「ブックブックこんにちは! この番組は……」

「東京・神楽坂『かもめブックス』の僕、柳下恭平と!」

「札幌・北18条『Seesaw Books』の神輝哉。僕たち二人の書店店主が、毎週水曜日に、好きな本のことを話す30分のpodcastプログラムです。柳下さん、よろしくお願いします!」

「はい、今日もよろしくお願いします! いつもは僕たちの声で聴いていただいていますが、今回は文字だけで伝えます。みなさん頭の中で想像しながら読んでくださいね」

いつもはオンライン収録だが、東京で珍しく対面収録

「本紹介をする番組なはずなのに、なぜか雑談が人気なんですよね(笑)。いつもは『すすきのストリートニュース』『歌舞伎町ストリートニュース』というコーナーで酒場のゴシップを話したり、『業界格言のコーナー』としてリスナーのみなさまが働くそれぞれの業界での格言をご紹介したり」

「『神輝哉の最近クッキング』という、神さんが最近作った料理について話すコーナーもお気に入りですけどね!」

「今回、いつも通りの『ブックブックこんにちは』をテキストで始めようと思っていたんですよ。ところが、ちょっと予想外の流れになりまして……」

 

最近の「貧困」は、見た目でわからないからこそ闇が深い

「僕たちは神楽坂と札幌、それぞれの街にいるので、ビデオ通話で繋いでリモート収録をしているんです。さて、時間通りに収録始めようぜ! と思ったら、予定していた20時に神さんから『ちょっと遅れます!』と。そういう時ってだいたい、現場対応ですよね」

「そうなんです。僕は『Seesaw Books』という書店をやりながらその2階ではシェルターを、併設している建物ではゲストハウス『UNTAPPED HOSTEL』を運営しているんですよ。今日は急遽シェルターに入る人がくるということで、いろいろ対応に追われていまして」

Seesaw Booksの軒先で行われた炊き出し「おおきな食卓」。寄付でいただいたじゃがいもや生活用品などを配布している様子

「その流れも汲んで、今回のテーマは、神さんが肌で感じている世界、とくに貧困について、かなぁ。僕も神楽坂の『かもめブックス』の軒先を、『夜のパン屋さん』という取り組みに貸していて。

これは料理研究家の枝元なほみさんが声をかけ、『ビッグイシュー日本』が運営しているパン屋さん。街のパン屋さんの売れ残りをお預かりして、セレクトショップとして販売する仕組みです。ホームレス状態の方や生活困窮者の方が販売することで、働く場所を作ることにも繋がっているという。ただ、神さんが肌で感じていることの方が当事者としてリアルなんだろうなぁ」

「いやいや。柳下さんのおかげで『夜のパン屋さん』を札幌でも始めることができました。これは北海道でも大きな流れになっていくんじゃないかなぁ」

「いやー、大切なテーマだなあ! 僕ら、つい世界について考えちゃうんだよな。根が真面目だから!」

「これを聴いてくれているみんなにも、知って、いろいろ考えてほしいなあ」

かもめブックス軒先で開店している「夜のパン屋さん」

「話を戻すと、シェルターに入る方の連絡って、こういう夜の時間帯も多いんですか?」

「基本的には15〜17時くらいが多いんですけど、今日は遅かったですね。うちは絶対に断らないという気持ちでやっているので、できるときにはなるべく受け入れるようにしています」

「なるほど。受け入れていて感じる傾向って何かありますか?」

最近は若い子が多いですね。今は10代後半から20代前半が多いかな。

うち、もともと宿だった施設を変えてシェルターにしていることもあって、ドミトリーなんですよ。だから男性が入ったら男性だけ、女性が入れば女性だけになるというフレキシブルな場所で。今は女性用のシェルターという形になっていますね。だから、制度とかの合間で身動きが取れなくなってしまっている人もOKにしているんです」

「そっかぁ。女性、しかも結構お若い方が多いんですね」

「ソーシャルワーカーの方と話していても、若い方が多いそうです。昔から『若くて跳ねっ返りで居場所がなくなっちゃう』という話はあるんですけど、シェルターに来るのは何かしらの事情があって、家庭環境や親の虐待などの問題を抱えている人だったりする。昔の貧困と質が変わってきているような気がします

