「まちづくり」「街の開発」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

大きい商業施設や、高いビルなど、「新しい建物が建つ」イメージを持つ方が多いのではないでしょうか。

しかし最近、そんなまちづくりの潮目が変わっていることを象徴するできごとがありました。東京・中野区のランドマーク「中野サンプラザ」の再開発計画が、開発費の高騰で白紙になったのです。さらに、開発に関わる人手不足も深刻な問題になっています。

自分の好きな街にビルをどんどん建てて風景が変化してしまう不信感もあるし、開発にかかるお金を出せない今の日本への不安も正直あります。

しかし、そんな不安定な状況はむしろ「チャンスだ」と話すのは、まちづくりの専門家・木下斉さん。

「今の開発の構造が死んでこそ、新しいまちづくりが生まれる」と語る木下さんに、まちづくりの歴史や、現状、これからについてお聞きしました。

また、今回木下さんにお話を聞いてわかったのは、まちづくりを考えることは、わたしたちの働き方を考えることでもあるということ。

「もっと納得のいく、自分に合った働き方ができるんじゃないか?」と悩んでいる方も、ぜひこの記事を最後まで読んでみてください。新たな視点を得られるかもしれません。


<この記事のダイジェスト>
根強く残る「街作り」は、日本の闇
戦前は、民間人が街の未来をつくっていた⁉︎
都市開発はなぜやめられないのか?
しかし、開発は止まる
これは絶望じゃなく、時代が変わるチャンスだ
この世の中で、あなたはどう働きますか?

 

<記事に登場する人>

木下斉(きのした・ひとし)

1982年生まれ。高校時代からまちづくりに携わり、全国の商店街と共同出資会社を設立。その後、地域組織の連携を進める一般社団法人を立ち上げ、都市経営の学びの場「都市経営プロフェッショナルスクール」を開設。著書『まちづくり幻想』『稼ぐまちが地方を変える』『凡人のための地域再生入門』『地方創生大全』など多数。地方創生の分野での歯に衣着せぬ発言から「狂犬」の異名も。

日野昌暢(ひの・まさのぶ)

1975年福岡県福岡市生まれ。博報堂での経験を活かし、今は博報堂ケトルで地域の魅力づくりに奔走中。企画からPRまで幅広く関わる“ローカルおじさん”として活動中。

徳谷柿次郎(とくたに・かきじろう)

1982年大阪生まれ。長野県信濃町在住。株式会社Huuuu代表。前『ジモコロ』編集長。今は標高700mのまちで、スナックやコーヒースタンド、本づくりやPodcastなど、思いついたことをとにかく形にしている。

※この記事は、2025年8月22日に本屋B&Bで行われたトークイベント『「都市をrenewする! ~みんなでつくる、未来の街」(『都市と路上の再編集 LIVE NOW DEVELOPMENT』刊行記念)』の内容を再構成したものです。

 

根強く残る「街作り」は、日本の闇

日野「そもそもなんですが、僕たちが普通に使っている『まちづくり』っていう概念って、だんだんと変化してきていますよね。どんどん一般的になっているような気もします」

木下「そもそも、ひらがなで書く『まちづくり』って言葉、誰がつくったか知ってます?」

柿次郎 「え、知らないです。気づいたらあったイメージでした」

木下もともとは『街づくり』と漢字で書かれていて、国交省(当時の建設省)もそう表記していました。それを、もっとソフトな意味……デザインや文化、暮らしを含めた考え方に変えるために、ひらがなの『まちづくり』を提唱したのが、横浜市のシティプランナーだった田村明さん(※)なんです。

でも今の日本を見ると、まだ『まちづくり=ハード整備』という空気が強烈に残っているそれが日本の“闇”だと思います」

※田村明……地域・都市プランナーとして、1960年代以降、横浜市を中心に実践的都市計画を実践した。「日本の都市計画の改革者」とも呼ばれる。

柿次郎 「“闇”というのは?」

木下日本のまちづくりって、結局『道路づくり』なんですよ。長らくあった道路特定財源をもとに区画整理を進め、再開発を行う。つまり、行政の事業は“道路をつくること”が中心で、道路をつくらないまちづくりは、そもそも行政の枠外なんです」

