編集長を降りて、ジモコロのいちライターになった柿次郎です!

 

ジモコロで47都道府県を旅して、いろんな人に話を聞いて、記事をつくっていくうちに、辿り着いたんです。僕は。

 

……出版に!

 

ジモコロの延長で、書きたいことや伝えたいことが増えていって、出版に辿り着き、「風旅出版」という出版レーベルを立ち上げました。

 

 

よちよち歩きで出版業を始めたものの、既存の出版業界の仕組みって、難しすぎるし、ハードル高すぎる。

 

大量生産・大量消費が嫌われがちな令和の世の中で、書籍は、つくりすぎ、刷りすぎ、返本多すぎ、みたいな印象もある。編集者は会社から課されたノルマのために、年に何冊も本をつくらなくてはならないみたいな現実もあるらしい。

 

一方で、リトルプレスやZINEが流行ったり、「独立系出版社」みたいなワードも聞く機会が増えています。「風旅出版」もそのひとつ。

 

いったい、令和の出版業界ってどうなってるんだ!?

 

で、独立系の出版ってどうやったらいいの!?

 

というわけで、独立系出版界の先陣中の先陣である、ミシマ社の三島さんに話を聞きました。

 

話を聞いた人:三島邦弘(ミシマクニヒロ)さん

1975年、京都生まれ。出版社2社で単行本の編集を経験したのち、2006年10月に単身、株式会社ミシマ社を設立。「ちいさな総合出版社」を標榜し、ジャンルを問わず一冊入魂の本を刊行している。現在は、東京・自由が丘と京都市の2拠点で活動。2019年には新レーベル「ちいさいミシマ社」を始動。著書に『計画と無計画のあいだ』『パルプ・ノンフィクション』(以上、河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。2021年10月より書店と出版社をつなぐ「一冊!取引所」の代表もつとめる。新刊『ここだけのごあいさつ』発売中。

 

ミシマ社が好きで数十冊の書籍を所有している柿次郎

 

これから本をつくりたいあなたへ

「三島さん、今日はよろしくお願いします!」

「わざわざ遠くから来ていただいて。ありがとうございます」

「いえいえ。取材を口実にして、三島さんに会いたいということで……」

 

「いやあ、僕も柿次郎さんとはいろいろお話をしたいなと思っていたので、こういう機会をいただけてうれしいです」

「ホントですか! やっててよかったあ……!」

 

「(笑)」

僕自身、2022年に風旅出版という出版レーベルを始めたんです」

「そうですか!」

「これまでに3冊出版して、直取引で販路を開拓し、まったく関係性のない書店さんへ飛び込みでメール送ったり、本を置いてもらったり。つくるところから届けるところまで全部DIYでやってみようと」

 

風旅出版もミシマ社と同じく、取次を通さずに書籍を販売している

 

「うんうん」

「やっていて、すごくおもしろいんですけど、同時に難しさも感じつつ。今日は、独立系の出版ってどんなふうにやっていけばいいんですか!? というのを三島さんに聞きにきました

「ありがとうございます」

「ただ、独立系出版で本をつくると言っても、その“つくる”は『ZINEとして50部100部でちょっと置いてもらえればいい』ではなくて、数千部、あるいはそれ以上の数を想定していて。つくって、売り切るところまでやれる人たちが増えないとたぶんダメだなと考えています」

「本当にそうなんです。『出版社をつくる』『生業として本をつくる』ということであれば、産業としてちゃんとみんなが生活できていくというところまでいかなきゃいけない

「僕も自分の本を出したんですけど、本を出すために代表として会社のお金を使い、自分の取り分をゼロにしてやったんです」

「わかります、わかります(笑)」

最初は5掛けで出したんです、仕入れてくれる本屋さんには5割。そのあとはずっと6掛けにしています。それは売る側が利益を取れないと、売るモチベーションや置き続ける気持ちを保てないだろうなと思ったから。それでも自分の利益はゼロにしてるからなあって気持ちもあって(笑)」

 

「5掛け・6掛け」は、書店と出版社の取り分の話。「5掛け」であれば、2000円の販売価格の場合、書店が50%の1000円で仕入れられることで、利益が1000円出る。一般的な流通の場合、一冊の書籍による利益は20%程度

 

「柿次郎さんがそこまでやるからギリギリ成り立つ仕組みですよね。わかります、そうなんです」

「風旅出版で最初につくった本は、栃木県の黒磯という街のガイドブックなんです。販売価格が3000円なんですけど、当時は出版のことを知らなさすぎて、原価1600円くらいになっちゃったんです」

