今年、人生初の奄美大島旅で、とんでもないお店に出会った。その名は「原ハブ屋」。奄美大島に生息するハブの素材を活かした製品を制作・販売するほか、ハブの展示やショーを通して、ハブの生態やハブとの共生を伝える、創業1948年のハブ専門店だ。

そもそも僕はヘビがとても苦手。普段なら「原ハブ屋」という、どストレートな名前の店に足を踏み入れることなんてあり得ない。なのに、どうしてこの店に足を運んだのか。きっかけは、この小さなチャームだ。

奄美に到着早々、とある土産物屋で出会ったそれは、ヘビを好まない僕でも可愛いと思えるもので、巳年ということもあり、本物のハブに出くわさないためのお守りのような気持ちで購入。そしてそこに付けられた小さなQRコードを試しに読み込んだことから、原ハブ屋を知る。

 QRコードから飛んだ原ハブ屋のサイトには、こんな言葉が書かれていた。

全てのハブ製品はハブを「知り・理解」して頂くための「きっかけ作り」をコンセプトに製作されています。

もし、このチャームがハブ革で作られていたら、僕は本気過ぎて手に取らなかったに違いない。あえてヘビ革を使わないという間口の拡げ方は、強い信念をポジティブに薄めたものだと、この一文からわかった。これは簡単なようでとても難しいこと。一歩間違えば単なる軽薄さに捉えられてしまうからだ。

そこに切実さを感じた僕は、実際に原ハブ屋に訪れ、さらなる衝撃を受ける。それがこの『AMAMI FOREST WARS』という、上・下巻のオリジナル漫画。

帯には奄美出身の歌手、元ちとせさんのメッセージが添えられている。おもむろに見本誌を手に取った僕は、ページをめくってそのクオリティの高さに驚愕した。その場でしっかりストーリーを追うまでにはいかなかったものの、その画力と構成力の高さは一目瞭然。

さらにはコミックに登場するキャラクターのステッカーやノートなどのグッズも充実で、なかでも驚いたのが、カードゲームだった。店頭POPには、「HARAHABUYA ORIGINAL CARD GAME」と書かれている。そう、これらも全部オリジナル!

もうここまでくると、驚きを超えてちょっと怖い。いったいなんなんだこの熱量は?!と、たまらず店員さんに話しかけた僕は、このお店が、お父さんと3人の息子たちで営まれていることを知る。

これだけのものづくりをたった一人でやりきれるわけはないと思っていた僕は、3兄弟の役割分担でこれらが作り上げられていることを知って納得した。

可愛いヘビのチャームを入り口に、気づけばハブの世界にハマっていた僕は、とにかく兄弟へのインタビューを申し込んでいた。いやほんと、ヘビ苦手なのに……。

ということで、いまからお届けするインタビューの目的はズバリ、原ハブ屋オリジナル漫画『AMAMI FOREST WARS』という名著を多くの人に買って読んでもらうこと

旅から戻って、あらためて漫画を読み通した僕は、なんとかしてこの漫画をメジャー出版させられないかと思うほど震えた。記事を読み終えた方が最後にAmazonリンクをポチってくれることを願って、インタビューをお届けしたい。

原ハブ屋

創業1948年のハブ専門店。奄美大島に生息するハブの素材を活かした製品を制作・販売するほか、ハブの展示やショーを通して、ハブの生態やハブとの共生を伝えている。 向かって左から、次男の良太さん、長男の武臣(たけおみ)さん、三男の拓哉さん。

公式HP:https://www.harahabuya.com/

 

娘の影響で描いた漫画で、奄美の歴史とハブの本当の姿を伝える

藤本「原ハブ屋は1948年創業ということだから、もうすぐ80年になるんですね」

拓哉「始めたのは僕らのおじいちゃんで、当時はハブのベルトやハブを乾燥させた食品、ハブの脂肪分を抽出したスキンケア製品がメインの商売でした。どうしても駆除の対象になってしまうハブがいるので、保健所に持ち込まれて処分されるだけではなく、活用できないかということで」

藤本「駆除されるハブの活用から始まったんですね。そこはいまも変わらず?」

拓哉「いまも保健所に持ち込まれた生体を買い取る、払い下げというシステムを活用してハブの製品を作っています。おじいちゃんのころはハブを減らそうという時代でしたが、いまは共生しようという時代になってきたので、できるだけ棲み分けを図って、必要以上に捕獲せずにいます」

