グラップラー刃牙 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 

 で、今回は先生にどういったインタビューを?……ほう、刃牙を30年も描き続ける秘訣……ですか。「30年も週刊連載を続けるなんて自分ならとても無理だ。先生も本当は仕事をお休みしてハワイに移住したいんじゃないか?」と……

ん~~~

 

やっぱりあなた達はワカってない。板垣恵介という人物を

先生は週刊連載を続けながらイラスト仕事や取材、グッズの監修などをこなしていて、休みはほとんどないんですが……先日、イベント仕事の出張で名古屋へ行ったとき、一日中お仕事をしていただいてたんです。なのに…

 

ぼそっとつぶやかれたのは「早く机に座りたい…」だったんですよツツ!

疲れ切っているはずなのに、マンガ描きたいって!!??

鬼ですよ……あの人は……マンガを描かずにはいられない……鬼(オーガ)ですよ……

 

板垣恵介先生の仕事場に潜入!

というわけでこんにちは、刃牙のファン歴30年以上ッッ! ライターのぞうむしプロです!

今日は憧れの板垣恵介先生の仕事場にお邪魔しているということで、背筋がビンビンに伸びています

 

愛煙家の先生が吸っているのは『ラッキーストライク・FK・ソフト』

 

こちらはアシスタントさんの机。何年も過酷に使われてきたであろう木の板には、いわばバキ汁とでもいったようなものが染み込んでいます

 

わあああ~~!!!ネームだーー!!(マンガを作る上でのラフのようなもの)

こんなササ~ッと描いたような線なのに、誰が何をしてるのか一瞬でわかる!!

 

デジタル処理のスタッフはワコムの板タブを使用されているようです

 

こちらの仕事場ではレンジ使用時はエアコンをオフにしなきゃいけないみたいです。ブレーカーが落ちる?

 

刃牙の熱烈なファンということで同行したジモコロ編集長ギャラクシーも緊張気味

 

ではそろそろ……

 

別室でネームを描いている板垣先生に会いに行きましょう!

 

板垣恵介先生に訊く「長く続けるコツ」

ドンッ!

 

ドドンッッ!!!

 

い、い、板垣先生だーーーーッッ!!!

 

 お待たせ。ちょっと作業が立て込んでてね。まあそこ座ってよ

はい失礼します!!!

 

立派なソファに座らせてもらえた僕

 

床に正座する担当編集のお二人(先生に言われてすぐに足を崩してましたが)

 

今日はよろしくお願いします! さっそくですが、バキは1991年から現在まで、30年以上も連載が続いています。そんなにも長く描き続けられたのはどんな理由があるのでしょうか

それよく聞かれるけど、には「続かない」っていうのがワカんないだ。ストーリーに苦しむことはあっても「出ねえ」ことはないだろって。出ない人ってキャラクターが固まってない。完成度が低いんじゃないかな

キャラクターの完成度……ですか

実在の人物のようなデイテールが出来ていない、こいつが出てくれば絶対ドラマになるというキャラクターになってないんだと思う

確かに、刃牙シリーズには刃牙や勇次郎、花山や独歩など「こいつが動けばドラマが動く」みたいなキャラが山ほどいますね

俺は小池一夫先生の「劇画村塾」で、「キャラさえ起てば(魅力的ならば)必ず売れる」というのを学んだんだ

※小池一夫=『子連れ狼』を筆頭に数々の大ヒット作を生んだ漫画原作者

「劇画村塾」は漫画家や漫画原作者・映画原作者の養成のために小池先生が開講した塾ですね。板垣先生の他にも、高橋留美子先生や原哲夫先生など、多くの漫画家やクリエイターを輩出したと聞いてます

俺は1987年に入塾してな。20代ならともかく、その時の俺はもう30歳だったから、これが最後の賭けだと思ったから、1番前の席に陣取ったんだ。そこに塾頭(小池先生のこと)が入ってきて……みんなに向かって何て言ったと思う?

う~~~ん、普通に考えると「みなさんこんにちは」みたいな挨拶……ですか?

