
秋葉原駅からつくばエクスプレスに乗ること30分ほど。木々が広がる街並みの中に、マンションや住宅街が見える。流山おおたかの森だ。
千葉県の住宅地地価上昇率では1〜13位を独占。SUUMOが発表している住みたい街ランキング2025(首都圏版)では16位にランクイン。千葉県のみならず、首都圏の中でも今もっとも注目が集まる街の一つだ。
そんな流山おおたかの森は、2000年半ばから急速に開発が進んだ「ニュータウン」。20年ほど前、そこはいくつかの宅地と広大な自然が残されている場所だった。そんな場所が現在では押しも押されぬ人気を得ている。いわば、現代のニュータウンの成功例が流山おおたかの森だといっていい。では、その開発はどのように進められ、いかにして住みやすい街になったのか。そこに課題はあるのか。街の人の声、開発に携わった人の声を聴きながら考察する。
ヒントは「共働き子育て世代」「自然」「マーケティング」「官民連携」にある。
回転寿司が土日は3時間待ち!?
流山おおたかの森に降りてみる。目の前に広がったのは巨大な広場だ。私が訪れたときはちょうどハワイアンフェスタをやっていて、ステージでフラダンスが踊られていた。
周りにはキッチンカー、それに子どもが遊べる臨時のバルーンプール。背後には巨大なショッピングセンターである「流山おおたかの森S・C」があり、ひっきりなしに人が出入りしている。
驚くのは、家族層の多さだ。あちこちに子どもがいてそこらじゅうを走り回っている。もはや駅前広場は、ファミリーで占められているといってもいい。
「日本とは思えない風景ですよね」。流山おおたかの森に2019年から住んでいるAさんはそう言う。かくいうAさんも一児のパパである。
「僕が来た6年前から比べても、かなり人が増えましたよ。特にファミリー層が多い。駅前広場と反対側に回転寿司チェーンがあるんですが、そこなんて土曜日は3時間待ちですよ(笑)すごい賑わいです」
そこまで流山が人気になったのはなぜだろうか。Aさんの実感を語ってもらった。
「一つはお店が多いことですね。僕が来た2019年でも多くの商業施設があったのですが、そこからの6年でさらに増えて」
実際、駅前には10近い複合商業施設があり、それぞれに異なるチェーン店が入っている。もはや揃わないものはないといっていい。
「それと、やはり子育てがしやすい環境です。大きな公園もあるし、駅前広場のように子どもが走り回れる場所もあります。
週末のお出かけに事欠かないのもいいですね。車で足を伸ばせば、大きなショッピングモールが4つほどある。うちの子どもはイオンモールが大好きで、毎週イオンのゲームコーナーで30分500円の『遊び放題パス』みたいなのを買ってます(笑)。それから、1時間ぐらいで大洗の水族館や東武動物公園に行けるので、遊びの選択肢は幅広いです」
こうした立地的な特性を背景に、流山おおたかの森には多くの若い家族層が集まっている。その証拠に、なんと、現在の流山市は、75歳以上よりも14歳以下の年齢の方が多い(※)のだ。高度経済成長期に迷い込んだのか?と思えるぐらいの、日本の中では異質な人口構成である。
※「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」より
植える樹木は「当時の樹種のままで」
駅前の公園には、豊かな緑が広がる
Aさんは、自然の多さも流山おおたかの森の利点だという。
「以前は東京に住んでいたんですが、少し窮屈に感じるところがあって。僕はもともと地方出身で高い建物に慣れていないのもあるかもしれないのですが、流山は空も広いし緑も多いから好きですね。
家に帰るとき、大きな公園の横を通るんですよ。そこでちょっとリフレッシュできる。そういえば、車のナンバーを見ても地方ナンバーが多いので、僕と同じように地方から首都圏に出てきて、流山に落ち着く人も多いかもしれません」
流山おおたかの森を歩いて感じるのは自然の多さだ。何気ない道にも必ず植栽がある。駅近くの高架下にある「GREEN PATH」はその名の通り緑豊かな通路で、ここに至っては植物園さながらだ。
GREEN PATH内の「Forest」はインテリアとグリーンのセレクトショップで、レストランとカフェも併設
この点について、流山市役所まちづくり推進課長の苅込さんはこう述べる。
「駅周辺の開発を進めるときに『流山おおたかの森駅前センター地区まちなみづくり指針』を定めました。これによって、植物をなるべく人の目に付く場所に植えることや、景観を保全するための植物の植え方、さらには開発によって環境が変化しないように当時植生していた樹種を植えるなどのガイドラインを決めました。特に樹種の指定まであるのは珍しいと思います」
