こんにちは。旅する編集者として全国を飛び回る藤本智士です。長崎県のほぼ中央、大村湾沿いにある東彼杵町(ひがしそのぎちょう)は、人口約7,300人程度の小さな町。

そんな東彼杵にいま多くの小商いが生まれ、この10年で創業した会社の数はなんと66社! 移住者は500人!? と、全国から注目が集まっています。

そんな東彼杵町の小商いの象徴にして、もはや金字塔のようなお店を今回はご紹介したいと思います!

そのお店の名は『GONUTS』。「go nuts」というのは、「気がふれる、おかしくなりそうになる」といった意味のスラング。

なんでそんな名前を? と疑問に思うかもしれませんが、お店のなかに一歩足を踏み入れればその意味もわかるはず。というのも僕自身、初めてこの店に入った瞬間、「どうかしてる」と呟いてしまいました。

ということで、まずはお店の写真を見てください。

外観からすでにやばい空気

さあ扉を開けて中に……

はい?

なにこれ……

いやいやいや……

ちょっとこの世界観……

マジで……

いや、どうかしてるだろーーーー!!!

ってなったわけですよ! しかもこのハリポタみ感じる独特の世界観を、こちらの店主がたった一人でつくりあげていったというから正真正銘go nuts!

ちなみにこれ、映画のセットでもなければ舞台美術でもありません。ここは古着屋。店主一人で営む一軒の古着屋。そんなバカなと思うけどマジで古着屋。誰がなんと言おうとメイン商材は古着!

ということで、そんなgo nutsな店主、沖永雅功さんのインタビューをお届けします。

正直、やばいおじさんが出てくるんじゃないかとドキドキしてたんですけど、めちゃくちゃ淡々としてスマートで、僕は速攻でファンになりました。

属人化より標準化。マニュアル化こそ正義といった空気漂う世の中で、ここ東彼杵町の躍進を支えているのは、およそ汎用性がなさそうな属人性。

仲間づくりも大事だけど、たった一人だってここまでやりきれば、こんな世界が爆誕するのだ! と思い知らされるようなインタビュー。みなさんもどうかあたらしい気付きを得てもらえますように。

話を聞いた人:沖永 雅功(おきなが・まさのり)

1984年佐世保生まれ。2006年3月に古着屋GONUTSをオープンし、2015年12月ソリッソリッソ立ち上げと同時に東彼杵へ移転。 古着、アンティークの販売に加え、お店などの看板や、什器製作、デザイン、内装などを行う。2019年12月、現在の倉庫へ移転。倉庫内は全て自らが手がける。また、物の販売だけでなく、古いものを使って様々なモノをデザインから制作まで行っている。

 

200万円貯めて、20歳の時に実家の一階で古着屋をはじめた

藤本:沖永さんは、ずっと東彼杵ですか?

沖永:出身は佐世保です。19歳ぐらいまで佐世保にいて、そこから長崎の中央部にある川棚(かわたな)という町に行って、「Sorriso riso(ソリッソリッソ)」の立ち上げで東彼杵に。

※Sorriso riso……東彼杵地域の交流拠点・起業や独立のステップアップの場として、古い米倉庫をリノベーションした複合施設。沖永さんの「GONUTS」のほか、「Tsubame Coffee」、革屋「tateto」の3店舗の入居からスタートした

藤本:佐世保だと、やっぱりアメリカ文化というか米軍の影響はありました?

沖永:そこに影響を受けている人は多いと思います。けど、個人的にはそんなに強い力は感じないですね。

藤本:当時はどういうものに興味があったんですか?

沖永:音楽と古着です。まず中学生ぐらいで古着にハマりました。ちょっと上の世代のひとがレッドウィング(アメリカミネソタ州発祥のブーツメーカー)を履いていて。まだ買えないけど「いいなあ」って。

そのときは単純にアメリカのものがいいなと思っていて、そのひとつが古着だったんです。

藤本:アメリカ文化で言えば佐世保って最高な町だと思うんですけど、どうしてそこを出ることに?

沖永:最初は佐世保で就職したんですけど、やっぱり服屋で働きたいと思って。親が川棚に家を買って、引っ越すことになったタイミングで会社を辞めて、佐世保の古着屋に「働きたいです」って言いに行ったんです。

だけど、時給605円で交通費なし。川棚から佐世保までは片道900円ぐらいするので、これは無理だな、じゃあ自分でやろうと思って。

藤本:そこで、もう自分でやろうって思うんですね。

沖永:それで開店資金の200万円を貯めるまで2年弱くらい、LCD(液晶ディスプレイ)とかICの関係の工場で働いて、二十歳ぐらいのとき、実家の一階で古着屋を始めたんです。そこがスタートですね。

藤本:200万という金額は、何を基準に?