柿次郎 「道路をつくることから街ができていく。なんだか『シムシティ』みたいですね」

木下「まさにそう。戦後の日本の開発は、ゲームのような勢いがありました。たとえば神戸では六甲山を削って、その土で六甲アイランドを埋め立てた。山からベルトコンベヤーで土を運ぶような、すさまじいスケール感だったんです」

柿次郎 「ええ! 身近な存在でしたが、まちづくりの遺産だったとは」

「六甲アイランド」は、六甲山を切り崩した土で埋め立てられた海上都市(写真:photo AC)

木下「戦後は土地さえあれば儲かる時代で、『土地がないならつくればいい』という発想が生まれた。やればやるほど利益が出るから、“錬金術”なんて呼ばれていたんですよ」

柿次郎 「『土地がないならつくる』って、スケールは大きいけどめっちゃ単純な発想ですよね。だいだらぼっちすぎる」

木下街づくりは、もともとは“産業づくり”だったんですね。産業は雇用を生みますから、つまり人が食っていくための仕組みをどうつくるか。

日本では、その大筋がいまもあまり変わっていない。もちろん暮らし方やコミュニティを考える取り組みも進んではいますが、圧倒的な力を持つのは、いまだに“ハードの街づくり”なんです」

 

戦前は、民間人が街の未来をつくっていた⁉︎

木下「街づくりは産業づくり、地域で産業を起こして人が食べていく。その結果として、文化や芸事が発展していく。逆に言えば、昔は産業がなければ地域は衰退していたんです」

柿次郎 「なんだか、今の『まちづくり』という言葉のイメージより、ずっと過酷ですね。地域同士の生き残り合戦というか」

木下「少し話がそれますが、たとえば福岡市の中心、天神にある『渡辺通り』。あの通りは、呉服商の渡辺與八郎という人物が私財を投げ打ってつくったんです。なぜかというと、九州大学を福岡に誘致するため」

柿次郎 「ほおほお」

木下「目抜通りを作ってしまうような地元の名士である渡辺與八郎が、九州大学の誘致にも貢献していた。つまり、国が地方を潤わせるために整備をしたわけではなく、民間人が自らの手で街の未来をつくったんです」

柿次郎 「国の施設を『誘致』! それって、今とは真逆の構図なような」

木下「そう。今は『国の金を地方に持ってくる』という発想ですが、当時は地方が『国の政策を誘致する』側だったんです。地方が国に対して『大学を建てるために土地を提供します』『建設費・移転費も払います』と。当時、一番積極的にお金を出したのが熊本でも長崎でもなく、福岡だったんですね」

日野「当時は、自分たちの住むまちをどうにかよくしよう! って必死さがあったんでしょうね。今のまちづくりを見ていても感じるんですけど、一度、問題を抱えた地域って『どうにかしなきゃ!』という鬼気迫るものがあるなと」

木下「街には大きく2種類あると思っています。それは『困って変わる街』『困る前に変わる街』

当時の福岡は、幕末に問題を起こした福岡藩がお取り壊しになって困窮していたんですが、渡辺與八郎自身は大商人なので生活に困っていたわけではない。けれど、家族から猛反対されながら、私財を投げ打って九州大学誘致をやり遂げたんです」

日野「いいぞ! 渡辺與八郎!」

木下「結果、九州大学が福岡にできたことで、九州の中心は熊本から福岡へと移っていく。“ワンオブゼム”でしかなかった福岡が、ここでゲームチェンジした。これは本当にエポックメーキングな出来事なんです」

柿次郎 「漫画みたいな話ですね。アツい展開!」

木下「当時はそういう“ゲームチェンジャー”がいる地域が栄えたんですね。でも、戦後になると構造が一変します『街づくり=国から金がもらえること』になった地方が産業をつくるより、国の補助金をどう引っ張るかに注力するようになったんです。つまり、戦後の地方は“国の金”に依存する体質に変わっていったんですね」

 

都市開発はなぜやめられないのか?

