
石油価格の高騰、51年ぶりの暫定税率の廃止……自動車とガソリンをめぐるニュースは事欠きません。EV車へのシフトも進んでいますが、依然として石油は私たちの生活に深く関わっています。また、地方でも都市でも、給油拠点としてのガソリンスタンドは欠かせないインフラです。
しかし、経済産業省の調べによると、全国のガソリンスタンド数は30年連続で減少中。ピーク時の1994年度には約6万カ所あったスタンドも、今や2万7千箇所ほどと、半分以下にまで激減しています。燃費の向上や人口減少によって、こうした流れは今後も続いていくことが見込まれています。
※出典:経済産業省 資源エネルギー庁「令和6年度末揮発油販売業者数及び給油所数」

そんなガソリンスタンドの中でも、一風変わった場所があると聞いて訪れたのは、和歌山県有田郡湯浅町。みかんの産地で有名な有田のまちに、見慣れたガソリンスタンドの看板と、白いガレージのような建物が並んで建っています。


待合室に足を踏み入れると、そこはまるでおしゃれなカフェのよう。
木を基調にした内装に、明るくやわらかな照明が心地よい雰囲気を演出。マシンで淹れるコーヒーを楽しんだり、壁一面に並ぶ書籍を手に取って読んだり、そのまま購入していくこともできる場所になっています。
ここは有田石油、通称「アリセキ」。いわば、ガソリンスタンドの中にカフェと本屋、さらに自動車販売や洗車・コーティング専門店までが合体したお店です。
飲食店を招いたイベントなども開催され、ただ給油して通り過ぎるだけではなく、わざわざ訪れて時間を過ごしたくなる、街のハブのような存在になっているようです。

この場を営むのは、有田石油代表の薮野睦士さん。朗らかな人柄に安心しながら話を聞いていると、「資本主義というゲームをいかに面白く攻略するか」やら「チェ・ゲバラに惹かれていました」などの意外なワードも飛び出しました。
石油を売るという巨大な産業への依存を脱し、地域のハブになろうとする有田石油の取り組みを、じっくり聞かせてもらいました。
ガソリンスタンドの給油の利益は一回200円? 意外と知らない懐事情
改めて、こちらが有田石油のお店「ENEOS 有田サービスステーション」。一般的な給油やメンテナンスエリアに加え、新車の販売スペースや、手洗い専門の店舗が併設されているなど、少し変わったつくりになっています。

ライターの淺野義弘と、ジモコロ編集長の友光だんごがお話を伺いました
——今日はよろしくお願いします! 有田石油には、普通のガソリンスタンドにはない設備がいろいろありますね。
いま、ガソリン販売の利益率ってめちゃくちゃ低いんですよ。車一台を満タンにしてお客さんが5000円払っても、僕らスタンドの利益は200円とか300円くらい。
——支払い金額の1割以下! 知らなかったです。
電気自動車も増えてるし、燃費も10年前に比べたら何倍も良くなっているから、普通にガソリンを販売するだけの商売はどんどん厳しくなっています。
——燃費の向上はいいことだと思ってたけど、ガソリンスタンド的には複雑なのか……。
そこでガソリンスタンドが取れる選択肢は大きく二つあって、一つ目は、セルフ化で人員を削減したり、ゴミ箱まで無くすような徹底したコストカットによる薄利多売。もう一つは、給油ではない「油外(ゆがい)」のサービスを充実させること。僕らは後者を選びました。
——油外という言葉は初めて聞きました。
洗車やオイル交換とか、そういうサービスですね。うちで言えば自動車の販売とか、それこそコーヒーや本を売ることも含まれます。うちの粗利益だと、油外商品が8割くらいを占めているんですよ。

——そんなに。逆に、ガソリン自体の粗利は2割しかないんですね。
ガソリンの販売量も一年に何割というペースで落ちているし、僕らは「車屋さん」という意識のほうが強いですね。ただ、法律で何年ごとと定められている車検や、他でもできるようなサービスを提供するだけでは、この地域の中で需要を奪い合う、椅子取りゲームにしかならないという課題もありました。
——車の台数は地域で限られているから。油外を充実させても、差別化できなければ行き詰まってしまうんですね。
だから新しく需要を生んだり、地域の外からでも足を運んでもらえるようなオリジナルのサービスを作りたかったんです。試行錯誤する中で、運良くガソリンスタンドの隣の土地を借りられることになり、そこで手洗い洗車・コーティング専門店の「ALAN WASH(アランウォッシュ)」を始めました。