 

『A GUIDE to KUROISO 栃木県、黒磯。あたりまえに未来が生まれる町』

 

「はいはいはい(笑)」

「クリエイターたちに『好きなようにやって!』って言っちゃったんですよ。最初から作品づくりと思ってのことだったんですけど……」

「おもしろいです」

「で、その後、さらにいろいろとこだわっていった結果、最終的に原価が2000円になったんです」

「……ふふふ(苦笑)」

 

「なので、若い人たちがこういうことにならないように(笑)、本をつくる上で『ここのプロセスは押さえておけ!』とか、何かアドバイスをいただけたらなと」

「まずはやはり、どういうスタンスで本や雑誌づくりをやるかということだと思うんです。生業としてやろうと思ったら、それは相当勉強しないと無理だと思うんですよ」

『生業として出版社をやること』と『リトルプレスで好きな本をつくること』は全然違うことですよね

「そうですね。僕は最初、『計画と無計画のあいだ』という本を15年くらい前に書きました。すごく、勢いよく書いたせいか、みんなからは『勢いがあれば出版社って、できるんだ!』と思ってもらったところもあって(笑)」

 

「『できるんだ!』と思われすぎてしまったと(笑)」

「あのあと『私も出版社をつくることにしました!』という報告が続々と届いた時期があったんですね。でも『ちょっと待って!』と思って。僕はもともと2社で出版業界に勤めていたというのがあって」

 

「うんうん。シンプルに、下積み期間があったわけですよね」

「そう。そこが周りから見えていなかったのは、僕が自分の仕事の実績とかを対外的に積極的には言ってこなかったからというのもあると思うんですけど。最近はそういう経験をいろいろと経た結果、やっぱりちゃんと現実も合わせて言っていくほうがいいかもって思っているというか(笑)

背中を押してたわけですもんね、意外と崖も近いのに(笑)。『うわー!!!!』って落ちていってる人も、もしかしたらいるのかも」

「“勢い”は、すごく大切なんですけどね。勢いが大切なところへ行くまでの、“修行期間”もとても大切。僕は最初の出版社には4年ほどいて、2社目には丸3年いました。ミシマ社を始めるまでに7年間も出版社に勤めて、社内では最年少ではあったけれども……」

「ご自身では言いづらいと思うので僕が言っちゃいますけど、めちゃくちゃ結果を出してたってことですよね!」

「(笑)。出版業界全体がけっこう厳しい時代に、版元で編集を経験できたというのはすごく大きくて。大変だったけれど、若いときに経験できたというのは何よりも財産なんです」

「20代のほとんどを、出版社での経験に捧げていたという」

「23歳から27歳くらいの5年くらいで、たぶん僕、100冊くらい本をつくっていて

 

「ええええっ!?!?」

そうするとやっぱり、腕が上がるんですよ」

基礎的な筋トレの量が桁違いですね」

「いろんな世界的なデザイナーさんやアーティストたちもよく『量が質をつくる』と、口を揃えて仰いますけど、自分でもわかるくらい上手くなっていく時期がやっぱりあったんです」

「その道を通った人にしかわからない感覚だ」

「そうでなくても今、出版業界って厳しいところで、それなのに出版社からいきなりやろうとするのは『どれだけガッツがあってもかなりハードルが高いんだよ』と僕は思いますね」

「そもそも、どんな業種でも起業して事業を続けていくのは簡単じゃないですしね」

 

だから、リトルプレスのいいところは、自分がそこで利益やお金を得なくても、ギリギリ原価さえ回収できれば、経験を積めること。しかも自分がリスクを背負ってやるわけですから、どこかの会社でやるよりも一冊で何十倍も経験値を得られると思います」

「大きな出版社での経験と、リトルプレスをつくる経験は全然異なるものなんでしょうね」

「版元ではわからない印刷所とのやりとりとか、具体的には『こういう印刷をするとこれだけお金がかかるんだ』『4色刷りってこういう意味なんだ』『この紙はこうしたほうがいいんだ』というのも学べますし。だから、リトルプレスから入るというのはすごくよいと思うんですが、事業として出版をやるのはすごく大変というのは伝えたいです

「そうですよね。僕も今、まったく見えてないですもん」

「結局、僕らの時代に会社を興したナナロク社さんとか、めちゃくちゃ才能があるわけです。彼らがやれているから出来る、と思ってしまうと、ちょっと危ない(笑)」

「『小さな出版社をつくって成功してる人がたくさんいる!』って見えますけど、そういう人たちはみんな出版社で修行して、その中でもめちゃくちゃ実力があった人ばかりという……」

