突然ですが、ハチミツって美味しいですよね。トーストに塗っても、ヨーグルトにかけても……砂糖がわりに料理に入れても、やさしい味わいになるし、カレーに入れたら最高の隠し味になるって、みんな知っています。隠しようのない美味しさ。

ちなみに、ハチミツから造られるお酒も、めっっっちゃ美味しいって知ってますか?

ハチミツと水から造る「ミード」というお酒。実はその歴史は長く、一説によると、1万年以上前から存在する「人類最古のお酒」だとも言われています。

日本ではあまり知られていないミードですが、アメリカでは新しい醸造所が次々とオープンし、世界数十ヵ国が参加する大会も開かれているほど。

そして、2026年に開かれた世界大会で最高の賞を獲ったのは、実は日本の醸造所だそう!

▶︎滋賀県野洲市のミード醸造所「ANTELOPE」、世界最大級ミードコンペティション「Mead Madness Cup 2026」で日本勢初のGrand Champion PRO 2026を受賞

世界的な賞を獲得したのは、滋賀県・野洲にあるミーダリー「ANTELOPE」。彼らは2020年に、日本ではじめてのミード専門の醸造所としてオープンしました。

「日本にもっとミーダリーが増えたら、養蜂家も醸造家も、もっと幸せになると思うんですよ」と語る彼ら。よくよく話を聞いてみると、ただ甘いだけじゃない「ハチミツ」の知らない話がたくさん見えてきました。

三度の飯よりお酒が好きなライター・いぬいと、ビールを愛してやまないジモコロ編集長・友光だんごのふたりが、知られざる「ハチミツとミード」の世界を取材しました。

聞いてはじめてわかった、ハチミツのヒミツ

⚫︎気候変動で、日本のハチミツがピンチに!?

⚫︎実は「発酵するハチミツ」がめっちゃ美味しい!?

⚫︎日本に「蜂蜜酒」が無かったのは、砂糖をつくるのがうますぎたから?

⚫︎ハチミツを増やすためには、花を増やし、土地を増やさないといけない

⚫︎アメリカのクラフトビール業界も、「ハチミツの酒=ミード」に注目

 

日本にはお宝がたくさん眠ってる?「発酵するハチミツ」の可能性

ガーーーーーー…………機械が稼働する音がうっすらと鳴り響く工場のなか。

一歩足を踏み入れると、そこにあるのはものものしいタンクや醸造用の機械の数々。雰囲気に圧倒されながら、僕たちは足を進めます。

いぬい ミードってこういうところで作られてるんだ……なんかヒミツの研究所みたいだな……。あっ、あそこにいるのは!

機械の合間から出迎えてくれたのは、ANTELOPE代表であり、醸造の責任者でもある谷澤勇気(やざわ・ゆうき)さん。経営から醸造までを一手に引き受け、ANTELOPEのユニークなお酒造りを推進しています。

いぬい それにしてもすごい数の機材とタンクですね。ミードを造るのって、こんなにたくさんの工程があるんだ……。

谷澤さん いや、普通のミーダリーにはこんな機材はないと思います。ウチはちょっと特殊で。それは僕がクラフトビール業界で修行を積んだミード醸造家だからなんですよ。

いぬい ビールで修行して、ミードを作ってるんですか? なんで??

谷澤さん 説明するより、まずは飲んでもらうのが一番ですよね。試飲してみますか?

いぬい いいんですか! ぜひぜひ!

タンクから注ぎたてのミード。すこし黄色味がかった半透明なお酒からは、ほんのりと甘い香りがする。静岡県浜松の養蜂家さんのハチミツを使っているそう

谷澤さん こちらは、ほぼ水とハチミツだけのシンプルな造り方でつくっています。

いぬい 早速いただきます。……! 甘くて美味しいです! しかも、すこしシュワっとしてる?

谷澤さん はい、微発泡です。しかもこのミード、飲んだあとの香りにちょっとだけりんごっぽさがありませんか? これって日本ならではの味で。日本のハチミツって実は世界でも珍しい特徴を持ってるんですよ。

いぬい 特徴って?