藤本「ハブの素材を使った製品以外にも、ハブをモチーフにしたアナログゲームや漫画もあって。さっそく漫画『AMAMI FOREST WARS』を買って読んだんですけど、マジであれ名著すぎませんか!すごすぎる」

武臣「ありがとうございます」

藤本「こどもの頃からずっと漫画は描かれていたんですか?」

武臣「いえ、娘の影響で描きました

藤本「娘さんの?」

武臣「実は漫画家なんですよ」

藤本「え!!!!!!? 娘さんがプロの漫画家!?」

武臣「ちょうどいま出てる某漫画雑誌の表紙を飾ったりもしています」

藤本「すごー!!! ってことは、ノウハウは娘さんから学んだんですか?」

武臣「そうです。最初にプロットを作って、ゆっくり内容を固めていって。企画の部分は兄弟3人でしっかり話し合いました」

拓哉「もともとはステッカーのデザインから始まったんですよ」

武臣「ステッカーやカードゲーム、それまで作ってきたあらゆるコンテンツを集約して」

藤本「え?! 漫画ありきのマーチャンダイズなのかと思ったけど、逆なんですね」

良太「キャラクターを作るときに、ある程度のストーリーが武臣の中にあって、それを集約して揃えていったんです」

武臣「こんな感じで、ターゲットを誰にするかとかを考えながら、構成を変えていって。ページ割りとかは描きながら仕上げていきました」

藤本「なんですか!? このファイル!!」

武臣「ここにすべてが詰まってます。奄美の歴史と並行して描いていて、泉芳朗(いずみほうろう)の『島』という詩を引用したセリフもあったり」

藤本「泉芳朗?」

良太泉芳朗は、奄美大島をアメリカから日本に戻すために奮闘した、日本復帰の祖となっているひとです」

武臣「こんなふうに、奄美の歴史のいろんな話を混ぜ込んでいます。楽しみながら島やハブのことを学べたらいいなと」

藤本奄美大島にマングースを持ってきたのは、そもそもハブの駆除が目的だったんですよね。でもまったく効果がないどころか、在来種のアマミクロウサギをマングースが捕食してしまった」

拓哉「そうなんです。だから生態系のバランスをとるためにも、マングースバスターズというチームが結成されて。その活躍もあって、ついこの前、根絶宣言がされたんです」

藤本「原ハブ屋さんの影響で、奄美の歴史について学びたいと思って、いろいろと本を読んだんです。そこで知ったリアルな事柄が、自然と物語に組み込まれているのが本当にすごいと思いました」

拓哉「ありがとうございます」

藤本「ともすると堅苦しくなってしまうような、本質的なメッセージがまるごとエンタメになっていて、いやあ、本当に感動しました」

拓哉奄美のことを知ってもらうときに、間違ったイメージでハブを理解されることがあるんです。そこをどうやって、お客様に寄り添いながら、楽しみながら、お伝えできるかなっていう思いで作ったので、うれしいです」

武臣「島にいる生き物が、どういうふうにひとと共生しているのか。しゃべることができない動植物や自然が、人間みたいに言葉をしゃべったらどうなるかを描こうと思って、ストーリーを考えていったんです」

藤本「物語にするって大事ですね」

武臣「一番世の中に知られている物語って聖書だと思うんですけど、旧約聖書だったり、新約聖書だったり、解釈の仕方がそれぞれに違う。そんなふうに、読むひとが自分なりの解釈で楽しめて、人生の糧にしてもらえるような物語を作りたいと思ったんです。物語は劣化せずに、ずっと残るので」

藤本「すごく壮大に聞こえるかもだけど、とてもよくわかります。聖書や神話、古事記とかって、ある意味でとても人間臭いし、人の営みの本質みたいなところがありますよね」

武臣「そうなんです。でも最初はどちらかというと、辞書や図鑑のようなものを作ろうと思ってたんです。だけど、好きなアニメや漫画、キャラクターは時間が経っても覚えているけど、昔に習った勉強のことは忘れてるじゃないですか」

