こんにちは、ジモコロ編集長の友光だんごです。本日は今年の夏、静岡県の南伊豆(みなみいず)を訪れた際の話です。

 

南伊豆は都内から電車と車を乗り継いで4時間ほどの場所にある、伊豆半島の最南端。海が綺麗で、気候も温暖なのんびりとした土地です。泊まっているのは、「ローカル×ローカル」という変わった名前の宿。

この「ローカル×ローカル」はオーナーさんがウェブで漫画を描いていたり、SNSを通じて見かける機会も多かったりと、以前から気になっていたんです。今回は大学時代の友人に誘われて、一緒に来ています。

 

「ローカル×ローカルにはちょっと変わった『南伊豆くらし図鑑』ってプログラムがあるんだけど、体験してみない?」

「くらし図鑑??」

「南伊豆は面白い人が集まっているんだけど、その人たちの暮らしを体験できるっていうプログラム。基本的に定期的にやっているイベントから参加するか、2回目からの宿泊か、知り合いの紹介じゃないと体験できないの。実際に体験してみるのが一番だと思うから、行ってみようか。もう申し込んでるので」

「展開が早い!」

 

ということで、「南伊豆くらし図鑑」を体験してみたのですが……これがめちゃくちゃ面白くて。他の土地ではなかなか出会えない、宿のプログラムとしては非常に珍しい内容だったんです。

 

そして同時に僕自身、地方を取材したり地元の人と話す中で気になっていた「地方をコンテンツ消費してないか?」というテーマについても考える大事なきっかけになりました。一体どういうことなのか。体験ルポとインタビューを通じてお届けします!

 

地元の人の日常にお邪魔して、3〜4時間みっちりお喋り

ということで、詳細は知らぬまま車で移動すること約30分。南伊豆の山の中へとやってきました。

 

「山の中におしゃれにリノベされた古民家がある。すみません〜! 『南伊豆くらし図鑑』でやってきたんですが」

「こんにちは〜」

「Kakeya herb lab」として活動する、ハーバルセラピストの山之内真奈美さん。看護師としても働きながら、一人ひとりに合ったハーブティーの調合や健康の提案・共有を行っている

「ローカル×ローカルさんから聞いてます。ハーバルセラピストの山之内真奈美といいます。今日はよろしくお願いします」

「お願いします。暮らしを体験できるというのは一体……?」

「そうですよね、まずは暑いので冷たい飲み物をどうぞ」

甘夏とホーリーバジルのゼリーと、フレッシュレモンバーベナのアイスティー

と、いきなりオリジナルのドリンクとゼリーでおもてなし。どちらも庭のハーブや果物を使った自家製だそう。

冷たくて美味しい〜!!!

 

右は一緒に参加していた大学の友人

 

その後は色んなハーブが植えられたお庭を案内していただいて、

ハーブの蒸留も実演していただきました

「精油の蒸留ってこんな風にやるんですね」

「庭でとれた甘夏から、精油を抽出しています。甘夏の芳香成分が含まれたフローラルウォーターも一緒に出てくるので、そこから精油を採取する作業を、あとで実際に体験していただきますね」

「へえ〜! 楽しみです。これは普段、山之内さんがやられているお仕事ってことですよね」

「はい。『南伊豆くらし図鑑』は他にもいろんな人たちの体験があるんですよ。詳しい話は、ぜひ宿のオーナーに聞いてみてください」

 

ここで蒸留を待っている間に、山之内さんといろんなお喋りをするのが楽しくて。なぜ南伊豆に移住されたのか、おうちのDIYの話、ハーブのお仕事の話……。気づいたら1時間くらい経ってました。

 

「ちょっと喋りすぎちゃいましたね。蒸留もいい感じなので、家に入って体験をはじめましょうか」

「了解です!」

ということで、山之内さんのご自宅にお邪魔して、精油を採取する作業。スポイトを持つのは中学生の理科の授業以来です。表面数ミリの層に分離した精油をスポイトで吸うのはめちゃくちゃ繊細さが要求されて、すごい顔になってますね。

 

そして、体験はこれだけではありません。

自分の体調や好みに合わせて、オリジナルのハーブティーをブレンドできる体験も。山之内さんに今の気分や希望を伝えると、おすすめのハーブを選んでくれます。僕は肩こりがひどいので、リラックス効果のある「肩こり脱却ブレンド」にしました。友人はスーパー腸活ブレンドを。

きれいな層になるように、自分でハーブを入れていく作業が楽しい

と、気づけば3~4時間が経過。PC作業のスマホの通知に追われる日常から切り離された、デジタルデトックスみたいな豊かな時間でした。癒される。

 

そしてこれ、僕がふだん地方取材のツアーでやっているような「地元の面白い人のご自宅にお邪魔して、じっくりお話を聞く」のと同じだな!と思ったんですね。取材と同じくらいの濃さで、その人の暮らしを通じて土地の面白さを知ることができる。