「……とはいえ、自分に自信をもってやることも大事だし、僕は背中を押したいとも思ってるんですけど。だから常に大胆かつ慎重に、そこは両面が必要ですよね」

 

 

風旅出版の書籍『おまえの俺をおしえてくれ』は、現在は2,000部以上販売しており、それでもやっと印刷費などの実費を支払ってトントン。会社として制作したことでコスト感を抑えられている印象もありますが、社内のメンバーが編集等手を動かしていることをコスト換算し、営業コストや販売のためのツアーを自腹で支払っていること、を考えるとまだまだ全然赤字です……!

 

岩波書店と夏目漱石

「ここ数年は、独立系の本屋さんもすごく――」

「増えてますね。ミシマ社はいま17年目で、ずっと『直取引』という形で書店さんと取引しているんです。『直取引希望』という新たなお取引のお問い合わせが、体感的には一週間に1社くらい来ている感じで」

「へえー!」

「ちょっと書店を始めようと思ってて、みたいな声をいただくことも多いです。コロナ前からずっとその流れはあって、それが一時だけではなく、ずっといまだに続いてるという感じがしていますね」

いろんなことしてる建物の中の一機能として本を扱おう、という動きもありますよね」

「そうそう。僕らは最近、それを『&ブックス』と呼んでいるんですけど」

「ああー、なるほど」

「たとえば北海道の小樽に、ジーンズ屋さんが本屋をやってるところがあって。だから『ジーンズ&ブックス』なんですよね。和歌山だと、『実は本屋をずっとやりたかったんだ』というガソリンスタンドの方がやっていて、それは『ガソリンスタンド&ブックス』

「おもしろいですね」

「そうやって、『メインのお仕事がありつつ、本屋さんも』という形もすごく増えていますし、それができる時代になっていますよね。ちょっと話が飛んでしまうんですが、『一冊!取引所』というのを3年前に立ち上げて

 

出版流通の仕組みである「取次」を通さずに「直取引」をする場合、これまでは出版社と書店は1社ずつ1店舗ずつやりとりをするしかなかったが、一冊!取引所を使用すると、そのやりとりの工数を大幅に削減できる

 

出版業界の仕組み自体がややこしいので伝わりづらいかもしれませんが、とにかく、小規模な出版社や書店がめちゃくちゃ助かるサービスなんです!! 引用元:一冊!取引所

 

「『一冊!取引所』のお話も聞きたかったです!」

「『一冊!取引所』があったから、書店を始められるなと思いました、って言ってくれるような方もいて」

「それはすごいですね。意義深いサービスだ……」

「やろうと思った理由はいろいろあるのですけど。ひとつは、ミシマ社で得た直取引のノウハウをもっといろんな出版社に使っていただこうということ。もうひとつは、やっぱり独立系書店さんが増えているのを感じていたことで。僕がミシマ社をつくったのは2006年10月なのですが、それ以降の15年くらいで小さい出版社が数百社くらいは生まれているんですね」

「数百社も!!!!」

「はい。出版社という形に限らず、リトルプレス・個人出版・ZINEをつくっている方々まで数えたらすさまじい数になると思うんですけど」

「すごいですね」

「そういう流れがこの15年は、書店側・出版側両方の流れとしてあった。さらに、書店さんをやりながらリトルプレスを出すってケースもすごく多くて

「よく聞きますね」

「それはつまり、元来のあるべき形に戻ったということでもあると思うんですよね。元を正せば、岩波書店だって、神保町の古本屋から始まって、自費出版の出版社として始まったんですから

「そうなんですね」

本屋さんをやっていたら、知人から『これを出版してくれ』って言われたんで、その流れで岩波書店の創業者である岩波茂雄は、ノウハウも何も知らずに出版を始めたんです

「へえー!」

「で、『せっかく出版やるんだったら』ということで、その“せっかく”の度合いがあの人はすごいんですけど、それを夏目漱石に頼みに行ったんです」

ええええっ、初手で夏目漱石!?!?

