
こんにちは。旅する編集者の藤本智士です。今回やってきたのは、熊本県西部にある上天草(かみあまくさ)市。

熊本市内から天草地域へと向かう玄関口の上天草は、有明海と八代海が接し、大小さまざまな島々が浮かぶ風光明媚な町。熊本市の中心部から車で一時間ほどの場所にあります。
2024年9月、そんな上天草に突如、小さなギャラリーがオープンしました。その名も「アンダーロードギャラリー」。


アンダーグラウンドから拳を掲げるような、ほのかな反骨精神を感じる名前とは裏腹に、その運営スタイルは実にオープンでPOP。
特に珍しいのが、企画展の収支を毎回SNSで明らかにしていること。

例えばこちら。総売り上げだけでなく、作家さんの取り分や粗利まで事細かに!
アーティストにいくら還元されて、ギャラリーにはいくら残った。その数字が開示されることでわかるのは、ちゃんと絵が売れている! ということ。
アクセスがいいとは言えない場所に、なぜ多くの人がわざわざ絵を買いにやってくるのか?
都会の洗練されたギャラリーで、富裕層に向けて高価な作品を売買する世界とは違う、地域に根差したアートとデザインの可能性に驚いた僕は、その魅力を探るべく、遠く上天草までやってきました。
実は、オーナーの佐藤かつあきさんは、九州のクリエイティブ業界で知らない人はいないデザイナーさん。クリエイティブディレクターとして、数々の素晴らしい仕事を残してきた、かつあきさんがここにきてどうしてギャラリーを立ち上げたのか。
そこには、とある作家との重要な出会いがありました。

佐藤かつあき
Under Road Galleryオーナー。1978年生まれ、長崎県佐世保市出身。佐世保北高校を卒業した後、福岡と東京の広告代理店やデザイン事務所でアシスタントをしながらデザインを学び、2010年に奥さんの地元である熊本県上天草市へ移住。2013年に熊本市に事務所を設立し「株式会社かつあき」をスタート。熊本を中心にクリエイティブディレクター業をこなす傍ら、2016年の熊本地震後に誕生した一般社団法人『BRIDGE KUMAMOTO』の代表も務める。
待ち合わせは、ちゃんぽん屋さん

藤本 あのー、ギャラリーの話聞きに来たんですけど、待ち合わせ場所がちゃんぽん屋さんってどういう……?
佐藤 ここのちゃんぽん、美味しいでしょ。
藤本 いや、はい、美味しいです。
佐藤 でしょ?


佐藤さんと待ち合わせた「ちゃんぽん入船」
藤本 長崎はもちろん、いろんな土地でちゃんぽん食べてきましたけど、本気でナンバーワンの美味しさかもしれない。
佐藤 でしょでしょ?
藤本 はい、ほんっとに美味しい。だけど、今日はちゃんぽんの取材しにきたわけじゃなくて。
佐藤 実はここ、うちの妻の両親とお義兄さんたちファミリーがやってて。
藤本 え?! そうなんですか。
佐藤 この店の隣に使われてなかったプレハブがあって、そこを綺麗に片付けたのが、アンダーロードギャラリーなんですよ。
藤本 そういうこと!
佐藤 家賃も2万円でめっちゃ安くて、固定費がほとんどかかってないからできてるっていうのもあります。
藤本 なるほどー。
佐藤 なのでいつもここで、作家たちと飽きるほどちゃんぽん食べてます。
「人付き合いをそんなにしなくていいな」と思って、ギャラリーをはじめた

ギャラリー外観。「ちゃんぽん入船」のすぐ隣
藤本 ギャラリーに移動しましたけど、ほんとにすぐ隣なんですね。
佐藤 そうなんです。おかげさまで、入船にちゃんぽんを食べにきた人が、ふらっと入ってこられることも多くて。
藤本 いやあ、すでにこのギャラリーの間口が広い理由がわかったかもしれない。たしか、かつあきさんってもともと熊本の人ではなかったですよね。

