「普通」ってむずくない?

どうして「普通」にできないのっ!?

「普通」にしてくれたらいいのに!!!!

なんて、もしかしたら誰かに言われたことがある人もいるかもしれないですが、私もそのひとりです。

その言葉を聞けば聞くほど……

 

 

「普通」がわからなくなる〜〜!!!!

ポケモンのベロから失礼します、ジモコロ編集部の徳谷柿次郎です。

私は昨年、検査で発達障害グレーゾーン、特にASD(自閉スペクトラム症)の傾向があると診断されたことがありました。度合いは人それぞれで個性の範疇だと自認していて、振り返れば10代では生きづらさや社会に適応できない瞬間が多々あったなぁと。

これは「発達障害の特性が見られるけど、診断基準には満たない状態」を指します。

その名の通り、黒でも白でもない、グレーゾーンです。

「自閉スペクトラム症(ASD)」は、コミュニケーション・対人関係の困難とともに、強いこだわり・限られた興味を持つという特徴がある発達障害です。「スペクトラム」とは、「連続している」という意味で、ASDには、自閉症・高機能自閉症・アスペルガー症候群などが含まれます。

(NHK『きょうの健康|仕事でトラブル続出も 大人の発達障害 「こだわりと孤立 ASDの特徴と対策」』より)

私は人があまり気にかけないようなところが気になるという神経過敏な性格です。自分の納得できる領域で、物事の段取りを組むのは超得意。好きなことは細部にまで意識を配れる。その点、編集者としての素養があったのかもしれません。

10代の頃は我を忘れて朝まで本棚の漫画の並びを入れ替えたり、PCに取り込んだ楽曲の曲名を手打ちする作業はお手の物。ヒップホップの楽曲によくある「.Feat」の表記を「.feat」に置き換える作業に関しては、数千曲が対象でもやり遂げるような謎のこだわりがありました。

ただし、段取りを乱されることに高ストレスを感じますし、誰かの正解を押しつけられると発狂しそうになります。自分の世界が強すぎるあまり、他者にその特性を理解されないことも……。

 

いまでは自分の個性を発揮できる環境なので生きづらさは感じていないものの、ジモコロのローカル取材で出会う強烈なキャラクターの人たちと共通する何かがあるんじゃないかと思っています。

今回、福島県南相馬市にある話題のサウナ施設『サウナ発達』を訪れたんですが、

 

 

異世界と接続しそうなカオス!!

過剰に情報を吸収しちゃいそうで怖い!!

 

でも、不思議なことに、私はこの空間が落ち着くんですよね。多すぎる情報量をさらに上のレイヤーで包み込む何か温かいものを感じる。

元お笑い芸人の川口雄大さんが、震災で休業した家業の米屋の業態を変えて、飲食店と手づくりの宿、そしてこのサウナを立ち上げました。

芸人として夢を追っていた川口さんはなぜ故郷に戻り、この奇抜な建物の建築に行き着いたのか。川口さんのあり方について、これまでの歩みを振り返りつつ話を聞きました。

話を聞いた人:川口雄大(かわぐち・たけひろ)

福島県出身。南相馬市原町区で小さな飲食店「川口商店」と「サウナ発達」、宿泊施設「宿巣」を営む。東京でお笑い芸人をしていたが、2014年にUターン。東日本大震災と原発事故で休業した実家の米穀店「川口商店」の屋号を引き継ぎ、業態を変えて事業を始める。

 

あらゆる課題は「大喜利」

「情報量多すぎますよ(笑)。これ全部手づくりなんですよね? ここまで来るとアートだなって」

「えーどうなんすかねぇ。いろんな人がそう言ってくれるんですけど、僕自身は違和感があるんですよ」

「そうなんですか?」

「自分がただやりたいことをやってるだけですからね……。これをアートと言ってくださるのは全然いいんですけど、それでいったら俺、学生時代の美術の通知表は基本3か2ですよ? ずっとそういうの得意じゃないとすら思ってて」

「じゃあアートじゃなくて、ボケっていう言葉だったらどうです?」

あ、それは確実にボケっす」

「さすが元芸人(笑)」

「この空間と建物のなかでボケたらこういうことになっちゃったっていう感じです。芸人だったらボケるのは舞台の上だけど、それが俺の場合はここっていうことなんだと思います、はい」

建物内のトイレ。オフィスの一角のよう

 

トイレその2。漫画の切り抜きで埋め尽くされている。客も漫画のコマを持ち込んで、好きな場所に追加できる

 