柿次郎 「そうやって戦後の日本ではどんどん開発が進んで行ったと思うんですけど、今の東京を見ていると限界が来ているなと感じます。まるでやり尽くした『シムシティ』のステージみたいになっているというか」

日野「なんで止まらないんでしょうね」

木下「ひとことで言うと、“法人所有”の問題だと思います。

日本では土地を法人が所有し、法人で働くサラリーマンが開発を進めるでしょう。サラリーマンは自分が開発を担当している間に評価されることを最優先に動くから、目先の数字を追いがちになる。目先の数字を追うから、ビルの規模がどんどん大きくなる。そのほうがテナントがいっぱい入って、賃料などの利益も増えますから。

50階建ての次は100階建て、次は200階建て。いつか宇宙まで行っちゃいますよ! おまえは毛利衛かと!」

柿次郎 「日本人初の宇宙飛行士! それくらい際限がないってことですね」

木下「今年ロンドンに行って、土地所有の仕組みを聞いたんですが、ロンドン中心部は王室や公爵家といった“個人”がいまも多くの土地を持っているんです。とはいえ、建物(上物)を建てているのは民間企業です。彼らは99年の定期借地契約を結び、その範囲内で建設する。土地を持つロイヤルや上級階級層たちはそうそう土地を売らない。だから都市がむやみに壊されない」

柿次郎 「王室の制度がいまだに残っているから」

木下「そう。直近で王室も公爵家もお金に困っていないから、キャピタルゲイン(転売益)ではなく、インカムゲイン(家賃収入)で生活している。だからさっきの仕組みが成り立つんですね。

フランスのワイナリーの家族経営者も同じで、『売上目標なんてない。家の名を汚さないワインを造るだけだ』と言うんです。“家”を継いでいく思想があるから、無理な開発や拡大をしない」

柿次郎 「仕組みの根っこから日本とは違うんですね……」

ロンドンの街並み。古い建物も多く残っている

木下日本は“サラリーマンが開発をする社会”です。短期的な業績や評価が目的だから、未来よりも“今”が大事になる。地方も同じで、経済合理性がなくても『やれば金が動く』から開発が止まらない。一瞬だけ儲かる人がいて、それを仕事にする企業がある。

その誰もが“100年後の街”を考えていない。自分の子や孫に引き継ぐ気もない。そういう構造の中で、開発が加速していくんです

日野「めちゃくちゃ面白いんですが、話を聞いていると、ちょっと絶望的になりますね」

木下 「これは戦後の日本社会の“会社員化”が生んだ病だと思います。公務員も企業も、『人の金を人のために使う』構造の中で無責任になっていく。そして賢い人ほど、その仕組みを効率化してしまう。だからこそ、開発は止まらないんです」

 

しかし、開発は止まる

木下「でもね、開発はもう止まります」

柿次郎 「え⁉ どういうことですか?」

木下「中野サンプラザの再開発が白紙になったニュースもそうですが、採算が合わなくなってきたんです。いわば“コストプッシュ(※)”が起きている。安心してください。いま、開発の流れが止まり始めているんです。

昔の日本のサラリーマンって、まるでストリートファイターでずっと波動拳を打ち続けるプレイヤーみたいだったんですよ。とにかく『開発、開発、開発』! でも今はもう、その“波動拳”が出なくなってきた。やれば儲かる時代が終わったんです

※コストプッシュ……原材料価格や人件費などの生産コストの上昇を原因として、物価が上昇する現象のこと

柿次郎 「なんで波動拳が出なくなったんですか……?」

木下『開発』という波動拳は、サラリーマンたちが自分で出していると思い込んでいたけれど、実はそうではなかったから。当たり前なんですけど、開発に従事する会社が他にあるわけです。コストプッシュで主従関係が変わりました」

