
「忙しい」って言えなくありませんか? サービス残業は減らず、物価高で副業を強いられ、労働環境の激変で学ぶことも増えるなど、とにかく休めない現代人。
フリーランスでは「実は今年1日も休めていない」人も珍しくなく、会社勤めの人も、休日出勤を当たり前のように強いられるなど、ろくに休めていない人が多すぎます。

それなのに……「忙しい」と吐露することが半ばタブー視されていないでしょうか? うかつに職場や酒席、SNSで口にすると……
・「忙しいアピール」「寝てない自慢」と言われ
・「無能」と陰でレッテルを貼られ
・「さっさとやれ」と叱責される
そんなこともしばしば。「忙しい」と言うと損をするためになかなか言えず、相手を選びながらオフレコでようやく吐露できる「忙しい」という気持ち。
実質賃金は下がり続け、「貧乏暇なし」の言葉通りに忙しさに拍車がかかっている人がいます。さらに仕事と家庭の両立に苦しみ、どんなに努力しても忙しさから抜け出せない人がいるのです。

ベストセラーとなった三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)でも、働く人が本を読めない主要因の一つとして長時間労働が挙げられています。
仕事以外の生活時間でも「忙しい」は発生し、ひとり親家庭での「時間の貧困」が深刻というデータも存在します。
そもそも大人の悩みにずっとついて回るのが「忙しい」なのに、なぜ言えない? そして、「忙しい」を吐露するとなぜ様々な悪口を浴びなくてはいけないのか?
今こそ「忙しいと言えない」大問題を、「悪口」を研究する南山大学(愛知県名古屋市)の人文学部人類文化学科准教授・和泉悠さんに伺いました。

南山大学の名古屋キャンパス(photo by Asturio Cantapio)
和泉さんの専門は言語哲学と意味論で、主に言語の仕組みを研究。それを応用して日常的な言葉の研究も深めており、「悪口」をはじめとした「悪い言葉」について探求しています。
「忙しいと言えない理不尽のワケ」を、悪口の研究者である和泉さんならではの視点で伺いました。

「ちなみに、和泉さんはやっぱりお忙しいですか?」
「……忙しいですけど、まさに『忙しい』と言えないタイプですね」
「忙しいアピール」はなぜ叩かれる?
「まず……前提として、『忙しい』という単なる告白がなぜここまで叩かれるのか、教えていただけますか?」
「近日出る新刊にも一部書いているんですが、私が考える『悪口』『褒め』『自慢』『自虐』が絡み合う四角形がありまして」

和泉さんの新刊『悪いことばの力』(大和書房から2026年3月刊行予定)より
「これは……?」
「はい、
・他人を下げるのが悪口
・自分を下げるのは自虐
・他人を上げるのは褒め
・自分を上げるのは自慢
という風に、これらは絡み合っているのです。
忙しいと言ってる人を叩くのは悪口ですが、『友達からいっぱい誘われて毎日予定があって、たまにはゆっくりしたい』みたいな発言は、自分がいかに人気者かとも言っていて、自虐と自慢が絡み合ってますよね?」
「取りようによっては、そう聞こえますね」
「『自虐風自慢』と言いますが、こういう言葉は英語圏にもあって、『Humble(謙虚)+pag(自慢)→ハンブルブラッグ』と言います。西洋では自虐風自慢や、トンチの効いた自慢が多くて」
「例えばどんなものがありますか?」
「『Wikipediaがこの私を出身大学の著名な卒業生として書いてるけど、それはクラウド型の情報収集が信頼できないことを示している』とか。
要するに『自分が有名人』と自慢はしていないんですけど、『Wikipediaに私は有名人と書かれてしまっていますよ、やれやれ』なわけです。これも『やれやれ風自慢』と言ってもいいと思います。謙虚なふりで少し自慢が入っているところもあると思います」
「たしかに……それに近い遠回しな自慢(にも聞こえるフレーズ)はありますね」
「『忙しい』は表面上は自虐ですけれども、自慢にも解釈されると。自慢は人を上げるものですから、『上がったら下げないと』と人間は本能的になりますので、叩くわけです」
「聞き手が自慢と解釈したら、もうそれは『自慢』と扱われてしまうわけですね」