流山おおたかの森を歩いていて感じるのは、どことない街並みの統一感。この統一感は、ガイドラインゆえなのだろう。
都心部の再開発では、緑を入れるにしても壁面緑化等で済ませることもあり、本当の意味で憩いの緑が増えているのかは難しいところ。その意味でも都心再開発とは異なる緑のアプローチが人々を魅了しているのは確かなようだ。
名コピー「母になるなら、流山市。」「父になるなら、流山市。」に込められたメッセージ
流山おおたかの森は、つくばエクスプレスと東武アーバンパークラインの2つの路線が乗り入れている。もともと、流山に再開発の話が持ち上がったのはつくばエクスプレス開業のときだった。
「つくばエクスプレス開業に伴う、いわゆる『宅鉄法』によるTX沿線の区画整理事業は、流山市にとってはリスクのひとつでもありました」
そう説明するのは、流山市役所マーケティング課の鈴木さん。
「区画整理事業では、流山市の事業費負担もあって。当時の流山市の認知度は沿線の中で非常に低く、家を建てる場所の選択肢にも入らない可能性がありました。宅地が売れ残ったら、確実に市の財政を圧迫することになります。
これに対応するために、アメリカで都市計画コンサルタントとして働いていた経験を持つ現市長が、市政を経営と捉え、流山市の知名度とイメージを上げるために、マーケティング戦略を実行することにしました」
「まず行ったのがSWOT(強み、弱み、機会、脅威)分析です。流山の強みとは、例えば都心に比べて自然が豊かなこと。この分析に基づいて、流山が目指す都市イメージとなるキャッチフレーズを決めました。それが、『都心から一番近い森のまち』です。
次に、定住人口の増加策を打つ上でのメインターゲットを共働きの子育て世代『DEWKs(Double Employed With Kids)』に定めました」
ここで、流山再開発の2つのピース「共働き子育て世代」「自然」が揃ったことになる。しかし、そのような開発を進めようとする例は他の自治体でも多い。流山おおたかの森がこれほどの注目を集めた理由はなんなのか。
「流山市では、共働きの子育て世代を応援したいという思いから、『母になるなら、流山市。』『父になるなら、流山市。』というキャッチフレーズを掲げました。また、親としてはもちろんのこと、『流山市は、父として母としてだけではなく、一人の人間として自己実現のために頑張る人を応援しますよ』というようなメッセージを込めています」
首都圏近郊に住む人は聞いたことがあるかもしれない。流山市を一躍有名にしたキャッチコピーだ。
「行政からのPRは、自分たちを主語にすることが多いと思います。しかし見る人が主語になる、自分ごと化してもらって、共感してもらわなければ、価値が生まれません」
実際、ファミリー層やその潜在層に流山市役所によるマーケティングが功を奏したことは、その後の街の変化を見ればうなずける。
また、マーケティングだけではない「住民視点」でのサービスとして「駅前送迎保育ステーション」などのサービスも始めた。これは、保育園から登園・降園する児童を送迎するシステム。子どもが別々の保育園に通っている場合や、通勤する方向とは逆の方向に保育園がある場合、駅前の専用ステーションへ朝、子どもを連れていくと、市内の指定保育所への送迎をバスでサポートする仕組みだ。
このサービスがあることで流山市に転入を決められた人もいるというから、なかなかの効果を発揮しているといえる。
毎週イベントが行われる駅前広場の仕組み
さらに、流山おおたかの森の開発で重要な役割を果たしたのが、始めに紹介した駅前広場。
従来、日本の駅前広場といえば、車向けのロータリーに取り囲まれ、座ったり、遊んだりできるスペースは少なかった。しかし、流山市はそうはしなかった。苅込さんは、こう述べる。
「流山おおたかの森は、東武野田線(現・アーバンパークライン)とつくばエクスプレスの2つの路線が交わっています。すると、必然的に4つの広場ができます。その広場すべてをロータリーにするのではなく、いくつかは人のための駅前広場にすることにしたのです。車を呼び込む機能は東口と西口の2つにして、それ以外は人のための空間にしようと思いました」
こうして、子どもにも、すべての人にも優しい駅前広場が誕生した。
