みなさんこんにちは。ライターの冨田です。

私は今、北海道の上川町(かみかわちょう)に来ています。旭川空港から車で1時間ほど、現在の気温は約マイナス5℃。吹雪いていて、とにかく寒いです。

震えるほど寒いこの地に、室内でもっと寒さを体験できる場所があるそうなんです。

それがここ、アイスパビリオン。氷と寒さをテーマにした体験型の美術館です

扉を開けると、見渡す限り氷の世界。ここは館内の「アイスホール」といわれる場所で、通年マイナス20℃に保たれており、使われている氷の量は1000トン(!)を超えます。

アイスホールの天井には無数の氷柱が連なり、室内とは信じ難い光景が。ご覧の通り、大規模でユニークな、世界に一つだけのミュージアムです。

これだけ大規模な施設ですから、国などの公共が関わっているかと思いきや、なんとたった一人の男性が、お金を集めて建てたといいます。その物語を聞いた後、雪が降りしきる中で私は号泣することになるのですが、その話はまた後ほど……。

 

金なんて一つの道具。どうとでもなる。

同行したジモコロ編集長・友光だんご(左)と、ミュージアムを建設した、帆苅正男館長(右)

「帆苅さん、今日はよろしくお願いします!」

「大した話ができるかはわからないけど……。そもそもこのアイスパビリオンの構想を思いついたのは、もう40年以上も前のことなんですよ」

「そんなに前に」

「この近くにある層雲峡温泉という温泉地で、『氷瀑まつり』というイベントがあるんです。当時はちょうど『氷瀑まつり』が始まった頃でね、面白いことやってるな〜って思ってたの」

例年約12万人もの観光客が訪れる「層雲峡温泉氷瀑まつり」。自然を活かし、大小30基の氷のオブジェが作られる。「氷瀑」とは、滝から流れる水が凍るという意味

「ああいうことを建物の中でもできたら、もっと面白くて楽しいんじゃないかと思ったのが始まりだね」

「面白いことをやりたかったんですね」

早い話ね、人をびっくりさせたいんですよ。面白いな、楽しいなって思ってほしい、という性格なんです」

「構想を思いついた頃、帆苅さんは何の仕事をされていたんですか?」

「もう、めちゃくちゃですよ」

「えっ」

「これっていう一つの仕事じゃなくて、ありとあらゆることをやってたの。あの頃はお金もなくて、ほぼ一文無しだったね」

「とはいえ、この施設を作るにあたってはお金が必要ですよね。いくらかかったんですか」

「トータルで……10億円ですね」

「10億!?!? どこからそんなお金が?」

「そう、そこなの。出資者を募ろうと思っても、今までにない施設だから、人を説得しにくいんですよ。多くの人たちは相手にしてくれない」

「そしたらどうやって」

「アイデア自体は新しくて、今までにない素晴らしいものだという自信がありました。だからとりあえず旭川でプレス発表会をやったんです

「何も決まっていないのに」

「そう。プレス発表会で考えを伝えたら、出資者が手を挙げるだろうと思った。なにせ今までに聞いたことがない話だから、新聞からテレビまで、大勢の報道陣が集まってきましたよ」

「それで、出資者は現れたんですか」

「いやあ、全然」

「……」

「まあ、根拠がない話だからね。建設する土地すら決まっていないですし。しばらく取材の問い合わせとかはあったけど、一年したら注目すらされなくなっちゃった」

「そういう状況に、心が折れたり諦めたりしなかったんですか」

この夢は絶対に、日の目を見るという確信があったんだよね。アイデアに自分が一番惚れ込んでいましたから。出資者が現れないなら、もう自分でやるしかない。大ボラ吹きにはなりたくないですし。そう覚悟を決めて、銀行に行ったんです」

「そこで10億も?」

「さすがに最初からそんな大金は難しいから、まずは5000万円。それで『実験館』を作りました。今のミュージアムよりも小さな100坪くらいの規模で、内部に氷の世界をつくった施設を、なんとか自前で。そしたらそれが、大盛況でね」

