みなさんこんにちは。ライターの風音(ふうね)です。

私は今、とあるスイーツを食べるために岐阜県の美濃加茂(みのかも)に来ています。

それがこちら、焼き芋スイーツブランド「Creaimo(クリーモ)」の壺芋ブリュレ。

濃厚なカスタードクリームがたっぷり詰まったねっとりと甘い壺焼き芋に、お砂糖をまぶし、バーナーで炙ってブリュレに……。うーん、おいしそう!

2020年10月、美濃加茂のコミュニティビル「MINGLE(ミングル)」の店頭販売から始まった壺芋ブリュレですが、2021年3月にはEC販売を開始し、コロナ禍のお取り寄せ需要もあり大ヒット。

『めざましテレビ』『ザワつく!金曜日』『ZIP!』などのテレビや雑誌『Hanako』の「ときめくスイーツ大賞」に取り上げられるなど、各種メディアでひっぱりだこに。今ではECサイト出品から最短1分で完売する大人気スイーツとなりました。

 

でも、お芋が名産ではない美濃加茂で、どうしてお芋のスイーツが生まれたのでしょうか。

その謎のキーマンとなるのが、壺芋ブリュレの仕掛け人であり、「Creaimo」のブランドマネージャー、26歳の出口峻佑(しゅんすけ)くんです。

今から5年前、まちづくりを学ぶ大学生だった当時21歳の出口くんは、地元の名古屋から、一人で美濃加茂へ移住してきました。

 

実は私、出口くんが学生の頃からのお友だちなんです。「まちづくりに興味があるんです」と話すシャイな青年だった出口くんが、いつの間にやら「お芋の人」に……。

・なんでまちづくりからお芋づくりに?

・バズの裏側が知りたい!

・大ヒットしたスイーツ事業を、あえて地方を拠点に続ける理由は?

など、気になることがたくさん。というわけで、出口くんの話を聞くために「壺芋ブリュレ」が生まれた美濃加茂までやってきました!

 

漠然と描いていた夢を叶えられるチャンスを感じて美濃加茂へ

風音「出口くん、しばらく会わないうちにすっかりお芋の人になりましたよね」

出口「美濃加茂まで来てくれてうれしいです! ゆっくり喋るのは久しぶりですね。初めて会ったのは、僕が引っ越してきたばかりの頃だったような」

風音「当時はまだ大学生でしたよね。そもそも出口くんはどうして美濃加茂に?」

出口「まず、大学生の頃は都市情報学の学部でまちづくりについて勉強していました。大学三年生になって周りが就活をし始める中で、『僕は起業をしたかったんだ!このままじゃいけない!』って思い立って」

風音「もともと起業を目指していたんですね」

出口「そうなんです。中学生ぐらいの頃から、漠然と『人の生活を豊かにする事業を自分で作りたい』と思っていました。起業のアイディアを得るために、大学では人の暮らしや生活について学べる学部を選んだんです」

風音「なるほど」

出口「でも、いざ入学してからはまちづくりについて学ぶのが楽しくて、もともと夢だった起業の準備は特にしていなかったんです。

そんなタイミングで、『IDENTITY名古屋』というWEBメディアを見つけて。その運営会社がインターンを募集していたので、これだ!と思い応募しました」

岐阜県美濃加茂市に本社を置く、株式会社IDENTITYが運営する『IDENTITY名古屋』。現在は、InstagramやTikTokで名古屋のグルメ情報を発信中

風音「IDENTITY名古屋の記事、私も学生時代に読んだことがあります。東海エリアのお出かけ情報とかイベント情報が載ってるサイトでしたよね」

出口「そうそう。はじめは僕もWEB記事をいくつか書いていたんだけど、IDENTITYが美濃加茂で廃ビルをリノベーションしてコミュニティビル『MINGLE』を運営する事業を始めて。『手伝ってくれる?』って聞かれたのが、美濃加茂に来たきっかけです」

風音「自分から美濃加茂を選んだわけではなくて、場所と事業はもう用意されていたんですね」

出口「そう、いくつかの地域を比べて美濃加茂を選んだわけではなくて、既にここで事業が走っている中で、僕は『やるか、やらないか』を選びました。そのまま名古屋でWEB記事を書く選択肢もありました。