沖永:店をやっている人に「ちっちゃい店だったら200万ぐらいでできるよ」みたいな話を聞いたんですよね。だけど、実際はそんなに使わなかったです。

藤本:実家の一階で始めたからっていうのもありますよね。

沖永:そうですね。でも、半年ぐらいで場所を移しました。川棚の商店街に、東京から来て、便利屋をしたり、デザインをしたりしてる人が店を構えてて。その人が「上、空いてるから来れば?」って言ってくれたので、そこの二階に。

藤本:おいくつでしたか?

沖永:21歳でした。まだ食えなかったので、そのひとの手伝いもして。だけどその人が仕事に対してかなり厳しいというか、めちゃくちゃぶっ飛んでる人で。

藤本:どんな感じだったんですか。

沖永:その人と一緒によく行ってた中華料理屋の店主が膵臓がんで亡くなるって聞いたら、「継ぐ」って言い出して、僕も時給100円ぐらいで働かされたり(笑)。昼はラーメン屋と自分の店を開けて、夜にまたラーメン屋をする、みたいな生活でした。

藤本:やばいですね。

沖永:そこで稼ぎ方みたいなものを学びつつ、Tシャツを作ったり、看板を作ったり。Macの使い方も覚えて、ちょっとずつ自分でやっていける力をつけていきました。

藤本:ぶっ飛んでるとはいえ、そのかたのおかげで生きる力をつけていったと。

沖永:はい。一緒に遊ぶ分にはおもしろい人なんですけどね。そんなときに、高校の同級生だった森くんからSorriso risoの立ち上げの話が来たんです。当時28歳ぐらいで、いまがタイミングかなと思って。

 

オープンから5年、今もつくり続けている

Sorriso risoの立ち上げメンバー。写真左から沖永さん、森さん、同じく東彼杵のtatetoの中島さん、Tsubame Coffeeの北川さん

藤本:それで一緒にSorriso risoの改装をして、最初はSorriso riso内で沖永さんも店を始めたんでしたよね。

沖永:そうです。でも、森くんも自分のイメージがあるだろうし、自分の思い描く通りにできないストレスも正直あったんです。それで広いところに移りたいと思っていたときに、いいタイミングでこの物件に出会いました。それが4、5年前ですね

藤本:以前は農薬を散布するヘリの倉庫だったって聞きました。

沖永:そうです。最初は、中にただただコンテナが積んであって。

当時の写真

藤本:この空間は、最初からいまみたいなイメージを描いてたんですか?

沖永:まったくです。そのときは空っぽの空間にゴミがある、ただの汚い倉庫だったので。

藤本:片付けるだけでも相当なエネルギーですよね。

沖永:大変でしたね。2階に上がる階段もなかったんですよ。まずは車を付けて脚立を置いて、そこから上がってゴミを全部捨てて。そのあと2階から1階に向かって階段を作っていったんです。雨漏りとかもありましたし、やりだしたら手がかかるところだらけで。

でも店の作業もあるし、デザインの依頼があれば作らなきゃいけないし。その頃からずっと捌(さば)けてないまま、いまもやってますね。

工事前の写真

藤本:オープンはいつだったんですか?

沖永:2019年の12月ですね。春に手に入れて、夏くらいから約半年で作って、オープンしたのが12月。

藤本:はや! 当然、オープン時はまだいまのような状態じゃないですよね。

沖永:そうですね。いま話しているこの部屋と、奥のほうをちょっと作ったぐらいで。物で囲ってただけで、この部屋の入口もなかったですし。

藤本:ちなみにこの物件は借りるんじゃなく買ったんですか?

沖永:はい。もう自分の持ち物なので、誰にも何も言われないです。

藤本:最高ですね。所有するのは大事だなあ。

 

基本ひとり。結局自分でやるしかない

藤本:商材の古着やアンティークは、どうやって手に入れるんですか?

沖永:バイヤーから仕入れたり、自分でフランスへ買い付けに行くときもあります。あとはアメリカへ行ってる人の倉庫からピックしたり、ネットから仕入れることもあります。どこでもタイミングがあれば。

藤本:そういう方法は、どうやって学んでいったんですか。

沖永:やりながらですね。やりながら人と出会って、そこでいろんな繋がりも生まれるので。

藤本:常にやりながら。そしてできちゃうんですねえ。

沖永:でも、ひとりでできる仕事の量って決まってるんですよ。だから裁縫やリメイクはバイトの人にやってもらってます。店も任せられたらいいんですけど、人に任せきれないタイプで。けっきょく自分でやるしかないんです。そうなるとやっぱり回らない。

藤本:お店はずっと一人で?

