こんにちは、ライターの林貴代子です。

突然ですが皆さん、「お茶」飲んでますか?

 

便利で手軽なペットボトルのお茶を飲むという人はきっと多いはず。さまざまな飲料メーカーが切磋琢磨しているので、おいしいものも多いですよね。

 

小さなお茶の産地で生まれた私は、ペットボトルのお茶も飲みますが、急須でお茶を淹れることも多々。理由はすばり、おいしいからです。

ほら、某ペットボトルのお茶のCMでも俳優さんがいうじゃないですか。
「急須でいれたような緑茶の味わい」だと。それを目指しているのだと。

 

歳を重ねるにつれ、急須で淹れるお茶がしみじみおいしい。数年前からは中国茶などにも関心が広がり、お茶に関するものごとがちょっとしたライフワークになりつつあります。

そんななかで、ちょっとユニークな茶職人を埼玉県入間市に発見。

 

「茶工房 比留間園」の代表・比留間嘉章さん

 

日本三大茶といわれる狭山茶の産地に佇む「茶工房 比留間園」さんです。

こちらの代表である比留間嘉章さん。彼の愛称は「極茶人(ごくちゃにん)」。親しい人には「極(ごく)さん」なんて呼ばれることもあるそうですが、大丈夫、堅気です。

 

「極茶人」という愛称は、バラエティ番組『TVチャンピオン』に出演した際に名づけられた「極上茶仕掛け人」が、いつのまにか短縮されたものらしい。ご本人も結構気に入っているのだとか

 

茶の栽培から製茶まで手がける比留間さんですが、それだけではないのが極茶人。「お茶」に関する幅広いフィールドで活動・活躍されています。

  • ・茶葉栽培から製茶まで手掛ける
  • ・緑茶のほか、蜜香ほうじ茶、紅茶、烏龍茶なども手掛ける
  • ・萎凋香(いちょうか)のパイオニア
  • ・萎凋を自在にする「紫外線照射芳香システム」の開発・特許取得
  • ・「全国手もみ茶振興会」における指導者としての最高位「茶匠」、手もみ製茶技術の最高位「十段」、手もみ茶日本一の称号「茶聖」にそれぞれ認定、前会長
  • ・JAPANESE TEA SELECTION PARIS(2020,2021,2022年)でグランプリ受賞
  • ・『TVチャンピオン』に出演し「極上茶仕掛け人」と名付けられる
  • ・「世界で一番高価な手もみ茶」を販売
  •  

などなど。今まで耳にしたことのない言葉、団体名、称号がずらり。

 

画像提供:比留間嘉章

 

ところで、この緑のツンツンした物体、なんだかわかりますか?

比留間さんが手掛けた「手もみ茶」です。一番高価なものは、1万円/3gもするのだとか!

この手もみ茶、一体どんな味がするのか。
比留間さんとは、一体どんな方なのか。
謎めく極茶人のインタビューをお届けします!

 

「お茶」といっても本当に幅広いので、お茶の分類を図にしてみました。ちなみに比留間園では、この図にはない「微発酵釜炒茶」という珍しいお茶も手掛けています

 

まさかの“味”に衝撃走る……! 極茶人の「手もみ茶」

比留間農園の工房に併設されている直売店舗。その奥にある事務所部分でお話を伺うことに

林:比留間さんは緑茶、和紅茶、烏龍茶など、さまざまなお茶をつくられているんですね。しかも緑茶だけでも「ゆめわかば」や「さやまかおり」といった単一品種、いわばシングルオリジン的なお茶だったり。

比留間:ええ、いろいろ手掛けていて。まずは一服どうですか?

 

林:なんですか、このお茶葉は……! こんな長い茶葉、見たことがない!

比留間:これは私が手がけた「極品手もみ茶」ですね。

林:これが、手もみ茶! ちょっと茶葉の長さを測っていいですか。……1本、6cmくらいある。

 

比留間:さ、どうぞ。

林:うわあ、いい香り! では、いただきます! …………え!? うま! え!? うわ! 旨みが……これは……出汁!?