でも、美濃加茂に通ってMINGLEの立ち上げを手伝ううちに、ここでの暮らしで、『人の生活を豊かにする事業』のヒントが得られるかもしれないと思って、引っ越してみることにしたんです。僕はこれまで名古屋でしか暮らしたことがなかったから、違う視点が得られるんじゃないかと思って」

風音「もともと学問としてまちづくりを学んでいて、今度は自分が地域に入って暮らしや場を作っていくことにに興味が湧いたんですね」

出口最初は、ただ内側からこの町を知りたかったんです。それで、2019年の1月にMINGLEがオープンしたんだけど、7月ごろに当時の担当者の方がやめることになったから、『僕が引き継ぎたいです!』って会社に頼みました」

風音「運営を引き継いだのは出口くんの意思だったと」

出口「その頃に大学も休学したんですよ。若さゆえの自信があったから、『僕ならもっとやれる!』って思って、開業届を出して、インターンじゃなくて個人事業主として事業に関わるようになりました

風音「その頃のMINGLEは、どういう施設を目指していたんですか?」

出口「国籍や職業、年齢に関係なく人々が集うコミュニティを作ることを目指していて、一階がカフェバー兼レンタルスペース、二階がゲストハウスで、三階がコワーキングスペースになる構想でした」

現在のMINGLEは、一階のカフェバー、三階のマルチスペースをレンタルスペースとして貸し出し中。毎週末限定で「Creaimo」の販売を行なっている。ゲストハウス、コワーキングスペースの営業は現在休止中

風音「運営を引き継いでからは、出口くんは何をしていたんですか?」

出口「建物としてのハード面では、ゲストハウスとレンタルスペースをあと一歩で始められる状況だったので、引き継ぎ後はまずソフト面で予約サイトの準備を整えました。運営が軌道に乗り始めてからは、宿のベッドメイクや予約管理、レンタルスペースを使う人のサポートをしていました。それから、当時一階のカフェバーで店舗営業をしていた『美濃加茂茶舗』というお茶ブランドの立ち上げにも関わりました。

あとの活動は自由だったから、自分なりにイベントを企画したり、夜喫茶を営業してみたりしたんだけど集客が難しくて……

風音「夜喫茶、何回か遊びに行ったなぁ。当時も『なかなか人が来ない』って悩んでいましたよね」

 

コロナで心が折れかけた時に見えた「バズ」の突破口

出口「美濃加茂にはスナックとか居酒屋はあるんだけど、夜遅くまでやっているオープンな場所が無くって。もっと気軽に人が集える場所があるといいなぁと思って夜喫茶を始めました。2020年の1月に夜喫茶を始めて、毎日ちょっとずつ人が来てはいたんだけど、ただこのままやり続けても、結果が出ないってことにだんだん気がついてきた

風音「僕ならやれる!って自信が、だんだんしぼんできたんだ」

出口「そうして手探りでいろいろやっているうちに半年以上が経って、美濃加茂で友達や知り合いも増えてきたぞってタイミングで、コロナが流行り出したんです」

風音「あぁ……」

出口「コロナが流行りたての頃って、とにかく自粛でしたよね。ゲストハウスも人が来ない、人が集まるイベントもできない、飲食の営業も一時停止。僕は大学も休学してたし、本当にやることがなくなっちゃって、どうしたらいいかわかりませんでした。正直、あの頃の記憶がほとんどないんです」

風音「つらかったんですね……」

当時のfacebookの投稿より。一周年記念パーティーも開催延期に

出口「あの頃、地元の飲食店を応援しようってクラファンが流行りましたよね。美濃加茂でもやろうと思って、協力してくださる方を探して動いてみたんですけど、実現まで至りませんでした。もう無理だ、これ以上僕がMINGLEにいても何もできることがない、全部やめようと思って……」

風音「出口くんはMINGLEありきで美濃加茂に来ているから、できる仕事がないなら残る理由もなくってしまいますね」

出口「それで、IDENTITYの社長に『もう辞めたいです』って話したんです。そしたら『いいけど、なにか結果を残せたの?』って言われて。それで、このまま辞めるのは悔しいなぁって。僕、良くも悪くも燃えやすいんです(笑)」

