東京を中心に全国で12店舗展開する南インド料理専門店「エリックサウス」の総料理長であり、飲食店プロデューサーとしても活躍する稲田俊輔さん。食マニアでもある稲田さんに日本各地のご当地グルメを尋ねると、「名古屋式汁なし担々麺」を教えてくれました。

極限まで濃厚なゴマダレ、これでもかというくらいにかかった大量のネギ。一見、すべての要素が極端だけど、食べてみると「これが正解!」と納得の味。そんな「名古屋式汁なし担々麺」の魅力を稲田さんにたっぷり語っていただきました!

話を聞いた人:稲田俊輔さん
料理人・飲食店プロデューサー。南インド料理店「エリックサウス」全店のレシピ開発やメニュー監修を中心とした店舗プロデュースをおこなう。食やスパイスについての著書も多数。
X:@inadashunsuke

 

濃厚で、やみつきになることが前提の味

名古屋式の「汁なし担々麺」は、やみつきになることが前提みたいな食べものなんです。食べ終わったあとは、もうしばらくいいわ、ってくらいの満足感があるんですが、それほど経たないうちにまた食べたくなる。

しかも、日本のどこにも同じものがないので、名古屋で食べるしか選択肢がないんです。

現在は名古屋の中華料理店來杏(ライカ)のオーナーシェフを務める中村和也さんが、以前の会社でプロデュースした担々麺専門店が想吃担担麺(シャンツーダンダンミェン)。來杏や、想吃担担麺ではじまった「名古屋式担々麺」の味が、のれん分けや、インスパイアされた料理人によって名古屋で広まっています。

担々麺に関しては、日本で“濃厚化”したとも言えると思っていて。そもそも本場中国の担々麺より日本のほうがおいしいのではないか、と感じていたところに、さらに日式を超えるものが彗星のごとく名古屋に現れていたんですよ。毎回、食べるたびにこれだ〜!と思いますね。

まだこの味を経験したことがない人には、名古屋に来たらぜったい食べたほうがいいですよ! と言いたいくらい。他では味わえない料理ですから。

僕が初めて名古屋式汁なし担々麺を食べたのは、いわゆる「ガチ中華」と呼ばれるような、本場風の中華料理のお店が各地にできはじめた頃だったと思います。最初はその流れのひとつだと思って食べてみたんです。

日本人がつくっているとは思えない、めちゃくちゃ本格的な味でした。でも、中国四川の味とも違う。かと言って、日本で定着している担々麺とも違う。「なんだこれは。まったく新しい食べものだな」とびっくりしました。

 

一番の特徴は、たっぷりかかったごまダレが、とても濃厚であること。

その時の気分によって、卓上の黒酢やラー油を少し足して味変するのも楽しいんです。そうするとますます濃厚になってしまうので、節度を持って加える、がポイントですね。

食べ終わると、どうしてもゴマダレがお皿の底に余ってしまうのですが、ライスを頼んで投入すれば、二度楽しめます。これがまた、おいしいんですよね……。

汁なし担々麺って、濃厚さをアピールすることが多い食べものだと思うのですが、名古屋ほど濃いタレはどこに行ってもないんです。極限まで濃厚な名古屋の汁なし担々麺を知ってしまうと、大変困ったことに、もう他では満足できなくなってしまう

 

濃厚ゴマダレの手綱を引く、コントローラーたち

でも、タレを濃厚にするだけだったら別に誰でもできるはずですよね。名古屋式のなにがすごいかと言うと、全体のバランスなんです。

ひとつは、麺が幅広のきしめんだというところ。麺が細いと、タレの濃厚さに負けてしまって、くどくて食べられないはずなんです。きしめんにすることによって、タレがめちゃくちゃ濃厚なのにちゃんとバランスが取れている。

もうひとつ、非常に重要なポイントなんですけど、すべてを覆い隠すくらい大量のネギがかかっているんですね。この万能ネギが、シャリシャリとした清涼感を演出してくれている。

初見では「いや、ネギ、さすがに多すぎるだろう、これは」って思うんです。思うんですけど、濃厚なタレと絡めると、みるみるネギがタレに吸収されて一体化していく。食べてみると、確かにこれが正解だ! と。

