
この街のイメージカラーは白なんだよ、と、引っ越してきたばかりのころ、父が教えてくれた。
芥川賞作家・村田沙耶香は『しろいろの街の、その骨の体温の』の中で、千葉ニュータウンの風景をこう表現している。村田は千葉ニュータウンの出身だ。
新しい「ローカル」である全国各地のニュータウンを探訪する「ニュータウン出口」の2回目。今回は、この千葉ニュータウンに来ている。
ここは、千葉県の白井市・船橋市・印西市にまたがる巨大なニュータウン。開発は1966年から始まり、その後、長きにわたって宅地造成や商業地の誘致が行われ、現在に至る。
最果ての印旛日本医大前駅へ
私はまず、その終着駅ともいえる印旛日本医大前駅にやってきた。終着駅として、電車の掲示板では見たことがあるが、実際に行くのははじめてだ。
『しろいろの街の、その骨の体温の』では、ニュータウンとともに成長していく主人公・結佳が描かれる。結佳はベージュの建売住宅に住んでいるのだが、駅を降りて目に付くのは、そんな結佳が住んでいたであろう家、家、家。

美しいほど、同じ家がずっと続いている

ベージュと白で街が埋め尽くされている
そのほか、駅前にあるものといえば、巨大なロータリーぐらい。ここからは大学や中学・高校へのバスがたくさん出ていて、部活帰りなのか、学生がちらほらいた。中には座ってだべる学生の姿も。
この駅は「関東の駅百選」にも選ばれているもので、とてもきれい。それだけに、座り込む学生がちょっと浮いていて、面白かった。

特徴的な駅舎なのだ

駅の入口も、ちょっとした遊園地のよう
ゴーストタウン、と呼ばれた千葉ニュータウン
ほんの少しだけ歩いてみる。学校バスの運転手がすごい勢いで左折してくる。ここを歩く人なんて、いつもはいないのか。危うくひかれるところだった。
駅から少し行くと、「印西市立 印旛医科器械歴史資料館」なる建物が。お、面白そうだぞ、と思ってみるとなんと開館日は「月・水・土」のみ。この日は木曜で残念ながら閉館中。レアな資料館だった。

「印旛日本医大」というぐらいだからこうした資料館もあるのだろう。ちなみに、ここには日本医科大学があると思われがちだが、実際にあるのは、日本医科大学千葉北総病院。
この駅が誕生したのは2000年、千葉ニュータウンの中心である「千葉ニュータウン中央駅」が誕生した16年後に完成した。ずいぶん長いブランクが空いているように思われる。
というのも、その間にバブルが崩壊し、千葉ニュータウンの開発が停滞していたからだ。一時はゴーストタウン、とも言われていた。

実は「成田新幹線」なる計画もあったらしいが、やはり頓挫。開発予定地には大量のソーラーパネルが建設されている
『しろいろの街の、その骨の体温の』でも、その開発が止まってしまったことが主人公の父親の口から語られる。
しかし、千葉ニュータウン、そのままだったわけではない。さまざまな理由から、復活を遂げるのだ。それは、印旛日本医大駅の2つ隣、「千葉ニュータウン中央駅」を見ると、よくわかる。
「地盤」で注目された千葉ニュータウン

ということで、千葉ニュータウン中央駅へ
駅を出ると、やはり広大なロータリー。もはやニュータウン名物かもしれない。しかし、印旛日本医大前よりも人は多い。学生だけではなく、サラリーマンらしき人もいる。夏だというのにスーツを来て、とても暑そうだ。彼らが向かっているのは、千葉ニュータウンに集まる各企業のデータセンターだろうか。
千葉ニュータウンは、関東平野の中でも活断層が無い場所の上にあるため、地震などの影響を受けにくい。そのため、各企業のデータを集積する場所として、ここ最近は企業のデータセンターがたくさん集まってきているのだ。

向こう側に見えているのが、さまざまな企業のデータセンター
こうした企業の集積もあって、「ゴーストタウン」とまで呼ばれた千葉ニュータウンは、徐々に人が増えてくる。それに伴って開発も再開していく。
時計塔と、モノトーンの街
データセンターから少し視線を移すと、真っ白で、すっくと立つ時計塔。