風音「焚きつけられたんだ! 当時は完全にMINGLEの営業は止まっていたんですか?」

出口「2020年の夏頃には平日の夜と週末に、夜喫茶の営業を細々と再開していました。内心もうやめたいと思いながら、毎日店に立ってはいたんです。僕になにができるんだろうって考えていたときに、会社のメンバーが、ホームページ用の写真を撮るってMINGLEに来て」

風音「それまでは出口くんが自分で写真を撮っていたんですか?」

出口「そうです。SNS用の投稿画像も独学で作っていました。でも、プロのカメラマンが撮影した写真を見て、もっとちゃんとメディアの力を活用したら、人を呼べるんじゃないかって思って」

風音「なるほど」

出口当時の僕は、自分の力でなにかをしなきゃと思って、自分の足でまちを回って美濃加茂で知り合いを増やすことにこだわっていました。大元の運営会社であるIDENTITYの強みのマーケティングや、クリエイティブ面とMINGLEをうまく絡ませて来なかったなと気が付いて」

風音「実際にやってみたらどうなったんですか?」

出口「IDENTITYに相談したら、チームとして後押ししてくれて。宣伝素材を作って、WEB記事を書いて、インフルエンサーを呼んで、ちゃんとPRを仕込んだら、コロナ禍中だったのに結構お客さんが来てくれたんです」

IDENTITYのチームによって撮影された、出口くんがメニュー開発した自家製ハーブシロップのかき氷

 

風音「あ! MINGLEのかき氷! 私も当時SNSの告知を見て、友達と食べに行きました」

出口「目に見えて結果が出たから、『待てよ、今までは僕のやり方が足りてなかったのか』って気づいたんだよね。

だから、どうせやめるなら、SNSでとにかくバズって、県外から美濃加茂に人が殺到するようなものを1個作ってからにしよう!って決めたんです」

 

「お芋をバズらせる」というお題を与えられ再チャレンジ

風音「それでお芋バズにつながるんですね! あれ、ということは、たまたまバズったんじゃなくて、最初からバズらせるために……?」

出口「うん。バズを最後の花火にするつもりでした。お芋ってお題は、会社からもらったんです。ちょうど秋だったし、お芋スイーツはWEB記事のPV数が伸びやすいネタだから。『出口、芋でなんか作りなよ』って」

風音「とはいえ、お芋ならなんでもバズれるわけじゃないですよね」

出口「そうなんです。まず普通に自分で焼き芋を作ってみたけど、パサパサして美味しくなくて、これじゃあ売れないよなぁって。どうやったら美味しくなるのか調べている中で、IDENTITY名古屋のSNS運用を担当していたメンバーが、岐阜県内で人気の焼き芋屋さんを見つけてきてくれたんです。直接お店に伺って関係性を築いて、まずは仕入先が決まりました」

風音「与えられたお題とはいえ、地道だなぁ」

出口「ひたすらSNSに張り付いて『サツマイモ』って調べたり、名古屋近辺のトレンドを追ったりしていましたね……。そしたら、当時名古屋でクレープブリュレっていうスイーツが流行ってたんだよね。これ、お芋でもいけるんじゃないか?って思いついて」

風音「あー!たしかに、クレープブリュレ流行ってましたね!バズるためにもらったお題を、今あるバスに掛け合わせたのか

出口「でも、バズらせるためはさらに仕掛けが必要でした。そこで、静止画じゃなくて動画で拡散してもらえるように、カウンターで炙るパフォーマンスをすることにしました。その頃、ちょうどInstagramでリール投稿の機能がリリースされてまだ数ヶ月だったんです」

風音「今でこそ当たり前だけど、当時はまだSNSで動画をシェアするのは主流じゃありませんでしたね。トレンドを先取りしたんだ」

出口「それに、当時はまだコロナも流行っていたから、お客さん1人に対してマンツーマンで対応をするのも、逆に密にならなくていいんじゃないかって」

風音「なるほど、ちゃんと考えられてる!」

出口「それで、事前にしっかりPRを打って、10月から毎週末MINGLEで実演販売を始めました。初日のお客さんは20人ぐらいだったかな。思ったより少なくて、大丈夫かな?と思ったけど、次の日には40人になって

