
こんにちは。全国のローカルを旅する編集者の藤本智士です。
前回は「仙台」のおすすめスポットを紹介しましたが、今回は島根県の「松江」をめぐります。
松江といえば、僕が真っ先に思い浮かぶのが俳優・佐野史郎さん。松江出身の佐野さんとはひょんな出会いからご縁をいただき、以来、松江のいろんな魅力を教えてもらってきました。
そして、現在NHKで放送中の連続テレビ小説『ばけばけ』は、明治時代の松江が舞台。『怪談』で知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、その妻・小泉セツ夫婦をモデルにした物語です(佐野さんもご出演中)。
個人的にも思い入れのある松江が舞台になるドラマ、本当に楽しみにしています。
さて、山陰地方には、宍道湖の西にある「出雲縁結び空港」(島根)と、さらに東にある「米子鬼太郎空港」(鳥取)という二つの空港がありますが、今回紹介する松江はそのちょうど真ん中。
東京から行くなら、出雲空港経由で出雲大社に参拝したあと、宍道湖沿いを走るローカル線「一畑(いちばた)電車」に揺られながら松江に向かうのがおすすめ。
ただ、関西に住む僕としては、どちらも絶妙にアクセスが悪くて、もっぱら兵庫の三宮からバスで4時間ほど揺られています。朝早めに出て、昼に着くというのがちょうど良い距離感なんですよね。

島根というと出雲大社の印象が強い方も多いかもしれませんが、松江は松江城の城下町として栄え、茶の湯文化をはじめとする独自の文化が今も息づく街。
『ばけばけ』で気になっている人も多いであろう松江の食やスポットについて、”主観”でおすすめしていきます。
(しゃべった人:藤本智士/まとめた人:しんたく)
(目次)
・『ばけばけ』の世界を感じる松江の”景色”
・松江の文化を支える「artos Book Store」
・世界的な写真家にミュージシャン、カルチャーの集まる場所
・和菓子の街・松江のお菓子事情
・名店揃いの伊勢宮町を練り歩く
・300円たこ焼きにワンタンメン……松江グルメはまだまだ充実
☆記事に出てくるスポットは、最後にまとめてマップで紹介しています!
『ばけばけ』の世界を感じる松江の”景色”

今の時期に松江を訪れるなら、まず外せないのが「小泉八雲記念館」。
『ばけばけ』の主人公トキの夫、ヘブンのモデルであり、言わずと知れた『怪談』の著者・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の足跡をたどることができる場所です。

小泉八雲というと“怪談の人”という印象が強いですが、実際の『怪談』は、民話が好きで読書家でもあった妻・小泉セツが語る話を、八雲が聞き書きしてまとめた作品集。『耳なし芳一』や『雪女』など、多くの名作がこのスタイルで生まれました。
館内では、そんな『怪談』の朗読を佐野史郎さんの声で聴けるコーナーがあります。佐野さんは2007年から「小泉八雲 朗読のしらべ」と題した朗読公演をライフワークとして続けており、その声の迫力は圧巻。館内で聞いて欲しいのはもちろんですが、機会があればぜひ生でも体感して欲しいですね。
そして、この「小泉八雲記念館」からバスで10分弱ほどの場所に、『怪談』に登場する「月照寺(げっしょうじ)」というお寺があります。

ここには「夜な夜な動き出して人を食らった」と伝わる亀の石像が今も残っていて、その存在感がすごい。

一緒に写っている僕と比べると、大亀のサイズが伝わるはず。近くで見るとかなりの迫力
写真映えも抜群なので、松江を訪れたら、この2カ所はぜひセットでめぐってみてください。
松江の文化を支える「artos Book Store」
花巻に行ったら宮沢賢治、遠野に行ったら柳田國男の『遠野物語』というように、物語の舞台に行くと、その土地ゆかりの本が欲しくなることってありますよね。
もし松江で「小泉八雲の本を買いたいな」と思ったら、記念館で買うのももちろん良いのですが、ぜひ立ち寄ってほしいのが「artos Book Store(アルトスブックストア)」です。
artos Book Storeは、1966年に「西村書店」として創業した本屋を、現店主の西村史之さん・祥子さん夫妻が2005年にリニューアルし、現在の名前になりました。今年でちょうど20周年を迎えます。

20周年のお祝いも兼ねて、先日、僕の自著の出版記念イベントも開催したのですが、どうやら僕はartos Book Storeでのイベント出演回数が最多だそう!
いまでは「独立系書店」と呼ばれる小さな本屋も増えていますが、artos Book Storeはその走りとも言える存在。店主のセレクトがすみずみにまで行き届いたその世界観は、『世界の夢の本屋さん2』にも掲載され話題になりました。
また、本屋でありながら定期的に音楽ライブを開催しており、『ばけばけ』の主題歌を歌う「ハンバート ハンバート」は、ここでもっとも多くライブをしているアーティストなのだとか。雑貨や服、器などの展示販売も行っており、暮らしに寄り添うお店として地元の人たちに長く愛されています。
続いて紹介したいのが、「Lapan(ラパン)」というスーパーです。