——ガレージみたいでかっこいい空間ですね! 綺麗な待合室から、作業の様子が見えるのも嬉しい。手洗い専門という業態は珍しいんですか?
アメリカやイギリスには「ディテーリング」という、カーメンテナンスの専門領域があるんです。
ただマニュアル通りに車を洗うだけでなく、専門的な知識と技術を持って、車種やメーカー、塗装の仕方に応じた最適なケアをするプロフェッショナルなサービスですね。日本にも似たようなフランチャイズはありますが、そこはしっかりマニュアル化されていて。

僕らはオリジナルのサービスとして始めたかったので、ARMOR TOKYOという千葉の専門店に憧れて、いきなりInstagramで「こういうことを始めたいから、教えてください!」とDMしたんです(笑)。たまたま代表の方と同年齢だったこともあって、一年ぐらいかけて技術をしっかりと教えてもらいました。
そこでの学びをもとに、専門のスタッフが洗車・コーティング・研磨・室内の清掃まで、一貫してサービスを提供しています。
——顔の見えるスタッフが愛車をきれいにしてくれるのは、ただの洗車機とはまったく違う体験になりそうですね。
お客さんには「ここまでやってくれるんだ!」と喜んでもらえることが多いです。工程や技術を目の前で見てもらえるから、価値も感じてもらいやすい。週に一度利用してくれる方もいて、平均単価は一万円くらい。感覚としては、美容室でスタイリストさんにカットしてもらうのに近いかもしれませんね。
車がきれいになると、みなさん表情が明るくなるし、僕らもそれが嬉しい。だから、ここには「FEEL SO GOOD」と掲げているんです。
——お客さんの喜びと対価が両立したサービスになっているんですね。

巨大な産業のなかで、意思を持って家業を継ぐ


——ガソリンスタンドの待合室に移動してきました。そういえば、スタンドによくある自動の洗車機は見当たりませんね。
昔はあったんですけど、手放しました。自動洗車はだいたい予約なしでの利用になるから、整備の仕事や他の段取りを止めなきゃいけない。利益も効率も悪いし、あまりモチベーションを向けられなかったんです。
こちらとしても、暇だったら来てほしいけど、そうじゃないときは作業を止めて対応することになるからあんまり嬉しくない、みたいな気持ちのムラができちゃうのも良くない気がして。
——薮野さんはサービスとして提供する「気持ちよさ」みたいなものを大事にしているんですね。逆にいうと、気持ち良くない仕事もたくさんあったということですか?
給油に使うお金って、ご飯や趣味に使うお金とは違うじゃないですか。お客さんにとって、必要経費として、毎回5000円くらいのガソリン代を仕方なく払うものだった。でも、もう少しお互いがハッピーになれる形はないのか?という思いが強くなっていったんです。
僕らとしては給油の利益だけだと厳しい部分もあるけど、お客さんの来店回数は多いから、関係性を強める機会も多いということ。ただ、そこで他と同じような車検やエンジンオイル交換のような提案ではなく、もっとお客さんも楽しめる提案をできないかをつねに考えてきました。
——ガソリンスタンドって、産油国があって、大きな商社があって、それを仕入れて販売する……という大きな仕組みの中にあるわけですよね。その中で、いかに面白い工夫ができるか、という。
はい。資本主義というゲームのなかで、大企業とか大きなものにただ従うのではなく、いかに意思をもって面白くゲームを攻略するか?を頑張ってますね。

——そもそも、このガソリンスタンドって、どういう仕組みで経営されているんですか?
街の電気屋さんって、看板にメーカー名が書いてあるじゃないですか。あれと同じで、うちは仕入れや運営にENEOSの力を借りつつ、有田石油株式会社として経営しています。
もっと独自色の薄いところもあれば、いくつかの業者を競合させて仕入れて、個人の看板でスタンドを出しているところもあって、形式はいろいろですね。

——ものを仕入れて売るという流れは、他の商材と変わらないんですね。でも、始める時のハードルは相当高そうです。
今だと、ガソリンスタンドを建てるのに数億円はかかるんじゃないですかね? うちの場合は祖父が始めて、親父、僕へと引き継いできました。
親父の時代はガソリン需要も多くて、小売りだけじゃなく、建設現場向けの配達なんかでも結構稼いでいたみたいです。どこかの業者が倒産したときは何千万円もの売掛金が飛んだ、なんて話も聞きました。

