「手に職」の先にある、この世にまだない仕事。26歳大工が探る、働き方の最適解

2022.10.31

「手に職」の先にある、この世にまだない仕事。26歳大工が探る、働き方の最適解

「手に職」に憧れるライターの風音が、26歳の大工・大木脩さんにインタビュー。大工はそもそもフリーランス的? 大木さんにとって大工は通過点で、目指しているのは「暮らしのカウンセラー」? 正解のない「働き方」に悩みながら、まだこの世にない仕事の実現を目指す大木さんの話を紹介します。

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    こんにちは。ライターの風音(ふうね)です。

     

    「好きなことして生きていきた〜い!」と2年続けた営業の仕事を辞めて長野に移住し、いつの間にかフリーライターになっていました。

     

    なんとかお仕事を貰って食いつなぎつつも、「あれ、そもそも私の好きなことってなんだっけ?」「私の働き方、これでいいのか……?」と、不安が頭をよぎる日も……。

     

    そんな中、同年代の「大工」の男の子が、日本各地の現場で活躍していると噂を聞きつけました。

     

    大木脩さん、26歳。現在は金沢に拠点を置きつつ、2021年秋〜2022年春には長野に長期滞在して、数々の現場を手がけていたそう。

     

    大工さんみたいに「手に職を持つ」働き方には、正直憧れます。それに「好き」を仕事にしている人の話が聞けたら、自分の働き方を見つめ直すヒントになるかも!

     

    これは直接お話を聞くしかないと思い、実際に長野の現場に伺ってみることに。話を聞いていくと、意外な事実がわかってきました。

     

    ・大工さんって、「古くて新しい」仕事だった

    ・大木さんにとって、そもそも「大工」はあくまで通過点。目指しているのは「暮らしのカウンセラー」?

    ・「好き/楽しい!」の気持ちを追っていくと、自然と仕事がついてくる?

     

    ライターと大工、一見全く違う仕事ですが、意外と共通点もたくさん。

     

    キラキラ働いているように見える同世代と自分を比べると、「私、何やってるんだろ」と下を向いてしまうこともしばしば。ですが、実際に話を聞いていくと、表には出てこない葛藤や壁も見えてきました。

     

    正解のない「私の働き方」。迷いながらも、自分の思いに耳を傾けて進み続けた先に何が見えるのか。「まだこの世にない仕事」の実現を目指す、大木さんの働き方に迫ります。

     

    大工は元々フリーランス的。アーティスト兼大工も?

    「私はフリーライターとして働いているのですが、大木さんの『手に職を持つ』生き方に憧れていて。今日はいろいろお話を聞けたらなと思います」

    「よろしくお願いします」

    「まず、いわゆる普通の大工さんって、どういう働き方なんですか?」

    「一口に大工と言っても、掘れば色々いますね。そもそも、大工って実はみんな個人事業主で、フリーランス的な働き方なんですよ

    「そうなんですね!」

     

    (撮影:Huuuu)

     

    「ただ、ふつうの大工さんは、地域に根ざして、地域の設計士さんとか工務店さんからお仕事をいただいて、下請け的にやるのが一般的です」

    「なるほど。大木さんの場合は、いろんな土地をまわって仕事をしているんですよね」

    「もちろん拠点の金沢で仕事をいただくこともありますけど、土地や元請けの会社に縛られずに活動しているほうだと思います。僕のような若い世代には、アーティスト兼大工とか、専業というより兼業の大工も結構いるんですよ」

    「へー! アーティスト兼大工!」

    「バンド活動をしながら大工をやる、みたいな働き方です。いわゆる普通の住宅を建てる大工ではなくて、アーティスト活動のつてでギャラリーを作ったり、美術館の展示をやったり、イベント系の設営をしたり。特殊なお仕事をあちこちでやってる感じですね。自分の関わってきたお仕事も、元々はそういう案件が多いです」

    「面白そう。仕事があれば、全国どこでも働けるわけですもんね」

    「ついこの間は、栃木の那須に二週間くらい行っていました。東京に行くこともありますよ。『楽しそう!』と感じる仕事の声がかかったら積極的に行く、って感じですね」

     

    きっかけは『13歳のハローワーク』

    (撮影:Huuuu)

     