そして、ここで流山おおたかの森を読み解く4つ目のキーワードが登場する。「官民連携」だ。この広場に欠かせないのが、「流山おおたかの森S・C」の開発・運営を担当する「東神開発」。髙島屋グループで商業開発を行う会社である。
「市と東神開発さんとの間で協定を結び、駅前広場でイベントなどを自由に行えるようにしています。また、東神開発さんには、その広場の維持管理も行っていただいています。結果として、毎週この広場で人が集まるイベントを開くことができています。
夏のイベントでは、20mも吹き上がる噴水を設置しています。首都圏でこの規模でイベントができる駅前広場はなかなかないと思いますよ」
PFIや包括連携協定といった制度的な根拠を背景に、官民が連携して公共空間の整備を進める例も多い。流山おおたかの森もその一つだ。
しかし、市民の側から「私企業を潤しているだけではないか」という不満の声が持たれやすいのも事実だ。先日も埼玉県行田市で市の公園にスターバックスが進出することに反対運動が起こり、出店が頓挫した。官と民、そして市民の歩調が合わないとうまく進まないこともあるのだ。流山おおたかの森で官民連携がうまく進んだのには、どんな理由があるのか。
「東神開発さんがまちづくりにも積極的に関わってくれているパートナーだったことが大きいですね。市と同じ方向を向いているんです。行政が下手に出たり、逆に上から目線で民に協力を求めてうまくいかないことが多いと思います。その点、流山市と東神開発さんは同じ立場でまちづくりに当たっています」
「流山おおたかの森」から「流山市全体」へ開発は進んでいく?
このように「森」「共働き子育て世代」「マーケティング」「官民連携」がうまく作用しながら、流山おおたかの森は名実ともに人気の街に成長した。
とはいえ、課題がないわけでもない。特に行政が悩まされているのが、開発が飽和してきたこと。
「だんだんと、駅周辺は新しい住宅を建てられなくなってきています。となると、もはや流山おおたかの森だけで、流山市の成長を引っ張っていくことが難しい。今後は流山市全体で成長できるようにしたいと思っています」
「流山おおたかの森」だけがフォーカスされがちだが、実は流山市は、流山おおたかの森駅周辺以外にもさまざまなエリアがある。
ガラッと雰囲気が変わる、流山駅
旧市街である「流山本町」は市内を流れる江戸川の水運を活かし、江戸時代から商業都市として発展してきた。19世紀半ばにはこの街で「白みりん」が誕生し、以後、流山の名物として作られ続けている。
江戸時代中期から江戸川の水運を活かして栄えた流山では、酒造技術も発達。1814年には従来の色の濃い「赤みりん」に対し、色が淡く澄んだ「白みりん」を開発。「天晴(あっぱれ)味淋」「万丈味醂」という商品名で、江戸や京都、大阪へと広がった。現在は流山キッコーマンがブランドを受け継ぎ、白みりんを製造している
2025年3月に流山本町へオープンした、白みりんをテーマにした体験型公共施設「白みりんミュージアム」。昔ながらのもろみ仕込みバーチャル体験、バーチャル工場見学、ゲーム感覚で学べるアトラクションなどの展示も楽しめる
さらに、流山おおたかの森から2駅行った「江戸川台」も、周辺とは異なる雰囲気が流れている。駅前商店街は昭和風のレトロなつくりで、流山おおたかの森ではあまり見なかった個人商店などが立ち並ぶ。
駅前を歩いてみると、流山おおたかの森ではあまり見なかったアジア系の人たちの姿も目に付く。おおたかの森とはまた異なる人々が集まっているようだ。
「いい飲み屋さんも江戸川台駅周辺に集まっているんです。実はこの駅前にあったJETROの跡地を市が取得し、そこも利用しながら駅前の再整備に向けて準備を進めているところです。流山おおたかの森だけではなくて『流山市全体』として魅力を打ち出していければと考えています」と、まちづくり推進課の苅込さんは語る。
再整備されるJETROの宿舎跡地
近くの初石駅前にも、個人店が立ち並ぶ
おおたかの森周辺における開発の飽和は、住民目線からも感じられるところだ。Aさんは、こう述べる。
「僕が街にきてからの6年で、急激に人口が増え、特に子どもが多くなりました。そのため、どうも小学校が足りなくなっているみたいで。聞くところによると、1学年10クラスぐらいあって、先生方もなかなか大変という話も聞きます。
最近、現在の小学校の近くに新しい小学校が開校したのですが、全国的には先生の数も不足しているはずですし、この急激な人口増加に耐えられるのか、就学前の子を持つ親としては少し不安はありますね」
寝静まるのが早い街?