——それで、薮野さんも3代目として継ぐことに?
いや、全然考えてなかったです。高校時代はずっと陸上の駅伝をやっていて、進学か就職かも考えてないくらいでした。一昔前のガソリンスタンドは「大きな声が出れば誰でもできる」とか言われていて、ヤンキーの子たちが行く就職先、というイメージもありましたし。
——世間的なイメージは、それほど良いものではなかった。
でも、僕自身が10代の頃、実家のスタンドでアルバイトをした時に、親父の姿勢が格好よく見えたんです。商売の場ではお客さんが偉くて、売る側はへりくだるものだと思っていたけど、うちの親父は毅然として、対等な関係を築いているように見えた。親しい友達を諌めるように、お客さんに対して怒ることもありました。
仕入れ先の大企業に対しても、忖度をせずに言いたいことをちゃんと言うようなところがあって。本当はスタンドの制服もENEOS仕様のものがあるんですけど、親父の頃からうち独自のものを着ていますね。小さいスタンドだから目に止まってないだけかもですが(笑)。
——お父さんの姿を通じて、ガソリンスタンドという仕事のイメージがとてもいいものになったんですね。
お客さんに対しても、会社に対しても、すごくフラットに接する姿を見て、サービス業としてレベルの高いことをしていると感じたんですよね。
それでガソリンスタンドを継ごうと決めたんですが、高校までの自分は、あまりにも世の中を知らなすぎた。すぐ働くには「世界観」が狭すぎると思って、予備校と大学に行かせてもらったんです。

——人によって異なる「世界観」は、違う立場の人を相手にサービスを提供する上では、欠かせないものかもしれないですね。
「姉が通っていた」という理由だけで大学は史学科を選んだくらい、何も知らなかったんですけどね。でも頭が空っぽだった分、予備校や大学で先生の話を聞くのがすごく面白かったんですよ。
なぜか左寄り(革新や平等を志向する考え方)の思想の人が多くて、影響を受けまくりました。海外旅行にもたくさん行ったし、革命家のチェ・ゲバラにも強く惹かれましたね。
——キューバ革命を率いた、社会主義の象徴的存在のチェ・ゲバラ?
そうそう。持つ者と持たざる者の差とか、資本主義の仕組みに違和感を覚えるようになって。「日本はこんな状況でいいのか? 俺らヘラヘラしすぎちゃうか?」くらいの感覚になりました(笑)。
——さきほどの「資本主義というゲームを攻略する」という言葉の源流を感じます。
それでも世界をめぐる中で、いろんな幸せの形を知って帰ってくることができました。仕事や成功、お金を持つことだけが大事じゃない世界観もある。ガソリンスタンドを継ぐというゴールを決めていたから、それに結びつけて考えられたんだと思います。だんだん、極端すぎはしない、ある程度バランスの取れた価値観になっていったというか。
大学では多くの人が大企業を目指していくし、地方出身の人を田舎者だと見下すような空気もありました。「誰でもできる」と思われがちなガソリンスタンドの社会的な地位や、地方を何もできない場所として見る視線は、逆にモチベーションになりましたね。親父の仕事に感じた誇りをベースに、ここを良い場所にしていきたいと考えるようになったんです。
物を売るより先に、会話ができる関係を作る

——薮野さんがこの場所を任されるようになってから、どのような工夫をしていったのでしょうか?
油外の商品に力を入れる一環として、新車販売のイベントを始めたんです。他のところで車を買うと、点検のパックなども一緒についてくるから、うちにはなかなか頼んでもらいづらい。
だから、車を買うところからコミュニケーションをとって、その後のメンテナンスまで続けられる体制を作りたかったんです。イベントは好評で、売り上げも大きく伸びました。
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ただ、それを数ヶ月に一度のペースで続けているうちに、「これは僕らが得をするためだけのイベントやな」という感覚になってきたんです。お客さんの側には、あまり得がないんじゃないかと。
——商売としては正しいかもしれないけど、薮野さんにはしっくりこなかった。
単純に、僕ら自身が面白くなくなってきたのもあって。それで、お客さんが純粋に楽しめるような、子ども向けにバルーンや風鈴を作ったりとか、廃車に落書きしてもらったりする内容へとシフトしていきました。

——商品とは直接関係のない、お客さん目線のイベントが増えていったんですね。
そんなことを続けていたら、京都の有名なロースター・オオヤコーヒ焙煎所さんと、先輩経由でつないでもらう機会があったんです。同じ頃に和歌山市内のメキシコ料理屋さんとも縁ができて、有田石油でコーヒーと料理のイベントをすることになって。それがめちゃくちゃ良かった。

イベント当日の写真(提供:薮野さん)
いつものガソリンスタンドだと、お客さんは「何か売られるんじゃないか」と警戒しているけど、そのときの顔はみんなゆるゆる(笑)。スタートラインが違うと、こんなに話しやすいのか! と驚きました。
思えば、僕らも「何かを売らなきゃいけない」と必死になって、プライベートな会話をしづらくさせていたのかもしれません。イベントではお客さんの方から話しかけてくれたし、こんなに楽しいんだと思って、関係性を深めることに振り切り始めました。