比留間:ははは。みなさん、だいたいそういいますね。この旨みはアミノ酸ですね。

 

とっても淡い水色の極品手もみ茶

 

林:今まで飲んできたお茶じゃない……。香りは清々しい緑茶香なのに、口に含むと出汁のような旨みがじわじわ~っと広がって、まろやかな舌触りで。なんというか、口の中に扉があって、ひとつずつゆっくり開いていくような、そんな感じ……。

お茶の葉にこんなにも旨み成分って含まれているんですか?

比留間:含まれるんです。もちろん、それが生きるような特別なつくり方をしています。

手もみ茶は自分の五感をフルに使って、手の触感、香り、色や形状、重さ、音などを感じながら4~5時間もみ続けてつくります。もちろん機械は使いません。

林:そんな長時間にわたって……。口に含んだ瞬間の衝撃が凄すぎて、舌で感じたものに頭がついて来なかった……。淹れたあとの茶葉も、どことなく蛍光を放つようなきれいな緑色ですね。

比留間:衝撃は薄れるかもしれないけど、2煎目もどうぞ。また違う味だと思います。

 

林:あ、ぜんぜん違う。2煎目は出汁の感じは薄れて、緑茶らしい青い風味が出てきました。

比留間:そう、まったく別物になるんです。

林:いつも飲んでるお茶に近づいてきたって感じ。や、こんなにいいお茶は飲んでませんが……。

比留間:結構ね、みなさん同じことおっしゃいます。今まで飲んだことない、煎を重ねるごとに、今まで飲んできたお茶に近づいてる気がするって。

林:あ、ありきたりなコメントですみません(笑)。

 

比留間:いえいえ。3煎目も淹れましょう。まあねえ、どうやっても1年に300gしかできないお茶なんです

林:そんな稀少なお茶を……ちなみにこの茶葉はおいくらで……?

比留間:この1袋に急須1回分の3gが入って2160円。普通のお茶に比べるとずいぶん高価だと思うかもしれないけれど、その値段にはちゃんと意味があるんですよね。

林:どういうことですか?

比留間:このお茶は、全国手もみ茶品評会で入賞したことに加え、EUの残留農薬基準をクリアしてるんです。

約1年間害虫の被害をほぼ受けずに、ストレスなく育った茶葉を使うことが、最上級のお茶をつくるためのステップです。なので、品評会に出すお茶の葉をほとんど農薬を使わずに育てるっていうのは、本来はありえない。でも、それを可能にしているのがこの手もみ茶なんですね。

林:相当な手間ひまが掛かっているんですね。2000円じゃ安いくらいかもしれない……。

 

思わず茶葉をまじまじと見つめてしまいました

 

比留間:EUの残留農薬基準をクリアするとEU圏内で販売できるので、10年前から輸出をしています。フランス・パリのコンテスト「JAPANESE TEA SELECTION PARIS 2021-2022」に出品した手もみ茶はグランプリがとれて。「世界で一番高価な手もみ茶」という名前で販売していますよ。

林:すでに世界でも活躍されていたとは! ちなみに「世界で一番高価」という手もみ茶は、おいくらなんでしょうか?

比留間:3gで10800円ですね。

林:おおお……。いや、でも妥当な値段な気もしてきた……。

 

比留間:この値段にもちゃんと意味があって。私の願いは、手もみ茶の格、手もみをする人の地位、手もみ茶全体の価値を上げていくこと。それには、高価なものがあって、認知され、評価されるものでなくてはならない。それこそが、手もみ茶という伝統を繋げていくことになるんです。

林:なるほど。

比留間:そういうことを考えながら、毎年「全国手もみ茶品評会」での入賞茶だったり、農林水産大臣賞を受賞した日本一の手もみ茶を2005年からずっと落札し続けて(第25回のみ例外)、「日本で一番高価な茶」(3g・5400円~)として1煎パックを販売しているんです。

林:全国で一位になられた方の手もみ茶も、比留間園で販売を?