藤本「たしかにそうですよね」

武臣「ってことは、興味があったら、面白かったら覚えているということなので、ちょっとでも覚えていてもらえるように、漫画で面白く感じられたらいいなと」

藤本「なるほど、物語のチカラですね。それにしてもそのための設定資料がほんとすごい。頭の中で構想するだけじゃなく、こうして見える形にしたのはどうしてですか?」

武臣「家族で店をやっているので、どんな漫画を描くのか、みんながわかるようにしないといけないと思って」

拓哉絵を描いたりする制作(長男・武臣)と、親父と二人体制でのハブのショーと経理(次男・良太)、革製品の制作(三男・拓哉)っていう感じで役割分担をしていて」

武臣「漫画を描くって大変な作業で、店に立ちながらということもあって、2年かかりました」

拓哉「お店としても大事な作品になるだろうということもあって、かなり時間を費やして」

良太「ただ、描き始めたときコロナ禍になって。観光業自体が難しい状態だったので、逆に集中できたところも」

藤本「出版されたのはいつですか?」

良太「2021年の6月です」

藤本「ということは、描き始めたのは2019年ころか……まさにコロナ禍に入るタイミングですね」

武臣出版してすぐ、元ちとせさんから面白かったって連絡があって。それで帯を書いていただきました。ありがたかったです」

藤本「元さんのコメントもすごく良かったです。真剣にもの作りをしているひとほど、この漫画のすごさに圧倒されますよね。ユーモアもあって、何よりまっすぐ面白い。

拓哉「ありがとうございます」

藤本「笑いの部分って一番難しくないですか」

拓哉「あとからついてくるものではあるんですけどね。どこかクスッとできるようなものを散りばめられたら、それに越したことはないですよね」

藤本「ちゃんと起伏があるからすごいです。緊張と緩和がふんだんに活用されてて、素晴らしいです」

拓哉「出すときはいろいろ不安だったんですけどね」

藤本「そもそも、お金もかかりますもんね」

拓哉「うちの次男坊がしっかり経理をしてくれているからこそですね」

次男の良太さん

藤本「ちなみに初版は何冊作ったんですか?」

拓哉「500冊です。いまは2刷目で、店頭とネットショップ、奄美内では楠田書店さんやTSUTAYAさん、十番館さんのほか、数店舗のお土産屋さんに置かせてもらっています。あとはKindleですね」

藤本「もっともっとたくさんのひとに読まれてほしい!」

拓哉「ほんと、読んでもらいたいです」

 

人間とハブが共生するために大事なのは、“棲み分け”の理解

ここで、武臣さんが店番をする名瀬店を出て、お父さんのハブのショーが見られる笠利本店へ移動。そこであらためて三男の拓哉さんにお話を伺います。

藤本「漫画以外のお話も聞いてみたいと思うんですけど、原ハブ屋さんは、いろんなハブ革製品を販売されていますよね。ああいう製品は拓哉さんが作られているんですか?」

拓哉「そうです。昔、ハブ革は高級品だったようですけど、僕たちは気軽に身につけていただけたらいいなと思っていて。

ハブも含めてヘビって脱皮を繰り返す生き物なので、古いものを脱ぎ捨てて新しいものが入ってくるという、再生のシンボルでもあるんです。なので、ハブの革をお財布に入れておくと金運が上がるとか、お守りや魔除けになるっていう言い伝えもあります」

藤本「そういうお話は島にもともとあったんですか?」

拓哉「そうですね。奄美では古くからハブのことを『魔物(マジムン)』と呼んでいて、ハブのものを身につけると『ハブが除ける』=『魔除けになる』と伝えられてきました」

藤本「そういう信仰のようなものがあるんですね」

拓哉「そうなんです。このようなお話も楽しんでいただきながら、実際のところは、奄美のものを記念にしたいとか、お土産にしたいとか、伝統的工芸品のように土地のものの価値として、求められているのかなと感じます」

藤本「いまの時代にあったカタチで変化させていったんですね」

拓哉「僕たちは、ハブの革や骨などの素材を使用した製品だけじゃなくて、カードゲームやコミックなどハブの知識に関わるすべてを『ハブ製品』と呼んでいるんです」

藤本「ヘビのチャームもハブ革でなく牛革ですもんね」

拓哉「そうです。特に観光のお客様はハブを怖がっている方が多いので、ハブ製品を気軽に見てもらえるように心がけていて。あとは、滞在中ハブに関してこういったことには気をつけてくださいねって伝えたりもしています」

藤本「島の人はどうですか?」

拓哉「じつは奄美大島で暮らしていても、ハブに出遭うことって稀なんです。でも、いつどこでハブに出遭うか分からないので、ハブに噛まれないように安全に暮らすために、ハブの生態を知る必要があります

藤本「そのためにまず生態を知って、ハブのテリトリーに足を踏み入れないことが大事ってことですよね」

拓哉「そうなんです。その棲み分けを理解することが、人間とハブが共生するためにとても大事なことで、そういったことをきちんと伝えたいんです」

新聞形式でもハブの知識やお店の情報を伝えている

 