 

ただ、同時に宿のプログラムとして提供している、というのが気になりまして。

 

これ、めちゃくちゃ大変だし難しいことをやってるのでは?と。

 

単なるワークショップとは違って、体験によってはご自宅にお邪魔するわけなので受け入れ側の負担も大きいし、1日1組で採算はとれてるの? など、いろんな疑問が浮かんできます。

 

ということで、プログラムの運営元である「ローカル×ローカル」のオーナーさんにインタビューしてみることにしました。

 

取材は地元の人と仲良くなるための方法

「ローカル×ローカル」のオーナーである一徹さんに話を伺います

「『南伊豆くらし図鑑』とても面白かったです。これってどういう経緯ではじまったんですか?」

「僕も外から移住してきた人間なんですけど、『南伊豆の人たちの日常的な暮らしや、彼ら彼女らとの会話が面白い!』と思ったのがきっかけなんですよね。そもそもの移住の経緯から話してもいいですか」

「お願いします!」

「僕は2018年に、地域おこし協力隊として南伊豆町に移住して、最初の役割が二つあったんです。一つはローカルメディアの『南伊豆新聞』。自分が南伊豆に入っていく時に、『地域おこし協力隊です。何すればいいですか?』より、『こういうメディアで取材させてほしいです』って関わり方のほうが仲良くなりやすいと思ったんですよね」

WEBマガジン「南伊豆新聞」

「取材って、初対面の人に深く話を聞けるめちゃくちゃいい口実ですもんね」

「そうそう。もう一つが『南伊豆くらし図鑑』。地元の人と仲良くなって、『この人面白いな!』と思った人と、一緒に何かプログラムをつくる仕事ですね。この二つの役割ありきで南伊豆に来たんです」

「へえ〜! あれ、じゃあ宿をやりはじめたのはその後なんですね」

「はい。そもそも、宿をやるつもりは全くなかったんですよ。実はさっきの二つの役割以外に、南伊豆のとある場所の利活用プロジェクトにガッツリ関わる予定だったんです。ただ南伊豆に来た後に、プロジェクトが頓挫してしまって

「え! 南伊豆に来た目的の一つが」

「自転車の前輪が利活用プロジェクト、後輪が『南伊豆新聞』と『南伊豆くらし図鑑』になるはずが、前輪が突然吹き飛んで。そのまま後輪だけで頑張っている感じです(笑)」

「いきなり波乱の移住だったんですね……」

 

「南伊豆くらし図鑑」はリアルメディアだった

「そこで地元か以前働いていた東京に帰ってもよかったんですけど、あまりにも何もしてなさすぎるなと。そこで、『南伊豆くらし図鑑』に一層力を入れました。その時は宿もなかったので、プログラムを作って、人を集めて」

「『南伊豆くらし図鑑』の受け入れ先の方たちって、元からワークショップやツアーをやってるわけではなさそうですよね。プログラムを作るのも大変だったのでは?」

『南伊豆くらし図鑑』のプログラムは薪割りや伊勢海老の漁など、バラエティ豊か。写真は薪割りを体験する友人

「やってることを発信しようとかではなく、ただ『やりたくてやってる』人ばかりでしたね。だけど、そこが面白かったんです。例えば『山の木々からシャンプーをつくる』体験の美容師さんも、はじめは普通に話してたら『実は私、山の木からシャンプー作れるんだよね』とポロッと言うのを聞いたのがきっかけで。何それ⁉︎となるじゃないですか」

「めちゃめちゃ気になりますね」

「それで体験してみたら、その人の”好き”がつまってて面白い。さらにプログラムの構成を詰めていったら、もっと良くなる。でも、それを地域の人を対象にお金をとって参加してもらうのは逆にハードルが高い。なので、まずは都会にいる僕の知り合いを連れてきてモニターをやってもらいました。その後、ちゃんとフィードバックを美容師さんにもお伝えしました」

「ふむふむ」

「美容師さんも移住者一年目で、高齢者向け出張サロンか、自然に沿った美容室をやるか悩んでたんですけど、結果的に自然派美容室をつくることになって」

自然派美容室『杜(もり)とあお。』を営む美容師の中野美代子さんが案内をつとめるくらし図鑑『山の木々からシャンプーをつくる』(※現在は、開業した美容室がうまく回り始めたので、こちらの体験は不定期で開催しているとのこと)