谷澤さん 日本のハチミツは、海外産に比べてやや水分量が多くなりやすいといわれています。これは、日本の湿度の高さとも関係があるんじゃないかと考えられていて。

谷澤さん 養蜂が盛んな産地は、乾燥した気候であることが多いんです。洗濯物が早く乾くような環境だと、巣箱の中で水分が抜けやすく、ハチミツが仕上がるまでのスピードも速くなりやすい。

いぬい じゃあ日本だと水分が多くなる上に、時間もかかっちゃうんですか?

谷澤さん そうなんです。そのうえ温暖化が進みすぎて、湿度も大変なことになってきちゃってて。日本は四季があって、花の種類も変わりやすい。近年は気候変動の影響もあって、花が切り替わるタイミングも前より読みにくくなっているそうなんです。

花が変わるとハチミツの味も変わっちゃうので、養蜂家さんの管理も大変になるわけです。

いぬい 温暖化でそんな影響も……。

谷澤さん 次の花のハチミツをつくるには、巣の部屋を空けてあげないといけない。でも、花が変わるスピードに、ハチミツが乾くスピードが追いついていない。だから、水分をすこし含んだ状態でも採蜜せざるをえない時があるんですよ。

いぬい ロケットえんぴつみたいな。「後詰まってるから! 早くして!」ってなっちゃうんですね。

谷澤さん これまでも水分の多いハチミツはランダムに取れていたんですが、ここ数年は特にすごい。そこで数年前から、京都産業大学生命科学部先端生命科学科の方々が、今まであまり注目されてこなかった水分の多いハチミツの研究を進めています。

水分を含んだ糖度の低いハチミツって、EU(ヨーロッパ)の基準だと「一定の基準を下回る」とされる場合があるんです。EUでは、糖度や水分量が品質の指標の一つとして重視されているから。

いぬい 日本の養蜂家さんたちは、めっちゃ難しい条件のなかでハチミツを作ってくれてたんですね。

谷澤さん 日本の養蜂家さんにとって、かなり難しい局面に来ていると思います。気候変動が続くかぎり、これから先のハチミツづくりの難易度は上がっていく。

ただ、水分の多いこのハチミツも、悪いところばかりじゃないんですよ。

いぬい というと?

水分を含んだハチミツって、めっちゃ美味しいんですよ。

いぬい 美味しいんだ!?

谷澤さん 厳密には、水分が飛んでいく過程が重要なんです。乾燥した国でハチミツを作ると、水分がすぐに飛んでパチンと糖度が上がる。

日本の場合はじっくりと時間をかけて水分が飛んでいくので、糖度が高くなる前に菌が動く時間があるんですよ。

だんご 菌が動く……?

谷澤さん つまり発酵です。本来はハチミツくらい糖度が高いと、多くの菌は活動しにくいとされています。でも、糖度が上がっていく途中に“菌が活動しやすい時間”が生まれやすくて、それによって匂いの成分が複雑になっていくんです。

ハチミツとしてただ舐めるだけでも、風味が全く違いますよ。なんか、「……ワァ!」ってなります。 花のにおいがすごくて、心が動く味がする。

「……ワァ! ってなります」美味しさの表現がかわいい谷澤さん

だんご そんなに美味しいハチミツって、市場には出回らないんですか?

谷澤さん これが、出回らないんです。菌が動くということは、出荷してからお客さんの手元に届くまでに味が変わるということでもある。

養蜂家さんとしても「長期保存できて、味が変わらない」ことをハチミツの品質の高さとしてきたので。こういうハチミツはほとんど、倉庫にただ山積みになってるんです。

でも、分けてもらってミードとして仕込む分には、問題はない。僕らミーダリーからしたら、水分量が多いのは、ただただ美味しいハチミツなんです。日本にはそういうお宝がいっぱい眠ってるんですよ。

「売れないハチミツ」とされていたものが、世界で評価されるほどの美味しいミードに変わる

いぬい お宝のハチミツ……!!! それって今は、山積みになった後、廃棄されてしまうんですか?