塾頭が口を開いた最初の言葉は、「こんにちは」でも「はじめまして」でもなく、「キャラクターが起てば漫画は必ず売れる」だったんだよ。そのあと10分くらい「キャラが起つとはなにか?」っていうのを説明してくれて

 

当時、劇画村塾の学費は18万だったかな。貧乏な時期だったけど、この10分で18万払ったっていい!っていうくらいピンときたんだ。おかげでその後たくさんのキャラクターができた……それが永く続けられてきた要因だろうな

完成度の高いキャラクターがいれば、物語に詰まることはない?

ストーリーを考えるのは俺じゃなくて、キャラクターが物語を作るんだよ。あなたたちの周りにもいるでしょ? この人とこの人を会せたらどうなるんだっていう人。ヤバいことになるだろうな、盛り上がるだろうなって、想像できるじゃない?

そうすると勝手にストーリーは進んでいくと。確かに『刃牙』のキャラクターでも、こいつとこいつが出会ったら、まずはこいつが仕掛けて決着はこうかなってイメージが膨らみますね

例えば、今日電車に乗ったとするよな、その時「ず~っと倒立してるひと」がいたら誰かに話すでしょ?

話します!

何が目的なのか、信仰心からなのか、運動不足を解消するためなのか……いや、運動不足の人は逆立ちできないか(笑)

確かに(笑)

まあとにかく何か強烈な目的を持ったとてつもない人なわけだ、その倒立してる人は。そのとてつもなさがあればキャラは起つ。キャラが起てば「なぜこの男が電車の中で倒立しているのか、実はその理由は……」ってストーリーができていく

もうすでにそのマンガを読んでみたいです

バキはそんなキャラばかりだから、「このふたりが出逢ったらタダではすまないぞ」というのがいくらでもある。描ききれないくらいに

キャラクターが動いてストーリーができていくってことは、板垣先生にもこの先の展開は予想がつかないということですか?

うん、大きな流れは考えたりするけど、時には自分にも予想がつかない方向に進むことだってある。それがおもしろいんだ。もし今、まったく新しい面白いキャラが生まれてしまったら……連載やめてでも描くよ

先生!!!!???

 

ザワつく編集者2人

 

たった今「連載やめてでも」という言葉が出ましたが、何十年も週刊連載を続けるというのは大変なことです。「もういい、もう描きたくない!」という時はなかったんですか?

 1回もない

1回も

物語としては、『範馬刃牙』を最終章にしてシリーズ完結というのを決めていたんだけど……いよいよクライマックス、史上最大の親子喧嘩が始まりましたっていう時に、ふと―

 

「宮本武蔵」がもし現代に生まれたらどうなるだろう……?ということを想像しちゃったんだ。そしたらイメージは膨らむばかりで

どんなイメージだったんですか?

空手の手刀とか足刀って、「刀=カタナ」という文字が入ってるだろ? これを武蔵が聞いたら何て言うんだろう? 「紙一枚斬れない手や足を何故“刀”と呼ぶ?」って口角上げながら言うと思うんだよ

その時点でそこまで明確なイメージを……! 実際に作中で愚地独歩に対して武蔵が言ってましたね

「紙一枚斬れない……」なんて言われたらさ、愚地独歩、愚地克巳、鎬昂昇、範馬勇次郎……この4人だったら「じゃあ何で刀というか教えてやろうか?」って必ず言うはずなんだよな

うわ~言いそうです! 黙ってるワケがない!

そうなったら絶対に面白い!というワンシーンが浮かんでしまったんで、ああ、これはもうシリーズを『範馬刃牙』で終わらせるのは無理だと。この後すぐに『刃牙道』として武蔵を登場させようってなったんだ

宮本武蔵が連載を終わらせてくれなかったと

まさにキャラクターが物語を引っ張ってくれているんですね

キャラクターといえば、朱沢江珠(刃牙の母親)が印象深いな。彼女が亡くなるシーンを描いたときのショックはもう凄まじくて……

あのシーンは読者としても衝撃的でしたね

大きな声じゃ言えないけど、「親戚の誰かが亡くなってもここまでのショックは受けないな」というほど、俺にとっては生身に刺さった。締め切り間際なのに手が止まったな、あの時は。次のコマを描いていいのか?と

それでも描かなければいけなかった……?