「おー! それって、外部から反応を得ることで、美容師さん自身も自分のやってることに自信がついたってことなんですかね」

「シンプルに『自分のやってることって面白いんだ!』と実感できたんだと思います。僕がプログラムを提案しても、最初は『自分でいいの?』みたいな人が多かったので」

「まさかお金をとれるプログラムになるなんて、と」

「僕のモチベーションとしては、その人のやってることの素敵さと、会話の面白さを伝えたいという気持ちが原動力になっているんです。それを文章と写真で発信するのもいいけど、現地に来て、実際に体験してもらうとより面白さが伝わるはず、というのが『南伊豆くらし図鑑』ですね」

「なるほど〜! 聞いてると、リアルなメディアなんだなと思いました。『この人面白い!』と一徹さんが感じた人を、体験プログラムという形で発信してる。『南伊豆くらし図鑑』自体がローカルメディアなんですね」

 

やるつもりのなかった「宿」をはじめたら、コロナが直撃

(撮影:Tetsuka Tsurusaki

「ローカル×ローカルという宿のお客さんが、『南伊豆くらし図鑑』で地元の暮らしを体験できる。すごくいい形だと思うんですが、そもそも一徹さんは『宿をやるつもりはなかった』とおっしゃってましたよね」

「はい。僕は元々、内向的な性格で、実は接客も超苦手なんですよ(笑)。基本的に一人が好きですし、お風呂でずっと読書してる人間なので」

「なぜ宿のオーナーに!(笑)」

「ローカル×ローカルになる前、この建物は『giFt』というコミニュティスペースだったんです。地元の人と外の人が一緒に、10人くらいで住み開きのような場を運営していて」

「僕も運営メンバーの一人だったんですが、giFtがクローズすることになって『このまま空き家になるのはもったいない!』と思ったんですよ」

「それはなぜ?」

「『南伊豆くらし図鑑』に繋がるような、いい関係性がgiFtを通じて生まれていたんです。空き家になると、その関係性も一緒に無くなってしまうような気がして

「そうならないために、宿にしようと」

「空き家リノベにも全く興味がない人間だったんですけど、giFt時代に建物もわりときれいな状態だったので、宿にするのに最低限のリノベーションですみそうだなと。それに当時は2019年で、次の年に東京オリンピックも来るからインバウンド需要も期待できると思ったんです」

「なんか、嫌な予感がしてきました」

「全部、コロナでひっくり返されたんですけど」

「やはり……」

「2020年の1月に『宿をやるぞ!』となったんですが、リノベ工事も延期になるし、クラファンでお金を集めたけど開業の見通しも立たないし、オリンピックも延期になるし」

「そんな逆境だらけの中から、よくここまで……」

「たくさんの人に支えられましたね。僕自身、学生時代はゲストハウスにも泊まったことがなかったし、接客は今でも苦手で。今も『宿をやるのに向いてないな〜』と感じることがありますね(笑)」

「さっきから聞いてると、一徹さんって『ローカルで宿をやる人』の適性といろいろ真逆ですね!(笑)」

「そこがよかったような気もしてます。南伊豆という土地において、僕や宿は前に出たいわけじゃなくて、『南伊豆で暮らす人たちを紹介したい』のほうが強いんです」

「宿が目的地にならなくてもいい?」

(撮影:Tetsuka Tsurusaki)

「もちろん、最初のきっかけになれたら嬉しいですけど、お客さんが南伊豆で知り合った人と仲良くなって、『またあの人に会いに南伊豆へ来たい!』となるのを目指してます

「なるほど! そのスタンスと『南伊豆くらし図鑑』ってすごく繋がってますね」

「例えばどこかへ旅行に行って、また同じ場所を再訪することってそんなに多くはないですよね。一方でその土地に知り合いがいると、その人に会いに行くって旅の動機が生まれるじゃないですか」

「『人』が目的だと、また行きたくなるんですよね。わかるなあ」

「あとは土地柄、南伊豆には外部からの刺激を求めている人も多いと思っていて」

「それはどういうことですか?」

「南伊豆って伊豆半島の奥まったところにあるので、アクセスがそんなに良いわけではない。それに伊豆半島には大学がないので、10代後半から20代前半の人が極端に少ないんですよ。それもあってか、南伊豆くらし図鑑や宿のインターンで若い人を連れて行くと、地元の人が喜んでくれるんですよね」

「なるほど。僕も歳をとってわかってきたんですけど、若者と喋るのって楽しいですよね。違う世代の考え方を知って、刺激をすごくもらえるので。若者の側は、自分の生き方とか悩みを相談したくなりそうだし」

ナビゲーターの方は、暮らしを自分でつくってきた人でもあるので、言葉に説得力があるんですよね。移住された方の言葉は特に響いているんじゃないかな。やっぱり魅力ある人に説得されると心に響くものがありますし、そんな人が何人もいることが南伊豆のひとつの良さかなと思います」

 