IDENTITY名古屋と協力して作ったWEB記事

 

 
 
 
 
 
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美濃加茂 ミングル -MINGLE-(@minocamo_mingle)がシェアした投稿

風音「1日で二倍に!」

出口「そこから徐々にSNS投稿でバズって、次の週には100人ぐらいお客さんが来て大行列になりました。MINGLEに100人も人が来るなんてそれまで想像できなかったので、目に見えて成果が出てるのが体感できたんです」

風音「もともと、バズったらやめようって思っていたんですよね。人が来るようになってからは、やめたい気持ちはどうなったんですか?」

出口「お客さんが来るようになってからは、僕はまだここで何か出来るんじゃないかって楽しくなっちゃいました(笑)。でも、バズったことがきっかけで、会社の方針としてEC事業をはじめるって決まった時はまたちょっとつらくなって」

風音「それはどうしてですか?」

出口『壺芋ブリュレ』は、もともと美濃加茂に人を呼ぶために考えた商品だったから。店舗で売れるように設計していたので、「これをネットで売って、誰になんの価値が届けられるんだろう」と考えていました。

少なくとも当時の自分は、届けたい相手が見えないことが不安だったんです。たしかに売れるけど、ちゃんと受け取る人を喜ばせられているのかわからない。ECを通じて遠方に売ることで商品の力が発揮できるのか、僕には自信がありませんでした」

風音「そっか、出口くんはお芋を売りたかったわけじゃなくて、美濃加茂に人を呼びたかったんだもんね」

出口「でもECを始めたことで、本格的にIDENTITYとチームを組めたのはよかったです。パッケージやWEBページを一緒に作るのは楽しかった。それに、EC販売を始めたことでさらにメディアに注目されるようになって、ゴールデンの『ザワつく!金曜日』って番組に出てからは出品1分で完売するようになったんです」

風音「すごい!」

出口「なにより、僕は美濃加茂の人に、『テレビ見たよ!』って声をかけてもらえたのがうれしかったんです。バズって有名になれば、美濃加茂の人が喜んでくれるんだ、自分のしてることで誰かを喜ばせることができるんだってわかった時に、僕の中である覚悟が決まりました」

 

バズから生まれた「この町の名物を作る」という覚悟と、自社工場立ち上げ

風音「覚悟、ですか?」

出口『Creaimo』を一時的なバズで終わらせるんじゃなくて、ちゃんと一つのブランド、地元の名物として育てること。そうしたら、MINGLEがこれまでやってきた、『町の外の人と中の人を混ぜて地域を盛り上げる』ってことにつながるんじゃないかって思えたんです」

風音「美濃加茂の外でバズったことで、逆に美濃加茂と向き合うきっかけに」

出口「その後に、クラファンをして美濃加茂に自社工場を立ち上げたことも意識が変わった大きなタイミングでした。それまでは、大垣市の工場を借りたり、OEMで作ってもらったりしていたんだけど、ちゃんと美濃加茂で増産をして、地域に雇用を生む流れを作りたくて

風音「工場の立ち上げはいつだったんですか?」

出口「クラファンをしたのが2023年の4月で、工場が動き出したのが6月だね。せっかくだから、工場も案内しますね!」

出口「ここはもともと、美濃加茂駅前で駅弁として販売していた釜飯を作っていた工場だったんです。観光客が減ってからは、依頼を受けて仕出しをしていたらしいんだけど、『若い人が工場を継いでくれるなら俺たちはもうやめる』って譲ってくれて」

風音「かつての美濃加茂名物を作っていた工場が、出口くんにバトンタッチされたんだ」

出口「ありがたいご縁だよね。いつか駅弁スタイルでお芋の販売したら、当時のことを知ってるおじいちゃんおばあちゃんは喜んでくれるかなぁ、とか考えてるんです」

風音「出口くんは、普段も工場で製造の現場に立っているんですか? 今は完全に経営側?」

出口「最初は、パートさんとアルバイトの子を雇って、僕はデスクワークをしていました。でも、それがしっくりこなくて、今は僕も現場に立っています。ECを始めたばかりの頃はただ商品を作り続けることに疲弊していたけど、今は自分も一緒に手を動かしたくて

