話を伺ったのは、2010年に開業したゲストハウス「1166バックパッカーズ」の店主・飯室織絵(いいむろ・おりえ)さん。
この10年の善光寺門前エリアにおける街の変化や、門前エリアへ人が集まる理由についてお聞きしました。
飯室織絵さん
兵庫県出身。大阪で水族館、海外で現地ガイド・雑誌編集、上高地で旅館勤務といろいろかじった20代。その先の人生を考えたときの選択肢のひとつだった宿を2010年10月スタート。聞くこと、書くことにも興味あり。共著に『まちのゲストハウス考』(学芸出版社)、季刊誌&WEBの『Biotope』にてインタビュー記事『イイムロがいく おしかけ職場探訪』連載中
「空き家見学会」から広がる街への興味
「1166バックパッカーズ(以下、1166)は門前エリアのリノベーション物件のなかでも、特に長く続いているお店のひとつですよね。このあたりのお店の遍歴について教えてください」
「まず、1166の開業する随分前にナノグラフィカが始まっていて。そして2009年にこまつや、マゼコゼ、カネマツなど、門前周辺で同時多発的にお店がはじまる流れがあり、1166はその後2010年にオープンしました」
「いまも続く人気のお店や施設ばかりですね」
「そこからどんどんリノベーション物件の店が増え、『古き良き未来地図』によると、2012年時点で約30店舗、2021年現在は80店舗くらいまで増えているようです」
「このエリアだけで80店舗ってすごいなあ」
「企画・編集を行うナノグラフィカがプロデュースする『空き家見学会(※)』も、ちょうどその頃にスタートして。私も見学会がきっかけで物件を見つけて、宿をはじめたんです」
※空き家見学会・・・門前にある賃貸可能で見学可能な物件をめぐるイベント。長野市城山公民館からの委託事業として「長野市門前暮らしのすすめプロジェクト」の一つとして始まった。月1回実施され、2021年5月で110回目の開催となる
「『空き家見学会』は今も定期的に開催されていて、10年以上続いていますよね。飯室さんのように、お店をはじめたい人が参加しているんですか?」
「それが、参加者はお店をやりたい人に限らなくて。ちょっと変わった街歩きをしたい人や、遊休不動産の利活用を考える行政の人も増えているのではないでしょうか」
門前での暮らしの様子やリノベーション事例を取り上げた冊子は、街のアーカイブ資料としても役立っている
「たしかに門前って味のある古民家が多いから、街歩きしたい人の気持ちもわかるかも……!」
「空き家見学会の流れもあり、小さな空き家や空き店舗を自分たちで改修して開業する人が多いですね。新しいお店もどんどん増えて前例がたくさんあるし、『あのお店みたいな感じでやりたい』ってイメージがつきやすいんじゃないかな」
「ロールモデルとなる店舗がたくさんあると、先輩たちに話を聞くことができそう!」
「空き家見学会の道すがら、参加者の皆さんが1166をのぞきに来られたこともありました」
「エリア内に1〜2年で辞めずに続けている店が多ければ、大家さんの側も貸すことに勇気が出るはず。『うちの空き家も、誰かリノベーションして使ってくれるかも』と思えるんじゃないかな」
「地域のなかで、貸し手と借り手のいい循環が生まれているんですね」
「そうかもしれませんね。あとは倉石さんの存在も大きいはずです。倉石さんのUターンと同時期に私も長野に来たので、開業時から物件探しや施工などでお世話になっています」
「不動産仲介とリノベーションの会社『マイルーム』を経営している方ですよね」
「そうそう。倉石さんは大家さんと借り手の間に立って、夢見る借り手がいざ開業したときに長く続けられるように現実を伝えてゆくこともしているんだと思います」
「私がいま住んでいるのもマイルームの物件なんです。いろんなキーマンがいて、門前エリアの活気が生まれているんだなあ」
宗派を問わない善光寺と長野五輪開催が生み出した、門前のオープンな気質
「飯室さんがお店を始めたとき、街の人はどんな反応だったんですか?」
「ありがたいことに地域住民の方は、宿を開くことにウェルカムな雰囲気でした。その気質って、やっぱり善光寺さんの存在によるところも大きいと思います。善光寺さんは古くから女性にも開かれ、宗派を問わず誰にでも開かれたお寺ですし、入り口が全方位にあって24時間通過できる、庶民のお寺ですもんね」
「善光寺自体がオープンな気質を持っていたんですね! 街に蔵や歴史あるお店も多いし、商いをする人も昔から多かったんだろうな」