ローカルをコンテンツとして「消費」しないために

「『南伊豆くらし図鑑』をやる上で、気をつけてることはありますか? すごくいいプログラムな反面、難しさも必ずある気がしていて」

「『南伊豆くらし図鑑』について、積極的に宣伝しすぎないようにしています。他にも、掲載していただくメディアも慎重に考えていて。すごくオープンに、誰でも受け入れるのに向いたプログラムではないと思っているので」

「たしかに宿のHPでも、大きく載せているわけじゃないですね。僕も知り合い経由で知りましたし」

案内人の方が安心して受け入れできるか、を一番大事にしてます。普通の体験プログラムとは違って、ご自宅にお邪魔して半日一緒に過ごすこともあるので、それなりに気を遣うというか」

「すごく参加者も試される時間だと思うんです。『お客さん』気分だとお互いに辛くなっちゃいそうというか」

「なので、参加人数もMAX3人にしてますね。それ以上になると、一人くらいは『私にどんなサービスを提供してくれるの?』みたいな受け身なお客さんのテンションになっちゃうんですよ」

「ちゃんとお互いが向き合える人数に。ちなみに応募の受付ってどんな風にやってるんですか?」

「宿に泊まりに来たお客さんで、南伊豆くらし図鑑のことを伝えた時の反応で『この人なら大丈夫そうだな』と思ったら、『次回どうですか?』とおすすめしたり、『人に会いにいく旅』という南伊豆くらし図鑑の体験がセットの宿泊イベントを企画した際に、応募理由を書いていただきますね」

「一徹さんが、ある種のフィルターになるというか」

「やっぱり僕自身が南伊豆の人と築いてきた信頼関係でやらせていただいているプログラムなので、紹介する人はきちんと選びたいんですよね。あとは案内人の方にも、最初から『体験では稼げないですよ』と伝えています

「営利目的でおこなってはいないと」

南伊豆くらし図鑑は、僕も儲けることを考えてません。儲けを追求すると1日何組も受け入れることになって、案内人の方も消耗してしまうと思うんです」

「案内人の暮らし自体が魅力になっているのに、その暮らしがすり減ってしまうのは本末転倒ですもんね……」

暮らしナビゲーター(案内人)の方にとっても、自分のやりたいことが実現できる場所にもしてほしいんです。それに先ほど話したように南伊豆以外の人との交流の機会にもなってほしい。そういう、お金以外のところでちゃんとメリットを感じてほしい」

「なるほど。お金以外のメリット」

「そのためには適正サイズみたいなものがあると思うので、そこは慎重に運営していますね」

「この話、すごく僕自身に刺さっています……。いま、いろんなところでローカルが取り上げられるようになった反面、数字や短期的な成果を追った結果、ただローカルを消費してしまう弊害もすごくあると思っていて。例えばメディアの場合、記事がバズることで、取材先の人やお店が不幸になってしまうのは『消費』だと思うんです」

「そうですね。ローカルをただのコンテンツとだけ見てしまうと、勢いで消費されていってしまいかねないと思います」

「そこには誰かの暮らしや人生があるわけですもんね。こちらの都合で、そこにある暮らしはけして損なってはいけない。その順番を忘れちゃだめなんだよな……」

「今年で南伊豆くらし図鑑をはじめて5年目なんですけど、案内人の方の暮らしが変化して、できないプログラムも生まれてきてるんですよね。でも、暮らしが変わるのは当然なので、別にネガティブなことだと思ってません。むしろ、新しくやってみたい人が増えていくこともあれば、『新しくこんなことができるかも』と提案も出てきたりします」

「めちゃくちゃ大事な話!!! 僕自身深い学びのある取材でした。ありがとうございました!」

 

おわりに

南伊豆において、一徹さんはまさに編集者だなと感じました。『南伊豆くらし図鑑』をはじめとする活動で、さまざまな関係性を繋ぎながら、関わる人たちが消費されないよう目を配り続ける。ジモコロというローカルメディアに関わる人間として、一徹さんの姿勢から学ぶことは本当に多かったです。

 

今またローカルがいろんな場所で注目されているからこそ、いかにローカルをコンテンツとして消費してしまわないか、は大事なテーマだと思います。ローカルに関わる方たちにとって、この記事が何かのヒントになれば幸いです。

☆お知らせ
ローカル×ローカルでは4月から1年間の社会人インターン(留職生)を募集しています。南伊豆の人たちと関わりながら事業づくりをやってみたい人はぜひ覗いてみてください! 詳細は以下のURLから→
https://note.com/locallocal/m/ma04f42e0821e


<ローカル×ローカルの情報はこちら>

HP:https://local2minamiizu.com/
一徹さんが実話を基に描いたマンガ「ローカル×ローカル」:https://note.com/murasakitotetsu/m/md6ef8da198af
Instagram:https://www.instagram.com/local2.minamiizu/
X(旧Twitter):https://twitter.com/local2minamiizu

構成:吉野舞