佐藤 長崎の佐世保出身で、福岡や東京に行ったりしながら熊本の上天草に移住して15年たちます。ずっとグラフィックデザインをやってきたから、熊本でデザイン事務所として独立したんです。
田舎でやっていくにはいろんな仕事をしなきゃいけないから、ホームページを作ったり、映像を作ったり、イベントをやったり、いろんなものをデザインする仕事をしていて。そんななか、2016年に熊本地震が起こって、一般社団法人BRIDGE KUMAMOTOを立ち上げました。

熊本地震直後の2016年5月、佐藤さんが地元のクリエイターたちと立ち上げたBRIDGE KUMAMOTO。デザインや表現活動を通じて熊本地震の復興支援に取り組んできた
藤本 僕がかつあきさんのことを知ったのは、まさにBRIDGE KUMAMOTOの「ブルーシードバッグ」でした。
被災地で使われた廃棄予定のブルーシートを回収して、トートバッグにリメイクするとか、なんて最高なプロダクトなんだろうって。当時、僕も本づくりから復興支援に取り組んでたので、めちゃくちゃ影響を受けました。

「ブルーシートを、ブルーシード(復興のたね)に」という思いが込められたBRIDGE KUMAMOTO 初のプロダクト。売上のうち20%を被災地域で活動する復興支援団体や社会課題に取り組む団体に寄付し、バッグにまつわるお金がすべて被災地域などに落ちる仕組みになっている
佐藤 ありがとうございます。うれしい。でもほんとあの頃から、自分が何者なのかよくわからなくなってきたんですよね(笑)。
藤本 たしかに、熊本地震のような大きな災害に直面したときって、クリエイティブとは何か、みたいな本質に向き合わざるを得なくなりますよね。
佐藤 デザインだけをやっていたら、仕事を依頼された世界の中でしか生きていないと思うんですけど、災害復興支援って、関わる人も、企業もいろいろで、他業種の人や利害関係のない人とも地域を越えてたくさん知り合うようになって、「業界」みたいなものがなくなっていったんですよ。それがめちゃくちゃ大きかったです。
藤本 でも、どうしてギャラリーを?
佐藤 震災が起こって、BRIDGE KUMAMOTOを立ち上げた当時、「コミュニティ」って言葉が広く使われるようになって、僕も何かそういう「場を持つ」ってことがしたいと思ったんです。でも、結果的にできなかった。
僕、人付き合いも悪いし、マメでもないから。好きな人は好き、嫌いな人は嫌い、みたいなところがあって、向いてないんだって思って。

佐藤 そのかわり、ギャラリーだったら人付き合いをそんなにしなくていいなと思ったんです。
藤本 たしかにギャラリーは人付き合いは多くないかもしれないですけど、その分、面倒なアーティストとの付き合いとか大変じゃないですか。
佐藤 おっしゃるとおり(笑)。そういう意味では、ギャラリーを一緒に運営している松永健志との出会いがあってこそですね。
藤本 早速出ましたね、健志くん。
ギャラリーのパートナーは、熊本で愛される油絵画家
藤本 松永健志くんは、熊本で大人気のアーティストで、油絵の作家さん。今日もそこにいてくれてますけど。

松永健志(まつなが・たけし)
1985年生まれ、熊本市在住。18歳の頃画家を志し22歳で上京し、原宿の路上で絵を売る。2011年に東日本大震災の影響で熊本へ戻る。2018年、熊日美術公募「描く力2018」グランプリ受賞。2021年に画集「WHITE」出版。
佐藤 健志と「ギャラリーとかやりたいね」って話していたんですよね。そんなときに、ここのプレハブを見つけたから、すぐに見てもらって。彼も「いいかも」ってなって、やり始めたんです。
藤本 そもそも健志くんとはどこで出会ったんですか?
佐藤 熊本地震のときです。当時、避難所になっていた小学校で、売り上げの全額を被災地に寄付するチャリティーに健志くんもアーティストとして参加していて。
藤本 お互いに別の文脈でその場所に居合わせたんですね。
佐藤 そうです。見た目が怖かったから、そのときは目も合わさず別れましたけど(笑)。その後に彼がほかのデザイナーさんと一緒に仕事しているのを見て、いい絵を描くなって思って、それで僕も仕事を頼むようになって、そのやり取りから徐々に仲良くなった感じですね。
その当時の健志はまだ、個展だなんだってイメージはそんなになかったです。
藤本 そうなんですね。それがいまや、すごい人気ですもんね。

