンプ場に着いてみたら、大人だけが少人数で集まって各々好きな時間を過ごしていたり、老夫婦ふたりが景色を見ながらのんびりコーヒーを飲んだりしていたんですよ。それを見たときに、キャンプって「動」というよりも「静」に近い、大人の遊びなんだなと思って。
自然の中でピクニックをする、みたいなことはもともと好きだったし、お酒を飲んでそのまま泊まれるのもすごくいいなって思いました(笑)。その初めてのキャンプが2007年とか2008年頃なので、もう12、3年前とかになるのかな。
こいし そうですね。ただ、キャンプって楽しい、もっと行ってみたいなと感じたんですが、女性がひとりでするにはいかんせん道具が大きいし重過ぎるなと……。それでインターネットでいろいろ調べていたら、バックパックひとつでもキャンプができるということを知って。それならもっと行ってみたい! と思ったんです。けれど、最初からひとりで行くのはちょっと不安だったので、その気持ちを共有できる人たちと一緒にキャンプできたらいいな、と思ったんです。
そこで、当時流行っていたmixiで「女子キャンプ」というコミュニティを立ち上げてキャンプを企画したり、同時に自分のブログを作ってキャンプのことを発信したりしていたら、うれしいことに徐々に人が集まってきて……というのが今の活動のはじまりです。
女子キャンプの様子(photo:INOMATA SHINGO)
「好き」を仕事にするまでのギリギリな日々
こいし いえ、その少し前に勇気を出して初めてオフ会に行ってみたんですが、それがとても楽しい時間だったんです。そこで、インターネットの力ってすごいなって感じたんですよね。……私、当時は新卒で入った会社で営業事務をしていたんですが、ほとんど外に出ることもないデスクワークで、正直やりがいもなくて。
定時に帰れるいい会社ではあったんですが、毎日会う人も同じだし、世界が広がらないことに悶々としていたんです。よく覚えてるのは、当時家から会社までの道に公園があって、そこに1本だけ桜の木が立っていて。新卒で1年働いた翌年の春にその桜を見たときに、「私この1年なにしてたんだろう……」ってすっごい虚しくなっちゃって。
こいし 絵の勉強をするのが先決だな、と思ったんです。大学4年の就活時期よりも前から漠然とクリエイティブな仕事に就きたいとは思っていたんですが、具体的に何か、ということまでは決めきれなくて。ただ、いつかエッセイ漫画のようなものを描いてみたい、という気持ちはありました。大学は絵に関して学ぶ学部じゃなかったので、働きながらイラストの学校に通おう、そのためにはきちんと定時で上がれる会社に入ろうと決めたんです。実際に、仕事が終わる17時以降はイラストの学校に通っていました。
こいし イラストレーターになりたい、というよりかは、どちらかと言うと、私の場合は「好き」を仕事にしたいという気持ちが大きかったと思います。もともと漫画とイラストの中間のような絵が好きで、いわゆる本の挿絵を描くようなイラストレーターになるにはあと20年はかかるなと感じていました。イラスト学校に通っていたときに投稿したエッセイ漫画が一度だけ小さな賞を受賞したことがあって、(エッセイ漫画が)自分に合っているのかなとは思ったんですが、それでやっていくにしても特に描きたい題材がないな……というモヤモヤもありましたね。
長年絵を描くこと以外に好きなものがなかったので、自分が表現したいことってなんだろう、とずっと悩んでいた気がします。だから、そのときにちょうどキャンプを好きになっていったことで、「あっ、これかもしれない!」と思って。
こいし 「女子キャンプ」という名前をつけて活動を始めた2009年ごろは、やっぱりまだ女性がひとりでキャンプをするというのが珍しかったみたいで、女子キャンプを特集したいという雑誌やテレビ番組から声をかけていただくことが徐々に増えてきていたんです。
キャンプの仕事で呼んでいただいたときに「イラストも描けます、お仕事ください!」とコツコツ営業をしていたら、ある雑誌でキャンプ関連のイラストの連載をもらえることが決まったんです。ありがたいなと思って、それですぐに会社を辞めました。
こいし そうなんです、連載ひとつのギャラしかなかったので信じられないくらい貧乏だったんですけど、自分を追い込まないと! と思って(笑)。連載をもらうタイミングとほぼ同時期に実家からも追い出されていたので、貯金を切り崩しつつ、お仕事をもらえるよう営業して……という、めちゃくちゃギリギリの生活をしていました。
でも、時間だけは有り余っていたおかげで、この時期は日本全国にキャンプに行けたのは本当によかったです。あの暇だった時間が、確実に今につながっているなとは思います。
キャンプという遊びが価値のあるものだと知ってほしい
こいし イラストに関してはもちろんいつか仕事にしたいとは思っていたんですが、キャンプの仕事に関しては、自分自身も驚いていますね……。漫画『ゆるキャン△』やYouTubeのキャンプ動画の影響が大きいと思うのですが、ここまでのブームになるのは誰も予想していなかったことだと思いますし、本当にすごいなと感じます。