敷地内には謎のオブジェが至るところに

「ボケ続けられる器に出会ったという感じなんですかね」

「ですです。いろんな課題に対してどうボケられるかっていうことでやってるようなところがあるから、アートというより大喜利みたいなものかなって」

「なるほど。大喜利好きなんですか?」

「めっちゃ好きっすね。ネット大喜利とか、気絶するまでやってたことあるんで!!」

「(気絶ってどんだけ……?)」

「震災もコロナも地域の課題も、あらゆることが俺からすると『お題』なんすよ。そこにどれだけ自分なりのボケをぶつけて、ひとを笑顔にできるかっていう」

「その考え方は芸人的でおもしろいですね」

芸人ってあらゆることをネタにできるんです。それが根底にあるからなんぼでもチャレンジできる。ある意味最強の人なんですよね、芸人って」

 

「喪失」から始まった南相馬生活

「芸人さんってどのくらいやってたんです?」

「一年くらいなんですよ。東京で相方と一緒に生活しながら活動してたんですけど、あることがきっかけでコンビを解消しまして」

「あること?」

「実は一緒に住んでた相方が、家賃として渡してた金をギャンブルに使い込んでて」

「ええ!?」

「家賃一年間滞納っすね。いやほんと、いまだに忘れないんですけど……白髪の角刈りの大家さんがある日、木刀を持って部屋に入ってきたんですよ!」

「木刀て」

「俺風呂入ってたんですけど、そのときそれが大家さんてわかんなくて頭混乱して……。しかもその強盗だと思った大家さんに『何者だ!!!』って言われて!?!?」

「お互いびっくりしたでしょうね(笑)」

 

「いやーもう、まじでションベンちびるほど、ビビりましたよ!!! それでその家住めなくなって、相方は地元に強制送還。コンビも解消したんです。でも、自分ひとりでやってくほどの自信はなくて」

「いくつくらいのときですか?」

「ハタチくらいっすね。当時俺は自分のことを絶対におもしれえやつだって思ってたんですよ。でも、ひとりではできなかったんです。舞台でスベって、そんな自分のおもしろさが否定されるのが怖かったんでしょうね」

「根拠のない自信があったのに」

「そうですねぇ。ただ、諦めがつかなくて、その後も放送作家の学校に通ったりいろいろしてたんですけど……」

「震災がきっかけで地元に戻ってきた?」

「それもあるんですけど、昔からずっと一方的に好きだった人がいて。その人が『好きな人とか頼りになる人は近くにいてほしい』って言ってたのを聞いたから、俺は心を決めてこっちに戻ってきたっていうのがあるんです」

「めちゃめちゃピュアな動機!」

「まじピュアっす(笑)。でも、帰ってきてすぐにその人が結婚するって聞いて、予定が完全に狂っちゃって」

「え、いきなり目標が消滅??」

「ええ。これ、まじキツいな……ひとりでいたくねぇな……って、そのときに思いついたのが飲食店だったんです。飲食だったら人来るかなあ、気持ちまぎれっかなあ……って。正直なとこ、最初の動機はそれっす」

 

実家の米屋の屋号引き継ぎ、2014年にオープンした「川口商店」。朝6時まで営業している

「芸人からの飲食っていきなりで大丈夫でした? 震災で休業してた家業のお米屋さんを改装して飲食店にしたってことですけど」

「ヤバかったっすねぇ……。飲食経験ゼロだったんで。バイトも一日でクビになるくらい使い物にならない人間だったんで。経験があったのは絨毯の販売とエアコンのメンテくらいでしたし」

「(それで飲食やろうと思ったのすごくない……?)」

 

「なんで、最初のメニューは『乾いたやつ』と『濡れたやつ』の二種類しかなくて。乾いたやつはスルメとか、濡れたのは缶詰で」

「(独特な表現……)えっと、飲みメインってことですよね。お客さん来てくれました?」

「戦略的には『地域で一番遅くまでやってる店』だったので、まわりの店が閉まったあとに来てくれるお客さんは多少いましたね。当時、南相馬って除染の関係で、お店やタクシー、代行が早く終わっちゃう街だったので」

「なるほど」

「ただ、お酒の種類もわかってないくらいだったので、お客さんからお叱りも受けたりしながら自分なりに勉強して、というところで……南相馬編が始まります

「急に漫画ぽくなってきた(笑)。でも、喪失感があったから人に触れ合う飲食を始めたという話はなんかいいですね」

「結局、自分にできることで誰かに楽しんでもらうのが好きだったということなんでしょうね。いろんな人に支えられながら続けてきて、あとから気付いたでかい解釈っすけど」

 