「成功したんですね! よかった!」

「でもね、人が入りすぎて、氷が溶けちゃったの

「人の熱気で」

「そう。みんなが見学していると、天井からポタポタ溶けた水が降ってくるわけ。でもさ、それが失敗だとも思われないんですよね。他にない施設だから」

「そうか、そういうものだと思われる」

「それも面白くてね。でも氷が溶けないようにしようと思ったら、氷の量を増やさなきゃいけない。大盛況ぶりに『これはいける』と感じたから、また銀行でお金を借りて、何回か増設を繰り返していきました」

「それで10億ですか」

「いや、まだ序の口ですよ。この時に借りたのは1000万円ずつくらい。それで3〜4年間くらい実験館をやっていたとき、事件が起きました。アイデアをパクられかけたんです

「室内で、氷の世界を体感するというアイデアが」

「そう。旭川で50億円かけて、雪の美術館を作るプロジェクトが立ち上がっているという話を耳にしたんです」

「50億!」

「対抗する訳じゃないけど、うちはうちなりに大きなスケールで作ろうと決意してね。それで当時の拓銀が新しく立ち上げたベンチャーキャピタルで、10億円の融資を受けました

「すごい。一気に10億まで」

やるときは、中途半端じゃダメなんですよ。スケールが大事。簡単にできないくらいじゃなきゃ勝負になりませんからね。そうして、1991年にようやく本オープンを迎えました。それもまた大盛況。でも見事に有頂天になったらね、一度大失敗したんですよ」

「大失敗」

「台湾に、アイスパビリオンを作らないかという声をかけられたんです。契約書まで結んだんだけど途中で頓挫しちゃってね。これがそのときの契約書」

「そのときね、一旦いろいろ整理したくて、この上川町のアイスパビリオンも誰かに譲ろうとしたんだけど、みんなできないんですよ。氷の世界を維持できない」

「管理が難しい?」

「そう。情熱がないと難しいんです。毎日管理し続けなきゃいけないし、特殊なノウハウが必要なので。みんな逃げちゃう」

「それで帆苅さんがずっと管理し続けられているんですね。それだけ情熱が続いているのがすごい」

「発想から約40年、オープンしてから約30年でしょ。かなり前に思いついたアイデアなのに、今でも通用するっていうのは誇りですね。やっぱりね、発想が大事だと思うんですよ。お金とか条件ありきじゃなくてね」

まずは発想して、夢を描く。そこから必要なお金や人を用意すればいいんです。お金がなければ何もできないなんて、そんなことはない。お金は一つの道具ですから。細かい話はさておき、そろそろミュージアムに行きましょうか」

「ありがとうございます! 帆苅さんの発想を、早く体感したいです!」

 

失敗したら、すぐぶっ壊す

「ここがミュージアムの入口。最初オープンしたときはね、ここで専用の眼鏡をかけてもらって、3D映像を流していたの。北海道では初だったんじゃないかな」

「あれ、今は映像が流れてはいないんですね」

「お客さんがここに溜まっちゃって、オペレーションが追いつかなかったの。だからすぐにぶっ壊して、1億円かけて建て直した

「ええ、もったいない」

もったいなくてもね、失敗したら、すぐぶっ壊せばいいの! 失敗は成功に一番近づくんだから」

「たくさん失敗すれば、その分パワーアップできるんですね」

「はい、ここからがマイナス20℃の世界。さっそく入りますよ」

「すごい近未来的な扉。テーマパークみたい」

「おおおおお寒いです! 寒い! 帆苅さん寒くないんですか!」

「寒いですよ」

「そうですよね」

「さ、下を見てみて」

「わあ! 太くて大きな氷の柱! 大黒柱みたい!」

「毎日、管理をしてね、大きくさせていくの」

「どうやって管理してるんですか?」

「それは企業秘密」

「今ここが室内だなんて……。しかもこのアイデアは40年も前に生まれたんですよね。さっきの物語を考えるとまた、本当に感慨深い……って、え、帆苅さん?」

「はい、どんどん行きますよ〜」

「全然ゆっくり見せてくれない! 待って待って!」

「ここはね、一旦寒さから解放されて、ちょっとお休みできる場所。さあ中に入って」

「おじゃまします。おお、あったかい!」

「ここは何℃だと思います?」

「10℃くらいですか?」

「そうでしょ。でも、ここ実は室温0℃なの」

「ええ!」

「マイナス20℃の世界と比べたら、あたたかく感じますよね」

「さあ次はこのボタンを押してみて」

「押せばいいんですね、はい」

 