比留間:そうです。ようは自分のことだけやってても価値は上がらない。手もみ茶全体の価値を上げることを考えないと。また狭山茶のことだけやってても、お茶業界はよくならないんです。

林:お茶業界全体のことを考えてらっしゃるんですね。

比留間:もちろん、自分も飲み手としての興味があるし。どこの産地に行っても、魅力的だと思うものにはお金を出しますから。たぶん……知っている茶業者のなかで、これだけお茶にお金を使ってきた人はいないだろうなって。

林:なんだか、お茶に対するものすごい情熱と責任感みたいなものを感じます……。急須1回分という販売方法もユニークですね。

 

比留間:年間300gしかできないお茶ですからね。100g単位で販売すると、高くて買えないし、売れない。結局偉い人の所に行っちゃって、多くの人が楽しむことなく終わるわけです。それはつくり手としても望む状況ではないので。

林:100gだと3人しか買えないけれど、3gにすると100人が買えるんだ。

比留間:3gあれば5人にお茶を淹れられます。そうすると500人が日本一のお茶を体験できる。そうやって少しずつ皆さんに知ってもらいたい思いで、イベントなどの依頼があると、これらの手もみ茶を淹れたりしているんです。

お茶の価値をもっと上げていきたい、それが願いですね。

林:比留間さん、存在も姿勢も眩しいです……!

 

ほんの少しずつの積み重ねと、進化―― 比留間さんのお茶づくり

手もみ茶の衝撃の味わいと、極茶人の情熱に胸を打たれながら、比留間園の茶畑も案内してもらいました。

林:見渡す限り茶畑ですね。どこまでが比留間さんの敷地なんですか?

比留間:この銀色のシートで被覆しているところがうちの管理圃場(ほじょう)です。うちの所有は約180アール(1アール=100㎡)くらいで、系列農家さんから預かっている部分を含めると全部で約430アールくらいですね。

 

46755㎡の面積を所有する東京ドームとほぼ同じといってもいいくらいの広さ

 

林:めちゃめちゃ広い……。シートを被せるのはなぜですか?

比留間:茶葉の蒸散を抑制するのが目的ですね。この辺りは金子台地っていうんですけど、冬は乾いた風が吹いて、年間の雨量も少ない。寒干害(かんかんがい)の被害が出やすいので、お茶の産地としてはギリギリなんですよね。

林:狭山茶ってお茶の産地として有名だけど、意外と厳しい気象条件なんですね。ほかの圃場にはシートが掛かっていませんが、被覆は比留間さんのこだわりなんですか?

比留間:少しでも茶葉へのストレスを軽減させる意味でやってるんですけどね。もう30年以上、冬の間ずっと被覆していて。ちょっとはがしてみましょうか。

 

林:あ、全然色が違う!

比留間:それだけ冬の日光って強いんです。お茶はどちらかと言えば日陰の植物なんで、日光もストレスなんです。

林:知らなかった!

比留間:新芽に被覆することでお茶の旨み成分(アミノ酸)が渋みに変わるのを抑制できたりするんですよ。ちなみに、“香り”を意識したお茶をつくりたいときは、逆に掛けない。そうやってちょっとずつ改良を重ねて。

結局、少しずつの積み重ねでしかないわけです。ほんの少しでもいいから、進化していきたいというか。

林:進化……。

 

比留間:コレやってどれだけ効果があるんだろう? って思えるようなことも、やっていかないといいものはできません。

若い消費者の動向を知るのも大切ですね。最近は渋み・苦みが苦手な方が増えてきているので、そういうことも意識するようにはしてます。それに、自分の好み自体も変わりますしね。あとは“香り”にも興味があって。

林:そうそう。比留間園が手掛けるお茶の特徴のひとつ『萎凋香(いちょうか)』についても、お話を聞きたかったんです。

 

萎凋香。それは比留間さんが30年以上にわたって追求してきた、茶葉から発せられる魅力的な香りのこと。茶葉にさまざまなストレスを加えることによって「花」「果実」「熟果」「蜜」といった香りが発揚。日本茶における萎凋香は長年否定されてきましたが、近年の茶業界では注目度が高まっています。

じつは多くの皆さんが萎凋香を体験済みのはず。紅茶や中国茶の華やかな香り(香料以外は、萎凋という製茶工程で生まれたものなんです。

そんな萎凋香を、極茶人はどのように捉え、茶づくりに生かしているのか? 比留間さんの仕事場を見学しつつ、話はまだまだ続きます!

