こんにちは。ライターのおおきちと申します。

突然ですが、みなさんは「認知症」という言葉を聞いて、なにをイメージをするでしょうか?

 

「認知症」とは、様々な脳の病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたした状態をいいます。

 

参考:知っておきたい認知症の基本 | 政府広報オンライン

 

・「物忘れが多くなる」

・「暴れる」

・「おじいさん、もう朝ご飯は食べたでしょ?」

 

一般的にはこのあたりのイメージではないでしょうか?

 

ひょっとしたら周りを困らせる人というイメージを持っている方がいるかもしれません。なぜならよく知らないから。 

しかし、認知症がある方の「問題行動」とされているものは、その方が過ごしている環境や、周りの人との関わり方が大きく影響していることが多いということをご存じでしょうか? 

 

そんな認知症の症状を体験することで、認知症のある方への理解に繋げるVR認知症というプログラムがあります。 

その名の通り、VRゴーグルをつけて認知症の症状を体験できるというもので、株式会社シルバーウッドが行っている研修プログラムです。 

 

▲企業等の研修として利用されている、VR認知症。これまで14万人(2024年6月現在)の方が体験したという

 

「認知症を体験!? どういうこと?」

 

僕の心の”気になり”が溜まってしまったので、さっそく株式会社シルバーウッド様にアポを取り、体験&インタビューをいたしました!

 

▼今回取材した人

黒田麻衣子さん

株式会社シルバーウッド VR事業部所属。もともと介護関係の仕事をしていたが、2017年にVR認知症を体験し衝撃を受け、2ヶ月後にシルバーウッドに入社してたという。

・【VR認知症】公式サイト

 

 

さっそく認知症を体験

本日はよろしくお願いします!

よろしくお願いします。普段の研修でもVR体験の前に必ずお聞きしてるんですけど、認知症と聞いておおきちさんは何をイメージしますか? 思ったままでの答えでいいので教えて下さい。

認知症ですよね……。「ごはんを食べたのに食べてないと言う」「すぐキレてしまう」「夜中に徘徊する」とかですかね。言葉が悪いのを承知の上で言うと、真っ先に浮かんだのは「ボケちゃった人」っていうフレーズでした……。

なるほど、そうですか。では、早速VRを体験してみましょうか? VRゴーグルを着けて「私をどうするのですか?」というプログラムを選択してください。

 

▲VR装置はゴーグルのほかにヘッドホンもつける

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

はい、降りますよ。右足から行きますよ。はい、1、2の、3!

 

▲なんと自分がいるのはビルの上!

 

(え? いや……、ここビルの屋上だけど……)

 

 

どうしましたか? 大丈夫ですよ。私も後ろにいますから。右足からゆっくりいきますよ。

(大丈夫なワケあるか〜〜!! 死ぬだろ!! なになに!? この人たち、何がしたいの? っていうか、ここどこ!? なんで、俺、こんなビルの上にいるの? っていうか、この二人はなんで怖くないんだよ!!)

 

▲VR体験中の筆者。多分、介護スタッフを見ている

 

「いや! 行けないですよ! 怖い!!」

「1、2、3はいっ!

体が大きく傾く)「おい!! やめろ!!! 死ぬって!!!」

 

▲たぶん、「やめろって!」って言ってる

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ、いつのまにかマンションの外にいる……)

おかえりなさい。無事、車から降りられましたね。ほら、大丈夫でしょ?

(へ? なに? どういうこと?)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

▲VR体験終了

 

どうでしたか? どんな気持ちになりましたか?

まず、「殺す気か!!!」ですね。なんで介護スタッフが僕を殺そうとするのかが分からなくて怖くなりました。でも、なによりも怖かったのは、僕を殺そうとしているのに、介護スタッフの2人がなんとも思ってなさそうなんですよ! 僕が拒否してるのにもかかわらず、淡々と進ませようとしてきて不気味でした。

ですよね。認知症の症状の一つに「視空間失認」というものがありまして、距離感がつかみにくくなることがあるんですよ。例えば、コップをつかみそこねて倒してしまったり、シャツを着る時に腕を袖に通しにくくなったり……。

この体験は、この症状がある方が車から降りる際に、段差の距離感がつかめずに「怖い。まるでビルの上にいるような感じ」と話していたことがもとになっています。実際にどのように見えていたかは分からないのですが、本人にとってはこれくらい怖かったのだと思います。

 

▲VR認知症のプログラムは、実際に認知症のある人の体験談をもとに制作している

 

そうなのか〜。ボケとか妄想だと思いがちですけど、本人は「本当にそう感じているかもしれない」

てことか……。たしかにこの状況では怖くて降りれないですね。

そうなんです。体験して理解していただけたかと思うんですけど、ビルから落ちそうになって本当に怖がっているのに「ハイハイハイハイ、大丈夫大丈夫」とか「なに言ってるの〜(笑)」って言葉は逆効果ですよね?