「はい(笑)。当時、すでに国民的作家だった夏目漱石先生に、朝日新聞で連載していた『こころ』を我が社から出してもらえないかって。そのときは、まだ面識もないのに知人の紹介で会いに行ったんです」

「ええええ」

「そして、夏目漱石が『よかろう』と言った。という逸話が残っているんですけど(笑)」

 

「はあー‼︎ すごい!!」

「一方で、志賀直哉の『白樺』や正岡子規の『ホトトギス』は、今で言うリトルプレスを立ち上げて仲間内で文芸誌をつくって、というところから作家活動が始まっている

「柳田国男の『遠野物語』もリトルプレスみたいなもんですよね」

「岩波書店の話は、100年以上前のお話です。僕自身が出版業界に入ったのは1999年で、もうすでに出版氷河期でした。その辺りからどんどん出版不況と言われ出し、いろんなシステムが制度疲労を起こしていっていたんです」

「時代の転換期ですね」

「出版業界に限らず、僕らの世代はみんなそういう転換期にいるわけですけど。そんな中で、僕らはこれから現役でやっていかなきゃいけない、というときに『制度疲労を起こしていると思われるシステムに寄りかかった状態でいいのかな?』と考えまして、ミシマ社を2006年に立ち上げ、2007年から直取引をずっと続けているということなんです」

「ほうほう」

「そんな中で『一冊!取引所』をつくったのは、出版社だけをやって、自分たちの本をつくって、本屋さんに卸すというだけでは、ちょっともう成り立たなくなっていくだろうと直感したからです」

「三島さんからそんな風に聞くと恐ろしい」

「業界のインフラ全部が崩れてきている中で、もはや本だけをつくっていたらいいという時代ではないなと版元として思って、『一冊!取引所』をつくりました。小さい規模で出版をやってきた先行者として、一旦は自分ができるところまではインフラづくりをやろうかなと思って始めたのが『一冊!取引所』なんです」

「Huuuuでも先日申し込ませていただきまして」

「ありがとうございます!」

「まさに、自分で出版レーベルをやってみると『追いつかん!』ってなっていたんです」

「本屋さんへの案内まで保たないですよね。一冊一冊やるとなると、現実的に難しい……。リトルプレスブームはあるけれど、つくって、そこから本屋さんに置き、さらに買ってもらって現金化して。完全に商売としてやるのではないにせよ、最低限の原価回収できるところまで持っていくことがまず難しい」

「ほぼ無理なんじゃないかって感じますね」

「でも、『これだけみんながやりたがってるんだから、そこはやっぱり仕組みがあったほうがいいな』と、2022年12月に『一冊!リトルプレス』を始めました。ずっと構想してたんですけど、ようやくリリースできたという感じです」

 

引用元:一冊!リトルプレス

 

令和は、出版を生業にしやすい時代!?

「ここまでのお話をまとめると、おおまかには『出版社をつくって、生業にするのは簡単じゃない』『リトルプレスから挑戦していくのがいいんじゃないか』というお話でした」

 

「はい」

「僕自身そうなのですが、『出版を生業にしたい』と考えた場合、何を考えたらよいですかね? 相当勉強して下積みがないとガッツだけでは難しいと……」

「そんなことないですよ!(笑)。そんなに修行を積まなくてもいいと思います」

「まずやってみるのが何より大切ですね!(笑)」

「そうなんですよ! 僕は本当に、そう思ってるんです。そこはふたつの現実があって、ITスタートアップみたいに、まずは起業のハードルを下げることが大切。『誰でもやれる』『アイデア一発で勝負できるようなもの』でいいんじゃないかと思っているんです」

「だからこそ、『一冊!取引所』みたいなインフラづくりまで三島さんがやってくれているわけですもんね」

「ええ。ただ、もうひとつの現実として、30数年ずっと続いてる出版界の構造的な不況の中にいきなり曝されてしまうので、そこで生業として成り立たせようとしたときには、やっぱりいろんな難しさがあるという話なんです」

「そうですね」

 

「僕は、ここの壁を高くしている意味ってあるのかな?と思っていて。独立して出版社をつくること自体が相当難しい時代が長くあったわけです。やっぱり、もっといろんな人たちが他産業から入って、それを生業にしていくというような業界になっていかないと活気も出ないし、新しいアイデアも生まれないし、次の時代の産業にはなっていかないと思う」

「本当にそうですね。閉鎖的になってしまうと、持続可能性がない」

「ので、参入障壁はもっと低くあってほしいなと思っているんですね。その中で、僕らの『一冊!取引所』をはじめ、少しずつそうやって使ってもらえる仕組みが出始めているから、ここからは大胆に思い切ってやっていってほしいなと思いますね