柿次郎 「主人公交代!」

木下「今は、工事に携わる職人の数も激減しています。賢いサラリーマンはいても、実際に手を動かす人が減っている。特に地方ではもう開発が成り立たなくなりつつあります」

柿次郎 「1980年のピーク時には約93万人いた大工が、2040年には約13万人にまで減る見込みだというニュースも見たことがあります」

日野「じゃあ、この先どうなるんですか?」

木下「簡単に言えば、『新しいものを建てる』という時代が終わるんです。たとえばフランスでは、リフォームを頼んでも2〜3カ月業者が来ないのが普通。職人がいない社会なんです。

日本も同じ方向に進んでいて、もう少ししたら『水が出ないんです!』って業者に電話しても、『はい、100万円です』なんて時代がすぐそこまで来ています」

柿次郎 「そんな……じゃあ水道工事の広告マグネットもなくなってしまう?」

木下「もう配る必要もないですよ。森末慎二さんも休めます。仕事が溢れてますから」

日野「現在のクラシアンCMは磯村勇斗さんですね」

木下「ニュースにもなってますが、今のペースでいくと大工さんも激減します。団塊世代が引退して、その下の世代も続かない。高校や大学進学率が上がるほど、手に職を持つ人が減っている」

日野「僕自身がサラリーマンなので気になるのですが、『波動拳サラリーマン』がいなくなったあとは?」

木下“波動拳”以外の戦い方を考えないといけない。つまり『開発』じゃない方法です。それはDIYだったり、リノベーションだったりするかもしれない。これからは『お金を払えば誰かがやってくれる』という外注社会の限界が来るんです」

柿次郎 「会社のあり方も、暮らし方も根本から変わりそうですね」

木下「そう。でも心配しなくていい。開発は止めたいじゃないですか?」

柿次郎 「できれば」

木下「安心してください。ほっといても止まります」

柿次郎 「とにかく開発が止まる木下……!」

 

これは絶望じゃなく、時代が変わるチャンスだ

日野「いま日本の街は、どこも“撤退戦”のように見えます。一方で、僕をはじめ会社に雇われている人のなかには、開発に矛盾を感じながらも『いままでの仕事がなくなったら、自分たちはどうすればいいんだ』と悩んでいる人も多い気がします」

木下でも、これはチャンスなんですよね。『つべこべ言わず、でかいものを建てろ』と命じていた上の世代も、どんどん減っていきますから。世代が変われば、違う提案が通るようになります」

日野「もうでかいビルは建てなくてもよくないですか? とか」

木下「そうですね。そもそも、いまみたいな日本の“新築信奉”は、元はアメリカの開発モデルを無理して真似したものなんです。だから、いつかは無理がくるんですよね。

だけど、今やアメリカもほとんど中古物件でまわっている市場で、日本だけで未だに「新築バンザイ!」になっている。戦争で焼け野原になったところから新築を始め、今や家が余っていてもどんどん新築を作り続けるほかなくなっています。

林業も同じで、戦前の日本は、ドイツ型の“循環型林業”でした。少しずつ木を切り、また植える。でも、戦後、それが一変します。焼け野原から住宅を建て直すために、国内の木を一気に伐採した。いわゆる“ハゲ山林業”です。最初は売上が立つけれど、木が再び育つまでには50年かかる。その間に、産業も人材も途絶えたんです」

柿次郎 「林業の問題は、僕が各地に取材に行っても耳にしますね」

2019年に、江戸時代から山の管理をしてきた「山守」の末裔に取材した記事。木を切り尽くし、ハゲ山になった森の再生事業を担っていたのが山守という職業だった

木下「いま、日本の森には切り出して製材すれば使える木はたくさんあるのに、切り出す技術もインフラもない。林道も朽ちてしまった。ですが、補助金頼みの時代を経て、ようやく“自伐林業”のような自立の流れが生まれています。

つまり、一度死んだ産業から次が生まれる。開発も同じなんです今まさに『死んで、次に行く』タイミングに来ています」

日野「だから、今がチャンスなんですね」

木下「でかいビルを建てるような開発で儲けてきた世代が上にいて、若い人たちは『これじゃダメだ』と思いながらも、動けなかった。でも、その理屈が、今ようやく崩れはじめている」

日野「それを“不幸”と捉える人もいるけど……」

木下「僕はむしろ、幸せなことだと思います。『これまでのやり方では成り立たない』と堂々と言える時代が来た。開発偏重の時代が終わって、ようやく“次を考える”ことが許されるようになっているんです」

 

この世の中で、あなたはどう働きますか?