確かに!! めっちゃムカつきましたもん!「お前! 見えてねえのかよ(怒)!!」って叫びたくなると思います。

 

そうなんです。私も介護現場で働いていたときに、良かれと思って笑顔で話しかけたのに「なんで笑ってるの! バカにしないでよ!」と言われたことがあります。

最初に聞いた認知症のイメージですけど、「めっちゃ怒ってくる」と答える方が多いんですね。でも、怒るって認知症の直接的な症状ではなくて、今、おおきちさんが話したみたいに「怒ってる理由がその人の中にはちゃんとある」んですよ。

 

認知症の症状って2つに分けられて、認知機能の低下によって直接的に起きる「中核症状」と、周りの環境や関わり方によって二次的に引き起こされる「行動・心理症状」というものがあるんです。

ふむふむ。今回のVRだと、距離感がつかみにくくなるのは「中核症状」で、周りの人の関わり方によって思わず怒ってしまうというのは「行動・心理症状」ということなんですね。自分視点では怒る理由がちゃんとあるのに、他人には理解されにくいってことなのか。

ええ。この2つをごっちゃにしている方が多いのを、我々は問題だと感じています。この2つの違いを正しく理解して、切り分けて考えられるようにしてほしいんですよ。

 

こう見ると「行動・心理症状」は周囲の理解があれば、抑えられるのかもしれませんね。

そうなんですよ! 実際の研修ではこのVR体験をもとに「じゃあ、あなたはどう接してほしい?」って意見を出し合うグループセッションを行います。おおきちさんだったら、どうしてほしかったですか?

やっぱり「とにかく話を聞いてくれ! 俺はこう見えてる! 理解を示してくれ!」ですかね? 自分の声を聞いてくれない状況っていうのはめちゃめちゃ怖いですもん。それを無視して背中を押してきたら、そりゃ手が出てもしょうがないなって思います。

そうですね。だから、まずはその人の話を聴くことが重要だと思います。「ビルから落ちる!」って言われて、「いやいや、何言ってるんですか。車から降りるだけですよ」ではなくて、その言葉を1回受け止めること。

で、「ビルから落ちそうな感覚ならば、私が先に車から降りれば安心できるかな?」とか「足元が暗いから怖いのかな? ライトで照らしてみるか」って、想像力を働かせて対応方法を考えることが大事なんです。でも、認知症にまだなったことがないと、その状況をなかなか想像しにくい。そのためにVR認知症は生まれました。

 

 

視点を変えることで認知症の偏見を払拭できるかも

シルバーウッドさんは、もともとサービス付き高齢者向け住宅を運営していたんですよね? なぜ、急にVR認知症を開発しようと思ったんですか?

それは、代表の下河原が起業家でして。2016年にVR空間に絵を描く事ができるプログラムを体験した際に「これからは情報じゃなくて体験だ!」と思ったらしく、何かVRでコンテンツを作りたいとなったのがきっかけなんです。

 

ふむふむ。でも、新たにVRコンテンツを開発するとなると、もっとエンタメ的な方向にいきません? なぜ病気をテーマにしたんでしょうか?

やっぱり最初はエンタメ路線も排除せずに考えていたみたいです。ただ、ちょうどその時に、下河原が認知症をテーマにした一人称の小説を読んで、そこからヒントを得たみたいで。

「一度別視点を体験することで、見える世界が変わる」っていう体験をVRでできたら、世間の偏見を払拭できるかもしれないと考え、その年中に開発しました。

早い(笑)! 企画とか撮影で苦労はなかったんですか?