嫌われものの良品種を生かしたい

林:比留間園は代々続く茶農家・茶工房ではなく、比留間さんが初代なんですよね?

比留間:1977年に父と一緒に始めたんですね。私が高校生のとき、父は茶葉の栽培をしていて、茶業者でもないのに茶畑の共進会で何度も一番をとっていたんです。だから茶栽培への自信と、良質な原料が自分自身で確保できるっていう自負はあったと思うんですよね。ただ、つくるほうはまったくの素人で。

 

比留間:高校3年生になった私も具体的な進路ややりたいことが決まっていなかったので、父から「茶工場やるから、静岡で勉強してこない?」って誘われて「いいよ」って。しばらく勉強して帰ってきたら、製茶用の機械が用意されていた(笑)。

林:もう引き返せない(笑)。ちなみにお父様はどこかに師事したりなどは?

比留間:ないですね。ただ製茶をやってる親戚や、茶畑で知り合った茶業研究所の先生たちが見に来てくれて。それこそ機械の動かし方すらわかんない2人が始めるんですから、めちゃくちゃでしたよ。

ただ丁度その頃、「深蒸し茶」の大流行による狭山茶の変革期だったんです。

林:それはどういうこと?

比留間:深蒸し茶がこの辺りでも流行り始めて、ある意味、ほかの工房と横一列のスタートラインに立った状況だった。私らには基礎も、先代から受け継ぐものもないから、情報や技術がストレートに入るわけです。素人2人が始めたのに、いきなりこの辺りでトップグループに入れたのはそういうタイミングがあったからですね。

 

林:当時の流行に柔軟に対応できたと。

比留間:そう、有利だった。そういうなかで、取引先の社長が『萎凋香』が好きだったんです。

林:当時から萎凋香という概念や認識があったんですね。

比留間:ありました。お茶を持っていくと「いい萎凋香だな」とかいわれて。でも私は萎凋香がどんなものかわかってないですよ。偶然にできたものでしたから。

でね、埼玉には「さやまかおり」っていう茶の品種があって。生産性がよくて、収穫量も多くて、早く採れて、虫にも霜にも強いから、農家からすれば育てやすい。けれど、商人さんからは、渋い、色が黒いって嫌われてて。ただ唯一褒められるのが、萎凋香がいいってこと。

 

さやまかおり(画像提供:比留間嘉章)

 

林:そんな品種があるんですね。

比留間:取引先も「萎凋香をつけてくれれば高く買うよ」って。自分としても、この嫌われものの良品種をなんとか生かしたいと思って、香りの探求が始まったんです。

林:萎凋香へのチャレンジが始まるんだ!

比留間:ただ、手作業で萎凋させるとなると、天候に左右されるし、さまざまなリスクのなかで思うようなものができなくて。だったら機械化して、安定したクオリティのお茶づくりをしようと、さまざまなことを始めたんです。

最終的に行きついたのが「紫外線照射芳香システム UVT-HIRUMA」だったんですね。

林:(急にロボットみたいな名前出てきた……!)