日野「一方で、柿次郎さんが長野の小さな町でコーヒースタンドを作るような、ボトムアップの活動にも注目したいなと思っていて」

柿次郎 「たしかに僕の周りでは、都市の経済論理が合わなくなった人たちが地方に移って、自分の表現としてスモールビジネスを始めていますね。僕自身も、昔の街道沿いの物件でコーヒースタンドを作って、新たな人の流れを生み出せるんじゃないか? と挑戦したり。

いまはコーヒースタンドも赤字なんですけど、収益よりも、人や土地との関係を豊かにしていく生き方というか。そういう選択が確実に増えている気がします」

日野「お店は赤字でも、『小商いの楽しさ』が生き方として積み上がっていくように見えてて、すごく楽しそうです」

柿次郎が長野・飯綱町にオープンした「パカーンコーヒースタンド」

木下「僕は、サラリーマン社会が行きすぎてると思うんですね。サラリーマンに向いていないのに、サラリーマンになっている人が一定数いるんじゃないかなと」

柿次郎 「気になる話ですね」

木下「1955年の日本では、7割が個人事業主とその家族でした。今はそれが逆転していて、組織の中で時間も厳密に守りながら働いているでしょう。もちろんそれが向いている人もいる。でも、今サラリーマンをやっている人の中には、個人事業主のように、もっとマイペースに働くのが向いている人も多いと思うんですよね」

柿次郎 「なるほど〜。僕はたぶんそうですし、周りにも多いです。日本人は元々そっちが多かったのでは? と聞くと、勇気をもらえますね」

木下『小商い』や『商売』って、実は絶大なるセーフティーネットなんですよ。商売というのは『日銭(ひぜに)』のシステム。今日働いたら今日お金が入る。そういう仕組みが人を生かしてきたんです。

福沢諭吉も『月給取りになるな。月給取りほどつまらない仕事はない』というようなことを言っているんですね。つまり、自分の人生を自分で左右できる仕事をしなさいということ」

柿次郎 「僕も自分で会社を作って10年くらい経つんですが、自分の人生を自分で経営することって、本当におもしろいんですよね。毎月安定して月給がもらえる感覚ってすぐ麻痺しますし。当たり前じゃないからな!」

日野「か、柿次郎さん…?」

木下「日本の経済が伸びている時代には、小商いが非効率だと言われ、人手が足りないからみんな会社というシステムに吸収された。でも今の日本では、人手が足りない仕事=不当に給料が安い仕事になってしまっています。

そんな人手不足を移民で埋め合わせている国もあります。でも、そもそも社会のインフラを支えている仕事なのに十分に報われないなんて、誰も幸せにしないんですよ」

日野「働いているのも人間ですからね」

木下「だから僕は、日本が抱えている問題の本質は経営やマネジメントなどの枝葉末節ではなくて、『思想』だと思うんです」

柿次郎 「というと?」

木下『地域に人が減ったら終わりだ』と言うけれど、本当にそうなのか? 人が少ない地域でも、豊かに暮らしているところはいくらでもあります。『地方で商売はリスクが高い』とも言われるけど、やってもいないのに、なぜそう言えるのか。誰がそう決めたのか。こういう思考停止こそが、日本の停滞の根っこにあると思うんです。

儲かっているうちは誰も何も言わない。でも、儲からなくなったときにようやく次を考えられる。戦後の『金がすべて』の時代がようやく終わり、ようやく思想を取り戻すチャンスが来ているんです」

日野「今日の話を聞いて、本当に『これは絶望じゃなくチャンスなんだ』と思いました。頑張ろうと思います」

木下「まさに今は変革期です。僕らがいま知識を蓄えて、思想を育んでいけるかどうか。そこに日本のこれからがかかっていると思います」

構成:荒田もも