熊本トヨタCMの油絵や、キリンビールの熊本応援缶・阿蘇復興応援デザイン缶イラスト、熊本城ホールメインエントランス常設の油絵などを手がけてきた松永さん
佐藤 本当に。その後、彼が初めての個展をやって、絵がちゃんと売れて、どんどん人気者になっていくのがすごい衝撃で。ふつうは東京で売れてる人気作家さんだから、熊本でも売れるみたいな、いわゆる逆輸入のパターンじゃないですか。
藤本 外に評価されてはじめて、地元の人も「この人はすごい」ってなりますもんね。
佐藤 そうです。東京でさえ「ニューヨークで売れました」とかが基準になるようなところってあるじゃないですか。それがなぜか熊本においては真逆で、熊本の作家さんが熊本の人たちに評価されて熊本で大人気になって、朝から彼の絵を買うために行列ができるって、すごいんじゃないかと。それで僕も、地域のアートに興味を持ち始めたんですよね。
藤本 いまこの記事を見た人も、そんな人がいるの? ってびっくりしていると思うんですけど、健志くんの人気は本当にすごい。僕も健志くんとはお仕事で絵を描いてもらうところから出会って、僕もそんな彼の作品を買いたくて、なんとか購入して、いまも事務所に飾ってます。彼のようなアーティストは出会ったことがなかったです。

長崎書店・長崎次郎書店での個展(2021年)より
佐藤 ほんとに、バカ売れしてるんですよ。
藤本 健志くんが個展すると、ほんとにバカ売れって言葉が言い過ぎじゃないくらい売れる。著名な作家さんでさえ、こんなに売れないんじゃないかと思うぐらいですよね。
佐藤 本当に。神絵師みたいな人がいる漫画とかイラストの世界だったらあるかもしれないと思うんですけど、少なくとも油絵ではないんじゃないかな。
藤本 なんか、ちいかわグッズみたいな売れ方してますもんね。
佐藤 そうそう。油絵がちいかわみたいに売れてる。

藤本 描かれているモチーフもごく身近なものだし、彼の作品が売れる理由はいったいどこにあるんだろうって、考えませんでしたか?
佐藤 めちゃめちゃ考えましたね。
藤本 キャンバスの小さなサイズ感とか、プロダクト感とか。僕自身も、どうしてこんなに彼の作品が欲しいんだろうって。
佐藤 健志の作品やクリエーションを考えることももちろん大事だと思うんですけど、僕は熊本の文化的な気質もあるんじゃないかって思ってるんです。
藤本 熊本の気質?
佐藤 つい先日、不知火美術館で有田正博さんの展覧会をやってたんですよ。有田さんは、熊本から「セレクトショップ」の原型を作ったとも言われるアパレルのレジェンドで、全国展開しているセレクトショップの人たちがみんなリスペクトしているような人なんです。
熊本ってなんかおしゃれだねっていうのを築き上げた人なんですけど。熊本って、ちょいちょいそういう事例があるんですよ。独特の文化圏が育つというか。

藤本 すなわち、そのフォロワーというか、推してくれる人たちの存在が、熊本にはいらっしゃるってことですもんね。
佐藤 そうなんです。そういう土壌もあって、ギャラリーもいけるのかもしれないと思ったんですよね。地域の人たちが来てくれるんじゃないかって。
藤本 その「独特の文化圏がある」ってことで言うと、僕は常々、くまモンって異様すぎるって思ってるんです。いろんな地域にご当地キャラはいますけど、くまモン以上にその地域に浸透しているキャラってほかにいない。それこそ熊本でくまモンに会わない旅なんて絶対にできないじゃないですか。
佐藤 熊本空港に降り立った瞬間から、くまモン一色な感じですもんね。
藤本 そうなんです。でも、あそこまで育ったのは、あきらかにそれを支えている地元の人がいるからですよね。
佐藤 たしかに。やっぱり何かしらの土壌があるんですよね。九州のなかでも熊本はちょっと特殊な感じがします。
藤本 そういう土壌があるからこそ、健志くんという作家をパートナーにギャラリーをやろう、となったんですね。