 

萎凋を自在にする「紫外線照射芳香システム」

比留間さんの製茶工場を見学させてもらいました。面積としてはなかなか広いのですが、所せましとさまざまな機械や道具が並んでいます。

 

ここに並ぶのは、球状の烏龍茶をつくるための専用機械。「摘んだ茶葉を炒って、少し揉んで、乾燥させ、布袋に入れて絞めてほぐす。それを30~40回繰り返すんです

 

なかにはこんな味のある竹編みの道具も! 台湾製の火入れの機械なのだとか。

林:こんなにたくさんの機械があるとは。お茶づくりってさまざまな機械が必要なんですね。

比留間:いや、ここまでいろいろな機械を導入している工房は全国にもそうはないですよ。興味あるものをどんどん導入するんで、増える一方で。

林:そうなんですか(笑)。そして、この超巨大な機械が……

比留間:これが萎凋を機械で行う「紫外線照射芳香システム UVT-HIRUMA」です。

 

林:これが! その名前からして比留間さんご自身で開発したもの……?

比留間:そうですね、機械自体は近隣にあった製茶機械メーカーの営業所に行って、黒板にチョークで絵を描いて、「こういうものをつくってほしい」と依頼しました

林:直談判! 依頼してから完成まで、どれくらいの日数がかかりましたか?

比留間:1997年の9月に相談して、翌春には納品されましたね。稼働が始まったのが1998年。ちなみに、この機械を置いている場所はもともと下屋で。この機械を乗せてから壁で囲って屋根を葺いて。

林:こんな大きな機械、運び入れられないから……もう外に出せないですね。

 

下屋に増築したスペース。窓の奥にうっすら紫外線照射芳香システムが見えます

 

比留間:これらの機械で、紫外線照射、撹拌、乾燥と、茶葉へのストレスの程度をいろいろな形で変えながら香りを引き出して、お茶にあわせた萎凋具合をつくるんです。うちの烏龍茶、紅茶、蜜香ほうじ茶といった強い個性のあるお茶をつくるときは、これを20時間とか掛けるんですね。

林:設備投資にかけたお金もすごそう……。差し支えなければ聞いてもいいですか?

比留間:その機械が800万円。でも工場を増築したり、変電設備も入れたりで、紫外線照射芳香システム導入に掛かったのは2千万円ですね。

林:わお……。

 

ただ、好奇心のままに。「紫外線照射芳香システム」開発までの道のり

比留間:この機械を開発する前には、本当にいろいろ仮説を立てて、トライ&エラーをやってきて。

林:どんな試行錯誤があったんですか?

比留間:最初は、野菜や果物の熟成を促す「エチレンガス」が萎凋に関与しているんじゃないかと思って、大量のリンゴを買ってみたりエチレンガスのボンベを用意したり。その次は植物の光合成と呼吸に着目して、二酸化炭素濃度計を買ったり。最近だとオゾン発生装置を買って実験しましたね。効果はなかったですけど。

林:(笑)。失敗もたくさん経験されたんですね。

比留間:自分で一番最初に開発したのは、遠赤外線ヒーターの下を葉っぱが通過するっていう機械。温風ヒーターで茶葉を温めたらどんな香りが出てくるかを試したんだけど、うまくかなくて。まあ、ダメだったらすぐにやめるんで。

林:遠赤外線から最終的に紫外線に着目したのはなぜですか?

比留間:そもそも萎凋は太陽光線を当てることで変わるわけだし、遠赤外線で効果がないなら、消去法でいけは紫外線はアリだよね、と。

林:なるほど。

比留間:それで、たまたまコンビニで雑誌を立ち読みしていたら、ボディビルダーの雑誌の広告ページにそれがあったんですよ。日焼けマシンが。でも、体全体を焼くマシンだと、安くても20万円くらいする。そしたら、顔だけのが2万円で売ってたんですよ。

林:顔だけの!(笑)

比留間:そう、スタンド型の。今も家にありますよ。それを買って、とりあえず摘んできた茶葉に光を当てて、実験してみたんです。そしたら、変わったんですよ、香りが。

林:へえ! それは結構、劇的に変わったんですか?

 

「紫外線照射芳香システム UVT-HIRUMA」で萎凋させている茶葉(画像提供:比留間嘉章)

 

比留間:劇的……まあまあ……かなあ。いや、確かに違う香り。

林:今までにはない手ごたえが?

比留間:そう。で、すぐに機械屋さんに行って、黒板に絵を描いた。

林:何回か実験して、とかではなく……?