やらかして、気付く人生

「お店を始めるまでは南相馬で何かやってたんですか?」

「フリーペーパーつくってましたね。南相馬のイベント情報を発信するっていう。震災後の南相馬って無料で楽しめるチャリティーイベントがめっちゃあったんですよ」

「へえ〜」

「お金もなかったんで、そういうところによく顔を出してたんですけど、あるときに親子テニス教室に参加しまして」

「え、なんで!?」

「ほんとたまたまですね。そこで、はじめてダブルスを組んだ相手が後の奥さんです。その人は連れ子がふたりいたんですけど、このときのテニスがきっかけで仲良くなって」

「はぁ〜人生、何があるかわかんないですね」

「そうですね。全然関係のないこととか、興味のないことに突っ込むとおもしれえことがあるっていう原体験はそこにあるかもしれないっす」

「あーそれは少しわかるような」

「そのあと俺は喪失感を埋めるようにお店を始めましたけど、その人が「料理だったら私が手伝えるよ!」って言ってくれたというのもあって、一緒に暮らしてお店もやるようになって」

「奥さんが喪失を埋めてくれた」

「はい。でも俺その頃、主に何やってたかっていうと……」

 

「『スプラトゥーン』ですよ!」

「え、ゲーム??」

「はい。バカくそ『スプラトゥーン』ばっかりやってて、プレイ時間がシリーズ累計で5000時間」

「5000時間……!?」

「結婚して子どもができたんですけど、なんなら俺、生まれた子どもが泣いても気づかないレベルでゲームやってましたね。しかも、ゲームやってると異常に集中しちゃって話もできなくなる。だから、連れ子のふたりともほとんど会話なくて」

「店は大丈夫だったんですか?」

「奥さんががんばってくれるようになってたので、なんとか。でも、絶対歯を食いしばってたと思いますね。言いたいこともたくさんあっただろうし……」

「子育てとお店を両方やりながらっていうのは相当ハードですね。夫はゲームやってるし……?」

「奥さんは自分のなかにない感覚を持っている俺を応援したいっていう気持ちで結婚してくれたみたいなんですけど、今思えばその気持ちにすごい甘えてましたね」

「あ〜。そりゃ働かないでゲームばっかりしてるクズですもんね」

「だからもう、今はほんと頭が上がらないですね……。まじで、いろいろ返さないといけないなっていう」

 

取材中に偶然「発掘」された川口さんのタスクメモ。「・謝罪」が印象的。

「贖罪の日々を過ごしてるわけですね……。でも、川口さんって正直でいいですね。それ大事なことだと思いますよ」

「俺もう、嘘をつくのはやめようって思ったんですよ。正直に生きようって。自分に正直になれない人は、誰に対しても正直になれないですから。そういう姑息な生き方はしたくないなって思ったの、去年の話ですけど」

「めっちゃ最近」

「俺はあんまり褒められた生き方をしてきてないんです。何かをやらかして、後で気付くことが多い。その都度まわりの人に助けてもらいながら、自分なりに反省を繰り返して『発達』してきたのかもしれないですね」

 

「発達」と「障害」を思う

「川口さんがゲーム生活から変わるきっかけって何だったんですか?」

「大きかったのは、当時16歳だった長男のひとことです。膝を突き合わせるとあんまり喋ってくれない、意思の言語化が苦手な長男なんですけど」

「どんなひとことだったんですか?」

「彼が『マインクラフト』っていう好きなゲームをやってるときに何気なく『将来何やりたい?』って聞いてみたんですよ。そしたら、『自分の家を自分でつくること』だって」

「おお? 確かにマイクラって建築的要素ありますもんね」

「それで、俺は『アースバック』っていう土を材料とする建築技法の勉強を始めたんです。少しでも彼の将来に役立てることがしたいなって」

「えーそれはめっちゃいいですね」

「自分は父親を名乗っているけど、名乗るからには役割を担わないといけないってずっと思ってたんですよね。だから、息子のやりたいことが聞けたのがうれしくて、これだ!って」

 

「ゲームはやめた?」

「はい、スパッと。その分の時間が全部勉強と実践になりましたね。ゲームやってたら俺のやりたいことが終わらないなって思ったから。それでまずは自分が好きで興味があったサウナをつくって」

