中央線のエアポケット「西荻窪」から考える東京の住みたい街

2019.11.21

中央線のエアポケット「西荻窪」から考える東京の住みたい街

高円寺、吉祥寺などの駅があり、カルチャーの宝庫として名高いJRの中央線。その中で地味な存在の「西荻窪」ですが、実はディープなカルチャーがいっぱい。今回は西荻窪を研究する上智大学教授のファーラー・ジェームズさんとともに、西荻窪の面白さを探します。

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    西荻窪という街の歴史

    1894年と1940年の西荻窪駅周辺地図の比較。農地が家に変わっている。
    ジェームズ教授のサイト・西荻町学より

    「人が増えたきっかけは1922年に西荻窪駅ができたこと。そして、加えて飛行機工場が近くに作られたこともあり、駅周辺に労働者などが多く住み始めたと言われています」

    「ここまでは普通の下町の流れですね。多様な文化の下地はいつから…」

    「はい。そしてちょうど同時期の大正後期から昭和初期にかけて、西荻窪周辺は文化人の間で『西の鎌倉、東の荻窪』と呼ばれるほどの別荘地として有名だったんです」

    「労働者が集う街が別荘地として文化人に有名…? なぜですか?」

    「きっかけは1924年に起きた関東大震災だと言われています。大規模な災害によって都市圏での暮らしに不安を覚えた彼らは、盤石な武蔵野台地の上にある中央線沿線に住まいを設け始めたのです」

                   

    時の総理大臣・近衛文麿の別邸「荻外荘(てきがいそう)」。これにより西荻窪を含む荻窪近辺は住宅地として有名となった。現在は一般に開放されていない

    「中央線沿線って地震に強かったのか…」

    「さらに西荻窪の二面性に拍車をかけたのは、太平洋戦争です」

    「戦争? 空襲で全部壊されちゃったってことですか?」

    「いえ、駅周辺の建物が、中央線の線路の周辺が空襲の被害で火事が広がらないように、強制的に取り壊されたんです。結果として、戦後の駅前には何もなくなりました」

    「下町が無に…!」

    「そして何もなくなった駅前が闇市となりました。満州などから帰国した難民などが集まり再び栄えたわけですね」

    「無から再び下町が!」

    「そして戦後の動乱が落ち着くと、食品や洋服などの生活必需品が普通のお店で買えるようになったため、闇市はいわゆる旧青線に変化していきました

    ※旧青線……非合法に売春が行われていた場所の俗称

     

    旧歓楽街だった柳小路周辺。2階は当時働いていた従業員の居住スペースとして使われていた

    「破壊と創造の繰り返しだな…」

    「はい。かつてこんな混沌性の高い都市は東京に数多くありました。しかし今ではその多くは開発され、綺麗な街へと変貌しています」

    「では西荻窪はなぜ…?」

    「そこには絶妙な立地の悪さが関係しています」

    西荻窪からみる東京の面白さ

    「立地の悪さですか? 都心から近いし、むしろ好立地だと思いますけど…」

    「まず中央線の路線図を見てください」

    「あっ、土日に快速が止まらない」

    「はい。加えて他路線への接続もない。そのため鉄道会社としては開発優先度が低いわけですね。結果として、好立地の割に地価はそこまで上がらない。そのため人の流入も多く、文化が熟成されたと想定できます。同じ条件の高円寺が文化の街として有名なのはそうした理由からでしょうね」

    「絶妙なアクセスの悪さがメリットに…。路線って大事なんですね」

    「東京は世界でも有数の『鉄道の街』ですからね。私は西荻窪を荻窪と吉祥寺という巨大な駅の間にある『狭間の街』と呼んでいます。そして東京はこのような『狭間の街』が文化的に栄える傾向が高い」

    「狭間の街…」

    「そもそも東京の特徴として大都市周辺に中規模かつ文化的な街ができやすいことがあります。これは世界的に見ても非常に珍しい。例えばニューヨークはマンハッタンと周辺地域と都市規模の差が大きいんですね」

     

    「東京は鉄道文化の発達により、『都市』の領域が広いため、大都市自体ではなく、比較的地価の安い周辺の駅に人が住まいを置きがちなんですよ。そこがさらに文化的に栄えていくと」

    「あー、確かに電車である程度は移動できるもんなあ」

    「そして、ここで重要なのが、東京において街の文化を作り上げるのは、都市化された後に定住した“移民”たちということです。昔から住んでいる地元の人ではありません」

    「移民、ですか?」

    「東京で有名な文化的な都市、高円寺や下北沢なども地元の人にもともと文化素地があったのではなく、ある時期に移り住んできた人がコミュニティを作る。そして、その雰囲気に憧れた人がさらに集まってくるという循環が生まれているんです」

    「へえ〜!」

    「しかし、認知度が上がりすぎてしまうと、地価は上がり、不動産会社などによる大規模な開発が入ってしまうわけですね。そうすると新しい人の流入が減って、カルチャーの発展が止まってしまうわけです」

    「あー、下北沢なんかもそういう傾向があるかもなあ…」

    「正直なところ、経済効果としては、誰もに開かれた大型店舗やチェーン店のほうが圧倒的に高いです。しかし、わかりづらく入り組んだ場所にこそ、独自のコミュニティと文化が生まれるんですよ。そしてそれこそが都市の個性を生み出しています」

    「わかりづらい場所にこそ、独自の文化が生まれる、か。昔のインターネットみたいだな」

    「上海や香港などは世界的な大都市は、大規模な開発によってそれが失われつつあります。しかし、東京には混沌のある都市が数多く残っている。ぜひこの魅力を生かしたまちづくりを進めて欲しいですね」

     

    おわりに

    駅前アーケード通りに吊るされているピンクの象は、毎年9月のお祭りの際に神輿に使われるそう

     

    さて、西荻窪の町並みはいかがだったでしょうか? 

    今回は南口の柳小路を中心としたお話でしたが、実際に歩いてみると本当に安い店からおしゃれな店まで様々なお店が並んでいます。

     

    まさに「奥深さ」という東京の魅力が詰まったような街なのですが、その歴史は破壊と創造によって、繰り返し練られ続けることで、生まれたことがわかります。

    みなさんも自分の街の歴史など調べてみると、意外な事実が垣間見れて、面白いかもしれませんよ。ぜひチャレンジしてみてください!

    そして、今回編集部でもおすすめ西荻窪スポットをまとめてみました!ギャラリーにまとめておきますので、そちらもぜひご覧くださいね。

     

     

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    文章を書いたり、映像を作ったりしています。気がつくと青い服ばかり買っているけど、広島東洋カープがすき。

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