「家族みんなで原ハブ屋」にこだわる

藤本「しかし、こんな言い方はとても失礼だと思いつつ、ハブ屋の息子に生まれたからといって、兄弟そろってハブ屋を継ぐことってなかなかないと思うんですよ。どちらかというと衰退産業なイメージもあるじゃないですか」

拓哉「たしかに昔はハブ屋さんが何軒かあったんですけども、いまは奄美観光ハブセンターさんとうちの2店舗だけ

それこそ昔は家の近くに倉庫があって、そこで親父がハブのショーを始めたんです。ハブの製品を作るだけでなく、ショーを始めたことによって、ここに大きく店を構えることになった。そうなったときに、人手も足りないし、借金も作って建てたから、どうするのってなって。だから、自分たちがやるしかなかったのが正直なところです」

藤本「それでも嫌だったら出て行くこともできただろうなって思うんです」

拓哉「選択肢はあったでしょうね。でも少なくとも僕にとっては嫌なことではなかったんですよね。ここが建ったとき僕はまだ高校生だったんですけど、店の手伝いをしていて、もともと僕は作ることが好きだから、自分が作ったものを誰かが買ってくれる喜びもあるし。自分たちがやりたいスタイルを大事にしているから、続けられてるのかなと思います。

ただ、兄貴は結婚するタイミングで戻ってきたので、いろいろ大変だったと思います」

藤本「お兄ちゃんは一回、島から出てるんですか?」

拓哉「出てます。自分たちは全員大学が福岡で、僕だけ中退なんです(笑)。兄貴は就職もして、1年ぐらい経ったときに戻ってきて」

藤本「お兄ちゃん二人とも?」

拓哉「まずは長男が帰ってきて、次男が帰ってきたのが2年後くらいかな」

藤本「なんですか、その帰巣本能は(笑)」

拓哉「店が忙しかったんですよね。人手も少なくて。僕は大学に通って2年経ったときに戻ってきてくれないかっていう話になって。じゃあ、ここでがんばってみようって、比較的前向きな思いで戻ってきました」

藤本「家族の結束が強いのは、お父さんとお母さんの何かがあるんでしょうね。みんなにとってのお父さんはどういう存在なんですか?」

拓哉「親父は何よりも、ひとを楽しませたいっていう気持ちがすごくあります」

藤本「いやあ、先ほど体験させてもらいましたけど、ほんとすごく楽しいショーでした」

お父さんによるショーを見終わって、思わずこの笑顔

藤本「お父さんがショーを始めたのはいつなんですか?」

拓哉「28年前ですね。もともとは名瀬港の近くに原ハブ屋があって、その向かいのガレージに簡易的なステージを作ってショーをしていたんです。親父が余興でホテルとかに呼ばれることがあったので、そのときにやっていたものをパッケージ化しました」

藤本「当時は観光産業の調子が良かったってことですよね」

拓哉「ずいぶん良かったと思います。世界自然遺産に向けての動きがあって、それこそ、元ちとせさんの活躍とかもあって、注目度が年々増していった感じです。周りの観光業のひとたちからすると、元ちとせさんの前か後かっていうぐらい違って。そのときにちょうどここが建ったので、タイミング的には良かったと思います」

藤本「そうか〜、元ちとせさんの功績って奄美大島にとってそれだけ大きいんですね。お父さん以外にもショーをできるひとはいるんですか?」

拓哉「良太が修行を積み重ねています。親父がコロナに罹患したときは、良太がステージに上がったんですよ。親父はいまも現役でがんばってくれているんですが、歳も取ってきたので支えながら、長く続けていけたらと思っています」

藤本「原家にとってコロナ禍はとても大きなきっかけになったんですね」

拓哉「漫画以外にも、ショーで体験してもらえるハブのクイズ動画を作ったり、大変な時期でしたけど、前向きに過ごせたかなと思います」

藤本「漫画の話に戻りますけど、この背表紙の著者名が、『原武臣』でもいいのに『原ハブ屋』になっていて、僕は原家の絆みたいなものを感じました」

拓哉「本人の意向もあったんですけど、僕たちは原ハブ屋が家族であることにこだわりを持っています。その形として、著者は原武臣ですけど、編集クレジットに原家が全員載っているんです。そうやって、原ハブ屋を全体として見てくれることは、すごくうれしいです」

