「文学フリマ」をご存知だろうか。

小説やエッセイ、詩歌などの文学作品の同人誌の展示即売会で、各ブースにはそれぞれの個人や団体が手作りしたZINEなどがずらりと並ぶ。

ニッチに見えるこのイベントだが、実はものすごい動員数を誇っていて、文学系のイベントとしては類を見ないほど。どれぐらいかというと、全国8箇所で開催され、東京での開催場所は「東京ビッグサイト」。動員数は12000人を超える。

では、文学フリマ(通称:文フリ)の何が人々の心を掴んでいるのか。今回は文学フリマ運営事務局代表の望月倫彦さんに、文学フリマの現状や歴史、意義をお伺いした。

(話を聞いた人)

望月倫彦……イベントディレクター&プロデューサー、ライター、大学講師、団体役員。 文学フリマ事務局の代表なので、人呼んで「文学フリマの中の人」。

 

(取材した人)

谷頭和希……都市ジャーナリスト。書籍、ウェブを問わず、さまざまな媒体で街に関する文章を執筆。観光誌『LOCUST』という同人誌を作っており、2018年から断続的に文学フリマに出店。ここ数年の変化に驚いている。

友光だんご……ジモコロ編集長。2010〜2013年ごろに大学の友人たちと『放課後』『REPLAY』というミニコミを作って文学フリマに出店していた。最近の盛り上がりが気になっている。

 

 

いまや東京ビッグサイトで。2017年から爆増した入場客


取材はオンラインで行いました

だんご「東京ビッグサイトで行う文学イベントって、他にないですよね」

望月「いまや、大きい商業出版社でもビッグサイトで文学系のイベントをやることはないと思います」

谷頭「ここまで文学フリマが盛況の理由はなんなのか、その理由をお聞きしたいと思うんですが、ちょっと個人的な話を……。僕自身、グループで出店したことがあって、それが確か2018年ぐらい。そこから断続的に出店しているんですが、この間の変化を強烈に覚えています。

2018年は、会場に人はいたんですが、どちらかといえばみんな静かで。それで、うちのブースだけ呼び込みをやったらやけに目立って高校の文化祭みたいになった(笑)。

でも、回を重ねるごとに、だんだん人も増えてきた。呼び込みをする人も増えてきて、目に見えて盛り上がってきたな、と感じていました」

望月実はその2018年前後のタイミング、まさに入場者がぐぐっと増えた時期です

谷頭「感覚は当たってたんだ!」

望月「東京開催だと、2017年は3500人で、2019年11月は6000人になっています」

だんご「すごい、2倍近く増えたんですね」

 

SNS戦略と全国開催が後押しした人気


2019年11月に開催された第二十九回文学フリマ東京の様子

谷頭「でも、その増加の原因ってなんだったんです?」

望月「実はそのぐらいの時期に、何かしらのアクションをしないとこれ以上来場者が増えないな、と事務局として感じていて。ウェブサイトをスマホ対応にしたり、サイトのアピール方法を意識したり、色々な取り組みをはじめました」

谷頭「なるほど。広報戦略を変えたと。具体的にどういうことをしたんですか?」

望月「それまでのアンケートで分かっていたのは、文学フリマはTwitter(現・X)を見てやってくる人が多いことです。SNS上も含めた知り合い目当てに参加する人が8〜9割。だから、Twitterユーザーに知ってもらう施策がいいと思いました。

ただ、主催者がたくさん告知しても、直接の知り合いではないから、あまり力はないんです。そこで、出店者に対して自身のブースの宣伝のお願いをした。推奨ハッシュタグの案内も添えて。それが、2017年以降の時期なんですが、それで来場者が増えました」


公式アカウントでは、現在でも積極的に出店者へむけて告知方法のアドバイスなどを行っている

だんご「たしかに、2017年あたりは今と比べてもすごくTwitterが盛り上がっていましたね。そうした状況ともタイミングが合っていたのかも」

望月「それと、2017年の時点で全国8か所で開催していたのも良かった。それぞれの会場の規模は違っても、SNS上で絶えず話題が出ている状況になったんですよね」

谷頭「常に話題になったと。ここで、現在の文学フリマの活況の下地ができた感じがありますね」


現在も全国8箇所(東京・大阪・福岡・札幌・岩手・京都・広島・香川)で開催されている

 

入場客急増から一転。コロナ禍がやってきた!