佐藤 健志と同じ思いを持っていたというか。それはつまり再現性の話なんです。彼は彼で、自分にできることはほかの人にもできるんじゃないかってことで、画業、表現活動だけで食べられる人を増やしたいって思っていて、そこが僕と一致したんです。そういう人たちを発掘したいし、発信したいから、そのためにギャラリーがあるといいねって。
親戚の子からじいちゃんばあちゃんまで、誰が来ても違和感のないギャラリー

藤本 僕が個人的に面白いと思うのは、ここってファインアートのギャラリーではないじゃないですか。かといって、ストリートで絵を売っているわけでもない。その合間にある。
たとえばミュージシャンのライブに使われるホールとかもどんどん大型化が進む一方で、中堅ミュージシャンが使いやすい中規模施設は、需要はあるのに採算が取りづらくて、休業や閉館が相次いでたりする。
そういう中間にあるステップを踏むような場所って本来めちゃめちゃ大事なのに、経済合理性のもとでなくなってしまうから、どんな業界も、0か1かみたいないびつな状況になってしまってる気がして。
アートの世界においても、その間を埋めるものが必要ななかで、僕は、このアンダーロードギャラリーがそれを果たしている感じがしてます。

インタビューの日は搬入日で閉廊中ながら、ふらりとやってきた若者を案内する健志くん
佐藤 そうですよね。ここは美術界の流れでもないし、ファインアートでもないし、そこまでストリートでもないので、ポジショニングがすごく難しいなと思いながらも、重要だと思って手探りしてます。
藤本 ポジショニングはたしかに不明だけど、あきらかにオリジナリティがありますよね。
佐藤 それに関して言えば、ひとつは、お客さんをどれだけ呼ぶか、集客をどれだけやるかをかなり重要視してます。絵を売ることが目的なので。
うちのギャラリーで個展や展覧会をやると、ほんと老若男女が来てくれるんですよ。じいちゃん、ばあちゃん、若い子から家族連れ、大学生。

佐藤 たとえばストリート感が強すぎると、そういうのが好きな人しか来ないじゃないですか。ハードルが高いとか、怖いとか、あの人と友達じゃないと行けないとか、そういう文化圏もあるのは知ってるし、結構好きなんですけど。
うちの場合は広くやろうと思ったので、作家の親戚の子からじいちゃんばあちゃんまで、誰が来ても違和感のないギャラリーにしたいなと思ったんです。
藤本 それって、ひとつは立地というか、ちゃんぽん屋の敷地にあるのも大きいと思うんですけど、やっぱり僕は、収支を明らかにしていることが大きいと思います。透明性をもって間口を広げている。
佐藤 お金のことって、実際どうなのってみんな思ってるはずなんですよね。SNSって、映えた写真とか、いい物語とか、基本いいところしか載らないので、本当のところはどうなんだって僕も思うし。そこで数字を見せるって強いですよね。分かりやすい。
藤本 それに僕は、収支を明らかにすることが、アートは見るものじゃなくて、買うものなんだっていう強いメッセージになってると思います。ギャラリーっておそらく、多くの人たちにとって、何をしに行ったらいいかわからない場所だったと思うんですよ。
佐藤 そうですよね。気に入ったものがあれば買えばいいし、なければ買わずに帰ってもいい。
藤本 そうやって、よくわからなかったギャラリーというものを、わかる場所にしてくれた。