濃厚なタレ、大量のネギ。一見、あらゆる要素がすごく極端に見えるんですよね。しかし、それらが絶妙なバランス感で重なることによって、繰り返し食べたくなる繊細な味わいになっているのだと思います。

 

やっぱり、黒酢やラー油の味が複雑でおいしいんですよね。ラー油がね、とにかくすごいんです。唐辛子と、花椒(ホアジャオ)と、八角も入っていたりするのかな。それらの香ばしい匂いがふわっと鼻に抜ける、食べる前からすでにおいしいラー油。

でも、一歩間違えば日本人に敬遠される香りだと思います。誰もがスパイシーなものが好きだというわけではないですから。それが理由で名古屋式担々麺を食べられない人がいるかもしれないというくらい、エッジの効いた香り。まあ、世の中のおいしいものっていうのは、だいたい好き嫌いが分かれるものですからね。万人にとってのおいしさではなくなるかもしれないけれど、一歩踏み込んで、シェフの思うおいしさを追求している。ある意味振り切った、清々しい味だと思います。

 

汁ありもおいしいのかよ

そうだ、「來杏」も「想吃担担麺」も、メニューに「汁あり担々麺」があるんです。

僕は、最初、汁なし担々麺ばっかり食べてたんですけど、ある時食べてみたら「汁ありもおいしいのかよ」と気づいちゃったんですね。それからは、汁なしか、汁ありか、すごく悩むようになりました(笑)。

オーソドックスな日式担々麺に近いと言えば近いんですが、これもやっぱり複雑な風味で、ひと味違う。ぜひ、何回も通ってみてください。

 

おまけ・エリックサウスのクセありメニュー

味の決め手となるラー油が、日本人にとってはクセのある香りの「名古屋式担々麺」。エリックサウスも本場南インドの味を提供していますが、「クセのあるメニュー」を提供する際、意識していることはあるのでしょうか。稲田さんに伺うと……。

前提として、日本人の舌に合わせてアレンジすることはしないんですよね。インドの味そのままをお出しします。でも、ひと口にカレーと言っても、無限と言っていいくらいのバリエーションがあるので、そのなかから日本人にフィットするようなものを持ってくる。アレンジではなくて、チョイス。自分はDJのような役割をしていて、レア・グルーヴを提供している感覚というか。

ただ、日本人の舌に合うものばかりでもつまらないので、好き嫌いがはっきり分かれるようなものもどんどん提供します。その時、うっかりクセの強い料理が苦手な人が選ばないように、メニュー上で工夫をしてわかるようにしていますね。

誰にでも食べやすいものは、写真を大きく載せてわかりやすい説明を記載する。大抵のお客さんはメニューの細かいところまで読んでいないことが多いので、おすすめ! と書いてある料理を選んでくれます。

いっぽう、クセの強いメニューを歓迎してくれるのは、いわゆるマニアと呼ばれるような方たち。メニューの隅のほうに写真なしで、一回読んだだけでは意味がわからない文章だったり、あとは「食べづらいです」「あまりにも素朴で貧乏くさい味です」という正直すぎる説明文が書かれていても、逆にそそられて、嬉々として注文してくれるんですね。

そうやって、ひとつのお店の中でも交通整理をすることで、多くの人に食べていただける味と、クセのある味、どちらも提供可能にする工夫をしています。

あるお客さんが、食べるべきメニューに辿り着かずに、望んでいない味を注文してしまうことを、僕は「不幸な出会い」と呼んでいるんです。お客さんも、お店も幸せでいられるように試行錯誤を重ねて、今のエリックサウスがあります。

 


稲田さんのお話を聴くと、いつもお腹がぺこぺこに。

みなさんも、名古屋に行く際は汁なし担々麺を食べてみてはいかがでしょうか?

來杏Chinese Restaurant
愛知県名古屋市中村区名駅4-24-8 いちご名古屋ビル B1F
https://www.chinese-laika.com/

 

想吃担担面
https://nagoyatantanmen.com/

エスカ店
愛知県名古屋市中村区椿町6−9

名駅南店
愛知県名古屋市中村区名駅南1丁目24−8

名駅地下店情報
愛知県名古屋市中村区名駅1丁目2−4

イラスト:植田まほ子