福岡・博多って、おいしいもの天国じゃないですか。その日もわくわくしながら、どの店に行こうかと思っていろいろ調べていたんですよね。

もう何度も訪れていますし、今日は福岡の名物的料理ではなくて、地元に根差した店に行きたいなと思っていたんです。ここだ! という店を、ひたすらインターネットで探し続けました。そんななか、唐突に現れた老舗店に、思わずスワイプする手を止めました。

「なんなんだ、これは一体」

福岡で70年以上続くメキシコ料理店で、名前は「ロシータ」。なぜ博多でメキシコ料理……? しかも戦後まもない頃から?

もうこれは絶対に食べるしかないと思ってすぐ行きました。とてもおいしくて感激しましたね。しかも、ロシータのタコスは、アメリカ経由のテクス・メクスではなく、メキシコ直系のタコスなんです。

話を聞いた人:稲田俊輔さん
料理人・飲食店プロデューサー。南インド料理店「エリックサウス」全店のレシピ開発やメニュー監修を中心とした店舗プロデュースをおこなう。食やスパイスについての著書も多数。
X:@inadashunsuke

 

メキシコ料理とテクス・メクス

一般的なタコス(photoACより)

タコスはメキシコ料理であることは誰しも知っていることかも知れませんが、みなさんがいま頭に浮かべているものは、アメリカ風にアレンジされた「テクス・メクス」と呼ばれるジャンルかもしれません。

ピリ辛に味付けされたタコミートのベースに、ハラペーニョやチーズ、サルサソースやレタス、トマトソースがぱんぱんに入ったトルティーヤにかぶりつく。そんなイメージをお持ちでしたら、それはテクス・メクスです。あ、そうそう。タコベルは完全にテクス・メクスですね。たくさんの具が、立体的で複雑な味わいを生み出していて、とてもおいしいですよね。

 

いっぽう、メキシコのタコスはというと、肉または豆の煮物だけ! そこに最低限の野菜か、薬味がちょっと乗っかる! それをくるくると巻いて口に放り込む! そんな、ドシンプルで軽快な食べものなんです。もちろん、昨今のメキシコには、今の時代に合わせたモダンなタコスもありますが、ルーツはこうなんですね。

つまり、ひと口にタコスと言っても、メキシコのものと、アメリカでアレンジされたテクス・メクスがあるというわけです。

 

ちょっと余談になりますが、タコスの皮の部分「トルティーヤ」の違いにも、複雑な話があって。

テクス・メクスのトルティーヤは、小麦粉でつくられていることが多いです。それに対して、メキシコではトウモロコシ粉が使用されることが多い。

だから、世間でのイメージは、

・テクス・メクスのトルティーヤ:白い

・メキシコ料理のトルティーヤ:黄色い

ざっくりこうなっているわけですね。

しかし、メキシコのトルティーヤが黄色くなったのって、歴史が浅いんですよ。以前は、白いトウモロコシを使っていたので、色も白くて、黄色いトルティーヤほど独特な風味はなく、味もあっさりとしていた。しかも、メキシコでも、一部地域によっては小麦粉のトルティーヤが一般的だったりするんですよ。ね、複雑でしょう?

ロシータの口コミで「白いトルティーヤだから本場のものではない」というものを見かけるのですが、その人は、タコスの複雑な変遷や、地域性をご存知ないのかもしれません。

アメリカと隣接した国メキシコ。さまざまな要素が複雑に絡み合い、メキシコ料理は常に変化し続けています。

※「ロシータ」は、大正時代にメキシコに移住した、現店主のおばあさんの味を受け継いでいる。おばあさんが暮らしていたのはバハ・カルホルニア州のメヒカリという街。アメリカとの国境にほど近く、テクス・メクスの文化も複雑に混じり合う地域だったそうだ。

 

お待たせしました。ロシータのおすすめ料理

ロシータのおいしいメニューを挙げればきりがないんですが、強いて言うならもちろん「タコス」なんですよ。いろいろ種類があるわけではなくて、「タコス」は一種類しかないんです。ひき肉と、薬味としてなぜか千切りキャベツが挟まっている。ただそれだけ。なんと潔いんでしょうか。これがほんとうにおいしいんです。来たらぜったいに頼みますね。

あと、個人的には「エンチラーダ」もおすすめですね。トルティーヤ生地でつくったラザニアのような料理で、ちょっと洋食感のあるトマトベースのこってりしたソースがうまい。

あと、絶対に外せないのが、ひき肉と豆の煮込み「チレコンカルネ」。テクス・メクス的にアレンジされたものはチリコンカンと呼ばれていますが、こちらはもっと素朴でどっしりした味わいです。

そして、お酒が飲める方はぜひ「フローズンマルガリータ」をやっちゃってください。テキーラベースの、まさにメキシコを感じられるようなカクテルですね。いま、ショートカクテル文化がどんどん衰退していっていますから、ぜひタコスと一緒に、古きよきカクテルも楽しんでほしいと思います。

 

ロシータが創業したのは、昭和25年。戦後間もないころからメキシコ料理が受け入れられてきたのは、本当にすごいことだなと思います。当時は、洋食文化を楽しむ流れが出てきた頃。そのなかでもフランス料理は圧倒的な地位を得ていたそうです。

逆に言うと、それ以外の国の料理は、区別なく「洋食」とされていたみたいなんですね。ロシータが博多の地でメキシコ料理をはじめた時も、いろいろある洋食のひとつとして割とすんなり受け入れられたのかもしれません。博多の中洲を夜な夜な飲み歩いている大人たちが「今日はフランス料理じゃないもの食べたいね、イタリアにする? ドイツにする? それともメキシコ?」って話している光景が浮かぶような気がします。