谷頭「でも、その後やってくるのが、2020年からのコロナ禍……。たまったもんじゃないですね」

望月「いや、本当に大変でした。そもそも文学フリマは2002年から行っていますが、中止した経験は一度も無かったんです。だけど2020年の3月から前橋・東京・岩手・札幌と4連続中止です。半年間、開催できなかった」

谷頭「大打撃……」

望月「来場者数にも影響は当然ありまして、2020年11月の東京は3148人、さらに2021年5月の東京はもっと時期が悪くて2233人。2019年に6000人まで増えていた人数が、大きく減りました」

だんご「3分の1に! せっかく増えていたのに」

望月「ただ、それでも幸いだったのは、イベントが完全に途切れなかったことです。実は2020年2月23日には、広島で開催したのですが、これは1週間遅かったら実施できていなかった。国内で感染拡大して、全国の学校が休校になる直前のタイミングだったんですよね。

そういう風に全国各地の開催も含めて年間のイベント数が増えていた結果、ギリギリ開催できた回もあって。2020年から21年にかけての2年間は、9回の開催と8回の中止をする状況でした」

谷頭「それが文学フリマの灯を完全に消さなかったことにつながったわけですね」

 

コロナ禍で入場客数にブーストが掛かった

谷頭「そして、コロナ終息後に入場者数が増えるわけですね」

望月「そうです。コロナが明けて入場者数がどんと増えた。2017年ぐらいから2019年までは伸びは緩やかで、コロナで1回下がったんですが、そこからバーンと上がっています」

谷頭「それってどういう理由があるんでしょうね?」

望月「文学フリマだけでなく、例えばライブやスポーツの動員が増えている話も聞きますよね。Jリーグも最多動員記録を更新したそうですし。だから、文学フリマだけが特別というわけではなく、社会的にコロナが終わってから、自分の体で体験するイベントが盛り上がっていることはあると思います」

だんご「僕の周りで、コロナ禍を経て日記やエッセイを書く人が増えた気がするんです。それでZINEを作る流れもある。実は今回の取材も、僕がそもそも学生時代ぶりに仲間とミニコミを作って文フリに出そう、ということで思いついた企画で」

日記ブームについて取材したジモコロの記事

だんご「コロナで家に長い時間いて、自分自身を見つめ直すことが流行ったのかと思うんですが、文学フリマでもこうしたジャンルの盛り上がりが来場者や出店者に影響していることはありますかね?」

望月「実は、エッセイなどのジャンルで伸びが高かったのは、2017年から19年なんです。つまり、SNS戦略などで人が増えたとき。エッセイの伸びは文学フリマではコロナ前から顕著だったんです」

だんご「なんと、そうだったんですね!その理由ってなにがあるんでしょうか?」

望月「noteなどのメディアが発達してきて、その影響が入ってきたのもあると思います。そして、岸田奈美さんのように、noteからブレイクする書き手が出てきた。成功例が出るとそのジャンルが人気になるじゃないですか」

谷頭「なるほど。僕も、エッセイや日記の人気がコロナ禍後の文学フリマの活況の理由だと思っていました。それこそ文芸誌なんかもエッセイ特集をやっていたりしたので、その流れとも連動しているのかと」

望月ここは断言しますが、文学フリマの方が先です。ノンフィクションというか小説と言ってもいいのでしょうが、こだまさんの『夫のちんぽが入らない』が2014年に文学フリマで出品されているんです。そのときは同人誌として出品していましたが、すでに当時行列ができていました。それから数年後に扶桑社から本として出されて、ベストヒットになる」

望月「そのあたりで、文学フリマにおけるノンフィクションのカテゴリに勢いがあるのは感じていました。ですから、コロナの後でそうしたものが広まったという認識はあまり私の中にはないですね」

谷頭「つまり、コロナ前から続いていた流れが、コロナ禍での反動を経てブーストがかかった、という見方の方が実感としてある、ということですね」

望月「そうです」

 

長年の積み重ねが出版社や書店の参加を増加させた

谷頭「もう1つ、文学フリマのそのコロナ禍後の変化で感じているのは、近年は書店さんや出版社さんのブースが増えていることです。元々はインディペンデントな文芸の集まりだったのが、近年ではメジャーどころが逆に文学フリマの動きに注目しているな、と思ってまして」

望月「大前提から言うと、文学フリマは大塚英志さんが『不良債権としての文学』という文章で行った呼びかけをきっかけに始まっています。これは、このままだと商業で純文学は立ち行かなくなるから、それ以外の道筋を模索すべきだ、ということです。平たく言えば純文学は自立しろ』と。ですから、出版社だろうがプロだろうが文学フリマには出ていい、というコンセプトでした。

