
東京を中心に全国で12店舗展開する南インド料理専門店「エリックサウス」の総料理長であり、飲食店プロデューサーとしても活躍する稲田俊輔さん。食マニアでもある稲田さんは、静岡県沼津エリアで食べられているという個性的な餃子「沼津餃子」がずっと気になっていたんだとか。そして、念願の対面を果たしたのが2024年の9月。
このとき教えてもらった沼津餃子の中央亭さん、今日ついに食べたんですけど、控えめに言って全国の「ご当地餃子」の中で僕はダントツで好みでした! https://t.co/kJJRZqnB06
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) September 11, 2024
沼津餃子の特徴は、いわゆる「ご当地餃子」ではない、あまりに独特な調理方法。なんと、沼津餃子はパリッと焼いた餃子を茹でてしまうのです。その個性的な調理方法と、衝撃のおいしさに稲田さんは沼津餃子にどハマりしたといいます。
〈皮パリ、中ジューシー、熱々を火傷しそうになりながら口に運ぶ〉がゴール設定にされがちな「焼き餃子の常識」に見向きもせず、我が道をひた走る沼津餃子。その魅力を稲田さんにたっぷり語っていただきました!
話を聞いた人:稲田俊輔さん
料理人・飲食店プロデューサー。南インド料理店「エリックサウス」全店のレシピ開発やメニュー監修を中心とした店舗プロデュースをおこなう。食やスパイスについての著書も多数。
X:@inadashunsuke
焼いてから茹でる異色の「沼津餃子」とは?
「沼津餃子」は、一度焼き上げた餃子をそのあと茹でるんです。なぜそんなことをするのか、僕はまだ正確な成り立ちを知りません。とにかく茹でるというのが、沼津餃子の最大の特徴です。
餡は香味野菜に頼らず、肉と野菜、シンプルな素材で勝負。分厚めの皮が、餡の旨みをギュウギュウに吸っていて、一口ごとにジューシーな餃子の汁が滴ります。
しかもこの沼津餃子、焼いて茹でたものをテイクアウトするのが一般的だそうなんです。つまり、冷めた状態で食べることも視野に入れている。お店で焼きたてのアツアツを、火傷しそうになりながら頬張るのが至高とされている餃子の通念をひっくり返す食べ方に衝撃を受けました。持ち帰った餃子は、レンジで温め直してもいいけれど、冷たいまま食べるのもおいしいんですよ。
しかも、僕は気づきました。冷えた餃子なら、口いっぱいに頬張ることができることに! 餡の旨みと、皮は一度焼いた香ばしさと、水餃子のようなみずみずしさもあって、ホテルの部屋でひとり、ほくほくと笑みをこぼしてしまいました。
一度焼いたものを茹でる、もしくは汁に浸けるというのは天ぷらそばやお雑煮に通じるところもありますよね。中華というよりは、日本料理に近い調理方法なのではないでしょうか。「アツアツで食べるのが正解だよ」ではなく、「熱いのをふーふーしながら食べるのもいいし、冷めてもナイスだよ」と、食べ方の多様性にも気づかせてくれる沼津餃子は、僕たちが考える「おいしい餃子の常識」をくつがえし、わが道を行くカッコいいやつなんです。
餃子は皮パリッ、アツアツだけが正解じゃない
沼津餃子については、噂を聞いてからずっと調べてはいたんですよ。でも、いくらネットを見てみても、焼いたあとに茹でる理由はわからなかった。僕、お店のレビューは必ず低評価から見るんです。そのほうがおもしろいから。そして、低評価をつけた人と同じように「なぜパリッと焼いたものをわざわざ茹でるの?」と疑問に思っていました。
でも、食べた瞬間に「こういうことか!」と衝撃を受けて。それと共に、僕のなかの「餃子はかくあるべき」という通念がガラガラと崩れていくのを感じました。もうこれは言葉で説明するより、体験してもらうのが一番だと思います。
僕の場合、深く知りたい料理は、ひとつのお店で何回も食べて、腑に落ちてから他のお店に行くんです。ちなみに、沼津餃子のお店はこれまで5回通いましたね。
5回も通うと材料の比率も大体わかってくるんですけど、やっぱり最初に食べた時の衝撃が大きくて、数回目になると大きな発見はなくなってきます。それでも繰り返し通う理由は、たとえば、同じ映画を何度も見るうちにいままで気づかなかった細部に気づいて心が躍るように、食もある時ふっと新鮮な驚きを得ることがあるから。まあ、こういうことを飽きずに出来る人がマニアなんだと思います。
ご当地グルメではなく「超・地域密着型餃子」
これは沼津で聞いたんですが、沼津餃子はお正月やお盆の時期など、親戚が集まる場で食べられることも多いんだそうです。僕たちは「沼津餃子」と呼んでいるけれど、沼津の人たちはこれを沼津餃子だとも、ご当地グルメだとも思っていないんでしょうね。
「ご当地グルメ」って、外からの視点が入ったときに初めてそう呼ばれるでしょう? 沼津餃子は土地に根付いていて、地域の外に発信しようとはしていないですから。でも、だからこそ守られる個性もあるのかなと思っています。町おこしに使われるようなご当地グルメは、全国区の人たちに好まれる味になっていく。もちろん、それが悪いとは言っていないのですが、淘汰されていく個性もあるかもしれない。
それと、すごいのが、沼津餃子ってお取り寄せがないんですよ。そういった意味では究極の地域密着型グルメ。その土地に行かないと楽しめないというのが、僕のなかで沼津餃子の神格化を加速させる大きな理由なのかもしれませんね(笑)。