勇次郎に「あたしが相手だ!!!」と叫んだ時、これを言ったということはもう江珠が死ぬことは動かせなくなる。優秀なキャラクターというのは、そういう現実感と存在感を持っているんだ

 

フィジカルで若い漫画家を組み伏せる

作業場の机にあった『バキ外伝 ガイアとシコルスキー ~ときどきノムラ 二人だけど三人暮らし~』

数々のスピンオフ作品のどれもが面白いのはキャラクターが生きているからこそ

 

漫画家はベテランになると絵の勢いや新鮮さが失われていくこともありますよね。でも先生の絵はむしろ迫力が増しているように思えます

漫画の世界は歳を取ると描けなくなる人が多いよね。小説、映画の世界では、晩年に傑作を産んでいる場合があるのに。たぶんまだまだ業界自体が若いのよ

業界が若い……

今の段階の漫画業界では珍しいかもしれないけど、俺は歳を重ねても、出すものはより良くなっていたい。「これは敵わんな」と思わせるようなものを描こうとしてる。それが一番カッコいいだろ

かっこいい!!!

漫画を描き続けるには体力が必要だといわれていますよね。他の業界と違って年を取ると描けなくなる人が多いのは、それもあるのかなと思ったんですが

体力はね、必要! 身体を鍛えるのも大事! 若い連中もおもしろいマンガ描く人はたくさんいるけど……取っ組み合って負けなければまだ闘えるってことじゃない? 身体さえ維持していれば、脳は経験を積んでいくワケだから

なるほど!! 確かに体力が衰えた身体では新しいことに挑戦するのは難しそうです。フィジカルが頑丈なら脳も成長し続けられると!

つまり板垣先生の場合、年齢を重ねるというのは作品にとってプラスに働いているということですね

そうでありたいね。現実にここまでやれてるわけだから

 

10年くらい前からずっと言ってることなんだけど、俺は「褒められたい」んだよ。もうずいぶん年を取ったけど、それでも「褒められたい、讃えられたい欲」がまっっったく衰えない

それ、先生の描く宮本武蔵じゃないですか

※『刃牙道』作中で、武蔵は闘争の理由を聞かれ「褒め讃えられたいのだ!!!」と答えた

そうそう、あの気持ちがとてつもなく強い。よく「他人ではなく自分が満足すればいい」とか「いい歳して他人の評価を気にするなんて……」という意見を聞くけど……とんでもない!!! 俺は『褒められたい』ということをもっと堂々と言うべきだと思う

年を取れば自然に「自分が満足すればそれでいい」って方向にシフトするものだと思ってました

年をとったからといって褒められたいという意欲がなくなることはないよ。ただ「すごいですね!」とストレートに言われるのではなく、もっと婉曲的な褒められ方が良いとか、好みが出てくるだけだと思う

先生の場合は武蔵のように褒められたいタイプなんですね

先生の描く宮本武蔵、めちゃめちゃ好きでした。剣の神様みたいな人だから、戦う理由は「剣を極めんがため」みたいな超然としたものだろうと予想してたのに、「褒められたい」って……! その“俗”がカッコ良かった~!

 

格闘、バトル漫画を長く続けると、「強さのインフレーション」が起きることがあります。どんどん強い新キャラが登場して……でもバキは一度負けたキャラでも次に戦う時は勝敗がわからないのがすごい

どう“ありきたりじゃない決着”をつけるか? そこは毎回考えるとこなんだ。良い例でいうと、刃牙と勇次郎の決着……あのエア夜食

『範馬刃牙』のラストですね。人智を超えた殴り合いの決着が「エア夜食」って、当時度肝を抜かれました

もう肉体を傷つけあうのは描き終わった、これ以上はどんな必殺技も陳腐だと。それで「エア夜食」を思いついんたんだ。このくらい完成度が高いキャラクター二人なら、ラストは何とでもなるな、という自負もあった

父が作った味噌汁を飲むっていうのも、壮大な親子喧嘩の結末としては意味深いものがありました。かつてはあんなに憎んでいた勇次郎を前に、刃牙が正座して敬語なのも良いんですよね……

あの回は通常20ページのところを24ページにしてもらって……というか24ページ描かせられたんだけど(笑)

(笑)すみません

でも増ページでしっかりと描かれていたからこそ、感動したんだと思います!