比留間:いや、すぐですよ。実験は1回ですね。

林:ギャンブラーだ(笑)。

比留間:まあでも、ずっとそういうことをやってきたわけだし、変わるとわかれば、可能性は広がるわけで。それで翌年に機械が納品されて。

だから2万円の日焼けマシンで試験をして、2千万円の投資だったんです。ただ、そこで香りが出たとしてもペイできるか、っていうのは確証がないわけです。

林:ですよね……。そこまで踏み切れたのはなぜなんですか?

 

比留間:……やっぱ、興味ですよね。好奇心。やりたいっていう。

年齢的にも若かったし、まだバブルが残っていた時期だったから。その当時はこの辺の地価がとんでもなく上がっていて「一反一億」ってよくいってて。もし困ったら畑を一反売ればいいじゃねえか! って、そういう雰囲気だったんですよね。

林:そういう時代性もあって、投資ができて、興味もあって。

比留間:そう、だからお金をケチらなかった。ただね、そんなことをしなくても、その時代は一律のものをつくっていれば経営は成り立っていたんです。お茶業界って個性がないほうがよかったんです。横並びであることが市場性があるっていうことで表現されていて。特別なものが評価されない土壌というか。

林:そういう時代もあったんですね…。

 

比留間:でも、今は差別化しないとやっていけないし、逆に今の時代だとチャレンジングなことはなかなかできない。だから、やれるときにやっとかないとだめだなあって、今つくづく思いますけどね。

林:あのとき、やっておいたから。

比留間:なんにもお金にならないなあ、って当時は思っていたんですけど、ちゃんと貯金してたんだなあって。

林:その時代にチャンスを掴んだのが比留間さんならではというか。

比留間:チャンス……ってその当時は当然思っていなくて。ただ、いろんなことをやってきたことが、この時代になって売ることに困らずにできてるという。ようやく皆が個性あるものが欲しいという時代になってきて、評価されるようになったんです。

 

ライフワークのテーマである「手もみ茶」のこと

林:よく聞かれるとは思うんですが、後継者の話はあるんですか?

比留間:うちは代々続く仕事ではないので、別に自分とこで継がなくてもいいだろうっていう感覚はあるんですよね。今は「全国手もみ茶振興会」の相談役でもあるので、この伝統を後輩たちに継いでもらえるようしているとこです。

林:技術を伝えていくということ?

比留間:歩きやすいように道を整えていくという感じかな。例えば、手もみ茶の資格の認定試験では、合格した人が必ず次の受検者を合格させるというサイクルになるような体制づくりをしていますね。

林:新しい仕組みが必要なんですね。

比留間:教え手を増やさないことには、伝統って続かないんです。そこに関わるすべての人が責任を持つことが、後につながっていくと思うし。今の埼玉ではそれがうまく回っているので、伝えるということに関しての心配や苦労はないですね。

 

林:やっぱり、比留間さんのお茶や業界に対する責任感みたいなものがすごいです。

比留間:いや、なんだか偉そうに聴こえちゃうかもしれないけど、でも感覚的にはそういうこと。

あとは、飲み手へのアプローチも必要ですよね。先ほども話に出たけど、手もみ茶全体の価値を上げるには、お茶そのものが魅力的だと捉えてもらえるようなことも考えていかないと。そのためのお茶の淹れ方みたいなのをつくりあげて。

林:それはどんな淹れ方なんですか?

比留間:8煎に分けて楽しむ、手もみ茶を“理解”するための淹れ方ですね。

林:お茶を理解するための淹れ方……どういうものなんでしょう?

比留間:お茶には、どういう魅力があるのかを分けて考えるんです。その作法では、専用の茶器を使って1~6煎目ごとの“味”の変化を見ながら、お茶のおいしさってどういうものなのかを理解していくんですね。7・8煎目は“香り”を楽しんでもらう。

そうして、8回に分けて味や香りを重ねていくので『八重奏(やえのかなで)』と名づけました。約1時間くらいの茶席です。

 

ご自身でつくりあげた究極の淹茶法「八重奏」を披露する比留間さん(画像提供:比留間嘉章)

 

林:その茶席も興味深い! だんだんと後輩にバトンタッチされ始めている比留間さんですが、今後目指していきたいこととは?