「はい、人は自分の見たいものをそこに見ますので。相手の言ってることを自分の都合の良いように私たちは解釈しがちです」
「本当に忙しいからこその、心の叫びもそこに埋もれるわけですね。たしかに私も『忙しい』とSNSでつぶやきたくなっても、『自慢』と読み取られそうに感じて、ポストをやめてしまいます……」
「あと、この四角形に入らないもので『愚痴』があります。愚痴と自慢の観点から『忙しい』発言も考えられると思いますね」
古代ヨーロッパの考え方が「忙しい」叩きの発端?
「その中で『忙しいと口に出す人=無能』というベクトルの悪口が多いように思えますね。『忙しさは全て努力で何とかなる』に近い精神論もはびこっているように感じます」
「そうした考え方は、古代ギリシャ起源でローマ帝国でも広まった『ストア派』の哲学による影響もそれなりにあるように思います。いわゆる『ストイック』という言葉の由来になった考えですね」
「そうだったのか!」
「有名なのはマルクス・アウレリウスとかセネカらなんですけれども、良くも悪くもビジネス界に進出してまして、ストア派の哲学『ストイック』は、欧米のビジネス本などにもかなり食い込んでいる考え方です」

マルクス・アウレリウスの彫刻(photo by Bob3321)
「いわゆるマッチョな考え方にも通じていて、『うじうじ言うな、黙ってやれ!』という雰囲気があります。つまり『自分のコントロールできることに集中しろ』という考え方でして、忙しいと嘆いても忙しさは変わらず、むしろ嘆いている時間分忙しくなってストイックじゃないので、ストア派的ビジネスパーソンの人に叱られがちなわけです」
「例えば同僚と『忙しい』と分かちあって支え合い、時には上司に『忙しすぎる』と訴えて業務改善することも必要だと思うのですが……!? 和泉さんもかつて住んでいたアメリカでは、『忙しい』という告白への風当たりはどうですか?」
「アメリカでも、働きすぎのビジネスパーソンたちの間には『黙ってやれ』という雰囲気はあります。アメリカのマッチョ文化もすごくて、少なくとも私の印象では、結構日本と同じくらい『忙しい』という告白への風当たりは強いです」
「忙しい発言」叩きの“楽しさ”はランク付けにあり?
「和泉さんは『悪口の楽しさ』も研究されていますけど、忙しさの吐露に対して悪口を言う楽しさとは何ですか?」
「『自分の優位性の確認』を楽しんでいるのかなと。『忙しい』という人を叩くのは、『タイムマネジメントがずさんで自己管理する能力がない、より劣っている』と断じて、『自分はそうじゃない』と思うことで安心するのではないでしょうか。
忙しいと吐露する人を『無能』と扱い、その人のランキングを下げて、忙しいことを我慢してる私の方がランキングが上、と扱うわけです」
「人のランク付けをして、自分が上だと証明する行為?」
「はい。かつてスイスの博物学者シャルル・ボネが『自然物の階梯』と序列を表しましたが、私たちはそのような『存在のランキング』を人の中にも当てはめてしまいがちなのです」

西洋で長く信じられてきた、自然物の階梯の一部を抜粋したもの。例えば「このサル!」が罵倒フレーズになるのは、人に「人が上位」という認識があるから
「たしかに、人は学歴や年収、身長などでランキング付けしたがりますね」
「まさにそれです。『忙しいとばっかり言ってるよね』を『だからあなたは精神的に未熟で、自分はよりストイックで我慢強い』と解釈すると、相手を下げて自分が上に立てますから。人にとって、人の上に立つのはうれしいんだと思います」
「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』と言いますが、何より人自身が上と下に人を造りたがるわけですね……?」
立場で変わる「忙しい」の言いやすさ
「ネット上はもちろん、『忙しい』はリアルな場でもなかなか言えない立場にいる人も多いですね。その場のリーダー格は『忙しい』と比較的言いやすいですが、若い人とか役職が低い人とか、立場が弱い人たちが『忙しい』と言えないように感じます……!」
「発言は、言う人と聞く人の関係性が重要なので、立場で言える・言えないが変わることは多くあります。『忙しい』のような愚痴は立場の弱い人の方が断然言いにくいですし、権力者は何とでも言えます」
「よくSNSやビジネス書(記事)で見かけますが、『忙しいと言う者は甘え』と言っているのは、某有名実業家とか、経営者のような方が多い気がします。それを、働かせる立場の人たちへ暗に言っている図式のような……?
よく言う『トップは自分で物事を動かせるから忙しくても楽しいけど、下はそうもいかない』みたいな話かなと……」
「言う人の立場は大きいと思います。ランキングが下の人間は叩きやすく、いじめっ子といじめられっ子の構図で叩く。自分が立場が上だと安心するし、うれしいですから」
「忙しいアピール批判」がエスカレートすると……
「『忙しい』の告白への批判が多いワケは他にありますか?」
「最近はルッキズム批判が広まって、容姿への悪口などが減った分、『忙しい』発言は叩きやすいから選ばれているのではないでしょうか。
そもそも、我々が他の人について話す内容は大きく2種類に分けられます。
・その人が何者か(血液型や外見など、あまり変わらない性質)
・その人が何をしたか(行為や単発のできごと)
前者の長期的な属性について話すのは、きつい悪口になりやすいですし、例えば国籍を揶揄すれば差別的発言になるわけです。
一方、後者は例えば『バナナの皮で滑って転んだ』のようなことですから、比較的気軽に何かを言いやすいわけですね」
「理屈はわかりますね。ただ、『忙しい』には深刻なものが多いですし、さらに『寝てない自慢くん』などと悪口がエスカレートしたら……?」
「そのときは行為への悪口が、その人自体への批判に移っていきますね。『忙しいアピール→無能』と、よりひどい悪口にスライドすることもあり、『軽んじていいやつ』と周りが認識して立場につながることもあります」
SNSの「有名人の忙しい」叩き
「SNSで辻希美さんや浜崎あゆみさんが忙しいと暗に示したポストが叩かれたことがありました。少しだけ『忙しい』と漏らしたような告白だったと思うのですが」
「そうですね、過剰な叩かれ方だと思います。人類学の研究などを踏まえても、どうも人間は誰しもが『出る杭を打とう』とする傾向を持っていそうです。有名人で上にいるからちょっとぐらい叩いてもいいだろうと……つまり、有名人叩きをするのも『楽しい』からなんですね。われわれ人間の悲しい性と言いますか」
「安全地帯からなら上を叩けるわけですね」
「はい。支配者や、これから支配者になりそうな人を叩きたくなる傾向も強いです。自分が浜崎あゆみさんより下だと思うから、浜崎あゆみさんを叩いて自分のピラミッドの位置を(相対的に)上げて、自分の人生に少しでも価値を与えようとしているのかもしれません。文句の言えない芸能人で、そしてさらに叩きやすそうな女性がターゲットという気がしますし」