決着ってことで言うと、あとは擬態……死んだマネをするやつが気に入ってるかな

郭海皇が勇次郎と戦った時の決着! 試合中に郭海皇が死んでしまったから無効になったけど、あとで控室で蘇生したっていう

あれはぶちのめすよりずっと奥行きがあるでしょう? 死んじまえば喧嘩だろうが将棋だろうが、もうそこで「勝負無し」になる。少なくとも引き分けには持ち込めるワケだ

そう考えると、『刃牙』は単純な強さのインフレに陥らず、想像もつかない決着が多いですね

 

板垣先生の作画机に置いてあったヘッドセット

多忙な為、中々会えないご家族とのコミュニケーションなどにも使用するそうです。作画しながら長時間話すことが日常

 

連載当初、先生は愚地独歩よりも年下でしたが、今はその年齢を越えられています。年齢を重ねることによって、キャラクターに対しての意識の変化はありますか?

歳と共に、意識も変わっていくよ。最初のころの独歩や勇次郎は今見たら恥ずかしいもん。ただ独歩らしくないことはさせないように気を付けてたかな。年月を重ねることによって、俺も彼らも成長してる

確かに、愚地独歩は今が一番強く感じます

ファンの間では「あいつとあいつが戦ったらどっちが勝つのかな」みたいな話題がよくあるわけですが……先生の中にはキャラクターの「強さの順位」は存在するんですか?

まあ勇次郎は抜かせないんだけど、俺もよくわからんのよ、あの日あの場所あの瞬間はあのキャラクターが勝ったけど、その後 誰がどのくらい強くなってるかは勝負の瞬間までわからないんだ

実際、強キャラがあっさり負けちゃったり、弱いと思われてた過去キャラが意外な強さを見せたりといったことがよくありますね

本部以蔵とか愚地克巳とかね。あれは改めて出世させたというか、株を上げたよね

※本部以蔵=『刃牙』シリーズ初期から登場する柔術家。噛ませ的存在だったが、かなり強いキャラへ変貌を遂げた

「Aクラスに上がると思ってなかった克巳が上がってきた」、と以前のインタビュー記事で言われてましたよね

ピクルと戦った時の克巳は描いていて泣けた。あの克巳がよくこんなこと言ったなって。「謝りたいと感じている」と

無謀な戦いを前に、神心会の門下生たちが応援をしてくれるシーンですね

「謝りたいと感じている」っていうのは、俺の実体験からきてるんだ。自分はこんなによくしてもらってるのに、何をしたら気持ちが安らぐのだろう? 全く釣り合いがとれていない、と

 

そう思った時、その人(恩人)の足元にひざまずく、土下座してひれ伏して、「本当に何の役にも立てなくてごめんなさい」と言えたら、少し気持ちが楽になるような気がしたんだ

なるほど……

りたいとじている、これ、感謝じゃん!!!って。これは誰にも言えてねぇから、作品で伝えようと思ったんだ

最後の質問になりますが、刃牙道の時からタイトルに「道」が付いた理由をお尋ねしたいです

親子喧嘩の物語は『範馬刃牙』まででね、これからは何を描いていこうかと考えた時、「強さ」だと。で「強いってなんなんだ?」というテーマにシフトしていった時、「道」という文字が降りて来たんだ…

なるほど! 疑問がひとつ解けました! では新シリーズも期待しています! 今日はお話を聞かせていただいてありがとうございました! 憧れの人に会えて緊張でうまく話せませんでした……まさに今「謝りたいと感じて」ます

あ、もういいの? じゃあゆっくり一服していきなよ。珈琲でも飲んでさ

 

まとめ

その後、珈琲をいただきながら、先生から岡本太郎やピカソのお話をしてもらい、絵に対する熱い想いを感じました。

 

僕は今年で50歳になりますが、いつまで漫画を描けるのだろう?という漠然とした不安があったんです。

でもこんなにパワフルでカッコいい漫画家がトップランナーとして存在するのを目の当たりにして、怖れず進もう!と勇気を持って帰路についたのでした。

 

バキ道 16 (少年チャンピオン・コミックス)

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・取材協力 秋田書店 週刊少年チャンピオン編集部

『バキ道』担当編集者 村上 智優さん(右) 伊藤 隆成さん(左)