沖永:いえ、スタッフがいた時期には店を任せて作りに行ったりできてたんですけど。なかなか難しかったですね。

藤本:とはいえ、最初に掃除するときとかは、いっぱい人手がいったでしょう。

沖永:基本ひとりでやりました。

藤本:すご!

沖永:鉄骨とかも全部、白に塗ったときがあって。そういうときは手伝いを募集しましたけど。

工事中の写真

藤本:沖永さんって結婚されてますよね。

沖永:はい。Sorriso risoがオープンする2か月くらい前に。

藤本:ってことは、ちょうど無職のとき?

沖永:向こうの親へ挨拶に行ったのは前の店を辞めたあとでしたね。全然お金もなかったんですけど、15万ぐらい稼いでますって話して(笑)。Sorriso risoのオープン準備をしながら、自分の結婚式をやりました。

でもまあ暇だったんで、高砂(新郎新婦が座るメインテーブル席)を自分で作ったりして。式場の人から、高砂を持ち込んだひとは初めてですって言われました(笑)。

藤本:たしかに聞いたことない(笑)。

沖永:夫婦で住む家も探さなきゃいけなくて。知り合い伝いで東彼杵の空き家を見つけて、その大家さんを探して、直接交渉して。そこのリノベーションも自分でやって。そのあとにSorriso risoを作った流れですね。金はないけどずっと作ってました。

藤本:すごい言葉だ(笑)。ほんと作るのが好きなんですね。

沖永:好きです。めちゃくちゃ雑だし、職人みたいなことはできないんですけど、力を抜いた感じの施工ですかね。

藤本:まさにその抜け感がセンスそのものだなって思います。

沖永:イメージを形にするのがスムーズに行かないときはめちゃめちゃ頭使いますね。

藤本:それでバチっとハマるときは気持ちいいですよね?

沖永:そうですね。その物の正解が見つかるときがあるんです。これはここに置くべき、みたいな。それがあったら出来上がってきてるなって感じがします。ちょっと違うなって思ってるやつは、やっぱりいつか変えたりするんです。

藤本:ここまで徹底した世界観はほんとすごいです。

 

店にあるものは全部買える

藤本:そもそも沖永さんのイメージはどこから?

沖永:全部思いつきですね。物を見て思いついたり、漠然と思いついたり。物ありきですね。

藤本:イメージがあってそれに合う物を求めるんじゃなくて、仏師が木の中に眠る仏様を見つけてお出しする、みたいなやつだ。ちなみに、こういう什器みたいなものも売り物?

沖永:すべて作ったものは売ってます。

藤本:そうなのか! よく見たらどこかに値段がついてるってことですか?

沖永:ついてないです。ついてるやつもあります。つけなきゃいけないんですけど、なかなか。

藤本:そうなんだ。それ全然わかってなかった。これ買えるって思ったら、見る目が変わってきますね。

沖永:物を仕入れたまま売るよりは、作り変えたり、リメイクしたり、ここにしかないものに変えたいんです。できれば全部そうしたいですけど、なかなか作れないので、そのまま出してるものもあります。セレクトで世界を作っているというか。

藤本:さっき、裁縫とかは任せるって言ってたじゃないですか。イメージを伝えて、ここを縫ってくれ、みたいな指示をするっていうことですか?

沖永:そうですね。でも、なかなか難しいです。ひとに仕事を任せるのが苦手なんですよ、ずっとひとりでやってたので。何かしら気も使いますしね。

藤本:でも作る時間は欲しい。そこがジレンマですよね。

沖永:はい。作る前の段階も長い時間がかかるので。イメージだったり、頭で設計したりとか。なかなか時間が足りないですね。

藤本:イメージがだんだん浮かんできたときに、それをひとにやってもらおうってなったら、それを伝えるための図面みたいなものが必要になってきますよね。

沖永:そうですね。自分も語彙力が足りないので、まったく違うようになったりするんです。頼んでも、けっきょく自分でやり直したりしてるんですよね。

藤本:それにしても夏から一人で施工して半年でオープンって、そのスピード感がまずすごいです。しかも、そこからまだ5年でこの世界観ですよね。

沖永:とにかく店を開けないと売れないから、開けるしかないですしね。

藤本:店を営業しながら、ここまで細部までこだわった空間を作り上げられるのはほんとヤバすぎるし意味がわからないって最初に思ったんですよ。でも、その秘密は、仲間がいるからというより、自分でやりきってるからですね。