そんな時代背景もあるのか、ロシータのメニューには、端々に当時の洋食的なニュアンスを感じるんですよね。さっき紹介したラザニアのような「エンチラーダ」や、カクテル「フローズンマルガリータ」は、メキシコの食文化であると同時に、戦後日本のハイカラな洋食文化が加わった印象もあって、そこがますますこの店のおもしろさ、魅力を加速させているなと感じています。

 

タイムカプセル・タコス

洋食的な要素もあるからか、「ロシータは本場のメキシコ料理ではなく、日本向けにアレンジされたものだ」と考えている方がけっこういらっしゃいます。こんな話を耳にしました。以前メキシコに住んでいたご高齢の方が、ロシータの料理を食べて「ここには、今ではもう失われた、昔のメキシコの味がある」と言っていたそうなんです。それを聞いて、僕は考えました。

たとえば、我々日本人に馴染みのあるラーメンという料理。しかし、今のラーメンの味しか知らない人がいきなり75年前のラーメンを食べたら「日本の味じゃない」と言ってしまいそうじゃないですか?

特に、庶民的な料理であればあるほど、時代を反映して味は変化していく。メキシコなんて、この70年で社会的にものすごく変化していますから、食文化も移り変わっていくのが自然です。

だから、ある意味、ロシータという店はタイムカプセル的な役割を果たしている可能性がある

僕がなぜ、福岡でタコスをおすすめするのか。こんなにもおいしいものに溢れた街で、なぜタコスなのか。それは、福岡や博多の名物って、もつ鍋にせよ、ラーメンにせよ、あまりにおいしくてキャッチーなので、福岡に行かなくてもクオリティの高いものが食べられちゃうわけです。

では、せっかくなら福岡でしか食べられないものを、と突き詰めていくと、実はそれがタコスだったりするんですね。

ロシータでは、本場のメキシコでも食べることのできない、70年以上前の失われたメキシコ料理が食べられる。しかも、メキシコの外食の味ではなく、向こうの生活に根差した家庭調理が。

たとえば、観光でメキシコに行くとします。現代の、なおかつ外食のメキシコ料理には容易にアクセスができると思います。でも、75年前のメキシコ家庭料理を食べることって、ほんとうに難しいと思います。もしかすると、世界中探しても、そんなお店はここだけかもしれない。

 

エルボラーチョ

エルボラーチョ・カルボン 西新店

福岡には、他にも「エルボラーチョ」というメキシコ料理店があります。ここは2002年にオープンして、九州で6店舗を展開していますね。

オーナーさんが毎年のようにメキシコを訪れ、現地のレストランで2年間修行をしてオープンしたお店だそうです。ロシータはタコスのバリエーションが一種類ですが、エルボラーチョはメニューも豊富で、そのどれもがとてもおいしいです。

この店のなにがすごいかというと、2002年の創業当時には、すでに日本全国でテクス・メクスのタコスが当たり前になっていたのにも関わらず、メキシコタコスのお店をオープンしたこと。頑として自分のなかのタコス像を曲げない「ど根性」は、戦後間もなくしてメキシコ料理店を構えたロシータと似ているのかもなと思っています。

こういうお店がオープンできたのは、ロシータというお店が、福岡にメキシコ料理を根付かせていたからではないでしょうか。

 

今の時代に合わせるか/頑固さを貫き通すか

飲食店として、「今の時代、多くの人が求める料理」を提供することは、決して難しいことではないと思うんです。ただ、飲食業として見た場合、多くの人にウケるジャンルは間違いなく大手が参入してくるじゃないですか。そんなレッドオーシャンに、我々のような小さな企業がわざわざ乗り込んでいくことはない。

もうひとつ、もっと大事なことは、今流行っているものって廃れるんですよね。10年後には「昔流行っていたダサいもの」として、誰も食べなくなることもあり得る。流行に左右されることは、大きなリスクです。個人店こそ、それがニッチであろうとも、ひとつ信じた道をやり続けなければいけない。

福岡で、75年前から、細々とかもしれないけれど支持されてきたメキシコ料理店は、きっとこれからも支持されていくでしょう。ロシータの料理は、さっきもお話した通り、メキシコで何十年、何百年と続く郷土料理。生活を反映した食べものは強いです。日本人はきっと100年後もごはんと味噌汁を食べていますよね。未来永劫廃れないわけじゃないですか。家庭料理って、素朴で、痺れるほどかっこいいですよね。

 

僕が総料理長を務めるエリックサウスは、最初にオープンした時から、目標は変わらず「長く続いて老舗になる」こと。あと40〜50年くらい潰れずに続いてくれたら自動的に老舗になれますので、それがゴールです。だから、あまり流行りすぎないでほしいという気持ちがありますね。「世の中で南インド料理がブームです」と言われていたりすると、やべえって思うわけです。幸い、まだ大きなブームは来ていないのですが。

数十年後、僕がよぼよぼのじじいになった頃に、もう自分が立っていない店を見ながら「俺が60年前に立ち上げた店も、もう老舗だね」って言うのが夢ですね。

 

ロシータ

福岡市博多区中洲2-1-15

http://www.gato.sakura.ne.jp/Rosita/#

エルボラーチョ

大名店:福岡県福岡市中央区大名2-3-2 大名リバティー2F

https://elborracho.com/

文:荒田もも
イラスト:植田まほ子