佐藤 僕もどうしてこんなにみんな買ってくれるんだろうって、自分なりに考えたんです。ひとつは、マーケティングのベタなやつで「今、売れてます」みたいな、売れているものが売れるってあるじゃないですか。絵が売れていることが、ああやって収支をもって可視化されると、「買っていいんだ」とか「僕も欲しい」ってなるかなと思ったんです。
藤本 絶対それありますよね。
佐藤 もうひとつは、クラファンの逆パターンというか。別にクラファンはやってないんだけど、目標を「達成しました」って見せることでみんなが応援する、みたいな感じですかね。数字が出ると、「がんばってるな、応援しよう」ってなるんじゃないかなって気がしたんです。個人的な仮説ですけど。
藤本 なるほど。まずは買ってほしいっていう想いがあるから、買ってもらうためにはどうすればいいかを考えた結果、みんなが買ってるのを見せるってことに行きついたのか。
佐藤 そうです。売れてるんですよ、と。絵って全部が一点ものだから、大量生産のものを買うことに慣れているいまの人たちにとって、不安だと思うんですよ。「これはいい絵なのかな」って。でも、「大丈夫です。みんな買ってます。だからあなたの目に狂いはありません」みたいに見せることで、背中をちょっと押せたらいいなって。
藤本 面白いなあ。正直、健志くんの現象にも、そういう部分がありますよね。絵を買うために並ぶってなかなかないことだけど、それはまさに行列に並ぶ心理というか、「みんな買ってるいいもの」としてのメガネをそれぞれがかけてやってきてくれるというか。
佐藤 そうですね。
藤本 そういう意味でも、ここのギャラリーはやっぱり健志くんありきですね。
佐藤 もう完全にそうです。健志がやってきたことを、ある意味科学的に再現しようとしてるっていうか。そういう研究室みたいなところです、ここは。

藤本 面白い。健志くんは自分でそれを客観的に把握したり、研究したりできないけど、近くで見ているかつあきさんが抽出したり、言語化したり、デザインしなおすことで、健志くん自身に還っていくものがありそう。
佐藤 そうなってたらいいですけどね。どんな市場もそうですけど、絵を買う人たちが増えれば、結果的に絵描きみんなに還っていきますよね。
藤本 そうですね。業界全体に。
佐藤 業界全体の雰囲気も盛り上げていきたいんですよ。絵描き全員が「頑張るぞ!」みたいな。「一人じゃないぞ」みたいなのも生み出していきたい。
「絵で食える人を増やす」ために、展示の収支を公開

藤本 実際のところ一回の個展やグループ展で、どれくらいの売り上げが立つんですか。
佐藤 いまは、だいたい100〜150万円売れるんですよ。これって、客単価1万5千円ぐらいで100人ぐらいのお客様が買ってくれている計算式なんですね。つまり購買率がすごく高いんです。こんなところまでわざわざ来て、手ぶらで帰るのは、って思ってくれるみたいで。
藤本 たしかに(笑)。
佐藤 アーキテクチャ的によくできてるんですよ。実際に買っていただけるってことは、お客様が10倍になれば、売り上げも単純に10倍だから1000万円、1500万円も夢じゃない。そうやって、なんとなく人参をぶら下げて頑張ってるところはあって。難しいけど無理じゃないってところがロマンだな、みたいな。
藤本 1回の展示で売り上げ150万円って、そんなに単価が高くないってことですよね。
佐藤 はい。僕らがやるときは、下が5500円とか。ボリュームゾーンは1万5000円、2万円とかです。
藤本 なるほど。買いやすい。2万いかないぐらいの作品が多いんですね。そのなかから、マージンをいただくってことですよね。
佐藤 そうです。我々はだいたい売り上げの30%をいただくんです。その中に決済手数料も入ってるし、フライヤーとか展示の部材みたいなものの費用も入ってます。
藤本 作家さんに優しい。

佐藤 それは「絵で食える人を増やす」ってことのためでもあって。マージンを取りすぎたら食えないから、7割持っていってもらうほうがいいかなって。
藤本 それでいつも収支を出してるんですね。
佐藤 そうなんです。作家さんにこれだけ払いましたよってちゃんと見せてあげると、周りで様子を伺っていた人たちにも、「ちゃんとやってるな」って認めてもらえるかなって。
藤本 それもこれも、まずはお客さんをたくさん呼ぶことが重要ってことだと思うんですけど、やっぱり、そこで大きいのが、かつあきさんのデザインだと思うんです。僕このグループ展のチラシとか最高にかっこよくて大好きなんですけど。

佐藤 スーパーマーケットのやつですね。ありがとうございます。
藤本 一瞬ふざけてるように見えるかもしれないけど、明らかに思想がありますよね。みんなに買ってもらうために、どうクールに間口を広げるかってことを、デザインとしてまっすぐ向き合ってる。そういう、かつあきさんのクリエイティブにいつも惚れ惚れするんですよね。
佐藤 うれしいです。デザインってやっぱり本質ではなくてガワの話なので、足を引っ張っちゃいけないっていうのがあって。だから個展に来てほしいのが第一なんですね。だから、そのためのデザインってなんだろうというのを考えるんです。難しいっちゃ難しいし、おもしろいっちゃおもしろい。

