
こんにちは。編集者の徳谷柿次郎です。
あいもかわらず全国をうろうろしてるんですが、仕事で長野県・上伊那エリアのツアーに参加したらとんでもない人に出会ってしまいました。
「これは記事にしたほうが絶対にいい!」
取材モードが入ったものの、流暢かつ、具体的に、物語性とあいまって質問をほとんどする間もなく話し続けるタイプ……これは名物おじさんの予感しかありません。

今回、取り上げるテーマは「わら(藁)」です。
インターネットでワラワラ言ってる時代でもありませんが、古来から日本でしめ飾りなどに使われ、「神様」が宿る媒介でもある「わら」が、いま実はとある危機に陥っていました。

その主役は「稲わら」。米を収穫した後に残る、あの黄金色の茎。古事記の時代から続く、日本最古の素材でもあります。縄文時代の土器に刻まれた縄文様も、実はわらで編んだ縄の痕跡だと言われています。つまり日本に根づいた「わら細工」の歴史は5000年といえるそうです。
その途方もない歴史を背負った「わら細工」の文化と技術を継承し、時代に合わせて進化させている集団こそ、ツアーで出会った株式会社わらむ代表の酒井裕司さんです。

元肉屋のサラリーマン。30代後半で「わら細工」の世界に入り、過酷な修行時代を経て、なぜか日本で唯一、大相撲の本場所の土俵を作ることが許されている職人になった酒井さんの話を聞きました。

わらむで制作している「勝藁(かちわら)」シリーズ
米俵マラソンから始まった、奇跡の連鎖

酒井さん、そもそもなぜ「わら細工」を?
最初はですね、自分の小遣いを守りたかっただけなんですよ。
ほお。
上伊那の飯島町(いいじままち)は「飯(めし)の島」という名の通り、米どころなんです。私は隣町出身なんですが、結婚を機に飯島町へ。子どもが保育園に上がるころ、衝撃を受けたんです。
一体どんな?
子どもの同学年が21人しかいなかったんです。僕の世代は1クラス40人、5クラスで200人が当たり前だったのに……。
少子化の現実を見たんですね。
日本創成会議が発表した「消滅可能性都市」のリストに、飯島町がトップで載っていました。このままじゃ、子どもたちのふるさとが消える。

2022年に開催された第10回の模様
「だから、米俵を担いで走る米俵マラソンを企画しました!」
発想がジャンプしすぎてる! 米俵マラソン⁉︎
この飯綱町の田園風景で米俵を担いで走る! 絶対インパクトあるでしょ? しかも新聞にすぐ取り上げられて、店員50名の枠が3日で埋まったんです。成功の予感しかなかったんですが、問題が発生しました。
ぜんぜん思考が追いつかない。
近所の農家さんに「米俵作ってください」ってお願いしたら、「作れるわけないだろ」って言われたんですよ。

え、企画の要である米俵が用意できない?
そうなんです! 僕も「米俵なんて当たり前に作れる」と思ってたんですけど、実はほとんどの農家さんが作れない。というのも、いまやコンバインで稲刈りする時代ですから、その時にわらは小さく刻まれちゃうんですよ。
そうか。流通や保存では、お米が袋で管理されてますもんね。
絶体絶命でした。ネット通販でお祝い用の米俵を調べると、1俵9000円。参加費は2000円。つまり50俵で35万円の赤字でした。
米俵の皮算用が失敗。
嫁に殺される……。
そこ?
そこで閃きました。「自分で作ればタダじゃん!」と。たまたま近所にわら細工の名人がいることを知って、弟子入りしました。必要な米俵を作り上げたのが、この世界へのきっかけだったんです。
ようやく思考がつながりました。
はい。でも、わら細工を覚えていくうちに、師匠がぽつりと言ったんです。「わら細工を継ぐ人がいない」って。
産業として需要がなければ、担い手は増えないですよね。
5000年の歴史を、俺の代で途絶えさせたら地獄に落ちる……だから株式会社わらむが誕生したんです。
また話がジャンプした!

落語のように淀みなく一時間強、話し続ける酒井さん。仕上がりすぎてる!
妻に内緒で脱サラ。“一生お小遣いなし”からの大相撲の土俵づくり

酒井さんの責任感がとてもすごいのはわかりましたし、自分ごとに置き換える実行力が尋常じゃないですね。それまで勤めていた肉屋を辞めて、いきなりわら細工の会社を起こすとき、家族は大丈夫だったんですか?
……内緒で辞めちゃいました。
え。
実は数カ月間、エアー出勤してたんですよ。毎朝お弁当持って「行ってくるね」って(笑)。
リストラされて妻に言えないサラリーマンのやつ。
でもある日、妻が「会社起こしたんだって?」って言われて。周りから聞いたみたいなんです。
そりゃ、田舎町でエアー出勤してたらバレますよね。
「ちょうど今言おうと思ってたんだけど……」と誤魔化そうとしたんですが、怒られること怒られること。それでも条件付きで許されました。絶対に成功させろ、そして一生お小遣いはナシだと。
一生!
だから今も道の駅でソフトクリーム売ってるんですよ、お小遣い稼ぎで。
社長がバイトしてた。
道の駅でやってます。よかったら会いに来てください。五平餅も焼いてます。
背水の陣でわら細工ビジネスに飛びこんだんですね。事業はうまくいったんですか?
ぜんぜんでした。最初は注文ゼロ。時間はあったのでその間に技術を磨いて磨いて。米俵はもちろん、長野県伝統工芸に指定されている猫用の寝床「ねこつぐら」、おひつを保存するための「わらいずみ」なんかを作り続けていましたね。わらいずみは、今や作れる職人さんが日本に数人しかいないんです。