「振り幅がすごい。0か100みたいな」

「コロナで店の売上が9割落ちたんですけど、サウナブームでなんとか持ち直すことができて、去年には自分たちでつくった宿もオープンしました。宿の建築は長男も一緒にやってくれて」

 

建築中の宿

「いやー大きな変化ですね」

勉強って、自分にやりたいことがあればあるほど必要になってくるじゃないですか。それに気付けたのは、ほんとに子どものおかげです」

「子どもを通じて、親も『発達』する」

「それはありますね〜。『サウナ発達』って名前は、俺も息子もいわゆる発達障害みたいなところがあるからなんです。でも、欠けてるものがあったり、出来ないことがあったりするのって当たり前ですよね」

「程度の差はあれ、誰でもそうですよね」

「みんなそもそも凸凹で、その凸凹がうまく噛み合ったときにものごとが動く。俺の場合はそれがサウナだったんだろうなって。だからありがたいことに、今は自分の人生にめっちゃしっくりきてますね。それと『発達』という名には、『地域とともに発達する』という意味も込めてます」

「サウナがこの南相馬を盛り上げていくことにも繋がる。面白いなあ」

 

「ラインを上げる」という役割

「川口さんってぐわーって集中してやることができる人なんだと思うんですけど、心のなかでは家族も大切にしたいとずっと思ってきていて。その葛藤とチャレンジが帰ってきた南相馬での月日でもあったんだろうなーっていう印象を受けました」

「そうですね。いろいろあったけど、家族がいなかったらこの今はないですし、家族がいてよかったなって思うことばかりです。あとこれは息子との関わりから強く思ったことですけど、『時間』って大切だなって

「『時間』ですか」

「はい。建築の勉強したらいろんなものを自分で直せるようになるんですけど、再現できるものって、俺は結構、価値としては低いのかなって思ってて。じゃあ何が再現できないのかっていうと、『時間』だなと」

「確かに、戻せないですもんね」

「特に子どもが子どもである時間って、絶対に再現できない。子どもにとってはあらゆることが一生に一度なんです。そこを見落としちゃうことの危うさをすごく感じましたね」

「ゲームとかやってる場合じゃなかった(笑)」

「いやほんと。お金も大事なんですけど、それ以上に『時間』を稼がないといけないっていうのは思いますね」

「どうやったら時間って稼げるんだろう」

「これは自分の経験ですけど、自分で自分の家をつくることができたら、結構時間が稼げると思うんです」

「自分で自分の家をつくる」

 

「はい。例えば、業者に頼んだら5000万円かかる家を200万円で自分でつくることができたら、4800万円分のお金を稼ぐ時間が浮くじゃないですか? その浮いた時間は、自分の好きなことや大切なことに注げる」

「画期的な考え方」

「だからこれから、家のつくり方を教える学校をやっていきたいと思ってて

「え、学校ですか!? それはすごい」

「息子との関わりでも思いましたけど、誰かの世界を広げてあげることって、自分の役割かなと思ってるんで。僕はそれを『ラインを上げる』って言ってます。そういうことを自分の一生をかけてやっていきたくて」

「ある程度自分を見つけた人が行き着くところって、やっぱ教育なんですかね」

「そう言うとすごく真面目に聞こえちゃいますけど、たぶんいろんなことをぶっ壊したいんです。世の中のおかしいことも、人の固定観念も、あらゆることを自分の芸でぶっ壊したい」

「『障害』の概念とかも」

「いやほんとそうですね。それがいい方向に作用して、誰かに『ありがとう』って言ってもらえたら、芸人冥利に尽きるな〜って思うんですよね」

 

「やっぱり川口さんの本質は芸人だなあ」

「俺は、自分のできることで誰かに笑ってもらいたいし、楽しんでもらいたいだけなんです。それは自分の、大元の大元で変わらないことなんで」

「僕はそういう川口さんの温かい人間味がこの『サウナ発達』にはちゃんと込められているなって思いました。僕もそうだけど、川口さんもこれからもっともっと『発達』していくんでしょうね。そこに『普通』は存在しないんだろうなあ

「ありがとうございます。生きづらさを抱えてる人がたくさんいる時代ですけど、限られた時間のなかで、自分にできることを尽くしたいですね」

「いいですね」

「まずは家族へ、そしてまわりの人たちへ。たくさんの人に苦労をかけている人生ですけど、少しずつでも自分なりに恩返しをして、笑顔を増やすことができたらいいなって思うんです」

 

☆サウナ発達 公式HP https://hattatsu.jp/

構成:根岸達朗
撮影:小林直博