オオヤコーヒ焙煎所の味わいは、今でも有田石油の待合室で楽しめる
——いきなりものを売るのではなく、まずはフラットな関係を築くことを優先したんですね。
僕はよく勢いで「遊びにきてよ」と言ってしまうけど、当時のこの場所はあまり快適な空間じゃなくて。昔ながらの、タバコくさいガソリンスタンドの待合室ですよね。胸を張って遊びに来てもらえる場所にしたくて、和歌山の仲間や、デザインの仕事に関わった経験のある社員の力を借りながら、空間作りを進めていきました。
いきなり商品を買ってもらおうとするのは止めて、まずは心地の良いイベントや空間で話しやすい空気を生み、お客さんとの関係をつくる。それを重ねていけば、ふとしたタイミングで「こういう所が気になる」と、車のメンテナンスや洗車の話にも自然とつながっていくようになったんです。

——たしかに、普段から楽しく会話ができる相手だったら、いろいろな相談もしやすいですね。お父さんの姿勢に通じるものがありそうです。
イベントで飲食の人たちと交流できたのも大きかったですね。僕らは需要が分かりやすい自動車産業の中で椅子取りゲームをしていたけど、飲食の人たちは「自分が良い」と思うものを表現して、それに共感してもらって商売をしています。ある意味、アーティストやミュージシャンと同じ。
自分たちの世界観を商品化する生き方は、それまでの僕にはなかったものでした。その魅力をシェアするような気持ちでイベントを組んでいけたし、良い刺激をたくさんもらいました。
——そこから有田石油ならではの空間作りや、サービスの開発に力が入っていったんですね。この待合室やALAN WASHには、薮野さんや有田石油らしい思いが現れていると感じます。

オリジナルのパンフレットなども作成し、さまざまなアプローチで世界観を発信している
ガソリンだけじゃない、出会いと喜びが満ちるスタンドへ

——ここで販売されている数百冊の本も、さまざまな世界観に触れる入り口になりますよね。取り扱いを始めたきっかけは?
京都にある書店・誠光社さんが和歌山で出張販売した際の本の在庫を一時的に預かってほしいと、オオヤさん経由で頼まれたんです。よくわからないまま預かった本で販売イベントをやってみたら、これがすごく面白くて。
大学時代から本はよく読んでいましたし、今は一冊からでも本を仕入れられる「一冊! 取引所」のような仕組みもある。これならできると思って、自分たちで仕入れと販売を始めました。
——偶然のスタートだったんですね。
ガソリンスタンドには多種多様な人たちがやってきます。経済環境も趣味嗜好も全然違う人たちが、本を通じていろんな考えや文化に触れてもらうことは、地域にとってもプラスになるんじゃないかと思いました。
飲食店や書店は足を運ぶ人が限られるかもしれないけど、ガソリンスタンドは「来ざるを得ない」場所なので(笑)。生活の中でふらっと目に入ったものから、その人の視野やものの見方が変わったりしたら面白いですよね。

——ガソリンスタンドという街のインフラに、個性的な飲食店や本が入り込む。ある意味、新しい文化に触れる、最強の入り口になるのかもしれませんね。
和歌山には新しい世界観を表現するお店がたくさんあるし、デザインやブランディングで頼れる仲間もいる。そういうものや人を繋いで、これまで通過点でしかなかったガソリンスタンドから、地域のハブ的な存在になっていけたらいいなと思っています。
——石油産業という大きな流れに乗るだけではない、個人の思いや世界観が体験できる場所になっていると感じました。
昔のガソリンスタンドはタバコくさくて汚くてうるさくて、作業が終わるのを待つのが苦しいような場所でした。今は「ここやったら待っとくわ」って思ってもらえるし、そこで僕らとの関係も良くなっていく。昔はせっかちなお客さんが多かったですけど、それもだんだん減ってきましたね。
最終的なゴールみたいなものはわからないですけど、僕やスタッフがいきいきできる、小さくてもチャレンジできる状態を続けていきたいです。スタッフを育てたり、人と関係を作ったりするのには時間がかかりますけどね。お客さんがこの場所に来て、笑顔で帰ってもらえたら、それが僕らにとって嬉しいことですから。

撮影:Hide Watanabe(@sumhide)
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この記事を書いたライター
1992年生まれ。大学で3Dプリンタに出会いものづくりの楽しさを知り、研究員として勤務したのち独立。出身は長野市ですが、幼児期に引っ越したので記憶がうっすらしています。










