「へえ! どう変わってます?」

「たとえば、50年前の貧困って生死に関わる飢えも多かったと思うんですが、今はスマホも持ってはいるんですよ。靴や服など着るものもある。お腹を空かせている子はいるかもしれないけれど、飢えていてもその気になればいろいろセーフティーネットがあったりする。でも、その一見したときのわからなさがゆえに、闇が深いというか

「たしかに、それこそ東京・歌舞伎町だと『トー横キッズ』みたいな言葉がつけられていますけど、その近くの喫茶店なんかで支援をする人たちが若い子たちに状況を面談している光景は見かけたりします。でもたしかに、歩いている様子だけでは誰が支援を求めているかはわからないもんなぁ」

「もちろん、僕もすべての現場を見たわけではないので、あくまで僕が感じたまわりの印象論になっちゃうんですけどね……」

 

シェルターに住む18歳の女の子の「言葉との向き合い方」

「さて、今日の収録なのですが、実はいつもよりテンションがアレな回です。やっぱり『ブックブックこんばんは』になるときもあるよねという」

「いや、『こんにちは』じゃなくて『こんばんは』のテンションになるときは、だいたい僕の方の事情なんですよね……」

「あはははは!」

二人仲良くコーヒーフロート

「柳下さんはいつも同じテンションでやってくれるのに、僕の方はブレがある。リスナーのみなさん、ごめんなさい! でも、人生って両面あるじゃないですか(笑)」

「そりゃ、ありますよ! なんで『こんばんは』なテンションかっていうとですね、今回はさっきまで、まさに収録を始める前に小一時間ほど、神さんのシェルターにいる18歳の女の子と3人で話していたんです。

彼女、かなりの読書家でしたね。金髪で頭のところが黒くなりかけていたので、便宜的にプリンちゃん(仮名)と呼ばせてもらいますけど」

「プリンちゃんは、もとからシェルターにいた子なんですよ」

「話を聞いていると、聴覚過敏ということもあって、映画よりも本の世界にのめり込んだと。乙一さんにはじまり、湊かなえさんとか、現代の日本人の作家さんが多かったですけど。ハリーポッターも音に敏感なので映画は見れないけれど、小説は読んでると言ってましたね」

「ノリもすごくいい子なので、ラジオの収録すると言ったら『私も行っちゃおうか?』みたいな」

「小一時間話しただけですけど、彼女の知性をすごく感じたんだよなぁ。ずっと座って勉強するタイプの学力という意味での知性ではないかもしれないけれど、たとえばヒップホップが好きだそうで。その曲を聴くときに、歌詞を書き写して、それをずっと読んでいたり。いきなり真理にたどり着く『ギャルの知性』を感じたなあ」

「僕もびっくりしたんですけど、一度プリンちゃんが『Seesaw Books』の本棚を眺めながら『あ! めっちゃ好きな本あった!』と取り出したのが『13歳から知っておきたいLGBTQ+』(アシュリー・マーデル著 / 須川綾子訳 / ダイヤモンド社刊)だったんです。

LGBTQ+って、だいぶ知っている人が増えてきたにせよ、僕ら40代でも、ある程度意識を向けていないとまだまだ遠い世界のことと思っている人が多いはず。それを、18歳の女の子がこんなに当たり前に『面白かった!』と本棚から出してきたことに、その世代のリアリティを心から感じたんですよね」

Seesaw Booksの店内

「プリンちゃん自身が朧げに感じていたセクシャリティについての概念に、それぞれ名前がついているということを索引で知って、素敵だとも言っていましたね。新しい言葉を知ることで世界が広がる、その本の読み方、素晴らしいなと思って」

「僕、そこ結構グッときました」

「彼女も家庭環境で、辛い目にも悲しい目にもあってきたかもしれない。その彼女が、自分の概念が言葉になっているということを本から発見するって、すごいことだなぁと。ある人は会話の中から、ある人は映画や音楽の中から言葉を見つけるのかもしれないけれど、彼女にとっては本がその入り口なんだな、と思いましたね」

「それこそ、本の力というか、文章の力というか。それを感じさせてくれる発言でした」

「聴覚過敏という特性もあるんでしょうけれど、彼女には言葉や文章を読むということの適性をすごく感じたんですよ。もしかしたら、図書館だったり本屋だったり、本棚のある場所というのがセーフティーネットになっていたんだな、と」

「本で救われることもありますよね。もちろん、本で救えないこともあるけれど。でも、本屋をやっててよかったなあ」

 