比留間:今まで通り、新しいことを取り入れていくことで、なにか新しいものが生み出せればいいなあと思いますけどね。

林:そこはずっと変わらず。

比留間:変わらないですねえ。同じことやっててもおもしろくないですし。ただ50歳になったとき、今後の“ライフワークのテーマ”を決めたんです。「手もみ茶」「萎凋香」「埼玉の品種」の3つを一生かけてやっていこうと。

林:手もみ茶、萎凋香という分野のチャレンジが続くんですね! ちなみに埼玉の品種というのは?

 

蜜香ほうじ茶2種。「かろやか(50g・540円)」は香ばしさと蜜香が融合した一品。「てふてふの誘惑(50g・1080円)」は、このほうじ茶専用の半発酵煎茶をつくって炒った、極上の萎凋香と強焙煎香が特徴。2商品とも、JAPANESE TEA SELECTION PARISで賞を受賞!

 

比留間:今、世間でも少しずつ萎凋香が注目されつつあるんですけど、その中心は一番手前の“花”の香り。でも私はもっと先の、一番奥にある“蜜”の香りをやっていきたいんですね。埼玉の育成品種はそれに向くものが非常に多いんです。

林:へえ!

比留間:埼玉品種の茶葉を紫外線照射芳香システムで長時間萎凋させた蜜香ほうじ茶がめちゃめちゃ評判よくて。今自分が一番飲みたいお茶でもあるし、余計気持ちが盛り上がっていますね。

 

現在、比留間園で栽培されている品種は写真の10品種。「やぶきた」を除けばすべて埼玉県で育成された品種なのだとか

 

林:極茶人として、お茶が消費者の生活にどのように入っていくと嬉しいなど、理想とするものはあるんでしょうか?

比留間:ペットボトルのお茶も豊富にある時代なので、自分でお茶を淹れるという経験がない人もそれなりにいると思うんです。

ただ、経験値がないということは、お茶を淹れることが自分にとって魅力的なものかどうかの判断ができないということ。その判断ができるくらいの経験値を持ってもえたら嬉しいですね。

林:自分でお茶を淹れるという経験のなかで、好きかどうかを判断してほしいと。

比留間:そのうえで、嫌いという人に好きになってもらわなくてもいいんです。それは自分にも好き嫌いがあるように、誰にでもあるはずなので。100%の人に飲んでもらわなきゃ、っていうつもりは毛頭ないんですね。

だけど、知らないだけで、お茶の魅力に気づいてない人がいるとしたら、それはお互いに不幸かなと。だからこそ、そういった機会を私たちが用意していかなければと思いますね。

 

 

おわりに

いつでも、どこでも、気軽に買える「お茶」。あまりにも身近過ぎるので、私たちの手元に届くまでに、生産者がどのように手をかけ、どんな工夫や思いでつくったか、なかなか意識が及びにくいもののひとつかもしれません。

今回、比留間さんというひとりの生産者の話を伺うだけでも、とてつもなくユニークで興味深い世界が広がっていて、私自身お茶への向き合い方がまた少し変わるきっかけになりました。

別の生産者に話を聞けば、また違ったおもしろい話に出合えそうな気が。近々どこかの産地へ出かけてみるつもりです。

「面倒そう」と思っていた方も、ぜひ急須でお茶を淹れてみてください。「案外簡単だし、おいしいじゃん」とお気に召すかも? そしてお茶の魅力を感じたなら、全国各地の茶の匠が手掛ける手もみ茶の異次元の味、萎凋香のある日本茶なども、ぜひ体験してみてください!

 

Information

茶工房 比留間園

〒358-0042
埼玉県入間市上谷ケ貫616

TEL:0120-514188
FAX:04₋2936-4488

http://gokuchanin.com/