風音「どんな心境の変化があったんですか?」

出口地元に住んでるパートさんと一緒に、雑談しながら作業をしてると、アイディアとかモチベーションが湧いてくるんです。『Creaimo』というブランドの未来像を、現場で働いてくれる仲間ともっと共有したい。それに、お客さんに届くものだから、ちゃんと自分の触覚でプロダクトを感じたいっていうのもあります」

風音「さっき、工場立ち上げがきっかけで意識が変わったって言ってたのは、そういう作り手としての意識のことですか?」

出口「それもあるし、自分のスタンスもですね。実は、工場立ち上げのためのクラファンをするまでは僕の顔とか想いって積極的に表に出したことがなかったんです。テレビ取材を受けたこともあったけど、今思えば冴えない顔をしていたなぁ……(笑)」

風音「それはどうしてですか?」

出口「100%胸を張れる自信がなくて。メディアに限らず、自分が先導を切ってチームで動かしている事業なのに、会社やチームのみんなに対しても消極的な部分がありました。

例えば、何か意見を言っても、一回みんなに反論されたら無条件に諦めてしまっていたんです。でも工場立ち上げを境に、反論をされたらもう一度冷静に自分の考えやアイディアを分解して、改めて意見を主張したり説得したりできるようになりました」

工場作業のあとは、工場の持ち主である「向龍館」の酒向さんと立ち話

風音「インターン生だった出口くんが、だんだん事業を担う一員として成長してきたのを感じます」

出口「美濃加茂の名物を作りたいっていうのは僕の意思だから、それを公表して、応援してもらって、いざ工場が動き出したら覚悟が決まりました。

それまでは、『事業の方向性は上から示してもらえる』ってどこかで思っていたんだと思います。ようやく『待ちの姿勢じゃだめだ、事業の方向性は自分で提案しよう!』と思うようになりました

IDENTITYチームと協力し、出口くんの思いを綴ったクラファンは158人の支援が集まり見事達成。
https://camp-fire.jp/projects/view/666225

風音「出口くんは、わりと若いうちから個人事業主になってはいるけど、自分で事業をつくる意識が芽生えてきたのは最近だったんですね」

出口「今は自分で考えて話ができるけど、当時は予算のとり方も、頼み方や交渉・プレゼンの仕方もわかっていなかったです。デザイナーさんともうまくコミュニケーション取れなくて、ディレクションできてなかった。『これは僕が選んだ僕の事業だ』って意識が芽生えたことで、ようやく経営者としてのスタートラインに立てた気がしています

 

日々の積み重ねが、「そこにしかない」ストーリーを生み、育てていく

風音「最後に、改めて今の出口くんがこれからやりたいことを聞きたいです」

出口「今は、お芋を使った新しいスイーツを作ろうとしてるんだけど……、あ、ちょっと待ってね」

(小さい女の子とお母さんがMINGLEに入ってくる)

お母さん「やってるかな?ほら、聞いてごらん」

女の子「……お芋くーださい!」

出口「ごめんなさい、営業は土日だけなんです。今日は取材があって。でも、撮影用に作ったお芋があるのでよかったらどうぞ」

お母さん「いいんですか?ありがとうございます!また来ようね」

女の子「バイバ〜イ」

出口「またね〜!ありがとう!」

風音「……すごい、出口くんはもう町のお芋屋さんとして認識されているんですね」

出口こういうことがあると、この町でやっていきたいなと思いますよね。お店を開けても誰も来なくて、一人でぽつんとカウンターに立っていた頃からしたら夢みたいです。あの子が大きくなった時に、『Creaimo』のスイーツを、『子供の頃に食べてた地元の名物なんだ』って言ってもらえるようにしたいんです」