藁で作った猫の家「ねこつぐら」

おひつを保温する、わらで編んだかご「わらいずみ」
技術が必要な希少性の高いものを作っていた。
はい。そして2018年6月に運命の電話が鳴りました。
また物語が動く。
相撲協会から「大相撲の土俵を作ってほしい」って言われたんです。最初はドッキリかと思いました。

急展開!
聞けば、土俵を作れる人がいないんだと。当時、土俵づくりを担っていた職人が高齢で体調を崩し、11月場所の開催が危ぶまれていたのです。相撲協会も「米農家なら作れるだろう」と全国を探したものの、見つからない。そこでインターネット検索。ヒットしたのが、私が企画した米俵マラソンでした。
まちおこしのために始めた企画が、相撲文化を守るための試金石になったんですね。なんてドラマティックな展開なんだ。それで?

まず7月の名古屋場所に来いって言われまして。半信半疑で行ったら、関係者入口から通されて……ああ、本当だったんだなと。でも米俵と土俵は別物じゃないですか。
素材は同じでも、土俵になるとイメージがつかないですね。
元々、親子二代で57年間作っていた職人さんがいたんですけど、病気で倒れてしまって。その職人さんに電話で技術を教わりながら、秋巡業で実地練習して、6個のバイトを掛け持ちして。2日に1回しか寝ない生活でなんとか技術を習得しました。
めちゃめちゃすごいです。その状態でバイトを6個も掛け持ちしているのが異常。
あの頃を思い出すと、今でも涙が出ます。毎日3時間ぐらいしか寝れませんでした。2018年11月、依頼を受けた本場所の土俵をどうにか完成できたんです。
今やテレビ中継で映る土俵は全部、わらむ製ですか?
はい。本場所も巡業も、神事の土俵も全部うちです。ちなみに奈良公園の中にある春日大社のしめ縄も作ってます。
世界遺産の春日大社まで!

春日大社の担当者には「100年、200年続く会社にしてください」って言われて。
5000年の歴史がある”わら細工文化”をひょんなところから全部背負っている酒井さんの人生は数奇すぎますね。映画になりそう。
わら1本が地域を救う「耕作放棄地×農福連携」

もうこの時点でお腹いっぱいなんですけど、わらむとしての取り組みはまだあるんですよね?
わら細工の生産は、耕作放棄地対策にもなります。というのも、中山間地域の小さな田んぼや段々畑はトラックが入らなくて放置されがちなんです。
ぼくも小さな集落に住んでいるのでわかります。
私たちは、そういった現代の重機が入れない場所でわらを作ってます。大きな田んぼだと端から端まで200メートル歩くんですよ。小さい田んぼなら道が近いから、集めるのが楽なんです。
逆転の発想! わら栽培には小さな田んぼの方が効率がいいんですね。

そうなんです。しかも1回目の青刈り(=米を実らせる前に刈る)で、まずわらが取れる。わら細工には、この青いわらが必要で。その後、水と肥料を入れると勝手に稲が伸びてきて、2回目は米が取れるんですよ。これを「孫生(ひこばえ)」と言います。米が1回、わらは2回収穫できる。しかも面積あたりの収入は、米だけより全然いい。
わらの二期作!? しかも耕作放棄地で?
そうです。放棄されてた田んぼが、儲かる田んぼに変わるんです。よく驚かれるんですが、わらの卸価格は1キロ=約2500円です。普通の米は1キロ=800円ぐらいでしょう。
ええ!? 米の3倍以上の価格で??
はい。それだけ国内では希少なんです。

「勝藁」で販売している藁の商品一覧。素材としていい価格です
それに、縁起物のわら細工も、大量生産品は、ほぼ中国産の素材。しかも、神様が宿るといわれている稲わらでもない草を使用しているんです。ですが、やはり伝統文化を重んじる世界では、本物のわら細工が必要なんですよね。
新年のしめ飾り、ホームセンターで698円ぐらいですもんね。これまでなにも考えずに買ってました。
社会不安と不景気で本物を求める人は増えていますね。国産の稲わらを使ったわらむでのしめ飾りは5000円でも、とても売れています。
信心と祈りの価値が高まっている感覚はわかります。

さらに農福連携として、引きこもりの方、障害のある方たちの大事な仕事にもなっていて。対人関係が苦手でも、わら細工なら活躍できる。一ヶ月も修行すれば簡単なものなら作れますし。
地域の雇用創出としても画期的!
元々、日本人のほとんどがわら細工を作ってましたからね。しかも職人のうち、約半数が自宅で作業しているのでリモートワークにも向いている。B型作業所とも連携して、年間30万個のしめ飾りを半自動で製造してるんですよ。
すごい生産量だ。伝統工芸に関わりながら、手に職を持てる。AI時代を考えても、このシステムは世の中にもっと伝えていきたいですね。
そうなんです。稲わら1本に付加価値をつけて、地域経済を回す。わらしべ長者プロジェクトって呼んでます。あの昔話ですよ。わら1本から始まる交換物語。稲わら1本で、みんなが幸せになる循環をわたしは作りたいんです。
いや、もう圧倒されました。
わらにもすがる、じゃなくて、わらむのわらにすがってほしいですね(笑)。
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この記事を書いたライター
株式会社Huuuu代表。8年間に及ぶジモコロ編集長務めを果たして、自然大好きライター編集者に転向。長野の山奥(信濃町)で農家資格をGETし、好奇心の赴くままに苗とタネを植えている。











