神セレクト『独立国家の作り方』坂口恭平著

「センチメンタルに酒を飲みながら話したい話題になってきましたが、一応ブックブックしますか。テーマ決めて本を選んで話すっていう、番組の主旨を忘れてました!」

「そしたら、いつもはリスナーさんに向けて選書するんですけど、今回はわがまま企画でもいいですか?」

「もちろん!」

「今、シェルターに入っている18歳の女の子、プリンちゃんに贈りたい本、でいかがでしょう」

「そうしましょう! ということは、神さんはもうおすすめの本が決まってるんでしょう?」

「はい。坂口恭平さんの『独立国家の作り方』です。いろいろなところが詰まってしまっているようなこの時代の中で、自分の居場所を勝手に自分たちでつくろうぜっていう。独立国家を作っちゃおうぜというのは比喩でもあるけれど、この本の中では現実的な対処の方法とかが書いてあるので、面白く読めるんじゃないかなと」

「坂口恭平さん、最近絵を描いていたりするじゃないですか。そのいろんなアウトプットの中には、エロス、つまり生きるということもあるんですけど、タナトス、つまり死生観にも近い人な気がしていて。彼の生きるものの中から、何か感じてもらえるかもしれないですね」

「たしかに。坂口恭平さんの本は全部おすすめかも。『苦しいときは電話して』とか。でも今回はポジティブというか、やってやるぜというタイトルの本ということでこの一冊を選びました。いつかプリンちゃんがアウトプットしたものも、見てみたい気持ちもありますね」

「まぁ、坂口恭平さんは『恭平界』の中で頂点に立っている方なので」

「恭平界……? あ! そうだ! 柳下さんと同じ『恭平』だ!」

「やっぱり、柳下恭平としては、坂口さんはただただ眩しいですね。坂口さんは『恭平界』のトップ、僕はボトムですから」

「自分をすぐ下に置くんだから(笑)」

 

柳下セレクト『パパ・ユーアクレイジー』ウィリアム・サローヤン著

「柳下さんは何を選んだんですか?」

「伊丹十三さんが翻訳をした、『パパ・ユーアクレイジー』という小説です」

「プリンちゃんの話を聞いていて、読むことも、書き写したりすることも含めて、本当に文字に親しんでいる人だなと思ったんです。音楽も井上陽水さんから最新のヒップホップまで幅広く聴いていて、それらの歌詞をとにかく書き写して、自分の骨身に、そして魂に削り込むということをしながら聴いている。

これは僕の推測ですけど、本を読むということが、彼女にとっての独立国家みたいなものだと思うんですよ。それが彼女の読書な気がしたんです」

東京で収録した翌日、かもめブックスを訪れた神さん

「そんな彼女にこの本をおすすめする理由が気になります」

「この本は、文章を書くということをはじめて、人生が変わっていく10歳の子どものお話です。実は文章を書くということは、読むということの裏表で。それも自分の世界の作り方だという気がするんです。

『世界に恋をしていなきゃならない』それが文章を書くために大切なことだ、と、その子どもは教わり、文章を書いていく、『善いものはすべて愛から発する』という作中の言葉を、プリンちゃんに読んでもらいたいなって思って、この本を選びました」

「うんうんうんうんうん。ああ、いいですね。もしね、何かのきっかけで彼女が文章を書くことになったら、ぜひ読んでみたいです」

 

おわりに

「さぁ、そんなわけで! 我々『ブックブックこんにちは』はですね、今回のように真剣なテーマで考えることもあれば、とても文字にできないようなおふざけエピソード合戦になることもたくさんある番組です」

「あはははは! たしかに、最近のはなかなか書き起こせないな」

「でも今回は僕、とってもしみじみできました」

「うん、僕も」

「エンタテインメントみたいに聞こえたら申し訳ないし、そういうつもりはないんだけれど、僕は、自分自身を振り返る時間になったというか。いや、それにしてもしんみりしすぎちゃったかも。反省! これを読んでくれている人の中で、30%くらいは次回も読んでくれたり、番組を聴いてくれたりするのかな……」

「でも、両A面って考え方もできますよ! ポップな回と、真剣な回。ダブルサイド!」

「そうだ! 僕たち、ダブルサイダー!」

1周年記念では特製カセットテープを制作

「では次回もお会いしましょう。かもめブックスと!」

「Seesaw Booksの!」

「ブックブックこんにちは、でした!」

 

☆Podcast『ブックブックこんにちは』は以下のURLからどうぞ!
https://lit.link/bookhellobook

構成:山本梨央