実際、昔から出版社や商業作家が出ることもありました。なので、もともと、メジャーなものと距離が遠いイベントではなかった」

谷頭「なるほど。別に『インディペンデント』がコンセプトではなかった」

望月「ただ、確かに近年は出版社さんのブースが増えました。それは学生時代に文学フリマに出した人が編集者や会社で少し上の立場になったからだと思うんです。大学生の頃に出店していた人たちが就職してから10年ぐらい経って、自分の企画を通せるようになって『文学フリマでなんかやりませんか』という話が出る」

だんご「今回の取材もそれに近いかもしれないです(笑)」

望月「そうですね。それに、文学フリマって、ちょっと上の40~50代の世代も知っているわけです。だから、30代ぐらいの人がこういう企画をやりましょう、と言って上司も文学フリマを知っていて、社内決裁も降りやすくなる。

まさに、20年やってきた強みが出てきているんです。しかも、今や東京会場はビッグサイトですし、マニアックでもなんでもないので企画も通りやすい」

谷頭「確かに。これが長年続ける力というものか……」

 

メインユーザーは25〜34歳。新規ユーザーも多い

だんご「20年やっていると、本来は年齢層も上の人が多くなりそうですよね。その新陳代謝はうまく進んでいるんでしょうか?」

望月「2024年5月の東京開催から入場チケットをイープラスでも販売したので、正確に利用者が分かりました。そのときは、25〜34歳の割合が一番多かったです。これまでのアンケート結果からもその年代が多いことはわかっているので、若い人は着実に入っています。そもそも2017年の段階でSNSを活用した集客戦略をしたのも、それぐらいの年代の人が多かったからです」


入場者数と比例して、申込者数も増え続けている。特にここ1〜2年の伸びが著しい(画像提供:文学フリマ東京事務局)

望月「それと、よく驚かれるのが、文学フリマの申し込みは毎回、新規の人が4割なんですよ」

谷頭「ええ、そんなに多いんですか?」

望月「会場にいると知っている人ばかりが目につきがちなので、ほとんど同じ顔ぶれのように見えますが、全然そうじゃないんです」

谷頭「若くて新しいお客さんがいかに多いかってことですね。それは意外だな」

 

20年続けるための「運営」のコツ

谷頭「そうした新規の人が入りやすい運営の仕組みで気をつけていることってありますか?」

望月行くのにハードルが高い、と思われないようにはしたいです。申し込みが大変だ、などと思われたくなくて、募集の言葉にしても同人業界で当たり前とされている言葉を安易に使わないようにしています。

例えば、コミック系の同人誌即売会で使われている『サクチケ』(「サークルチケット」の略)とか。そもそも『サークル』という言葉も公式としては基本的に使っていません。『サークル』っていうと団体じゃないと出られないんですか、という質問もありますからね」

谷頭「確かに、言葉のチョイスだけで内輪感が出て閉鎖的になってしまいますよね。でも、すごく細かいところにまで気を配っていますね。これが20年の運営を続ける秘訣か……!」

望月「運営ノウハウでいうと、我々は全国で小さい会場から大きい会場まで幅広い運営を体験できているのも良かったと思います。いろんなパターンがノウハウとして積み上がっているんです」

だんご「やっぱり20年同じことをやり続けるのにあたっては、運営をどう回していくかがとても大事ですよね」


2023年11月に開催された文学フリマ東京35の様子

谷頭「ところで、こうして規模を拡大していく文学フリマに対して『文フリは変わってしまった』みたいな反応も起こりましたよね。特に2024年5月の回では、はじめて入場料を取りましたが、それに反論の声が上がったこともあります」

望月「はっきり言えば、ビッグサイトでやるのに入場料を取らないと収支が合わない。そうとしか言いようがないんです。ビッグサイトでやることは目的じゃなくて手段。出店申し込み数がどんどん増えていて、ワンフロアであれだけの出店数を受け入れられる会場がビッグサイトしかないからなんです。主催者としては1人でも多くの人に参加してもらいたいと考えているので、ある意味ではしょうがないというか。

それに、例えば文学フリマ岩手は第1回から同じ会場を使っていて規模が同じですから『昔と変わらないね』と言われたりするんですが、近年は出店申込の抽選が続いています。盛岡は他に大きい規模で開催できる会場がなかなかなくて、キャパを増やせないんです。『昔と変わらない』ように見えても、抽選率があがって出店できない人が増えてしまう面もあるので、なかなか難しいところですね」