松江市内だけで展開しているスーパーなんですが、地域に根ざした“ちょっといいスーパー”という感じで、関西でいう「いかりスーパー」、関東なら「成城石井」のような存在です。豊富な手づくり惣菜や厳選食材、店内で焼き上げるパンなど、とにかくクオリティが高い。

そして、このLapanの書籍コーナーに本を卸しているのが、先ほど紹介したartos Book Store。
普通、スーパーではあまり本が売れないものですが、ここでは驚くほど売れているそう。実際に書棚を見てみると「なるほど」とうなずけるラインナップで、西村さんらしい、さすがの選書でした。

全国にも良いローカルスーパーはたくさんありますが、Lapanのような上品さを感じられる場所はなかなかない。城下町・松江の文化度を感じさせてくれるお店です。
世界的な写真家にミュージシャン、カルチャーの集まる場所
そんな松江の文化度の高さを象徴する場所として、ぜひ訪れてほしいのが「島根県立美術館」。

宍道湖沿いに建つこの美術館は、その空間づくりもさることながら、建物内から見える湖畔の風景も美しく、僕の好きな美術館のひとつです。

この美術館の魅力のひとつが、写真を中心とした常設展示の充実ぶり。今年の3月末まで主任学芸員を務めていた蔦谷典子さんは、展覧会や図録の編集を通じて、偉大な写真家たちを世に知らしめた方で、僕自身、編集者としてとても尊敬しています。
そんな蔦谷さんが交流の深かった写真家のひとりが、鳥取県・境港出身の植田正治。ヨーロッパでは「植田調(UEDA-CHO)」という言葉が生まれるほど知られた写真家です。
アマチュア写真の世界で有名だった植田正治の写真に、蔦谷さんは西洋近代美術の影響を見出し、それが彼の写真家としての世界的な評価にも繋がっていったのです。

植田調(UEDA-CHO)は自然風景を背景に、被写体(人や物)をまるでオブジェのように配置して撮影する演出写真が特徴。主に鳥取砂丘など山陰地方の景色が用いられた
そのほかにも蔦谷さんは戦後の写真業界を牽引した写真家・森山大道などの展覧会や図録の編集にも携わり、写真史において重要な仕事を残しています。

植田正治の師匠とも称される山陰出身の写真家・塩谷定好にスポットを当てた展覧会も、 島根県立美術館で開催
ちなみに島根県立美術館では、僕が俳優の佐野史郎さんや小説家の柴崎友香さんたちと活動している「りす写友会」で写真展を開催させてもらったこともあり、個人的にも思い入れの深い場所です。
そして島根県立美術館から車で10分ほど北へ向かうと、宍道湖の北側の国道431号線沿いに「珈琲館 湖北店」という喫茶店があります。僕の松江のモーニングは大抵ここ、というくらい通い詰めているお気に入りの店です。

ここは、先ほど紹介した植田正治さんが生前よく通っていたことでも知られています。コーヒーはもちろん、グラタンやオムレツなどのモーニングがめちゃくちゃおいしい。

洋館づくりの建物もとても素敵で、テラス席に座って宍道湖を眺めながら食べるモーニングが最高なんですよね。
この投稿をInstagramで見る
さて、松江にはもう一つ、とても素敵な喫茶店があります。それがこの「喫茶MG」。このお店は佐野史郎さんから教えてもらったのですが、それ以来、とにかくよく通っている場所です。

佐野さんが若い頃に通っていた当時から、看板娘としてお店に立ち続けている“あっちゃん”という女性が今も健在。とにかく素敵な人で、僕も「あっちゃんに会いに行く」感覚で通っています。
また、音楽好きが集まるお店としても有名で、2024年に開催された55周年記念ライブでは、佐野さんをはじめ、「BOWWOW」の山本恭司さんや「はっぴぃえんど」の鈴木茂さんなど、錚々たるメンバーが集まったほど。それくらいみんなに愛されているお店です。

そんな喫茶MGの名物が、このカツ丼。国産豚のヒレ肉を使い、衣に卵を二度付けしてしっとり揚げたカツに、昆布とカツオの出汁がしっかり効いた味わい深い一品です。味噌汁も本当に美味しくて、僕は日本で一番うまいカツ丼だと思っています。

2006〜2009年に僕が編集長をしていた雑誌『Re:S』で、「日本のほんとうに美味いもん」特集を組んだ際の表紙になったのが、ここのカツ丼
しかし、今はこのカツ丼、通常メニューには載っていません。ただ、お店で相談すれば作ってくれると思うので、興味のある方はチャレンジしてみてください。
ちなみに、喫茶MGのすぐ近くにある「ミートショップきたがき」にもぜひ寄ってほしいです。

このお店のコロッケがめちゃくちゃ美味しいんですよ。揚げたてを食べ歩きするのが最高なので、こちらもぜひ!
和菓子の街・松江のお菓子事情
食べ歩きといえば、もうひとつ紹介したいのが「ワッフルの店 ウエダ」。