谷澤さん いや、中間の業者が、ただ煮詰めて精製して、糖を取り出すために買い取っていくんです。ただ、その値段は元々のハチミツの十分の一くらい。それがめっちゃよくないなと思ってて。もっとミードで活用できると思います。

 

ワインよりも先輩? あまり知られていないミードの歴史

ロシアでは蜂蜜から造るお酒を「メドヴーハ(Медовуха)」と呼び、古くから宗教儀式やお祭りでもよく飲まれてきたそう

だんご まだまだ、ミードのことって全然知らないです! ミードが「世界でめっちゃ飲まれてるお酒」だったことってあるんですか?

いまでいうビールや、ワインみたいな位置にいたことはあったのかなって。

谷澤さん それこそ、ワインが産業化される前ですね。ミード自体はそれよりずっと前からあったんですけど、中世の頃にヨーロッパで一気に広まったみたいですね。

いぬい その頃のミードって、本当に「水とハチミツだけでつくる」みたいなシンプルなものだったんですか?

谷澤さん 水とハチミツだけを使って作るスタイルを「トラディショナル」って言うけど、それが名前の通り「伝統的」な造りなのかというと、そんなことはないんですよ。

いぬい 違うんですか?

谷澤さん 大昔からずっと「ハチミツ=超高級品」なんです。だから、それと水だけでお酒を造るなんてできない。

ハチミツを巣箱から取る時、いまは遠心分離で綺麗に全部取れるんですけど、昔は自然落下で取るから、巣箱にちょっと残っちゃってたんですよ。もったいないからお湯とかをかけて取ってたら、糖度の低いハチミツジュースみたいなものができて、それが発酵しちゃったりして。

いぬい そんなたまたまできたものなんですか!?

谷澤さん しかも、そのハチミツジュースすら腐らせないように、農民の人たちがハーブを足したりして、嗜んでいたらしくて……。

いぬい ハーブ入り(副原料入り)のミードだ! じゃあ、当時は農家の人たちがつくる、気軽なお酒だったんですね。

浜松市で採れた初夏のハチミツと、同じ地で育てられた釜炒り茶を合わせ、自然発酵させた「蜂蜜茶醸酒2026 / お茶の自然発酵ミード」。副原料で多彩な風味の幅を出している

谷澤さん 特に、北欧や東欧などの寒い地域では果物が育ちにくかったこともあって、ミードが広まった背景があるようです。リンゴやブドウが取れる地域でワインやシードルが発達したように、寒い地域では、ハチミツが貴重なお酒の材料になっていたんですね。

だんご なるほど、日本でも寒い地域では「どぶろく」が親しまれてますね。

谷澤さん そうそう! しかも、世界中のあちこちにハチミツのお酒があるんですよ。ただ、その造り方は土地によって全然違う。エチオピアの人たちは、「ゲシュ」っていう特定のハーブを混ぜたものだけを「ミード」と呼んでいて。

いぬい もしかして、「ミード」ってどんなお酒かは定義できない?

谷澤さん 厳密な定義はないのかもしれませんね。反対にいえば、水とハチミツを使ってつくる「ミード」は、土地の数だけスタイルがあるのかも。

ANTELOPEで生まれるお酒のスタイルもさまざま。アルコールの高低、甘みの多い少ない、さらに複雑な風味と香りによって、どんどん新しいスタイルが増えていく

いぬい そんなに多様なスタイルがあるミードってめっちゃ面白そうなのに、なんで日本では流行らなかったんですか?

谷澤さん そもそも、日本では養蜂文化自体がわりと最近のものなんですよ。

いぬい そうなんですね!

谷澤さん 日本では昔から大陸からの砂糖の輸入がさかんで、江戸時代以降は琉球(いまの沖縄)や奄美群島で砂糖が多く生産されはじめました。だから養蜂の必要性もあまりなかったし、セイヨウミツバチの養蜂文化が入ってくるのも、1800年代と遅かった。諸説あるけど、必要がなかったからじゃないですかね。

昔は世界のミードを輸入して販売する業者も日本に少なくて。輸入されたのがクセが強くて、甘くて、度数が高い特定のスタイルだった。僕らもいまでも、酒屋さんから「甘いの?」「どういうシーンで飲むものなの?」って聞かれますから。

だんご そんなに文化的に広まっていないところから、どうやってANTELOPEは販路を広げて行ったんですか?