「SNSが叩きを増幅する構造がある気もします」
「SNS上は話す人が多すぎます。普通の会話を成立させるには、『井戸端会議』のような四人組ぐらいが限界といわれていて、六人の飲み会でも、実際に話しているグループは3、3とか、4、2とか2、2、2になると思います。そこを踏まえるとネットは異常な状況なので、普通の会話のルールが何も成立しないはずです」
「忙しい」を言える社会へ
「本当は、和泉さんも『忙しい』とネットで言いたいですよね?」
「言いたいですね(笑)。『忙しい』くらいは素直に言えて当然な気がしますので、それが叩かれるのは健全ではありません。『忙しい』と一方的に言い過ぎるのはまた別ですが」
「そうですね。『忙しい』と語り合うことで、お互いの状況がわかると、集団を建設的でより前へ進められますし」
「はい。さらに『忙しい』と語るのは自己開示の一種ですから、自分の弱みを見せて、お互い共感をして、仲間として協力する重要なプロセスだと思います」
「どうすれば悪口を怖がらずに、忙しいと言える社会を作れますか?」
「……一番難しい質問ですが、まず『愚痴』という言葉を変えることです」
「言い方を変える?」
「『愚痴』って、字面も語感も悪いですよね? そもそもは仏教用語らしく、『人間の愚かなところ』のような意味です。
英語だと『complaint』と訳されますが、これは日本語でいう『文句』に近い単語です。さらには、単なる文句ではなく『異議申し立て』のような意味で、正式な書類の提出の時にも使う言葉なんです。
それを踏まえると、『愚痴』という言葉で呼ぶことは、愚かなものと切り捨てるようなものです。『愚痴』と呼ぶだけで最初からラベル付けをされているのと同じで、言葉自体を変えるべきだと思います」
「『忙しい』と訴えることは『申し立て』でもあるわけですね」
「『忙しい』から改善につながることだってあるだろうし、あるいは疲れているだけだったとしても、話を聞いてあげれば改善することもありますから」

◇ ◇ ◇
忙しいという訴えを「忙しいアピール」と、つい言いたくなってしまう気持ちはわかります。このテーマで記事を書いた筆者ですら辟易するときは多いですから。
しかし、そのレッテル貼りを恐れて、人知れず苦しんでいる人たちは少なくありません。
仕事で休めず、私生活ですら十分休めず、最後のはけ口の「忙しい」の告白さえ封じられる。「何のために生きているんだろう」と思ってしまう人々が、安心して忙しさを語り合える場所が増え、少しでも救われる世になることを願います。
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この記事を書いたライター
卓球と競馬と旅先のホテルで観る地方局のテレビ番組が好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当。著書に『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』 (PHPビジネス新書)。
















