「そうそう。あとは1998年に冬季長野五輪が開催されたので、海外の人が来ることにも慣れていますよね。門前エリアに住む人は『よその人が来ることはよくあること』って感じているんじゃないかな」
「なるほど! 善光寺と長野五輪、ふたつの要素がうまく掛け合わさって、今の門前エリアのオープンな雰囲気があるんだなあ」
「1166を開業してから、この10年で観光客の変化はありましたか?」
「街のことを知りたい、という人が多くなったかもしれません。でもそれは客層の変化というより、うちの発信の仕方が変わったから感じるのかも」
「発信の仕方が変わった、とは?」
「開業当初、このあたりのゲストハウスがうちだけだったので、ホテルと比較して安価だからうちを選ぶゲストも多かったんです」
「ゲストハウスは3,000円台から泊まれますもんね」
「でも開業から数年経つと、門前にいくつかゲストハウスもできはじめて。最安値じゃなくなると、本来1166の目指していた『旅人同士や地域住民との交流』を目的にした旅行者が増えました」
「なるほど。それで街のことに興味がある人も1166に来るようになったと」
「『1166に泊まりたくて、長野に来ました』と言ってくださる方も増えてきたので、ありがたいですね」
約60日の期間中、来訪者は数百万人! 2022年「善光寺御開帳」に向けて
「来年は善光寺の御開帳(※)も控えていますよね。私は長野市に住み始めてから初めての御開帳なんです。とにかくたくさん人が来ると聞いているのですが、どんな雰囲気になるんですか?」
※善光寺の御開帳(ごかいちょう)……数え年で7年に1度行われる秘仏の開扉が行われる儀式。期間中は全国から数百万人の参拝者が訪れる。今回2021年に実施予定だったが、新型コロナの影響で2022年に延期
「御開帳は本当に特需ですよ(笑)。以前の期間中は、うちもずーっと満館でした」
「7年に一度の特需!」
「前回の御開帳のタイミングでは、周辺のお店の店主で集まって勉強会をしたんです。『そもそも御開帳ってなに?』という基本的なところから、どの道が混むとか、なにを準備したらいいのか情報共有を行いました。御開帳を経験していないお店は多いので、また勉強会の機会を設けられたらいいなあと考えています」
「街が一丸となって備える雰囲気、すごくいいなぁ」
「かつては、月1回『もんけん(門前研究会)』という集まりもありました。門前の住人や店主、はたまた旅人なんかも集まって、今考えていることや困りごとなど近況報告をしていたんです。県知事が来られたこともあり、地縁のない私にとっては地域と関われる重要な場でしたね」
「へー! そんな会があったんですね。暮らしの困りごとってなかなか相談できる相手がいないので、いい機会だなあ。今は実施されていないんですか?」
「そうなんです。きっとだんだん店舗数が増え、エリアとして成熟したことで各自で関係性が築けるようになったからかもしれないですね。改めて、オンラインで開催してもおもしろそうだなぁと思っています」
「わ、開催されたらぜひ参加したいです!」
おわりに
善光寺のお膝元として、1998年の冬季長野五輪、7年に一度の御開帳と大きな人の流れを何度も経験してきた門前エリア。
この地で活動する人は、古い街並みが醸し出す魅力はもちろん、住民のオープンな気質に惹かれるのだと飯室さんの話を聞いて改めて感じました。間違いなく、私もそのひとり!
街歩きをし、お店の人と話すだけでもその門前らしい居心地のよさを感じることができるはず。ぜひ一度、ゆっくり街を歩いてみてくださいね。
首都圏の方も、コロナが落ち着いたらぜひ遊びに来てもらえるとうれしいです!
※記事で紹介している情報は、すべて2021年5月現在の内容です
〈「善光寺の門前エリア」観光スポットMAP〉
☆記事の最後にある画像ギャラリーで、柿次郎による「長野駅周辺のおすすめスポット6選」も紹介しています!
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画像ギャラリー
この記事を書いたライター
1990年長野県佐久市出身。2017年よりフリーライターとして活動を始めた。どこでも地元メディア「ジモコロ」などウェブメディアを中心に執筆を行う。2018年4月に「やってこ!シンカイ」の店長になり、佐久市から長野市に引っ越す。2020年に出産し子育て&仕事の日々。