藤本「漫画のテーマは一言で言えば共生ですけど、それを一番体現しているのが原ハブ屋であり、原家ですよ」

拓哉「たしかに。そうかもしれないですね」

藤本「大人の男たちが、それぞれやりたいことを持っていて、家族だからそれができるという側面もわかるんですけど、実際は家族だからこそ、個性を認めて共生するって難しいと思うんです。なのに、それをやれているという事実が、こんなにもすごいクリエイティブを生んでいる」

拓哉「ありがとうございます」

藤本「兄弟って、下手したら一生いがみ合う可能性だってあるじゃないですか。そういうのは一回もなかったんですか? けんかくらいはします?」

拓哉「もちろんです。制作のことになるとヒートアップすることもあります。ただ、各々が前向きに考えられるからこそ、言い合っても致し方がないというか」

藤本「ちゃんと議論になるんですね。いやあ、本当にすごいことだと思います。ずっと一緒に働いていたら、しょっちゅう喧嘩してもおかしくない。顔を合わせる時間が長いほど、いろんなことがわかって、お互いの甘えみたいなものも出てきて、つい感情が出過ぎちゃうことって、よくあると思うんです」

拓哉「思っていることを言うことはありますけど、ギクシャクしたくはないんですよね。感情に任せるのも得意ではないです。あとは、ものを作るときに、楽しみながらやれてると思うんです。お店を続けていると製品も変化していくんですけど、そういうときにコミュニケーションを楽しめているので、続けられています

藤本「いや〜、すごい。ちゃんと一緒に作ってる。さっき見せてもらったあのファイルも本当にすごいと思っていて。弟たちに伝えて意見を聞いたり、一緒に企画を揉んだりするために、あそこまで細かくアウトプットする」

拓哉「昔から資料を作ることは、こまめにやるんです。商品を作るにしても、企画段階でコミュニケーションを取ろうとなると、ああいった資料が必要になるので。自分たちは話を聞いて指摘することもしますし、客観的に意見することを大事にしています

藤本「それってふつうのことじゃないんですよ。絶対にやるべきことなんですけど、なかなかできない。それに、指摘って否定みたいなニュアンスもあるから、誰に言われるかも大事。兄弟に言われたら、つい否定って感じちゃうんじゃないかなって思うから、ほんと信じられない」

拓哉「もちろん否定したり、されたりすることもありますよ。でも、なんで否定するんだろうって考えるようにしています。理解することが本当に大事なんですよね」

藤本「自分を貫くことよりも、相手のことを理解しようという姿勢なんですね」

拓哉「そうじゃないと、本当に伝えたいことが伝わらなくなってしまうし、やりたいことができなくなってしまうんです。

偏見ってすごく怖いことで、たとえば『ハブってジャンプしてくるんでしょ』とか、『ハブって頻繁に出てくるんでしょ』と間違って思ったひとたちが、奄美の自然から離れてしまうと、いろんな魅力的なものがあるのに伝わらないままで、奄美や奄美で暮らしているひとたちの阻害になってしまう。それって、良くないことだと思うんです。

でも、そのひとたちにそうじゃないんだよってことを、どう理解してもらうか。共感を得ることよりも、どうやって寄り添って理解してもらうかっていうところに重きを置いて考える。そういったところに制作の面白みがあります」

藤本「コミュニケーションにおいて、共感はできなくても想像することって大切ですよね。シンプルに、原ハブ屋の商品のクオリティは、他人の編集の目が入らないとできないぐらいのクオリティで、それは兄弟が意見を言い合っているからこそだということがよーくわかりました」

拓哉「そう言ってもらえてうれしいです。ありがとうございます」

藤本「『AMAMI FOREST WARS』、もっともっと読んでもらいましょう!」

 

おわりに

人間と自然の共生。奄美大島という島でことさらこのことを意識するのは、ハブの存在ゆえ。非常に強い毒と攻撃性を持つハブをおそれることが、観光客はもちろん、島で暮らす人々でさえも、むやみに山や森に立ち入ることを遠ざけた。

奄美大島の森が豊かな生態系と多様な固有種を保っているのは、ハブの存在による「人間の抑止力」があるから。だからこそハブはずっと「森の守り神」と呼ばれてきた。

テクノロジーの進化のままに全能感を持ってしまいがちな人間が、真の意味で自然との共生を考えるのに、奄美ほどよい島はないし、『AMAMI FOREST WARS』ほどよい手引きはない。気になった人はぜひKindle版でもよいので読んでもらえたらと思う。

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構成:山口はるか
撮影:ami amami