沖永:そうかもしれないですね。

藤本:仲間のエネルギーを集積して、チームでやったほうが早いとばかり思ってたけど、そうじゃないかもしれない。ちょっと、勝手に目から鱗落ちました。

沖永:これを作るとなると、ひとりじゃないとできないですね。でも、ゆくゆくは見つけていきたいです。頼める人がいてくれたら。コミュニケーション能力が低くて、なかなか難しいんですけど。

 

やり方はYouTubeではなく「考えて」

藤本:でも、いい話だなって思いながら聞いちゃいました。効率とかコスパとか経済合理性とか、そういう枠組みがこの世の正義みたいになって、そのためにいかに効率化していくかという方法ばかりが注目されてる。だけど、この店の場合は、スピードとか効率が正義じゃないんですよね。

そういう世界もあるよねってきっとみんなわかってるはずなのに、世間の流れ的に効率みたいなものに乗っちゃってる。だからみんなこの店に来ればいいのにって思いました。

沖永:なんせ怪しい雰囲気なんで。半数ぐらいは入ってこないです。それでいいんですよ。本当に見たい人が来て、楽しんでいってもらえれば。

藤本:いいふるいになってるんですね。どハマりしたらやばいだろうな。

沖永:気に入ってくれてる人には、逆に人に教えたくないって言われるんです。うれしいですけど、教えてほしい。

藤本:たしかに(笑)。でもなんか、これからどんどん知られる気がします。その分、合わないひとにも出会っちゃうんでしょうけど。

沖永:みんなに受けるような店だったら続かないと思うんですよ。

藤本:お店の内装の完成度は、自分のなかではいまどれくらいなんですか?

沖永:5割ぐらいじゃないですかね。屋根とかも全然手を入れてないし、表具とかも作りたいと思ってるので、まだまだです。

藤本:これで5割。楽しみでしかない。何年ぐらい経てば理想に近づきそうですか?

沖永:ずっと作れるわけじゃないので。なかなか近づかないですね。天井も突き破りたいんですよ。突き破ってお城が出てたり。そういうこともしたいです。

藤本:サグラダファミリアですね。

沖永:もう死ぬまで(笑)。営業日だと接客に時間を取られるので、定休日の火曜と水曜に、いろいろ考えたりしています。8割の仕上がりを10分でできたほうが、10割の仕上がりを1時間でっていうよりいいかなって思って進めてますね。

藤本:それもやりながら身に付いた感覚なんですか?

沖永:基本、めっちゃせっかちなんです。思いついたらそれを仕上げるのを急ぐというか。だから行動は速いと思います。雑で速い。

藤本:やり方はYouTubeとかを見て学んだ感じですか?

沖永:いや、考えて。

藤本:わ! ものづくりのひとだ。何気なく言ってますけど、すごいですよ。

沖永:全部、考えて作ってるので。ここにこれをくっつけるにはどうしたらいいか、とか考えて、やってみる。すると絶対に問題が起きるんですよ。それがいまの人生になってるというか。問題があっても、全部なんかしら解決して。

藤本:人生! もうなんか作品みたいな気持ちになりませんか。この場所に対して。

沖永:そうですね、場所というより物を作ってる感じです。クオリティが微妙なやつは壊して。

藤本:おもしろすぎる。いやマジでこの店は作品ですよ。これ本当に、ちゃんと定点で撮っておいてほしいぐらい。

沖永:認めてもらえたらいいですけどね。

藤本:絶対に大丈夫です。認めざるを得ないですよ。ほかにいないですもん。

沖永:誰でもできますよ。

 

おわりに

「誰でもできるかーい!」とツッコミたくなる一言で終わったインタビューですが、ある意味この一言は、明確なビジョンがあれば誰だってそれをカタチにすることができるんだというエールなのかもしれません。

お金がないからできない。時間がないからできない。仲間がいないのでできない。ひとはいつも、できない理由ばかり並べてしまいがち。しかし沖永さんは違う。とりあえずやってみる。やってみた先にはじめて乗り越えるべき本当の困難が見えてくる。そしてそれらはすべて乗り越えられるもの。沖永さんはそれが人生だと言いました。

以前、お届けした沖永さんの友人、森一峻さんのインタビュー記事もぜひ読んでいただきたいですが、東彼杵町がいま日本中から注目されているのは、その根底にあるDIY精神ゆえです。そしてその象徴がここ「GONUTS」であり、沖永さんだと僕は思っています。

この記事を機に多くの人がGONUTSに聖地巡礼し、膨大な在庫を順調に減らして、GONUTSをさらに進化させてくれますように。

 

☆GO NUTSの情報はお店のインスタから!
https://www.instagram.com/gonuts_oki/

インタビュー:藤本智士(Re:S)
構成:山口はるか(Re:S)
写真:山田聖也(Instagram