
土地に根付いたお店は、きっと「街の楽しみ方」を知っているはず。そこで、全国各地の書店や本にまつわるお店に「この土地で読むのにぴったりの本」と「買った本を携えて訪れるのにぴったりの場所」を教えてもらった。

今回おすすめスポットを教えていただいたのは、山梨県甲府にある「読書と対話」がコンセプトのシェアスペース「TO-CHI」を運営する、株式会社DEPOT代表の宮川史織さん。
大学卒業後、出身地の甲府にUターンした宮川さんは、「いい企業がある街は、いい街である」という考えのもと、DEPOTを立ち上げ、地元企業のブランディング支援を行ってきた。
一方で、2020年以降の数年は、甲府の街なみが大きく変化した時期でもあった。新型コロナウイルスの影響により、老舗企業の閉業や店舗の撤退が相次ぎ、馴染みの風景が次々と失われていった。自宅で黙々と本や映画などのコンテンツを鑑賞することももちろん楽しい。けれど、そうしたコンテンツの感想などを他者と共有し合えることこそが、時間や空間の持つ大きな意味なのではないか。そんな思いが宮川さんのなかに芽吹いた。
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そんななか、銀座通り商店街にある「春光堂書店」が所有する隣の物件に空きが出た。春光堂書店は、読書会などのイベントも活発的に行う老舗の書店だ。この書店と連携しながら、自分が表現したい「対話」の場をつくることができれば。街に小さくても灯りをともし、数年後、数十年後も誇れる、楽しく美しい街をつくるための一助になれば。
そんな思いで宮川さんが2022年に立ち上げたスペースが「TO-CHI(トーチ)」だった。その名前には、「人や街を照らすトーチ」「その土地や地域性」、そして「〜と知」という意味が込められている。
単なる時間貸しのスペースではなく、豊かな対話や交流が生まれる場にしたい。そんな思いから始まったTO-CHIは、現在では読書会やトークイベント、企業の会議、さらには宮川さんが大好きなSF映画について語り合う場など、多様な使われ方をされている。
人と文化が混じり合う街、甲府

360度、ぐるりとどこを見渡しても山々が見える。富士山、八ヶ岳、南アルプスなどの名山に囲まれた盆地に、甲府の街は広がっている。
四方を山に囲まれた盆地の中心にある甲府は、甲州街道の要所として栄えてきた街。山梨県内の各地へも行き来しやすく、江戸時代には城下町や宿場町、商業の拠点として、多くの人が行き交っていた。
人や物の往来とともに、文化や食も行き来し、混ざり合いながら発展してきた甲府は、今でも山梨県のあちこちで活躍する各分野のプレーヤーが集まる場所にもなっている。

宮川さんが副会長を務める「甲府まちなかエリアプラットフォーム」主催のイベント
「甲府では物質以上の豊さが生まれる感じがするんです。観光客数や移住者数などで数値化できない、人と人が集まることによって『幸せ』をつくる力が甲府にはあるというか。うまく言語化できないんですけど、甲府で暮らしているとそういうパワーを感じるんですよね。
私は仕事で街のビジョンづくりに携わることもあるんですが、そういった説明しにくい、でもきっと多くの人が街の魅力だと感じていることに、もっと光が当たってもいいのではないかと思っています」
TO-CHIの宮川さんが教えてくれた、甲府のお気に入りの場所
一人の時間を大切にしているという宮川さんに、「一人でいられる場所」をテーマにTO-CHI周辺のお気に入りスポットを教えてもらった。
食事と喫茶 椿
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TO-CHIから歩いて5分ほどの「食事と喫茶 椿」。
柳小路飲食店街と呼ばれる路地では、昭和後期のピーク時には約35店が軒を連ね、現在も新しい店舗がオープンしている。
椿は、食事からスイーツまで、いろいろなメニューに思わず目移りしてしまう飲食店。
「外から店内が見えないので、最初は少し緊張するんですけど、勇気を出して扉を開けてみてください。
ゆったりした時間が流れる店内で食べるごはんやお菓子は、どれも絶品。昔ながらの洋食メニューにシュウマイなどの中華、それとスイーツもいろいろあるんですけど、店主さんが本当に料理をすることや、食べることが好きなんだろうなあと伝わってくるおいしさなんですよ。私が好きなのは煮込みハンバーグ。毎回頼んじゃいますね。
女性一人で入れる飲食店って、意外と貴重だと思っていて。気負わず入れて、一息ついたり、本を読んだりできるお店です」
食事と喫茶 椿
山梨県甲府市中央4-3-2
寺崎コーヒー
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同じくTO-CHIから徒歩5分の場所にある、甲府の人気コーヒー店「寺崎コーヒー」。豆選びや焙煎も自ら行った、香り高いシングルオリジンのコーヒーが楽しめる。
宮川さんは、よく2階席で仕事や読書をしているという。
「窓から通りの様子が見えるので、作業の合間に街の様子を眺めるのが好きなんですよね。知り合いが通ると手を振ったりして」
近くの2号店「ロジ 寺崎COFFEE」には店舗限定のメニューもあるので、街を散策しながらはしごするのもおすすめ。
寺崎コーヒー
山梨県甲府市丸の内1-20-22
https://www.instagram.com/terasakicoffee/
ロジ 寺崎COFFEE
山梨県甲府市中央4-3-26
甲府城(舞鶴城公園)