ここは名前の通り、ワッフルだけを売っているお店。ふわふわの生地にカスタードを挟んだだけのシンプルなワッフルなんですが、どこか懐かしい味で、本当に大好きなんですよね。

ワッフルは1個200円とお手頃価格なんですが、中のクリームの量が半分の100円ワッフルもあって、これがまたサクッと甘いものが食べたいときにぴったりなサイズ感。 食べ歩きにちょうどいい。

添加物なども使っていないので、日持ちはしませんが、本当にぺろっと食べられちゃうので、ちょっとした差し入れとして買って行くことも多いですね。誰かを松江に案内するときは、必ず立ち寄るお店です。
洋菓子から紹介してしまったのですが、実は松江は“和菓子の街”としても知られています。
というのも、松江は日本でも有数の和菓子消費量を誇る都市で、「日本三大和菓子処」のひとつとも言われています。
その和菓子文化に大きく関わっているのが、松江藩七代藩主・松平治郷(まつだいら はるさと)。通称「不昧(ふまい)公」と呼ばれた人物です。不昧公は「不昧流」という茶道を完成させた茶人で、その影響もあり、松江は“お茶と和菓子のまち”と称されるほど、茶の湯文化が深く根づいています。
そんな和菓子の街なので、紹介したいお店はたくさんあるのですが、その中でひとつ紹介したいのが、昭和4年創業の老舗「三英堂(さんえいどう)」。

不昧公が命名したとされる松江三大銘菓のひとつ「菜種の里」が特に有名なお菓子ですが、僕が個人的に好きなのは、もうひとつの銘菓「日の出前」。

「日の出前」は松江独特の“皮むきあん”を使い、熱いあんを何層にも押し固める「しののめ作り」という製法で作られています。見た目はようかんのようですが、まるで“あんこのテリーヌ”のような滑らかな舌触りが特徴的な和菓子で、すっかりお気に入りになりました。
ちなみに、この「日の出前」を命名したのは民藝運動を提唱したひとりでもある陶芸家・河井寛次郎。
松江をはじめ、出雲や島根一帯は、この河井寛次郎はじめ、柳宗悦、バーナードリーチなど民藝運動の主要人物たちの影響を受けて、民藝が息づく土地としても知られています。

そんな民藝の窯元として紹介したいのが、松江市の玉造温泉近くにある「湯町窯」。大正11年(1922年)に創業した老舗で、その代名詞ともいえるのが「エッグベーカー」です。

このエッグベーカーは、民藝運動の中心人物であるイギリス人陶芸家・バーナード・リーチの指導を受けて完成したものだそうですが、これが本当にいいんですよね。
卵を落として、ふたをして電子レンジで数十秒。仕上げに醤油をひとたらし。それだけで簡単な朝食が完成。 オリーブオイルやベーコンを入れても美味しいのですが、フライパンを出すまでもない手軽さで、朝ごはんを作るときにめちゃくちゃ重宝しています。

僕はもともと出雲にある「出西窯」のエッグベーカーも長年使っているのですが最近は、よりサイズが小ぶりな湯町窯のものをよく使っています。卵1個分がぴったり収まるサイズ感が、実に使いやすいんですよね。

店舗に立っているのは3代目の福間琇士さん。会計のときに「だんだん」とお礼を伝えてくださるのが本当に可愛らしくて、 その言葉を聞きたくて器を買いに行っている節すらあります。
ちなみにこの「だんだん」というのは、島根県や鳥取県で使われる方言で「ありがとう」という意味。 重ねて感謝を伝える「だんだん、ありがとう」から生まれた言葉だそうです。

湯町窯の看板にも「だんだん」の文字
そんな湯町窯のカップでコーヒーを飲めるお店が、松江駅から徒歩6分ほどの場所にあります。その名も「IMAGINE.COFFEE」。
築100年ほどの長屋をリノベーションしたお店で、古い時計やミシンなどの調度品がレトロな雰囲気を醸し出す、落ち着いた空間が特徴です。

コーヒーはもちろん美味しいし、魚のすり身に赤とうがらしを練り込んだ島根名物「赤てん」を使った特製サンドイッチ「TLOサンドイッチ」のモーニングも人気。
ケーキやクッキーもとても美味しく、どの時間帯に訪れても満足できるお店なんですが、僕がこの店を訪れるのはもっぱら夜。というのも、IMAGINE.COFFEEは夜23時30分まで営業しているんです。
だから、飲み会のあとに、「お酒はなくていいから、もうちょっとだけ話したいんだよな」というときによく使っています。締めのコーヒーというのも、またいいんですよね。

焙煎してから2か月以内の豆を使用したスペシャリティコーヒーは5~6種類ほどが楽しめる
居酒屋や町中華、たこ焼きにワンタンメンまで松江グルメをまだまだ紹介
あわせて読みたい
この記事を書いたライター
有限会社りす代表。1974年生まれ。兵庫県在住。編集者。雑誌『Re:S』、フリーマガジン『のんびり』編集長を経て、WEBマガジン『なんも大学』でようやくネットメディア編集長デビュー。けどネットリテラシーなさすぎて、新人の顔でジモコロ潜入中。















