村田は「この白い街で一際真っ白な建築物で、こちらを見つめているように見える」とこの時計台を描写する。村田が書いた「白い街」としてのニュータウンを象徴するような建物だ。
確かに千葉ニュータウン中央駅からぐるりと周りを見渡すと、そこには、白い景色が広がっている。マンションや構造物、どれもこれもシックな色合いだ。

「白の街」とまでいわなくても、ここは「モノトーンの街」なのかもしれない。
あたかもここに集積するデジタルセンターで扱うデータが「0」と「1」という2つの数字で構成されるように、街そのものも白と黒という2つの色で構成されているのかもしれない。
カラフルすぎる「アルカサール」
しかし、千葉ニュータウンはそんな単調な理解を超えてくる。
モノトーンの街をぐるりと見渡すと、突如視界に現れるのが、白黒とは程遠すぎる、カラフルな建物。

色!
「ALCAZAR(アルカサール)」という看板。どうやら、ショッピングセンターのようだ。中は赤や黄色に囲まれていて、さながらテーマパークのよう。このモノトーンの街に異彩を放つ。入ってみよう。
するとすぐに、面白い看板が。

「様々なドラマが展開する」と題して、色々なオブジェやら仕掛けがあるというのだ。
確かに、中には、

ブレーメンの音楽隊と写真が撮れたり、

ジャックと豆の木のトリックアートがあったり……
極め付けは、これだ。

ここのドームの下を覗くと、

巨大な太陽のオブジェが見てくる。若干、怖い。
さらに、中央には舞台もあり、休日にはここでイベントも開かれるらしい。


舞台の裏に入ることができる。ディズニーランド?
さながらおとぎの国に迷い込んだかのようで、どこか千葉ではない雰囲気さえする。
回っていると、こんな看板を目にした。

アルカサールは1995年に誕生したらしい。来年で30年である。ちなみに「牧の原モア」は隣駅にあるショッピングモールだ。
その間、ここはずっとこのカラフルな建物で、この街を見続けてきたのだろう。ゴーストタウンと呼ばれたとき。開発が再開し、徐々に街に人が戻ってきたとき。いつもここに立っていた。
ただ、平日の昼間だったからだろうか。中にはほとんど人がいなくて、少し寂しかった。写真は思う存分撮れたからいいのだが。最後、施設を出るとき、小さな子どもが、ブレーメンの音楽隊と写真を撮っていた。ちょっと、安心した。
街に根付く商業施設
アルカサールだけでなく、千葉ニュータウン周辺には、多くの商業施設がある。硬い地盤によって、特に2011年の東日本大震災以後、この街は「住む街」としてもふたたび注目されていく。今では千葉県の「住みよさランキング」で7年連続1位をとるまでになった(2012年〜2018年)。その理由の一つには、こうした豊富な商業施設があるだろう。
例えば、駅からすぐのところにある「APOLLO PLANT MOLL」は、2022年に誕生した新顔。

この2階は「クリニックモール」になっていて、眼科や小児科、耳鼻科などありとあらゆる病院が揃っている。

絶対に病院だとわかる外壁
病院には多くの人が並んでいて、ニュータウンの住民が多く来ていた。新しいから設備もきれいで、何か困ったことがあればここに来ればいい。とても便利だ。
さらに進むと、イオンモールがある。便利な暮らしに、イオンモールは欠かせない。

APOLLO PLANT MOLLからイオンモールを望む
このイオンモール、めちゃくちゃでかい。敷地面積は約112,000m²。東京ドーム2.4個分だ。スーパーマーケットの棟とショッピングモールの棟、映画館の棟が分かれていて、それぞれが連絡通路で結ばれている。さらにもう一個、ドンキが入る棟もある。

こういう通路で結ばれる。なぜかこの通路で、ニンテンドーSwitchのゲームソフトが売られており、謎だった
特にショッピングモールは、夏休みの学生から小さな子連れ、お年寄りまでかなりの人がいた。
特に混んでいたのが、フードコート。今日で一番、人を見ている。