風音「それが今の出口くんの目指してることなんですね」

出口『あの頃誰かとこれを食べた』、『大切な誰かに贈った』とか、この町に関わる人たちの、人生の中の一つの物語を作りたい。今の主力商品の『壺芋ブリュレ』は大量生産に向いてないから、細く長く続けつつ、もっと全国規模で売れるような新商品を今作ろうとしているところです」

風音「細く長くっていうのは、いずれは出口くんの手を離れても?」

出口「むしろ、手を離せるようにしたいですね。最近、近所の小学生の男の子が、『将来ここで働くんだ!』って言ってくれてるんだよ。うれしいですよね。僕がいなくても、誰かがこの町で事業を続けられるように、まずは僕がちゃんと土台を作りたいな

風音「出口くんは、美濃加茂が地元じゃないじゃないのに、どうしてそんな先のことまで考えてモチベーションが保てるんですか?」

出口「うーん……。『やりたいことがない』ってみんな言うじゃない?

風音「やりたいこと」

出口「うん。でも、本来は『やりたいことがない』のが通常の状態で、『なにかをやりたい』って、言いかえれば執着やこだわりがあるからだよね。それがどこから生まれるかって、その人の過去の蓄積からだと僕は思うんです。

何がやりたいとかやりたくないとか関係なく、とりあえず一つのことを積み重ねていくと、自然と『自分はこれをしてみたい』っていう感情が生まれてきちゃう

風音「出口くんには、美濃加茂で積み上げてきたものがあるからこそ、やりたいことが生まれたんだ」

出口「ここは僕の地元じゃないし、お芋は美濃加茂の名産じゃないけど、ここでお芋スイーツ事業を続けてきたことで、さっきの女の子にとっては『Creaimo』 のお芋が地元のお菓子になってる。そうやって何もなかったところにも、何かが蓄積されていくんだと思う

風音「都会とか、別の町を選んでいたら、って考えることはないですか?」

出口「もちろんあります。SNSを見れば、都会との明らかな差が見えるから。わかりやすく文化がたくさんあって、きらびやかな世界。

でも、東京みたいにいろんなプレイヤーがいる場所を選んでいたら、21歳の頃の僕はそこで勝負できるほどの自信とエネルギーは持ち合わせてなかったと思う。当時の自分にとっては、美濃加茂を選んだことがベストアンサーだった

風音「今は、それがベストだって言えるんですね」

出口「その人のタイプと、その人が持っている憧れって別だと思うんです。都会に憧れはするけれど、僕はそんなに競争が得意なほうじゃなかったから、みんなが我先にって競い合っている中では走り続けられない

風音「たしかに。自分の憧れが、自分にとって生きやすい環境とは限らないのかも」

出口「それに、この町は競争というより『共創』をしていると感じて。『生活の豊かさ』という僕のテーマには合っていると思うんです」

風音「美濃加茂で5年を過ごしたからこそ、やりたいことも、自分のペースも掴めてきたんですね」

出口「楽なことばかりじゃなかったけどね。それでも何かをずっとやり続けて、町の人に支えられ続けて、美濃加茂で5年間生きてこられた。今の僕にはその蓄積があるから、もう『美濃加茂を盛り上げようとしない』という選択肢は無いんです。

今後の人生、僕はずっと美濃加茂だけにいるわけではないと思います。それでも、美濃加茂という町は、人生をかけて盛り上げていきたいし、この町の未来を考え続けたい。感情のグラデーションはあるけど、きっと僕はもう周りに振り回されて焦らないし、ブレない。自分のリズムで、これからもやっていけると思う」

 

取材を終えて

どの土地の名産品も、はじめに誰かが種をまき、育てて受け継いだからこそ、その土地に根付いてきたもの。出口くんが、美濃加茂の町での日々を積み重ねるうちに芽生えた、「この町の名物を作りたい」という気持ちは、これから美濃加茂に何をもたらすのでしょうか。

 

と、真面目なことを考えつつも……、

 

出口くんが作る「Creaimo」の新商品、絶対おいしいだろうから早く食べてみたいな。お取り寄せもいいけど、また美濃加茂に会いに行こう。

<取材協力>

MINGLE https://mgle.jp/

Creaimo https://creaimo.jp/

撮影:fujico
編集:友光だんご(Huuuu)