「うんうん」

「ミシマ社を始めた10年以上は、そういったインフラみたいな仕組みもほとんどなかったので。『出版社始めてみます!』と言われると『そんなに甘くないんだけどな……』って思っていたんです。当時はですよ。ただ、今は次の局面に来ているというか」

 

「BASEとかでECサイトも簡単につくれるし、Amazonで売ることもできるし、ネットで何か物を売ることのハードルも相当下がっていますよね」

「そう。どんどん新しい人たちが入ってきて、ぜんぜん違う発想でやるような業界になっていかないといけない。どんどん参加していただきたいし、そのために自分たちのような先行者ができることに関しては、僕に限らずいろんな人が協力したいと思ってるような感じが今は風潮としてある……。なので、前言撤回ということで(笑)

「既存の産業自体も変わっているタイミングだから、それをうまく利用しつつ、新しいこともできる可能性も出てきている、ちょうどいいタイミングでもあるってことですね」

「本当にそう思います」

「参入障壁、制度疲労の仕組みの壁みたいなところで、20代の頃の三島さんはムキムキになって指先でめっちゃむずいボルダリングをやらされていたけど、『一冊!取引所』があることでボルダリングのホールドを掴みやすくなっている。2023年は体重移動さえできれば上がっていけるみたいな」

「そういうことですね(笑)。これまでは『ハードルが高すぎるので諦める』か『それでもやるか』みたいな二極化した選択肢しかなかったんです。ただ今は、そこまで印刷原価がかからない形でリトルプレスをつくっていくような流れが、もうすでにけっこうあるんです」

 

「『一冊!取引所』しかりですけど、今みたいな時代じゃなかったら、僕もできなかったのかもしれません」

「10年前にはなかった仕組みや印刷の発想など、いろんな意味で参入障壁が崩れてきているなとは思います。今がまさに、潮目が変わってきているときなんだと思います。ガラッと変わるんじゃないかなと」

「まさに今、この2023年がチャンスだと」

「本屋さんも出版社も、そういう時代に今向かってるということですね。やっぱりジモコロさんなんで、『全国でできるんだ!』ということは伝えたい。僕や柿次郎さんのように、東京にいなくてもできる、という流れになるといいかなと思いますね」

『一冊!取引所』『一冊!リトルプレス』といったインフラを活用してもらいながら、本づくりを始めてくれる人が増えるといいですね。最初から『&ブックス』を想定してもいいし」

「まだまだ力不足ではありますが、そういった状況を目指しているのは間違いないです」

 

今、書いている本のこと

「これまで聞いたような時代性が前提としてある中で、最後に聞きたいのですが。三島さんは、会社の代表という仮面と、編集者という仮面と、本も書かれている作家としての仮面、この3つの仮面があるじゃないですか。僕は、メインはどれなんだろう? と悩んでいまして」

「はいはいはい。僕の場合は、ずっと足場は編集者です」

「決めているんですね」

「はい。振り返るとですけれども、この15年は、編集者として突っ走ることによって、会社の代表という仕事も書く仕事も、そこに吸収されていくような形になっていました」

「なるほど」

「なので、編集者としての僕の仕事をやったら、結果として会社もうまくいくという。そんな仮説を立てて、実際にずっとそうしてやってきたんです。僕はホント、会社の数字も全然見ないし、いまだにExcelも使えない。『それをしたら何かが失われるんじゃないか』って思っちゃっています」

「ははは(笑)」

 

「だけどその分、編集者としての感覚は任せてもらうというか、『みんな、絶対に信頼してくれていいから』と、一点突破でこれまでやってきたきらいはある」

「17年間、一点突破‼︎」

「で、今、僕は自分の本を書いているんですけど。まさにそういったところを書いているんですよね」

「経営者としての悩みみたいな?」

「最初の15年のあとの、コロナが起こってからの3年ってなんだったんだろう? と振り返ると、結局、『おもしろい』という思うことを会社としてやり続けるために、僕は編集者というかクリエイティブの仕事一点突破でやるのにも限界が来ているというか」

「なるほど」

 

「そして、その課題って僕だけじゃなくて、日本中、もしかしたら世界中の『おもしろいこと』を生業として、組織でやろうとしている人たちが軒並みみんなぶち当たっているのかな? と思ったんです」

「た、たしかに……」

「大きなクリエイティブ企業になっていけば、お金は動くんだけれども、僕がやりたいのは、もう少し職人気質で、『おもしろい』もので。小さい会社やもっと小さい組織単位でできないのかなということを考えているのですが、けっこう難しい時代に来ているなと感じていて」