平日の昼間だというのに、人でぎっしり。せっかくだから、私もここでお昼を食べることにした。

どうやら、6月末にラーメン屋がオープンしたようだ
街が変化するように、ショッピングモールのテナントだって変化していく。この新しいラーメン屋、結構並んでいた。せっかくだからここで食べてみるか。

ねぎ肉ラーメン。味噌味だ。思ったよりもピリ辛で結構、汗をかいた
私が汗を流しながらラーメンを食べる横で、まだ夏休みだったからか、子どもが勉強をしていた。ちょっと恥ずかしかった。
ニュータウンに住む子どもたちにとっては、ここは空き地のようなものなのだろう。ここで遊び、勉強する。
これらの商業施設は、地元にしっかりと根付いている感じがした。ニュータウンだけど、とてもローカルだ。この光景からは、千葉ニュータウンが「開発に失敗した街」と言われていたとは、まったく思えなかった。

千葉ニュータウン内を循環するバス。これで千葉ニュータウン中央駅へ向かう人も多いのだろう
ニュータウンは、生きている
村田は小説の中で、千葉ニュータウンを「骨」に例えている。どこまでも成長していくのかわからない白い街、それがまるで「骨」のように思えたのだ。ニュータウン育ちの彼女から見れば、そこは日々変わりゆく生き物のようなものだったのかもしれない。

主人公の成長と、ニュータウンの成長は重ね合わされる。主人公が自我の意識にさいなまれ、鬱屈しているときに、千葉ニュータウンはその開発が停滞する。
生き物のような街の中で暮らすことに慣れていた私には、急に何もかもが静止して静まりかえった街が、本当に死んだように思えた。
しかし、ニュータウンも、人間も生き物だ。完全に動きが止まることはありえない。主人公はさまざまな出来事を経験しながら、成長していく。そして、そのとき、千葉ニュータウンの開発もまた進んでいく。

この小説の最後、千葉ニュータウンの様子は次のように書かれている。
街のコミュニティーセンターにあった模型は撤去されて、街は自由に膨らみ始めて、どんな形になるのか、まだ誰にもわからないのだった。
村田がこう書く通り、千葉ニュータウンは現在も、成長を続けている。開発が始まり、ゴーストタウンと呼ばれ、さまざまな要因からまた人が来る街へ。千葉ニュータウンは、これからも生き物のように変化を続けていくのだろう。
おわりに
谷頭:というわけで、第2回目、千葉ニュータウンに行ってきました
友光(ジモコロ編集長):お疲れ様でした。村田沙耶香さんってニュータウン育ちだったんですね! 変化していくニュータウンの風景を生き物に重ねる想像力が面白い。
谷頭:ですよね。僕も今回はじめて知って、読みながら歩くと、とても面白かった。
友光:まさに、前回の記事で話した「ニュータウンの想像力」ですね。それに、千葉ニュータウンのリアルな姿も面白い。やっぱり、人はショッピングモールに集まるんですね。特に若者。フードコートで宿題をしてる姿は、辻堂のテラスモールでもよく見かけます。
谷頭:その中に入ると、「ニュータウンはゴーストタウン」なんてまったく言えない。むしろ、めちゃくちゃ活気があります。
友光:その活気を産んだきっかけが、データセンターの集積なのも面白く読みました。実はニュースとかでも見てて、気になってたんですよ。工場ができるのとはまた違う流れで、どういった経緯でそうなったのかも気になるところです。
谷頭:やっぱりそれぞれのニュータウンにそれぞれの歴史ありって感じですよね。これからは関東以外のニュータウンの「ローカル」も掘ってみたいと思いました。
友光:ですね。それと、実際、今のニュータウンで生きる人の声も聞いてみたいですよね。より足元からニュータウンのローカルを掘っていけると面白そうです。
谷頭:がんばります。次回も、ニュータウンの生な姿を掘り起こしていきます!
アイキャッチイラスト:かつしかけいた
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この記事を書いたライター
チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。一見平板に見える都市やそこでの事象について、消費者の目線から語る。 著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)など。執筆媒体として「東洋経済オンライン」「現代ビジネス」「Yahoo! JAPAN SDGs」ほか多数。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。Podcastに、文芸評論家家・三宅香帆との『こんな本、どうですか?』など。







