    「大木さんは、もともと京都の大学で経営学を勉強されていたんですよね。大工の世界に入ったきっかけはなんだったんですか?」

    『好き!』の気持ちをただ追求していたら、いつの間にか大工になっていたんです。子どもの頃からものづくりが好きで、中学生くらいの頃に漠然と『ものづくりの会社がやりたい!』と思っていたんですよ」

     

    「中学生で、すでに会社をやるのが夢だったんですね」

    「父親がものづくり系の会社に勤めていたんです。祖父も、ものづくりの会社を興した人でした。なので小さい頃から、DIYが当たり前の家庭環境でしたね。自分も、小学四年生の頃に初めて電動ドリルをひとりで握れるようになって、中一の頃にはある程度電動工具を触れるようになりました」

    「小4で電動ドリルを……?」

    「とにかく何かを作るのが好きだったんですよね。それで、中学二年生の時に村上龍さんの『13歳のハローワーク』を読んだんですよ。自分は何になりたいんだろうってパラパラとページをめくっていたら、最後の方に『経営者』って項目を見つけて」

    「13歳のハローワーク、懐かしい!私も読みました」

     

    それで、ものづくり系の会社の経営者になろう!と思い立ったんです。学校の勉強が嫌いだったので、技術を身につけられる工業高校に行って、大学で経営を学ぼうと道筋を立てました」

    「中学生の頃から、やりたいことをやるための道筋をしっかり立てていたんですね」

    「そうして工業高校で電気工学について学んで、卒業後に京都の大学に進学し、経営学部に入ったんです。ただ、もともと『何かを作る』のが好きでずっとやってきたので、大学で座学が始まったら、一年ちょっとくらいで飽きてしまって」

    「そこのギャップは大きそう……」

    なんかやりたい!なんか作りたい!ってうずうずしてしまったんです。でも何をしたらいいかわからなくて、自主休学してしばらくふらふらしていました。その時に、たまたま福岡出身の友人の帰省についていって、そこで店舗施工をしている大工さんを紹介してもらったんですよ」

    「ようやく大工さんとの出会いが!」

    「いまちょうど忙しいから手伝いにこないか?って誘っていただいて。2日間現場を手伝わせてもらったら『現場って楽しい!!』と目覚めました。ちょうど休学もしていて、向こうも人手が欲しいということだったので、そのまま『勉強させてください』と弟子入りしたんです」

    「なるほど〜。大工の現場って楽しい!から始まったんですね」

    「現場に入らせてもらった時、大工さんがその場になかったものを次の日には作っているのをみて、『大工ってかっこいい!』なと。それで、まずは『大工になりたい』と思いました」

     

    「楽しいと、かっこいい。シンプルな動機ですね」

    「そこから8ヶ月間、大工の親方について修行しました。その後、週の半分は大学に通って、残り半分は京都で現場の仕事を探して。2年分の単位をちゃんと取り切ってから大学をやめました」

    「その後は、今みたいな働き方に?」

    「大学を辞めてからは、京都のフリーの職人さんのもとにいって、現場を見て学ぶ、みたいなことを2年くらいやっていましたね。そうするうちに自分の仕事ももらえるようになったので、『じゃあ、もう大工になろう!』と

    「大木さんみたいな大工のなり方って、やっぱり珍しいんですか?」

    「建築界では異端ですね。5〜10年の下積みがいる業界へ、『好き!』の勢いだけでいきなり飛び込んでいるので、スタートラインがそもそも違います」

    「もともと大工を目指していたわけではなくて、『好き!』を追った先が大工だったんですもんね」

    「普通は親方の元とか、工務店さんで修行して、先輩職人さんから道具やお客さんを譲ってもらうんですよ。僕はそこも全部イチからだったので大変でした」

     

    大木さんの大工道具たち

     

    「道具を一から揃えるのだけでもかなりお金がかかりそうですね……」

    「働いては少しずつ道具を買って、の繰り返しでしたね。見積もりの出しかたも習っていないので、身体を張ってやってみて、『今回ちょっと大変だったから次は見積もりの価格をもっとあげよう』みたいな。それを繰り返して今に至ります」

     

    働き方を見直す転機となった、長野での仕事

    (撮影:Huuuu)

     