その後も色々とAさんと話していて、面白い話題になった。それは、流山おおたかの森が完全に「ファミリー」に特化された街だ、ということだ。
「街を歩くと気づくかもしれませんが、流山おおたかの森駅周辺はパチンコ屋などが無いんですよ。その辺りも規制されています」とAさん。
実際、ファミリーにとってみれば、そうした猥雑な施設は無い方が治安の面から見ても安心だ。属性の違う人が集まらないほうが、そこに住むファミリーにとってはいいのだろう。
この点に関連して、私が気付いたのは「個人店が少ないこと」だ。チェーン店は一通り揃っていてとても便利なのだが、「昔ながらの個性ある個人店」はまだそこまで多くない。ある意味では、街がつるっとしている。Aさんが言う。
「ファミリー向けの開発で、かなりクリーン。まあ、『ニュータウン』はそういう場所なのかもしれないですが」。この点では、昔ながらの街並みが広がる流山本町や江戸川台などの「オールドタウン」とは対照的である。
「僕は昔ながらの町中華もけっこう好きで食べにいくんですが、流山おおたかの森周辺にはないんですよね(笑)。居酒屋も個人経営のところはここ数年で少しずつ出てきただけで、街全体として猥雑な雰囲気はありませんね」
こうした街の特徴は、思わぬ事態を引き起こしているらしい。
「夜、店が閉まるのが早いんですよ。仕事で都内から遅く帰ってくると、ほとんどの店がやっていないんです。23時ぐらいになったらコンビニを除いて、一軒も飲食店はやっていないんじゃないかな。休日も、自分1人で外食しようとしても、あまりにもファミリーばかりでちょっと気が引けるんですよね(笑)。男性1人の食事だと、意外と苦労するかもしれないです」
「居場所がない」わけではないが、ある程度、流山おおたかの森駅周辺では「ファミリーであること」が前提となって街が成立しているのだろう。
流山おおたかの森を中心として、流山市の地価の上昇ははなはだしいものがある。私が話を聞いた都心に住む友人の話では「東京都の港区に住んでいるファミリーが、その暮らしやすさを求めて流山おおたかの森に転居する例も増えているんですよ」とのこと。
このまま上昇が進んでいくと、少なくとも流山おおたかの森駅周辺は、ある程度裕福なファミリー層のみが集まることになるかもしれない。
マーケティング課の鈴木さんは、今後の流山市について「流山市では『誰もが自分らしく暮らせる街』を目標に掲げています」と言う。
ファミリーだけでなく、さまざまな人が「自分らしく」生きていくためには、流山おおたかの森の外に広がるオールドタウンも一体となって流山を盛り上げる必要があるだろう。その意味で、「流山おおたかの森」だけでなく、流山市全体で開発を進めていこうとする市の方向性は理に適っているといえる。これからは、オールドタウンの良さとニュータウンの良さを混ぜていく必要があるのだ。
「ニュータウン」の新しい事例、かつ成功事例として、流山市が今後どうなっていくのか。その鍵の一つは「オールドタウン」が握っているのかもしれない。
撮影: 杉山慶伍
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この記事を書いたライター
チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。一見平板に見える都市やそこでの事象について、消費者の目線から語る。 著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)など。執筆媒体として「東洋経済オンライン」「現代ビジネス」「Yahoo! JAPAN SDGs」ほか多数。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。Podcastに、文芸評論家家・三宅香帆との『こんな本、どうですか?』など。