谷澤さん そこはもう地道に。とにかく飲んでもらえたら美味しいことは伝わるので、まだ会っていない酒屋さんに会いに行っていましたね。

最初の頃は、副原料としてライムやジュニパーベリーを使った低アルコールのスタイルをよく売り出していて。若い人たちに知ってもらったことから、僕らのミードは広まったのかなと思いますね。

ジュニパーベリーとライムを使って造った『What Churchill Said』(現在は在庫切れ)

 

今年はミード業界の潮目になる。世界大会での受賞

いぬい ミードのことも、ハチミツのことも、全然知らなかったです。

谷澤さん なかなか知る機会はないですよね。日本で花の多い場所というと、湿度の高い谷合いになっちゃうんですよ。いまお世話になっている養蜂家さんがいる静岡の浜松も谷の地形で。

養蜂業界の方々からすると「よくそんなところでハチミツつくってるね」と言われてしまうほど、難しい場所だという

谷澤さん それに養蜂って、規模を拡大していくのも難しいんです。ハチミツの収穫量を増やすにはハチを増やす必要があるけど、それは花を増やすことで、つまり土地を増やすこと。

管理する山自体を増やしていかないといけないので、産業としてはめちゃくちゃな労力をかける世界になってしまうんです。それに、養蜂では餌=花の管理まではしないから、ただハチを増やしてしまうと、他の土地の花の蜜を奪うことになってしまいます。

いぬい 養蜂って、難しいバランスの上で成り立ってるんですね……。

谷澤さん 僕らも養蜂に興味があるけど、いまは趣味程度のことしかできていません。

そういう難しい状況のなかで獲れたハチミツを使ったミードが、今回の大会で賞を受賞できた。これは日本のハチミツの再評価に繋がる重要な出来事だったと思っています。

いぬい そうだ、賞を獲得されたんですよね! おめでとうございます!!

国際的なミード専門コンペティション『Mead Madness Cup』。商業醸造所のみが出品できるPRO部門で、ANTELOPEは777種類のミードのなかから大会最高位の称号『Grand Champion』を獲得した。

谷澤さん 今回受賞した『Aurea 13』という銘柄も、ほぼ水とハチミツだけでつくる、とてもシンプルなスタイルでした。純粋なハチミツの味として評価された部分は大きいと思います。

今回賞を受賞したミード『Aurea 13』も、低アルコール(6%)かつ、ガス入りというミード業界における異端児的なスタイルが評価された

いぬい ちなみに、世界ではそんなに「ミード」ってメジャーなお酒になってるんですか?

谷澤さん いま、アメリカではマーケットが成長しつつありますね。それは、元々クラフトビールの文化が盛んなアメリカで「クラフトビールの造り方では決して到達できない、飛び抜けた味わいを再現できる」のが、ミードだったからなんです。

いぬい へえ〜!!

谷澤さん 水分を足してつくるミードのつくりかただと、自由度が高くて、ビールには出せない甘みや風味を出すことができる。「ミードでつくれる味って面白い!」ってところから、人気になっていったみたいですね。

いぬい つくり方に、みんなが魅了されてるんですね

谷澤さん そうなんです! 造り手からすると、ミードの魅力って「甘さや度数のコントロールをしやすい」ってことなんですよ。それは、ワインだとできない「加水」ができるから。

加水によって「素材の糖度の低さ・高さ」をコントロールできるミードは、アルコール度数のコントロールもしやすいという

いぬい ある意味、条件を変えていけば自由にコントロールできる?

谷澤さん それでも、アメリカのミーダリーだとやっぱり「こんなに度数が高い!」とか、「こんなに甘い!」みたいなアメリカンな味わいが注目を集めやすいんです。一方で今回受賞したミードって、“低アルコール(6%)でガス入り”という、かなり異端児的なスタイルなんですよ。

ミニマルな味わいを繊細に楽しもうと作られた日本のミードって、世界的に特異なもの。それが評価された今年は、ミード業界の潮目の年になると思うんですよね。

いぬい 異色なスタイルの漫才のマヂカルラブリーが、M-1で優勝した時みたいな? だとしたらこのあと、いろんな地下芸人たちが世に出てきそうですね……。

だんご (たとえ合ってるのかな)

いぬい ちなみに、受賞してから周囲の反応とかは変わりましたか?