    「『好き!』だけを追っているうちにそれが仕事になっていくのって、働き方として理想的だと思うんですが、壁にぶつかることはありませんでしたか?」

    「初めて『現場』に触れてからは、すべてが新鮮で楽しくて。なのに、ある程度作れるようになってくると、『この仕事って自分じゃなくてもいいんじゃないかな』と思い出してしまったんですよね」

    「『現場って楽しい!』で始めたはずなのに、楽しくなくなってしまった」

    「京都にいた時は、作ってさえくれれば誰でもいい仕事が多かったんです。でも、そういう『下請け大工』がいやになって、金沢に拠点を移しました。そこから流れが変わってきたんです」

     

    「それまでは、大工の先輩や設計事務所さんからお仕事をいただくことが多くて。でも金沢に移って、『自分はこういうことがしたいんです』と積極的に周りに話すようにしたら、今までとは違う人たちから、名指しでお仕事をいただけるようになったんです

    「自分から発信をしはじめたら流れが変わったんだ。長野での最初の仕事は、ジモコロ編集長の柿次郎さんのお家だったんですよね」

    「そうです。元々、柿次郎さんとは知り合いで、自分のやりたいことの話もしていて。新しく家を建てるタイミングで『脩ちゃんにお願いしたい!』と言ってくださったんです」

     

    大木さんが施工した、ジモコロ編集長・柿次郎の新居

     

    「柿次郎さんの家の案件を詰めていたら、長野の別の方の家の案件も来て。それから柿次郎さんの会社のオフィスの案件も……」

    「仕事が人を呼んで、次の仕事に! どんどん来ますね(笑)」 

    「柿次郎さんが周りの人に『いい大工いるよ!』と紹介しまくってくれたこともあって、縁が繋がっていったんです」

     

    「私も、『これだ!』と思えるインタビュー記事を書けた仕事がきっかけで、別の声がかかるようになって。そこからまた『〇〇さんの記事読んだよ、うちでもお願いしたい仕事があるんだけど』と仕事が増えていきました」

    「やりたいことの発信をするうちに、それを面白がってくれる人が出てきて、さらに人の縁がつながってどんどん仕事になっていく。ありがたいですよね」

    「でも、そうやってどんどん仕事を受けていくとパンクしちゃいませんか? 私もキャパオーバーしちゃったことが何度か……」

    「長野の現場では、それぞれの着工が遅れていたら、『着工が遅れて仕事ないって聞いたんですけど』って更に別の案件もいただいて。結局、全部の工期が丸かぶりする事態になっちゃいました……」

    「面白そうだと全部受けちゃう気持ち、わかります」

    「そうなんです。あれもやってみたい、これもやってみたい、が先走ってしまって。これまで下請けの現場が多かったので、調整の仕方をわかってなくて、断れなかったんですよね」

    「大工さんの場合だと、工期が伸びてしまうのは『こだわり』を大事にしているからですか?」

    「むしろ長野で気づいたのは、無駄な自分のこだわりを排除することですね。『ちょっとよくなる』に越したことはないんですが、無駄にサービスをするのはやめようと

    「サービス、とは?」

     

    「施工側である大工が良かれと思ってこだわると、物件のクオリティは上がるかもしれない。ただ、それで工期が伸びるのはお客さんにとっていいことなのか?と気づかされたんです。『正直いらなかった』と言われてしまえばただのありがた迷惑ですし」

    「たしかに。本末転倒ですね」

    「いままでは下請け大工をしていたので、これが終わったら次!みたいなやり方が抜けなかったんです。でも、余裕を持てば、お客さんに細かい質問ができる。ちゃんと要望を聞き出した上で、やるかやらないかの判断ができるようになりました

    「なるほど、しっかり対話をするようになったんですね」

    勝手にサービスをするんじゃなくて、ヒアリングをしたほうがきっとお客さんのためになる。そういう仕事のやり方をしていきたいと思ってます」

     

    本当にやりたいのは「暮らしの研究」

    (撮影:Huuuu)

     

    「そもそも、初めは『ものづくり』が好きだったところから、さらにスケールの大きい『建築』に興味を持ち出したきっかけはなんだったんですか?」

    「子どもの頃からきれい好きだったんです」

    「なるほど……?」

    「整理整頓が好きで。まだ『ミニマリスト』という言葉が主流になる前に、そういう暮らし方があることを知って色々試したんですけど、あれってお金がないと結構厳しいんですよね」