1つ制作するのも結構大変で、ボツになったものも複数あります。ただ、すべての認知症の症状を網羅したものををつくるのではなくて、あくまで制作協力してくださった個人個人の状況や思いを大切に制作するということを重視していて、医師や専門家ではなく、当事者本人と一緒につくるということにこだわっています。

▲VR認知症をきっかけに、さまざまな困難を一人称視点で体験できるようコンテンツを拡大している

 

 

見えないものが見える幻視も体験

じゃあ、もう1つ。レビー小体型認知症の『幻視』の体験してもらいたいと思います

幻視? 幻視も認知症の症状の1つなんですね。

▼幻視

実際には目の前に存在しない人や虫、火などが見えること。見たものの情報を処理する脳の機能が低下することで起こる。

参考:

アルツハイマー型以外の認知症にご注意を! 「レビー小体型認知症」 – きょうの健康 – NHK

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(友人に案内されて、とあるマンションの部屋に入る。どうやら他の友人も、中に集まっているようだ)

 

(え!? 誰? 帽子被ってる男が急に現れた……)

「リーダー到着です!」

(お久しぶりです! 来られてよかった!)

 

(え? 奥にいる人だれ? ずっと後ろ向いてるけど……。体育座りしてる人もいる……。なんでこの人たち、気付かないの? え、俺が見えてる後ろの人って、マジでいる人なの? どっち?)

(あ、虫だ……。あ、消えた! 犬も……。あ、消えた! ヘビもいる! なんなの、この空間!!)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

▲色々あって、幻視体験も終了

 

幻視体験はどうでしたか?

自分にとっては色々見えているのに、みんながそれを気にしていないという状態がとにかく怖かったです。実生活なのに、ネタバラシのないドッキリを仕掛けられているみたいな気持ちになりました。

幻視の症状があると、気になってキョロキョロしていたり、周りからすると誰もいない所に向かって話したりするので、「挙動不審」とか「おかしくなってしまった」って思われちゃうことがあるんですよ。

 

でも、本人にとっては本当に見えてるんですもんね……。

そうです。だから、幻視の症状がある方へ「そんなものはない!」って、あからさまに否定するのではなく、「そうなんだ。どこに何が見えてるの?」って、否定をしない関わり方が必要だと思うんですよね。この『レビー小体病幻視編』は、実際に幻視の症状がある樋口直美さんという方にシナリオを書いていただき、撮影にも立ち会っていただきました。

 

 

▼実際に研修会で流れる樋口さんインタビュー映像

 

「今まで幻視は異常視されてきていまして、『そこに人がいる!』などと言うと、病院に連れて行かれて、薬を飲まされたりしてきました。でも、本当に見えているものなので、それを否定されることはとてもつらくて悲しく、ストレスでさらに病気が悪化してしまうんですよ。

ですので、薬で無理やり消そうとするのではなく、安心感を与えて、幻視と一緒に共存できるような努力をしていただきたいと思います。

幻視で見えるものはなにも恐ろしいものだけではありません。猫やかわいい子どもなども現れます。幻視に感動することもあるんですよ。

認知症だからといって異常視せずに、幻視を『遠視とか乱視みたいなもの』と捉えて、なにが見えてるの?というような、関わり方をしてもらえたらと思います。」

確かに僕もこの体験をしなかったら、幻視に対して「見えないものが見えると言い張る異常者」という認識だったかもしれません。「自分には見えないけど、この人にとってはなにかしら見えてるんだろうな〜」って捉えて、「そうなの? 子どもがいるの? どんな服着てんの?」って、話を聴くことが重要ですね。

 

認知症を知らない人こそ、VR認知症をきっかけに

実際にVR認知症を体験してみて、多くの方に届くべきだなと思ったのですが、基本的には企業等団体への研修として行っているんですよね?

そうですね、基本的には団体での利用となっています。ただ、一般の方であっても、主催者という形で人数を集めていただければ、対応は可能です。

こちらのページから研修などお問い合わせが可能

でも、認知症って当事者が近くにいないと、調べようって気にはならないですよね。僕もこのVR認知症を知るまで、認知症のことを調べたことがなかったし、理解しようとも思わなかったと思います……。

認知症を遠い世界の出来事と捉えている若い方は多いですよね。VR認知症がそういった方へのきっかけになればいいと思います。「認知症は自分には関係ない」と思っている層にこそ、知ってほしいです。

 

まとめ

興味本位で体験してみたVR認知症ですが、体験前と後で認知症への解像度は上がったと思いましたし、なによりちょっと人に対して優しくなれたような、そんな気分にもなった取材となりました。

世の中は「自分がなってみないと分からないもの」だらけだと思います。VRとはいえ、こういった体験が増えることで人としても成長できるのではないでしょうか?

エンタメ以外のVRの可能性を感じました。