谷澤さん 地元の新聞社さんが、たくさん取材してくれましたね。それを見て、この工場の大家さんもすごく喜んでくれたりして。

いぬい そういえば谷澤さんって、なんでこの野洲でミーダリーをはじめようと思ったんですか?

谷澤さん 僕、大学が京都で。最初は京都で物件を探してたんですよ。これだけ広い物件はぜんぜん見つからなくて、たまたま出会ったのが今の場所でした。

天井の高い工場跡地のなかに、醸造のための機材が並ぶエリア、木樽熟成の棚、メンバーの執務エリアに加え、手前側にはその場で買ったり飲んだりできるボトルショップが併設されている

谷澤さん ここって、昔はパン工場だったんですよ。当時はクラフトビールのブリュワリーを卒業して「自分でクラフトビールをつくるぞ」って考えてたんで、パン工場跡地でビールをつくるってなんかいいな、と思ってて。

結局、そのあとに出会ったミードの美味しさに感動しすぎて、ミーダリーに変えちゃったんですけど。笑

2026年3月に開催したイベントでは、合計200名ほどの来場者がミードを楽しみに来てくれたそう

いぬい イベントには、近所の方も来てくれたんですか?

谷澤さん 来てくれましたよ! それこそ、「ここで昔、私もパンを焼いてたのよ」っておばあちゃんが来てくれたり。工場でのイベントはすごく意識して続けてきたので、嬉しかったですね。

やっぱり、お酒を好きになってもらうだけじゃなくて、この場所を好きになってもらわなきゃなって思いましたね。

 

日本各地にミーダリーが増えて欲しい。ミード醸造って、科学とロマンなんですよ!

いぬい そうだ、ずっと気になってたんですけど……。

いぬい クラフトビールの設備って、どう使っているんですか?

谷澤さん 実は、あの機材でミードに「火入れ」をしてるんですよ。

いぬい 火入れって?

谷澤さん 日本酒造りにもある、発酵を止めるための工程ですね。ミードは、ハチミツの糖分が発酵してアルコールに変わることでお酒になるんですが……発酵しきると、せっかくの甘みが失われてしまう。

アルコール度数を高めつつ甘みや風味を残すために、クラフトビールのために買った加熱用設備を使っているんです。

タンクで火入れをすることで、瓶詰めの際にガスを詰めた“微発泡のミード”をつくることもできるという。クラフトビールの醸造設備が、ANTELOPEのスタイルの幅を広げている

谷澤さん こっちも見てください。これは、木樽でミードを熟成させてるんですよ。

いぬい すごい! これは、ウイスキーみたいに木樽の香りを移すためですか?

谷澤さん それもあるし、密閉されたステンレスタンクと違って木樽は少しだけ隙間が空いてるので、少しだけ酸化熟成が進むんですよ。そのニュアンスが面白いし、場合によっては他の菌が混ざることも、アクセントの1つとして考えられる。

いぬい なんだかお話を聞いていると、ミードづくりってめっちゃ「科学」って感じがしますね。

谷澤さん そうなんですよ!! めっちゃ面白くて。ランダム性の強いミードをつくるためにも、科学的なインプットがめっちゃ大事になってくる。

ただ難しいのが、理論とロマンって、逆のところにあるんですよ。理論性を追求すると、ロマンというかミステリアスな部分がどんどん失われてしまう。コントロールしきれない部分が、お酒の出来上がりを大きく化けさせることってあると思うんですよね。

そのバランスをどう次の世代のミーダリーに伝えていくべきか、ずっと悩んでいますね。ミードって、教科書とかも少ないんですよ。たぶん世界中で2冊くらいしか出てないし、当然、日本語の本だってない。いつかミードづくりを伝えるための本を執筆したいなって、ずっと思ってますね。