    「食器や調理道具を減らすには、全部外食にしないといけなかったりしますね」

    「そこから『最小限の暮らし』ってなんだ?と思いだしたんです。実家暮らしを経て、大学に入ってマンションで一人暮らしをしていくうちに、『家の空間自体を変えたら生活ってすごく変わるんじゃないか?』と気づいて、建築に興味を持つようになりました」

     

    「暮らし方について考えはじめて、そこから建築に興味を持つようになって。なので、僕の根本にあるテーマは『暮らしの研究』です。今は暮らしのベースである空間を『作る』のが楽しいので、大工を名乗っている感じですね」

    「大工はあくまで『暮らしの研究』をするための通過点で、やりたいことはそこじゃないと。下請け大工の仕事がつらくなったのは、やりたいこととズレてきてしまったからかもしれませんね」

    「そうです。『暮らしの研究をしたい』って思いがあるのに、ずっと下請けの大工をやっていることがつらくなってきて。コロナの影響で京都の仕事が減ったタイミングで、思い切って京都を離れようと決めました」

     

    金沢の拠点作りや、現場仕事も一緒に行っているパートナーさんと

     

    「金沢では、元々やりたかった『暮らしの研究』をできていますか?」

    「はい。大工をやりだしてもう6年になるんですが、6年かかってようやく着手しだしたところです」

    「研究って、例えばどんなことをしているんですか?」

    「パートナーとやろうとしている生活雑貨のお店は、自分たちのデザインで古民家を1から改修して作っているんです。そこが、モデルルーム兼実験ハウス的な役割も持っていて

    「実験ハウス?」

    「はい。例えば、伝統工法の土壁と、現在の工法で作られた部屋、それぞれ温度や湿度のデータを取っているんです。現在の高断熱の工法と比較して、伝統工法の土壁はどんなメリット・デメリットがあるのだろうって」

     

    「一般的には、土壁のような伝統建築は良いものとされていますよね。でも、『自然だから』みたいなイメージだけが先行していて、『生活の上で心地よい』を測っているデータがあまりないんですよ

    「たしかに、なんとなく良さそうなイメージしかないかも」

    「土壁は現代主流の高気密・高断熱と比較して隙間が空いていたり触ると砂が落ちたり、また作るのに手間がすごくかかったりしするので新規で施工するにはコスパが悪い。でも、そんなデメリットと比べて実際の『暮らしやすさ』はどうなんだろう?と。お客さんにより良い提案ができるように、実際に暮らしながらデータを取っています」

    「よりよい提案のための研究なんですね」

    知らないでなにかを選ぶより、たくさん知った上で何かを選ぶ方が絶対いいじゃないですか。お客さんそれぞれに合わせた工法の提案をしていきたいんです。そのために、暮らし方を網羅したい

    「暮らし方を網羅したい……!」

    「そうです。最終的には、暮らし方の索引帳みたいな『暮らしの辞典』を作りたいんです

     

    「お客さんの、理想の暮らしを叶えるための索引帳的な」

    「お客さんの希望をヒアリングして、『それならこういうパターン、こういうパターン、こういうのもありますね。どれがいいですか?』って提案するのが好きなんです。お客さんが一番求めているものを実現させたい

    「大工としての技術も知識も、全てはお客さんの要望を最適な形で叶えるために……!」

    「そうですそうです。たくさん提案してあげたいんです。いろんな人のいろんな暮らし方を知るのが、単純に楽しいんです。自分一人の暮らしを研究するのも楽しいんですが、いろんな人のいろんな暮らし方をわかっていた方が面白いんですよね」

     

    実績を積み上げて、肩書を自分で作っていく

    (撮影:Huuuu)

     

    「大木さんはヒアリングを通して、お客さんが本当に求めている『暮らし』を探っていく過程が好きなんですね」

    「そうです。だから、『とにかく早く、安くやってくれ』って仕事はお断りしていて。逆に、わざわざ呼んでくれる仕事って面白いんですよね。普通の人より生活の感度が高くてこだわりを持っているので、自分がいくつか提案をすると、ちゃんと返してくれる」