S0号という小さいサイズのキャンバスをベースにした公募展のトロフィーもS0号キャンバスで作成。めちゃくちゃかっこいい
「健志くんはすごい。僕の40年間の知識を君に託すよ」

藤本 ちょっと、せっかくだから、健志くんにも話きいてもいいですか? まずは健志くんのいまの状況っていうか、絵を買ってくれる人がたくさんいることに対してはどんな風に思ってますか?
松永 震災で初個展の開催が1年延期になったんですけど、その間にいろんな人に出会って、いろんな人に助けてもらって。ようやく開催できた初個展が、そういう周りの人たちのおかげでいっぱい広まったんです。
藤本 ちなみに、最初の個展ってどんな感じだったんですか。
松永 手描きのポストカード作品を2000枚描いたんです。
藤本 2000枚! すごい! どれぐらい売れたんですか?
松永 期間中も描き足して。2234枚だっけな。全部完売しました。
藤本 すご〜!!! いやあでも、売れるって嬉しいよね。
松永 そうですね。もうめちゃくちゃうれしくて。さらに次の個展では、小さなキャンバスの油絵作品を300枚描いて展示したら、ありがたいことに、行列とかもできたりして。そこに、かつあきさんも見に来てくれて。
藤本 そうなんだね。
松永 もっと絵が上手い人はたくさんいるなかで、自分は才能や画力は普通なのに売れた、みたいな気持ちがずっとあるんです。もっと言うと、自分にできるんだから誰にでもできる、みたいな気持ちがあって。
僕はありがたいことに、おじいちゃんの画家とか、熊本の美術会を作ってきたような人たちからも、すごくよくしてもらっていて。ご飯に連れていってもらったり、絵の具の使い方とか、いろんな描き方とかを教えてもらったりしてきたんです。

松永 「健志くんはすごい。僕の40年間の知識を君に託すよ」みたいな感じで言ってくれたり。そういうのをずっと受けていると、絶対に僕も若者に返さなきゃって。そういう気持ちがめちゃくちゃあります。僕は絵を描くだけでご飯を食べていきたかったんです。絵を仕事にしてお金を稼ぎたいというか。そういう目標があったんです。
藤本 じゃあ、もう叶ってますね。
松永 そうですね。だからいまはなるべく長く生きたいと思ってるんですけど(笑)。僕は本当、口数も少ないし、喋るのも下手なんですけど、最近は、絵を描く若者にどうやったら話が伝わりやすいかとか考えたりもするんです。ギャラリーは大変だけど、本当に勉強になってます。

藤本 あらためて、二人の出会いがあってこその、ギャラリーだというのがよくわかりました。
佐藤 僕は健志がいなければギャラリーをやろうと思わなかったし、きっと健志も僕がいなければやらない。というか、できなかったと思う。
藤本 ですね。二人がそれぞれ歩んできた下道(アンダーロード)あってこその奇跡のギャラリーですね。それにしても、次の健志くんの個展もたくさん来るんだろうなあ〜。
松永 5月にここでやるのでぜひ!

<お知らせ>
松永 健志 個展「ROADSHOW」
日時:5月2日(土)〜5月6日(水) 11:00-16:00
会場:UNDER ROAD GALLERY(熊本県上天草市大矢野町登立4109-8 ちゃんぽん入船となり)
映画をテーマにした 120点のポストカード作品とアクリル・油絵作品を展示販売します。先着200名様にオリジナルポスタープレゼント 。
構成:山口はるか(Re:S)
写真:佐藤静香
編集:友光だんご
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この記事を書いたライター
有限会社りす代表。1974年生まれ。兵庫県在住。編集者。雑誌『Re:S』、フリーマガジン『のんびり』編集長を経て、WEBマガジン『なんも大学』でようやくネットメディア編集長デビュー。けどネットリテラシーなさすぎて、新人の顔でジモコロ潜入中。







