ブオオオオオオオオオオオ

「爆音とともに強風が! え! 無理!」

「だんごさん、代わりにどうぞ!」

「えっ」

「うおおおおお」

「これね、人気なんですよ。マイナス41℃を体験できるの。中には服を脱いで記念写真を撮る人もいるんだから」

「気合いがすごすぎる」

「わ〜下から見るのも、氷柱の形が繊細で綺麗ですね」

「この状態を維持するメンテナンスは相当大変そうですね」

「そうなんです。かなり特殊なメンテナンスで、手間もお金もかかります。でもね、人がたくさん来れば利益しかないんですよ。仕入れが必要なく、変動費がないので。そこはビジネスとしていい点ですね」

「そういえば、ここのソリ遊びも人気なんですよ。外にあるんだけど行ってみる?」

「ソリ遊びですか! なんだか楽しそう!」

「そしたら案内しましょうか」

 

体験! 涙が溢れる、感動のソリ遊び

「ソリ遊びなんて、小学生のとき以来だな〜楽しみ楽しみ〜」

「まずは神社でお告げを聞いてね」

「お告げ?」

「氷神宮」

「これね、お賽銭を入れたら意味深なこと言うから聞いて」

「意味深なこと。だんごさん、どうぞ」

「え、僕。じゃあお賽銭を入れますね……」

「「「「帰ったら、空き缶回収に協力することじゃ〜」」」」

「おお、意味深……?」

「そしたらね、感動のスライダーを体験してください。あそこのお姉さんに案内してもらって」

「はい、ここにあぐらをかいて、ここを持って」

「え、スライダー? 何が起きるんですか?」

「うん、大丈夫だから。さ、いきますよ。それ〜!」

「いや、心の準備が」

「おおおおおおおおお」

「冨田さん! すごい勢いで回っていったけど大丈夫?」

「かなり怖かったですが、まあ楽しかったです! ありがとうございました!」

「いや、今のは練習ですよ」

「練習……?」

「はい! ついてきて!」

「次は何人かで滑ってもらうからね、ほら、そこのお兄さんも早く早く!」

「僕もですか」

「はい、ここに座って、後ろの人の足を持って」

「あの……結構高さありませんか」

「大丈夫! それ〜!」

いきなりすぎてカメラが追いついていません

「いや、異常なスピードでしたよ。遊びのスケールじゃないです、これ」

「まだまだ! はい、次はこっち!」

「なんか急勾配の坂道が見えますが、まさかここを滑るわけじゃないですよね。急勾配すぎて、もはや雪が流れていますし。まさかね」

「はい、ここ座って! お兄さんも! はい、足持って!」

「え、いや、まさかここを滑るわけじゃないですよね」

「はい! それ〜!」

「も、もう十分です……」

「はい、次はこっちこっち!」

「はーい、最後はジャンプしまーす! それ〜!」

「え、ジャンプ?」

「おお! ふわっと身体が浮いた! すごい! え、冨田さん大丈夫?」

「あら、感動で泣いてるの」

「怖さしかなかったんだけど、これは感動の涙なのかな、そうなのかな……。いろいろさておき、ミュージアムもアトラクションも、すごいスケールだということは体中で実感しました」

「そうでしょう。そんなに感動したなら、どう、仲間になる?」

「考えておきます」

「結局ね、一生は一度きりだから。夢があれば、情熱があれば、なんでもできる。泣いてる場合じゃないよ!」

「はい!」

 

おわりに

号泣しましたが、最後は笑顔に。帆苅さんの物語も、ソリ遊びで流した涙も、きっと生涯忘れることはないでしょう。

情熱でアイスパビリオンの夢を叶えた帆苅さんには、まだやりたいことがたくさんあるそうです。「やる気がある若者がいれば、ぜひ一緒に」とのことなので、興味がある方はぜひアイスパビリオンへ。ただし、情熱があることが条件。夢があれば、情熱があれば、なんでもできます。私も挑戦と失敗に躊躇せず、帆苅さんに負けないよう、面白くチャレンジングな日々を送るぞ!

 

撮影:原田啓介