    「反応が返ってこないと手応えがないんですね。こだわりがある人の依頼を受けて、対話を通して依頼者が『本当に求めている暮らし』を洗い出していく……」

    「そうですね。僕はきっと、大工じゃないんです。……自分がしたいことは、暮らしのカウンセラーかもしれないですね

     

    「ずっとお話聞いてきて、『お客さんの声を聞く』部分を大事にされている印象を受けました」

    今の暮らしに不満があっても、不満の具体的な内容がなんなのかわかっていない方も多いんですよね。そこを洗い出していくのが楽しいんです。でもそのためには、まず自分が家のことも、暮らしのことも、色々知っていないといけない」

    「自分が知りたい、相手の話を聞きたい、そして叶えたい。全部が合わさって、大木さんの今の仕事なんですね。大工を名乗ってはいるけれど、大工を目指したいわけではないと」

    「自分でも、自分のことをなんて名乗ったらいいかわからないです」

    「私ももともと、職場のSNSの更新を担当するうちに『ライター向いてるんじゃない?』と言われて。『文章を書くのって楽しいかも』と気づいて、ライターになったんです。大木さんのように、最初からライターを目指していたわけではまったくなくて」

    「作るのが好きだから、今は大工なのかなって。でも大工って肩書きが一人歩きすると、工務店的な仕事が来てしまう

    「それって、いろんな仕事でも言えそうですよね。私も、ライターと名乗れば仕事がくるからライターを名乗っているけれど、自分が好きなのは、こうして『人の人生の話を聞いて、それを文章に落とし込む』部分だと気づいて。だから、私がやりたいことってライターで合ってるのかな?と悩むときも正直あります」

     

    「『暮らしの研究』を仕事にしている人って他にいないから、名乗れないんですよね」

    「だから、まずは『好き!』の気持ちで飛び込んで、手探りで実績を積んで、ポートフォリオを作っていくやり方もありなのかも。自分自身を肩書きにしていくというか。大木さんも私も、好きなことをやり続けて、この世にまだない仕事を作ってく過程にいるのかもしれませんね」

    「そうですね。僕も長野でいろんな現場を担当できたので、施工事例が貯まりました。これで、さらに『自分はこういうことができます!』と発信していける。ここからまた仕事の幅が広がっていけばいいなと思います」

    「『暮らしの研究』ができる案件がさらに舞い込んでくるといいですね」

    「今は建築に特化していますが、暮らしとなると衣食も欠かせないですよね。ひょっとしたら、いずれはそっちの知識も貯めて、全部を網羅できるようになるかもしれません。でも、暮らしは、時代、地域、年代、流行りでまた変わってきますからね。一生かかっても達成はできないかもしれないです」

     

    「終わりがないですよね。広げようと思えばどこまでも広げられるし深められる。『暮らしの研究がしたい』だから、今は大工さんですが、数年後は畑をやっているかもしれないし、料理人になっているかもしれないし、何にでもなれますね」

    「一周回って大工を極めているかもしれないですしね(笑)」

     

    取材を終えて

    「私の働き方、これでいいの?」と思い悩んでいましたが、私の原動力も大木さんと同じく「好き!楽しい!」だったはず。

     

    フリーライターと大工。全く違う仕事のようで、意外と共通点が多く、「働き方」への先入観が強かったなぁと気付かされました。

     

    それにしても、お話聞くのが楽しかった! 大木さんが作るのが「暮らしの索引帳」なら、私の作りたいものは「人生の索引帳」かも。もっと色んな人に会って、たくさん話を聞いて、どんどん良い記事を書きたい!

     

    正解なんてない、「私の働き方」。自分の目指す姿はまだ手探りだけど、まずはワクワクする方へ。「あれ、これじゃないかも!」と思ったらまた軌道修正をして、体当たりで進んでいけば、なりたい自分は後からついてくる、はず! そう思わされたインタビューでした。

     

    ☆この記事は特集「若者がすべて」の記事です。

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    イラスト:おぐら(Twitter

    イーアイデム

    この記事を書いた人

    風音
    風音

    1995年生まれ。長野市在住のフリーライター。インタビュー記事、エッセイを主に執筆。水辺を眺めること、お散歩、読書と喫茶店が好き。

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