谷頭「あるいは出店料を高くする、というのも一つの方法……?」

望月「それこそ不健全じゃないですか。出店者にだけ負担が行く構造は良くないと思う」

谷頭「なるほど」

望月「それに、東京開催でいうと、人が増えすぎることの問題点もあると思うんです。会場の規模を大きくしなければ、入場制限や入れ替え制などを導入しなくてはいけなくなるかもしれない」

だんご「会場をゆっくり見ることも難しくなるかもしれないですしね」

望月「入場料を取ることで、そこもある程度はコントロールできます。逆に、東京以外のところではバランスが取れているので、入場料は取っていません」

谷頭「運営する以上はビジネスとして成立させないといけなくて、現状文学フリマにたくさんのニーズがある。だから、それに合わせて規模を大きくするのは当然で、ある意味では当然のことが起こっている、ということですね」

望月「それに、前回の東京開催で、入場料を取っても12000人の人が来てくれたことが答えだと思います。これで入場客が半減したのであれば私たちが間違っていたのかもしれないけれど、そうじゃない」

谷頭「まさにですね」

 

「ハブ」のような場所になってきた文学フリマ

だんご「文学フリマにものすごいニーズがあることがわかりましたが、出版業界全体で見たときに、立ち位置や役割はどういったものだと思いますか?」

望月「ウェブと商業出版の中間ぐらいの立ち位置で、ウェブでそこそこ人気があるからちょっと自分で本にしてみよう、と思って出品するとか、ちょっとした小冊子レベルの本を出品できる。そんな風に、ウェブで活動している人と出版を結びつけるハブになってきているかな、と思います」

だんご「出版業界における『ハブ』になっている。ものすごくいい表現ですね」

望月個人だけでは難しいことが文学フリマでできるし、逆に商業出版で難しいことも文学フリマでできる。だから、プロ作家や大手の商業出版の世界と、小さな個人創作者の世界、あるいは書店とか、そういう文学や本の周縁で活動してる人たちのハブになるんじゃないのか。そんなことを思っています。

そういう意味で、文学フリマは一つの『場所』として機能しています。立ち上げのときに『既存のシステムに頼らないで、文学が自立する市場を作る』と構想した大塚さんの思いが、20年続けてきて少しは実現してきたのかな、と思います」

だんご「めちゃくちゃいい話だ……」

 

30年先の文学フリマを目指して

谷頭「そんな文学フリマですが、東京ビッグサイトでの初開催が12月1日に行われます。今後も東京だけでなく、各地で続いていくと思うんですが、今後イベントをどのようにしていきたいと思われていますか?」

望月「東京でいえば、まずビッグサイトで安定的に開催できるイベントにしたい。その上で、文学フリマは東京だけでやっているわけでないことが、すごく大きいと思っています。取材を受けていると、東京ありきになってしまうのですが、それぞれの地域で広がりを見せていければいいなと思っています」

谷頭「確かに、お話を聞いていても全国で複数回やっていることが文学フリマの活況につながっていましたしね」

望月「特に今年の7月には四国で初めての文学フリマが香川県高松市で行われました。これが、こちらの想定を上回る応募数で。はじめての四国開催を待ち望んでいた人がたくさんいたんだと思います」

だんご「そういう意味でも地方での展開可能性はまだまだありそうですね」

望月「ただ、無理やり大きくするよりは、健全に大きくすることが大事だと思います。具体的には、立ち上げ時からのコンセプトである『文学作品の展示即売会』は守っていきたい。あくまでも出店者の本がそこに並んでいて、それをみんなが買いに来る、という形が軸としてぶれてはいけない。それ以外のグッズでも食品でもなんでも販売し始める……という拡大はしたくないです。

文学フリマの中でイベント企画をやったほうがいいんじゃないか、などいろいろ意見は出るんです。でも、別に目先の数字を追い求めているわけではない。もはや数年先で終わっていい活動ではないし、長い目線で20年、30年、さらには50年、100年と続けていくためのことを考えています」

 

☆お知らせ

「文学フリマ東京39」が12/1(日)に開催されます!

日時:2024年12月1日(日) 12:00〜17:00(最終入場16:55)
入場料:1000円
会場:東京ビッグサイト 西3・4ホール
イベント概要はこちら↓
https://bunfree.net/event/tokyo39/