TO-CHIから15分、甲府駅の近くにある甲府城。「野面積み(のづらづみ)」という手法(※自然の石を加工しないまま使用するため、荒々しい見た目が特徴)でつくられた石垣などが特徴的な、400年以上の歴史を持つ城だ。
「甲府城は超おすすめスポットなんですよ。春は桜が綺麗で、寺崎コーヒーでドリンクを買って芝生に座るだけで本当に気持ちがいい。がんばって天守台まで登ると、甲府を囲む名山が見渡せるんですが、ここの景色がまたすごく綺麗なんです。
いつ来ても元気が出るので、勝手にパワースポットと呼んでいます(笑)」
広場では、定期的に大規模なイベントも行われる。「こうふはっこうマルシェ」は、発酵食品やジュエリーなど山梨の名産品が一堂に会する、3万人もの来場者数を誇るイベントだ。
甲府城
山梨県甲府市丸の内1-5-4
澤田屋

撮影:砺波周平
TO-CHIから歩いて3分の菓子店「澤田屋」。
看板商品の「くろ玉」は、良質なえんどう豆で炊いた餡を、黒糖羊羹で包んだ、97年の歴史を持つ甲斐の銘菓だ。数年前には、漫画『呪術廻戦』に登場するアイテムに似ていると話題になったこともある。
「餡に黒糖羊羹を纏わせる作業は、すべて職人さんが手作業で行っているそうです。繊細な工程なので、機械で再現しようと思ってもできないんだそうです。シンプルだけど見た目のインパクトがあって、本当においしい。お土産にもおすすめです。
以前、澤田屋のリブランディングに関わらせていただきました。澤田屋は洋菓子製造などで事業拡大に力を入れた時期もあったそうなのですが、山梨の銘菓として愛されてきた『くろ玉』に原点回帰して、商品数を絞った。企業理念の『おいしいまるをつくり、たのしいまるをつくる。』を体現する、パワーのあるお菓子だと思います」
TO-CHI宮川さんが選ぶ、おすすめ本 2選
『贈与経済2.0 お金を稼がなくても生きていける世界で暮らす』荒谷 大輔

「お金」さえあれば何でもできる世の中だと信じられていますが、その「経済的自由」を実現するために、人々は資本主義経済の厳しいルールの下で「勝ち続けること」を強いられています。
経済学の父、アダム・スミスは、そもそも、そうやって人々が「騙される」ことで社会のルールを守り、同時に経済を発展させる仕組みを提案したのでした。
しかし、その仕組みには、もう限界が来ています。
金融危機や気候危機など、システム全体の見直しを迫る問題に対処できないのです。
とはいえ、従来のオルタナティブには、理想に人々を縛る危険があり、代替案とされる贈与経済にも構造的な問題がありました。
そこで本書は、まったく新しい「贈与経済2.0」を提唱します。最新の技術を用い、お金を介さない新しい経済圏の実像を鮮やかに描きます。
(版元サイトより)
「2020年に出版された『世界は贈与でできている―資本主義の「すきま」を埋める倫理学』のおもしろさに衝撃を受けて、それからずっと『贈与経済ってなんだろう?』と考えていたんです。
私はずっと、人や社会がが『お金ではない動機で動く経済システム』はあるのか? ということに強い関心があって。それは、『いい街をつくるには』『人が幸せになるには』という、私がブランディング事業をする上でのテーマにも通じると思っています。
贈与経済はまちづくりの視点にも通じるところがあります。まちづくりはすぐに結果が出るものではなくて、街のためにと思って起こした行動も、結果が出るのは数十年後かもしれないし、そもそも受け取ってもらえないかもしれない。それでも行動する背景には、金銭の見返りとは別の動機が働いていると感じています。
もちろんお金は大事なのですが、お金以外の、贈与的なエネルギーもうまく使えたら街が大きく変わっていくのではと、いろいろ模索しているところです」
『贈与経済2.0 お金を稼がなくても生きていける世界で暮らす』
荒谷 大輔(翔泳社)
『愛するということ』エーリッヒ・フロム

愛は技術であり、学ぶことができる――
私たち現代人は、愛に餓えつつも、現実にはエネルギーの大半を、成功、名誉、金、権力といった目標のために費やし、愛する技術を学ぼうとはしない。
愛とは、孤独な人間が孤独を癒そうとする営みであり、愛こそが現実の社会生活の中で、より幸福に生きるための最高の技術である。
(版元サイトより)
「すみません、この本は、まだ読みはじめたばかりなんです(笑)。
私はブランディング事業を運営していますが、その理念は『愛の総量を増やす』ことなんです。ブランディングというと、実際より美しい姿に着飾るようなイメージを持つ方が多いと思うんですけど、私の考えは違っていて。『自分の根っこから湧き出る、自分が自分であろうとする姿でいられるよう手助けすること』が、私の仕事だと思っていて。
さきほどの『贈与経済2.0』の話にも通じるかも知れないですが、 ブランディングに携わる方々の人柄や、『お金などの見返りがなくても、ついやってしまうこと』に関心があるんですよね。その人がもっとも心地よく、愛に溢れた日々を過ごせるお手伝いができたらと考えています。そのために、いま、愛がテーマの名著を読みはじめているわけなんです」
『愛するということ』
エーリッヒ・フロム 著/鈴木晶 訳(紀伊國屋書店出版部)
人と文化がゆるやかに混じり合いながら、新しい営みが生まれていく街、甲府。読書や会話を楽しみながら、ゆっくりと過ごしてみてはいかがだろうか。

TO-CHI
山梨県甲府市中央1丁目4-4 春光堂書店のお隣
Instagram:https://www.instagram.com/book_tochi/








