「ここにも時代の転換期が」

「社会としての正しさであったり、時代の流行であったり、つまりは“マジョリティを背景にしたものさし”みたいなものとの戦いですかね。『おもしろい』という言葉を僕はずっと使っているんですけど」

 

「『おもしろい』って、人によって全然違いますよね」

「そうそう、おもしろいの中身を定義することって究極は無理なわけで、それぞれその人にとってのおもしろさしかなく、まさに多様なわけです。その個別の多様さを担保しようと思ったら、ランキング的なおもしろさや、グルメサイトの星いくつみたいなおいしさとは相容れないんですよね。本来は『その人にとっていい店か悪い店か』しかない」

「自分にとって、いい店であれば、それでいいですもん」

『グルメサイトで星1つだけど僕にとっては最高の店』があったら、その人の人生はそれはそれですごく豊かなわけであって。だから、そういう一冊をつくっていきたいんですよね。私にとってこの一冊はかけがえない、世間の評価はどうだっていい、というものをつくろうと思ってやっていて、それを組織でやろうと思ったときの成り立たせ方というものを、今、結構考えなきゃいけない時期に来ているなと、すごく思っています」

 

それが、5月に出る本に生々しく書かれているんですね

『ここだけのごあいさつ』というタイトルです。だから僕も初めて『ちいさいミシマ社』という自社レーベルのほうから、それこそさっきの柿次郎さんのお話と一緒で、僕は印税を取らないから、実験的にやろうとしていまして(笑)。書店さんの利益も、通常6掛けで卸しているところを一冊!決済というクレジットカード仕入れのサービス利用時には55%にして、さらに利幅が出るように設定していて」

「同じですね(笑)」

「自分の本だからできることをいろいろ実験も兼ねてやる本なんです。そういうことをすごく考えているタイミングだったので、今日はお話できてよかったです。まだ全部は書き終わってないんですけど」

「今日のお話もすごくためになりましたけど、書籍も楽しみにしています。ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 

おわりに

三島さんが一貫して話してくれたのは、

 

「自分がどういった立ち位置で出版と向き合うのかが大切」

「出版社を生業としてやるのは簡単じゃない」

「リトルプレスから挑戦していくのはおすすめ」

「出版社・出版業を始めるハードルを低くしたい」

 

といったこと。

 

今回の取材を通じて、三島さんは、岩波書店を立ち上げた岩波茂雄氏の例のように、出版社や出版業界の在り方を、「本来あった、もともとの形」の進化系に発展させようとしているのではないかと感じました。

 

ミシマ社の公式サイトには「一冊の力 設立の言葉にかえて」というメッセージが掲載されています。そこには、今と変わらない、“一冊”への想いが。

 

小社では、「一冊の力」を信じ、本づくりに従事します。

思いをこめた本は、子どもから大人まで、世代を問わず楽しんでいただける。

読んだ人たちが、ちがう世界へと羽ばたくことができる。

たった一冊で人は成長できる。

「一冊の力」を信じること――これが小社の考える原点回帰です。

かけがえのないこの一冊を通じて、皆様にお会いできますことを心より楽しみにしております。

 

引用元:会社概要|ミシマ社

 

「一冊の力」を信じ抜いているからこそ、その「力」をもっともっと発揮できる業界の形や流通の仕組みを想像し、『一冊!取引所』や『一冊!リトルプレス』をつくりあげ、誰もが「一冊入魂」できる世界をつくることで、自分自身もさらに「一冊入魂」へと突き進む。そんな姿勢を感じたんです。

 

僕自身も、「一冊入魂」の精神で、次の“一冊”をつくりはじめたいと思います!

 

三島さんの新刊『ここだけのごあいさつ』

本記事内で三島さんが「今まさに書いているんです」とお話してくれた、新刊『ここだけのごあいさつ』が、5月19日(金)に発売開始されました!

 

 

「ああ、これかも!」 

 

ちいさな組織で「おもしろい」をつづけるために――

今、感じている「危機」をどうのり超えていけばよいのか?

ある出版社の代表がぼろぼろになりながら辿り着いた、「一般論」の向こう側。

 

5年にわたり書きつづけた自身のテキストを読み返し、

会社を運営する喜び、痛み、気づき、反省、実感…を赤裸々に綴る。

 

いまの時代を生きる、すべてのちいさな責任者へ。

 

構成:くいしん

撮影:岡安いつ美