ただ、キャンプを通じて出会った方々がみなさん気持ちのいい素敵な人ばかりだったので、いつか、この出会いを作ってくれたキャンプに恩返ししたい、という使命感みたいなものは途中から感じるようになりました。今のようにキャンプコーディネーターとしてイベントなどをさせていただくようになって、キャンプに対する意識が変わってきたのはここ3〜4年です。
こいし 「女子キャンプ」と銘打ってキャンプを広めてきた責任がある、と勝手ながら感じていて。活動を始めたばかりの頃はキャンプをしたい女性に見つけてもらいやすい名前ということで「女子キャンプ」と名づけたのですが、キャンプを楽しむのって、本来はジェンダーフリーなものだと考えています。そういう面も含めて、キャンプコーディネーターとして、キャンプに対する考え方をきちんと表明していかないとと思うようになりました。
具体的には、講習会やトークイベントの数を増やして、キャンプのルールやマナー、自分の思うキャンプの真髄などについても発信する機会をつくるようにしています。これまでは「楽しいよ!」と言うだけでもよかったかもしれませんが、現在のようなブームになってくると、キャンパーによってゴミが散乱したり焚き火で野原が燃えてしまったり……といった問題も出てきているので、それはだめですよと伝えなきゃいけない。
こいし そうですそうです。私はキャンプを通して人生が豊かになったという実感があるのですが、それだけじゃなく、キャンプで自然のことを初めて知ることができた、という気持ちが大きくて……。大きなことを言うようですが、キャンプってただの遊びではないと今は思っているんです。自然のもとで1日を過ごす機会ってなかなかないので、キャンプをしていると普段は見えていないものがいろいろ見えてくるんですよ。
こいし 例えば、岐阜県から三重県にまたがる長良川のそばでキャンプをしたときに川の水がすごく綺麗だなあと思ったんです。その後、お仕事で地元の方にお話を聞く機会があったんですが、川の麓(ふもと)のほうで伝統工芸の和紙をつくっていらっしゃる方々がいるということを知って。その和紙が黄ばまずに真っ白に仕上がるのは川の水が綺麗だからだと聞いて、自然環境が人の暮らしに直結しているということを実感したり。そういうことって、なかなか普段の生活では意識しないじゃないですか。
こいし もちろん、キャンプに初めて行く方は「川が綺麗!」って感じるだけでも素敵な体験だと思うのですが、少なくともキャンプのことを発信する側である自分はもっと深く考えないと、と思います。キャンプをする方に、自分たちの遊びがとても価値のあるものだと少しでも気づいてもらえたらいいなと思うんです。
「好き」が人生を変えるかもしれないことを、漫画で伝えていきたい
こいし そうですね。キャンプをきっかけに、自分は好奇心が「描きたい」という気持ちにつながるタイプだと気づいたので、興味を持ったことは自分で持ち込み企画として出版社さんに提案したり、逆に「やってみませんか」とご提案をいただいて新しい趣味を始めてみたり……というふうに幅を広げてきました。今はワインにはまっているので、毎日ワインを飲んでいろいろ勉強しつつ、ワインの本を制作しているところです。
こいし キャンプの仕事に関しては、先程お話ししたような使命感もあるので、引き続き発信を続けていきたいと思っています。イラストレーターとしては、現在は監修者の方ありきのエッセイ漫画を描かせていただいているケースが多いので、自分自身のことを描くのが目下の大きな目標だなと思っています。
……個人的に、エッセイ漫画を通してずっと伝えたいなと思っているのが、趣味ひとつで人生は豊かになる、ということです。私自身はずっと「好き」を仕事にしたかったタイプですが、新卒の頃の自分がそうだったように、仕事は仕事、と割り切れない人もたくさんいると思うんです。
こいし 私のキャンプ友達にも、「働いてるとき以外の時間は全部充実してるわ」ってよく言う人がいるんです。でも、彼女は趣味に没頭しているときは本当に幸せそうなわけです。そういう友達を見ていると、趣味は本当に人を救うものなんだなと思って……。
もちろん、自分には趣味がないと感じている方もいらっしゃると思いますし、それ自体は決して悪いわけではありません。ただ、誰しも、ちょっとだけでも「好き」と感じるもの、好きから趣味になっていくものってあると思うんです。
私自身が好きなことに人生を変えてもらった人間なので、そういう趣味の可能性に気付いてもらうきっかけに……というのももちろんあるんですが、自分の「好き」を誰と比べるわけではなく素直に認めてあげることが人生を豊かにすることだってある。そんなことに気付いてもらえるような漫画を描いていけたらな、と思います。
取材協力:Cafe Hammock
取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
お話を伺った方:こいしゆうか さん