そうやってミーダリーを増やすことは、日本の養蜂業界を盛り上げることにもなると思ってて。

谷澤さん これから先は気候変動の影響もあって、日本のハチミツって基準値以下のものが増えてしまうと思うんですよ。

ただ、そのハチミツを「食品」として流通させようとすると基準値以下だけど、ミードという形に昇華させてあげれば、もっと価値のあるものにできるんです。

だんご 保存もきくし、また違った食文化として手渡していけますもんね。

谷澤さん それに、「ヴィンテージミード」みたいな世界がつくれたら、それだけで世界が集まってくる理由になると思う。実際にワインはそうなっていて、ミードにもそれだけの可能性があると思っていますから。

 

ミード業界のこれからと、“健やかな醸造”について

いぬい 谷澤さんから見て、これからの日本のミードってどう変わっていくと思いますか?

谷澤さん さっき「ミードの潮目にきている」と話したんですけど、市場だけじゃなくて研究の面でも流れがあって。海外で、ミード醸造の論文が増えてきたんですよ。

お酒って、小さく作っても大きく作っても一緒なんですよね。だから研究室みたいなところで小さな規模と幅広いパターンを、速いサイクルでぐるぐる造ってもらうことで、ミード醸造の知見ってどんどん溜まっていく。

それはミーダリーにはできないとても尊い作業なので、ありがたいんですよ。研究をインプットした醸造家たちが、これから絶対に増えてくる。その潮流を知って伝えるためにも、自分も学び続けないといけないなと思いますね。

谷澤さん 養蜂家の活動を助けるための基金づくりとかも、いつかはしたいと思っていて。いま僕らにできるのは、適正な価格できちんとハチミツを仕入れて、きちんと値付けに反映していくこと。

スーパーとかで見ると、「ハチミツって高いな」と思うと思うんですよ。でも、内情を見てると「儲かってしょうがない」みたいな養蜂家さんなんて見たことないから。

どうせなら、ハチミツとミードのことをたくさんの人に知ってもらって、「うちの地域でも作りたい」と思ってほしい。僕らが作るよりは、地域のハチミツが地域で消費されていく方がいいですから。僕もいろんな地域のミーダリーに遊びに行きたいですし。笑

いぬい はじめるとしたら、どんな人がはじめやすいと思いますか?

谷澤さん これはめっちゃ伝えたいんですけど、クラフトビールを造れる醸造家は、ミードも造れます!!

クラフトビールって本当に造るのが大変なんですよ。まず仕込んで発酵させるまでにすごく時間がかかって、発酵させてからできるまではめっちゃ速い。だからどんどん詰めて流通させて、かつ価格帯は安く抑えて……造りはじめたら、そのサイクルを止められなくなる。

ミードは真逆です。仕込みにかかる時間は短いけれど、発酵にかかる時間が長い。気持ちがヘルシーになります。

いぬい 働き方としても、ミードって実は健全に働ける?

谷澤さん ですね。クラフトビールのカルチャー自体はめちゃくちゃ素敵だし、僕も大好きなんですよ。ただ、大量消費の文脈ではあるから、本当にクラフトビールが好きな人じゃないと疲弊してしまうのも事実。

もし、本気で「ミーダリーをはじめたい」って人がいたら、手伝うので本当に連絡してきてほしいですね。

 

おわりに

ミードの美味しさに出会い、クラフトビール醸造の経験値をフルに活かしながら、「日本のハチミツで造るお酒」に真摯に向き合っている谷澤さん。

ふと、偶然醸造所を建てることになった「野洲」への気持ちが気になった取材チームは、最後に土地への思いを質問しました。「子どもができて、醸造所のある野洲に自分たちも暮らしはじめたんです。そうしたら、いるまちの見え方も変わった。子どもたちが将来戻ってきたいと思えるようなお店が、もっと増えたらいいなといまは思いますね」

ミードを知ってもらうために、まず醸造所を愛してもらいたいとも語っていた谷澤さん。知る人ぞ知る“ハチミツで造る美味しいお酒”の物語は、ここ、野洲の地から日本中に広がっていくのかもしれません。

ANTELOPE

公式サイト:https://antelopemeadery.com/pages/about-antelope

SNS:https://www.instagram.com/antelope_meadery/

撮影:山元裕人
編集:友光だんご